4章 アサシンと革命
第1話 ガバガバとムキムキ
世間を驚かせたニュースが報道された翌朝のワイドショーは、フランク・サイモン病、俗に言うVR病の話題一色だった。
病気を説明して直ぐに症状が出ないから安心してくださいと言いつつ、深刻な表情を浮かべて危機感を煽り視聴率を取ろうとする番組を見て、ラブホテル前で「ちょっとお茶を飲むだけだから、セックスはしないから、ねっ。だから、入ろうよ」と女性を騙して誘う男のイメージが沸く。
改めて病気について説明すると、フランク・サイモン病とは、若いうちにVRへログインすると四千万人に一人の割合で異常性プリオンが脳内に作られる病気だった。
潜伏期間は三十年から四十年の間。そして、このプリオンが活動を始めると、十数年掛けて徐々に体の機能を阻止させ、最後には心臓が止まって死ぬ。
昨日のニュースによると、アメリカの医者が別の病気の研究している過程で時間加速装置を使って調べていたら、全ての被検体が三十年以上を経過した段階でVR病に感染していた。
その実験結果を深刻に捉えて詳しく調べた結果、人類はVRにある程度ログインした段階で脳に異変が発生して、病原体のプリオンを作るらしい。
つまり、今までVR病は四千万人に一人の割合で発病すると思われていたが、実際はVRを使用する先進国のほぼ全員が感染していると判明した。
そして、今、VRはあらゆるジャンルに進出している。今俺が居る病院は当然ながら、政治、経済、文化、スポーツ……。
電気すらない蛮族ならまだしも、先進国に暮らしている人類にとっては、なくてはならない存在となっていて切り離す事は無理に近い。
つまり、VR病の治療法が見つからない限り、人類の大半の平均寿命は60歳から70歳まで低下する。
だけど、この発見した医者の行動も何と言うか頭が悪い。
VR病気は陽性反応が出ても変異体じゃないかぎり十年以上しないと死なない病気なんだから、医者は余計な顕示欲を出さずに、こっそり医学者の間だけで発表して治療法を探せば良かったと思う。
馬鹿が何も考えず発表したせいで、世間は大パニックになっていて、ヨーロッパの一部の地域では若者が暴動を起こしている。
俺は若者が性欲に縛られて暴動したい心境なら理解できるが、余命数十年後と聞いて暴動を起こす若者の心理は理解できなかった。
病院のVRルームでテレビのチャンネルを弄っていたら、俺の主治医の内藤さんが特別解説者としてVR病について説明していた。
知人がテレビに出ていて、思わず二度見した後、爆笑する。
久しぶりに見た現実の内藤さんは前に見た時よりも日焼けして、白衣の下からこっそりと筋肉をアピールしていた。
出演前にビルドアップして筋肉量を増やしたムッキムキの筋肉である。
実は俺にも実際の感染者としてTVの出演依頼があったけど、テレビに映ってまで晒し者になるつもりはないので断った。
それでもしつこく出演してくれと言うから、「ギャラ200万」とメールを返したら、それ以降依頼は来なくなった。
どうやらマスコミ業界は事務所を通さないとケチになるらしい。
俺は既に発病して残り一年以内の命らしいから鼻ほじほじレベルでどうでもいいけど、他の人達はこの報道を見てショックを受けていた。
今まで何の連絡もしてこなかった小学生の同級生から、病気について教えてくれってメールがジャンジャン来ているけど正直うぜぇ。
俺はただで教えるつもりはねえから、テレビに出ている筋肉モリオの話を聞いていろ。
「よっ!」
テレビでVR病の特番を見ていたら、俺の個室ルームに見知らぬ美女が入って来た。
普通にテレビを見ていたから良かったけど、もし俺のEDが回復していて下半身を育成している最中だったらどうするつもりだったか、是非問いたい。
ちなみに、俺は誰が入って来ても育成を辞めるつもりは全くない。むしろ興奮して、そいつに向かって何かを飛ばしていたかもしれん。
「……誰だ?」
改めて入って来た美女を見る。髪の毛は茶髪で、年齢は二十を過ぎているぐらいだろう。
背が高く細身の体形だが乳袋は大きい。豊胸かどうかは触ってみないと分からないから不明。
そして、どこかのファッション雑誌から出てきた様なカジュアルだけど高級感のある服装は、エロ女優が仕事で稼いだ金で着ているセンスと同じ感じ。
顔は少し目じりが上がってどこか強気な表情だけど、それが魅力的であり、つい最近どこかで見たような……。
「分からないか?」
俺の質問に美女がニヤリと笑いながら、勝手にソファーへ座る。
「……ふむ。タイトルが思い浮かばない。無修正企画物か?」
「私はセクシー女優じゃない!!」
冗談を怒鳴り返され、顔をしかめる。
「ロビン、VRルームでもここは病室だぞ。大声を出すな」
「お前なーー。気づいていたなら最初から素直に答えろよ」
太々しい態度と顔を見て何となく分かったが、病室に入って来た美女は現実世界でのロビンだった。
ちなみに、病院内のVRは外部から直接入ろうとするとセキュリティで事前通知があるので、それがないからコイツはこの病院に居るという事になる。
「素直な俺とか気味が悪い」
「……自分でそれを言うのはどうかと思うぞ」
俺が肩を竦めると、ロビンが俺を見てため息を吐いていた。
「それで、ここには何しに来たんだ……えっと……」
「
性格にそぐわない名前を聞いて、片眉を吊り上げる。
「誰が雅だって?」
「私だ。文句は親に言え」
「お前の両親もお淑やかな女性になるよう期待を込めて名づけたのに、まさかこんなガバガバな性格になるとは思いもしなかっただろうな」
コイツの両親の思いを考えて、ため息を吐く。
「女性に向かってガバガバって言うな」
「お前の性格がガバガバだろうが、マ○コがバコバコだろうが、ア〇ルがズボズボだろうがどうでもいいよ。それで、話を振り出しに戻すけど何しに来たんだ?」
「検診ついでの見舞いだよ」
「検診って……内藤さんは居ないぞ。ほら」
俺が顎をしゃくってテレビを見れば、画面の中の内藤さんは白衣を脱いで黒いタンクトップをさらけ出し、真顔でVR病について語っていた。なぜ白衣を脱いだ?
「今日は検診だけだから別の医者が担当だったよ」
ロビン改め、霧島がテレビに顔を向けたタイミングで、番組がタンクトップを脱ごうとした内藤さんを察して、急にCMが流れ始めた。
そして、ぱっちりメイクで画面に映っていたのは、今俺の目の前に居る霧島その本人だった。
「「…………」」
テレビを見ながらお互い無言になる。
「突然、ホモ系番組からエロCMが流れたな……」
「だから私はセクシー女優じゃない!」
俺が呟くと、すぐに霧島が否定してきた。
「だったら何でテレビに映ってんだよ!」
「モデルだ!」
「誰が!?」
「私がだ!!」
「嘘だ、こんなガバガバなモデルが居るか、詐欺女!!」
「だからガバガバ言うな!!」
そう言って霧島が立ち上がり、俺の頬を抓った。
「
「それと、SNSで裏垢ゲーム女子のハッシュタグを付けて、私のセミヌードを載せた犯人はお前だろ!! 事務所で問題になってるぞ。何が赤パン健康法だ!!」
「
霧島が俺の頬から手を離すと、ため息を吐いた。
「今すぐ、アカウントを削除しろ。下手したらプロダクションから訴訟されるぞ!」
「やれるもんならやってみろ! 寝たきりの病人を訴訟して脅してるってSNSで晒してやる。弱者を舐めるな!!」
抓られた頬を摩りながら叫び返す。
「逆切れするな。今すぐ消せ!!」
結局、霧島の迫力に負けてSNSの裏アカウントを削除した。
後で聞いた話だと、霧島はファッションモデルとして女性の間では有名で最近になってCMモデルを始めたらしいが、俺は脱がない女は全く興味がないので全然知らなかった。
「それにしても、病室で寝ているお前はガリガリだけどゲームと同じで凄い美形なのに、本当に性格が残念だな」
「なんだよ。見たのか……」
俺が視線を向けると、霧島が顔をしかめる。
「ああ、その……ずっとあの状態なのか?」
「前にも言っただろ。あれ? 言ったよな? 言ってない? まあ、どっちでもいいや。10年間あのままだぜ、凄いだろ。お前も何時かはああなるんだ、今の内に覚悟しときな」
「酷い脅しだな!」
「……まあ、今のは質の悪い冗談だ。運が良ければ寝たきりになる前に、誰かに殺されるか、車に轢かれて死ぬか、震災で死ぬから安心しろよ」
「そっちの方が運が悪いだろ。本当に酷い冗談だ」
霧島が頭を左右に振って呆れた様子でため息を吐いていた。
「それでどうするつもりだ?」
「どうするつもりって、薬の事か?」
霧島が頷く。
「その話をする前に、ハイポーションはどうだった?」
「私は陽性になってまだ短いから分からないよ。今日も最初の検診だから、比較対象がないからな……」
「それもそうか……それで薬だけど、もしお前がゲームのポーションを飲んでVR病が治ったと聞いたら信じるか?」
「……まず信じないだろうな」
俺の質問に霧島が顔をしかめる。
「だろ? 俺だってそいつを聞いたら体の病気を治す前に、馬鹿なドリームを考える頭を治せって言ってるぜ」
「という事は、誰にも言わないのか?」
「いや、言うよ。だけど今回の件を公に暴露した頭のクッソ悪い医者とは違って、俺は多少なりとも利口でね。暴露して世間もゲームも混乱させないよう、内藤さんに口止めした上で話そうと思っているけど、今あの人は忙しいからなぁ……」
そう言ってCM明けの番組を見れば、内藤さんが座っていた場所は空席になっていた。
「あの人もなんだかなぁ……」
俺と霧島はテレビを見ながら、同時に溜息を吐いた。
「ところで話は全く変わるんだが、VR病って何だと思う?」
「俺に聞かれても知らねえって。ただ、何となくだけどVRってのは脳にダメージを与えてるんじゃねえのかって思っている」
そう答えると、霧島が視線だけで話の続きを促してきた。
「シートン動物記で紙飛行機を作って、ファーブル昆虫記で鼻を咬み、ダーウィン進化論でケツを拭くならば、人類ってヤツは何世代にも渡って頭脳を発展させてきたんだ。それが突然仮想空間が出来て考えるだけで現実と同じ動きが出来ますだ? そんなの脳みそに負担が掛かるに決まってる。このVR病ってヤツは脳の負担を抑えるために、体が勝手に作り出した抵抗手段じゃねえのかってのが、俺の考えだ。
ちなみに俺は、シートンもファーブルもダーウィンも、ただの真面目な変態学者ぐらいしか思ってないけどな」
「…………」
真面目に答えたら霧島が無言で俺をガン見していて思わずたじろぐ。
「……なんだよ」
「……驚いた」
「何が?」
「真面目に考えていた事にだ」
「オーケー真性クソ女。便秘薬のCMに出演してケツを出しながらアヘ顔を全国にさらけ出せ」
「お前が老人介護のベッドCMで息絶えたら出てやるよ」
どうも最近、真面目になると逆に頭がおかしいと疑われている様な気がする。
「だけど、そうか……私は人体に影響するコンピューターウィルスみたいな物だと予想していたんだが……」
「内藤さんもそう思っているっぽいぞ」
「そうなのか?」
「さっき、テレビでそう言ってた」
「担当医からの情報だと思ったら、テレビの情報かよ!」
「あの筋肉野郎、昨日の晩から忙しすぎて会いたくても会えねえから仕方がないだろ。まあ、会いたいのか? と問われたら、間違いなく会いたくねえって答えるけどな」
霧島はため息を吐くと、ソファーから立ち上がる。
「邪魔したな。入院しているお前も見たし、そろそろ帰るよ」
「ばいばーい」
「…………」
俺が手を振ると、霧島が困惑した表情で俺をジッと見つめてきた。
「……なんだよ」
「いや、現実でもVRでも、私に対して普通に対応する人間と会ったから、新鮮だと思ってね」
「はっ! 芸能人だからって特別な人間だと思っていたってか? 調子こいてんじゃねえぞ『ワン・ウーマン・アーミー』」
俺がゲームでのあだ名を言うと、彼女はふっと笑ってVRルームから消えていった。
「……アイツ、あの中二病っぽいあだ名を気に入ってるのか?」
霧島が消えた場所を見ながら鼻で笑った。
霧島が帰った後、テレビ東〇の午後のロードショーを見てからゲームにログインした。
ちなみに、今週の午後のロードショーは、『夏休みチ〇ック・ノリス』特集だった。夏休みとチャ〇ク・ノリスの関係は不明。
ゲームにログインしたら、最後にログアウトした馬車の中に居た。
そして、俺の目の前では、クララが乳母のターニャに抱かれて眠っていた。
ログインして最初に見たのがメイド服の美女に抱かれる幼女の寝顔。何となく今日はついてる日だと思う。
だけど、突然目の前の何もない空間にモザイクが現れて、ジンが俺の上に乗っかって来た。
今日はついている日だと思ったが、どうやら勘違いだったらしい。
怒鳴りたいけどクララが寝ているから大声も出せず、無言で状況が分かっていないジンを横に押しどけた。
「ジン、背面座位はア○ルプレイをするのに良い体位だと思うけど、まずは状況を考えろ」
「…………」
俺の文句にジンが訳が分からないと首を横に振る。
コイツも自分の意思とは関係なく、ヨシュアさんの親父さんの仕様でこうなったから不可抗力だと思うが、誰かに文句の一言を言わねえと気がすまねえ。
そして、俺が口にしたセリフはR18だったらしい。寝ているとはいえクララには聞かせたくなかったのか、目の前のターニャさんがギロリと睨んでいた。
「そこのうら若きメイドさん」
ターニャさんの怒りを落ち着かせようと、彼女に話し掛ける。
ちなみに、ターニャさんは既に二十路を超えている。
「……何かしら?」
「興奮するから睨むのはやめてくれないか?」
そう言うと、ターニャさんの眉間にシワが寄り、呆れた様子で溜息を吐いていた。
どうやら彼女の怒りは収まったが、その代償に彼女との恋愛フラグは消え去った。
クララの寝顔は見たいけど、ターニャさんから醸し出る目の前から失せろという空気に負けて、ジンを誘い座席の前へと移動する。
移動の途中、アルサが台を置いて集中して何かを描いていたが、目が腐るから無視。
「こんにちは」
前に移動すると、クララの母親のニーナさんが挨拶してきた。
「はい、どうも」
俺が挨拶を返して、喋れないジンも挨拶替わりに会釈する。
そして、ニーナさんの正面の席に座り、鞄からハイポーションを取り出した。
「ジンも飲むか?」
俺の誘いにジンが全力で首を横に振って拒否。
「それは何かしら?」
「ハイポーションです」
ニーナさんの質問に答えたら彼女の顔が露骨に歪んだ。人妻美女の歪んだ顔に内心興奮する。
「……えっと、どこかケガでもしているのかしら?」
「健康のためです」
続けて質問に答えたら、今度は身を引かれておまけに顔も引き攣っていた。流石にそこまで拒絶されたら俺でもヘコむ。
「薬、薬だ。これはゲロじゃない……」
ハイポーションの蓋を開けると、念じながら精神を統一させて一気に飲む。
両手を握りしめて蹲り、胃の辺りから襲ってくるゲロを震えながら必死に堪えた。
吐き気が収まると、深いため息を吐いてからニーナさんの顔を見る。
「飲みます?」
彼女は先ほどのジンと同じように全力で首を横に振っていた。
「それは残念です」
「それで、今はどの辺りなんですか?」
外を見ながら、ニーナさんに話し掛ける。ちなみに、窓から見える外の風景は湿地帯が広がっていた。
「シャルロット領の領都まで後三日ぐらいかしら?」
「あれ? 予定だとそろそろ着く頃だと思ってたけど?」
「途中で川が氾濫して予定が狂ったのよね」
「そうなんだ……」
詳しく話を聞くと、キンググレイスを出て5日目に大雨が降り、途中にある川の水が増水して3日間足止めしたらしい。
「そりゃ大変だったね」
「そうでもないわよ。暇つぶしにアルサさんから面白い物を読ませてもらったし、久しぶりにのんびりした気分になったわ」
「……ん? んんん?」
チョット待て。今の会話の中に何か腐った名前が出てきたぞ。
「……アルサ……から?」
「ええ。まさか、あんな世界があるとは思わなかったわ……」
うっとりとするニーナさんの後ろに居るアルサを横目でチラリと見れば、話を聞いていたのか腐女子が筆を止めてサムズアップをしていた。
コイツ……何、信者を増やしてるの? しかも、ニーナさんは重要NPCの一人じゃねえか。
「もしかして、ターニャさんも?」
その質問にニーナさんが頷き、アルサが俺に向かってダブルピース。
「……車内の空気が腐ってるから、チョット外の空気を浴びてくるわ」
移動中にも関わらずドアを開けると屋根に飛び乗ってから、思い出すのと同時に後悔する。
目の前の御者席には、むすっとした表情の変態爺が座っていた。
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