第45話 病魔は世界を駆け巡る

 あれからゲーム時間で3日が経った。

 その間、近場のダンジョンに行ったり、街中でラブ&ピースに絡まれたりしたけど、たいして面白くなかったから尺の都合でカット。

 前にテレビタレントが3日間のロケだったのに、番組に使われたのがたったの20秒だったと嘆いていたけど、そんな感じ。


 家に住み着いたジンは命令しなければ何もせず、一日中ソファーに座っていた。妄想だけで一日を過ごせるのはある意味凄い。

 俺もそんなにベラベラ喋る方ではないので、朝に軽く挨拶した後はネットでプロレスを見たり、学校から出された課題をしたりして、腹が減ったら飯に連れ出すぐらいしかしていない。

 心の中では、コイツを面倒臭い背後霊と位置付けている。


 ただ、コイツも感情が無いわけではなく、ロビンに半分拉致されてダンジョンに行ったときに付いて来たのだが、俺がモンスターの不意打ちを食らったら目の前に飛び出して俺を救い、タカシから新たに購入したショットガンを乱射して敵をぶっ殺していた。

 その時に礼を言いながらジンを見れば、縛られて妻が目の前で寝取られ興奮しているみたいな、激しい感情をむき出した目をしていた。

 どうやら感情のコントロールができない様子らしいが、普段はクールだけど実は感情が激しい設定の定番キャラだと思った俺は、やはり何所か捻くれた性格なんだと思う。




 一方、同じく住み着いたロビンだが、お淑やかと無縁の性格で暴れていた。

 まあ、俺は端から期待していなかったので、そんなにダメージはない。

 だけど、コイツがアビゲイル達とジェイソンの店で飲み明かした翌朝に、前と同じく俺をベッドから叩き落して寝ていた時はキレた。

 だから、うつ伏せにして片方の腕を両足に挟み込んでロックし、顔面を両腕で後方に反るようにして締め上げた。所謂、クロスフェイスってヤツ。


「痛てててててっ、ヤメロ、放せ!!」

「ウルセエ、ブス! 二度目はねえんだよ!!」


 ぐいぐい顔面を締め上げると本当に痛かったのか、ロビンが暴れて二人そろってベッドから転げ落ちた。

 ベッドは乱れたけど、エロとは全く無縁な状況である。


「朝から何をする!!」


 締め付けた頬骨辺りを押さえて抗議するロビンに向かって、中指を突き立てる。


「テメエは学習する脳みそがねえのか? どこぞの馬鹿犬みたいに、同じ事を繰り返してんじゃねえ!!」


 馬鹿犬とは、もちろんベイブさんの事。


「だからって、いきなりクロスフェイスはないだろ! あれはガチで痛いし、逃げられないんだ!!」

「簀巻きにしてゴミ箱に捨てないだけマシと思え、バーカ!!」


 言い争っていると、隣の住人から壁ドンされて、騒ぎに驚いて見に来たジンは俺達の様子にどこか呆れていた。


 それから、暇だと言っては俺を強引に連れ出してダンジョンに行き、絡んできたラブ&ピースに喧嘩を売り、ついでにナンパしてきたNPCの貴族をぶっ飛ばす。

 自由な女ってのは、迷惑を吐き散らす生物らしい。

 男は自分の手に負えない女を見ると、その女を下げ落として自分の物にしようとする征服欲が働く場合がある。ただし、参照したのはエロ動画だから科学的な根拠は一切ない。

 アニメや小説を叩くしか能の無いアンチが、ネットでその手のヒロインを叩く心理を何となく理解した。




 尺の都合でカットしたけど、それなりに行動したからレベルは上がっている。

 と言う事で「ステータスオープン!!」 まあ、別に口に出さなくてもコンソールを出すだけなんだけどね。


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 Lv28

 スティールレイピアSTR+3、AGI+6、痛覚倍増付与付

 サバギンレーザーVIT+10


 ・筋力(STR) 9+3=12

 ・体力(VIT) 10+2=12

 ・瞬発(AGI) 7+11=18

 ・知力(INT) 5

 ・器用(DEX) 3


取得スキル

 スキル増加の指輪(+3)

 盗賊隠密スキルのフード付きマント(盗賊隠密スキル+6)

【生存術<Lv.25> INT+2】【危険感知<Lv.25> INT+2】【戦闘スキル<Lv.29> VIT+2】【盗賊攻撃スキル<Lv.29> AGI+2】【盗賊隠密スキル<Lv.23(+6)28> DEX+2】【盗賊窃盗スキル<Lv.15> DEX+1】【盗賊戦闘回避スキル<Lv.24> AGI+2】【突刺剣スキル<Lv.28> AGI+5】【打撃スキル<Lv.26> STR+5】【格闘技スキル<Lv.27> STR+5】【軽業スキル<Lv.26> AGI+5】【サバイバルスキル<Lv.18> INT+1】【ボルダリング<Lv.11> STR+1】


控え

【生産スキル<Lv.24> INT+2】【調合士スキル<Lv.26> INT+2】【毒作成スキル<Lv.26> INT+2】【薬草学スキル<Lv.26> INT+2】【乗馬スキル<Lv.5>】【クロスボウ攻撃スキル<Lv.16> DEX+1】【クロスボウスキル<Lv.16> DEX+1】【遠距離命中スキル<Lv.16> DEX+1】


アクション

 生存術・危険感知・ステルス・目くらまし(唾吐き)・死んだふり・足蹴り・バランス崩し・ホップ・ステップ・ジャンプ・サイドステップ・バックステップ×2・ダブルジャンプ・バックアタック・落下ダメージ減少・腕力UP(小)・早打ち・影縫い・スナイピング・ダブルショット・薬作成・毒作成


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 自宅で寛いでいたらタカシから馬車が出来たと連絡が来た。


「馬車が完成したってさ」

「お?」


 タカシとのチャットを終えて呟くと、横でソファーに寝転がっていたロビンが興味を示した。ジン? ボケっとしてるだけ。

 ちなみに、ロビンは俺の部屋だと、タンクトップに半ズボンの格好で肌を露出させていた。

 コイツは俺が未成年でこのゲームだと論理コードが働きパコパコできないと知って、何も警戒していないらしい。

 クソが死ね、居候の分際で横柄な態度を取るんじゃねえよ。と思いつつ、際どいアングルのスクリーンショットをパシャ! ……パンツは赤で布の面積が少なくエロい。


「それじゃ見に行くか!」


 ロビンが「よっ!」と言ってソファーから起き上がり、コンソールを弄って外出用の格好にチェンジした。

 以前、チンチラとステラが着替えた時は木陰に隠れていたのだが、コイツは羞恥心がないらしい。

 乳首は見えなかったが、一瞬だけ見えた全裸姿をスクリーンショットに収める……0.3秒遅かったのか、ベストショットが取れずに落ち込んだ。




 タカシから指定された場所に向かう途中で、義兄さんとチンチラに馬車が出来た事をチャットで連絡する。

 義兄さん達も準備をしてから広場へ向かい、チンチラとステラは馬を連れてから遅れて来るらしい。


「さて、どんなのが出来たんだろうな」

「さあな。マニアックなプレイを売りにする風俗店と同じで、生産プレイヤー渾身の一発芸を見せてくるんだ。どんなアブノーマルだとしても受け入れるのが筋だと思うぞ」

「例えを無理やり下ネタに持ってこうとする、その精神は見事だが、そろそろやめないか?」

「残念ながら、無駄な努力はしない事にしてる」


 ロビンの忠告を軽くいなしながら歩くと、広場の外れの木の壁に覆われた場所で、一台のロンドンタクシーが停まっていた。


「……タクシーだな」

「……見た目だけで判断するなら、タクシーだな」

「…………」


 俺達の目の前にあるのは、イギリスで走っている黒塗りのタクシーだった。

 周りでは、汚れた格好の生産系プレイヤーと思われる人達が、満足げな表情で黒タクシーを眺めていた。

 車体の見た目は古くて、俺が生まれる100年以上前の1950年ぐらいのデザインだと思う。その時代を背景にしたエロマンガの知識だから、本当かは知らない。

 タカシからサスペンションを付けると聞いて、タイヤぐらいはおまけで付いて来るかなと思ったら、まさかヘッドライトまで付くとは思わなかった。ここまでこだわっているから、当然サイドミラーも付いている。

 どうやら、前面のボンネットを足場にして屋根に乗る形で業者が座るらしい。それでこの車が馬車なのだと理解した。

 だけど、サイドミラーはボンネットの横に付いているから、御者からは見えず機能していない。意味なくね?


 そして、興が乗ったか知らないが、車体の屋根には『TAXI』の看板が付いてた。おそらく、このデザインを考えたヤツが冗談で付けたのだろう。

 もし、別のプレイヤーがタクシーだと思ったらどうするつもりなのか……この看板を付けたヤツは、確実にそこまで思考を働かせていないと思われる。


 生産系プレイヤーに挨拶しながら近づいてタクシーのドアを叩くと木製だった。それにしては艶があり過ぎだろ。無駄に拘るのもどうかと思う。

 叩いた音に気付いたのか、タクシーのドアが開き、中からタカシが姿を現した。


「やあ、どう? このタクシー」

「あ、タクシーなんだ……」


 最初っからごまかそうとしない発言に自然と顔が引き攣る。


「うん。最初はポルシェかフェラーリをモデルにしようとしたんだけどね。ポルシェは小さいし、フェラーリは車高が低いから没になって、乗り心地とサイズで考えたらロンドンタクシー一択になったよ」

「最初から馬車を作らず、車を作ろうとする時点で間違ってるけどな」

「一応、これでもヨーロッパの景観に合わせたんだけどね」


 そう言ってタカシが両肩を竦める


「時代背景は全く合わせてないけどな。それで、亜空間殺法はどうなった?」

「それ、何の安藤さん? 馬車のマジックボックス化は成功したよ。説明するより実際に乗った方が良いね」


 タカシはそう言うと、俺の背中を押して車、いや、馬車に乗せた。




 馬車の中に入ると、車高は外観と同じぐらいだったが、横幅と奥行きは三倍に広がっていた。

 だけど、残念ながら俺が求めていたマジックミラー仕様ではなかった。


「空間拡張が本当に成功しているし……」

「マリアさんが凄かったからね」


 マリアは一見無害と思うが、実はあの『ヨツシー』の三人の中で、一番作品にこだわりがあったりする。


「座席は皮張りなんだ……」

「木製にしようとしたんだけど、革職人が乱入してきちゃった」


 手のひらでシートを押したら、結構ふかふかである。


「……ちゃんと窓ガラスもあるんだな」

「普通のガラスにしようとしたら、凄腕の錬金職人が乱入してきちゃった。ポーション用の瓶で作ったから、叩いても壊れない防弾ガラスになったよ。それと車体のコーディングも同じだから、どんなに攻撃されても壊れる事がないからね」


 試しにガラスを強めに叩いたら、びくともしない。


「ポーション瓶のクオリティが高けえな。だけど、運転席は……さすがにないな」

「だって、馬車だし」

「馬車を作っている自覚はあったのか!?」


 タカシの発言に思わず驚く。


「最初の一時間だけね。デザインが黒タクシーに決まってからは、全員が暴走したよ」

「やっぱりな……」


 生産系プレイヤーは、時として戦闘系プレイヤーよりもバーサーク状態に陥ると把握した。




 俺達の後から乗り込んできたロビンは座席に座って乗り心地を確認し、ジンは、車内を見て口をポカンと開ける。

 まあ、俺もこの世界の住人だったらジンと同じ様に唖然としていただろう。


「なあ、エンジンは作らなかったのか?」


 座席に座って満足げなロビンが質問すると、タカシが残念そうな表情を浮かべた。


「さすがに時間が足りなかったよ」

「最前線の生産系プレイヤー達だから、作ると思っていたんだけどな」

「うん。作ろうとはしたよ」

「あ、作ろうとしたんだ……」


 二人の会話を座席に座って聞いていたが、思わず言葉が漏れた。


「ガソリンの替わりに魔石を積んで、ディーゼルエンジンを作ろうとはしたんだけどねぇ……」

「何故にディーゼル?」

「そこは車好きの人にしか分からないこだわりかな? 鍛治職人がエンジンを作ろうとしたんだけど、前の銃の時と同じように運営から禁止が入って、残念だけど諦めたよ。まあ、時間があったら水の魔石を使って、水素エンジンを作ろうって話が上がって来てるけどね」


 禁止されたら世代をぶっ飛ばして最新技術を取り入れるとか、現実の設計者も顔負けの思考だと思う。


「ところで、これだけの技術があれば、マジックミラー号もいけたとちゃう?」

「レイ君からの依頼のその後にステラさんから連絡があって、もし、マジックミラー号にしたら買わないって言われたよ」


 あの女、余計な真似をしやがって……。


「まあ、諦めろ。男だったら憧れるかも知れないが、女の立場だったら死んでも乗りたくない」

「俺が女だったら、出演料しだいで乗るぞ」


 ロビンの突っ込みに言い返していると、窓ガラスが叩く音がして、外を見れば義兄さんが困惑した表情で馬車を見ていた。




「早かったね」

「何で黒タクがあるんだ?」


 義兄さんに声を掛けながら車から降りると予想していた質問が来た。相変わらず、面白みのない男である。


「乗り心地を考えたらタクシーになったらしい」

「確かに考えは理にかなっているが、ファンタジーを冒涜しているぞ」

「その意見には同意する」

「ショットガンをぶっ放すお前が言うな!」


 義兄さんに同意したら、何故か嫌な顔をされて否定された。


「なかなか良い車だな」

「うむ。まさかこのゲームで車に乗るとは思わなかったけどな」


 シャムロックさんとベイブさんが馬車を見ながら頷いているが、ゴリラと犬は檻の付いた馬車が似合ってんじゃね?


「中に作業台は置けるかな?」


 ジョーディーさんが車内を見ながら呟くが、コイツは移動中の暇な時間を使って同人作成をするつもりらしい。馬車が汚れる。

 他の皆も馬車について色々と話しているが、姉さんが居ない事に気が付いて義兄さんに尋ねた。


「あれ? 姉さんは?」

「ああ、馬車が出来たと聞いて、シャルエットさんの家へ報告に行ったぞ。向こうはこちらの準備次第で何時でも行けるらしいから、馬車に乗って来ると思うぞ」

「ふーん。そっちは準備できてるの?」

「食料も持ったし大丈夫だ。お前の方は?」

「ポーションの類なら全部持ってきたから、こっちもオッケー」

「なら、馬車の準備が出来次第で出発だな」


 どうやら、直ぐに出発するらしい。この大きな街とも暫しの別れである。




「それで、レイ君。馬の方はどうなったの?」

「チンチラとステラが連れてくる予定だけど……ああ、どうやら来たみたいだ」


 ローラさんから残りの金額を受け取ったタカシからの質問に答えていると、タイミング良くチンチラとステラが馬に乗って現れた。

 馬はサラブレッド種ではなく、足の太い品種の馬で、俺が以前乗った美ケツの馬は居ない。


「あれ? 何でロンドンタクシーがあるの?」

「本当だ……何でかな?」


 ステラとチンチラが馬車を見て首を傾げているが、俺を含めてその質問は3回目だから、その後の展開は省略。


「それで、御者はどうなった?」

「それがね、雇う予定の御者さんが昨日から風邪を引いたみたいで、来れなくなったらしいの」


 ハイポーションで治してやろうか? 体力が弱ってる状況で飲んだら死ぬかもしれんけど。


「そうなのか?」

「うん。それで牧場のオーナーさんが慌てて探してくれているらしいんだけど……チョット難しいかもって……」


 何となく……何となくだが、今のチンチラの話に、俺の中ではあのバイセクシャルな御者が登場する前振りに思えて仕方がない。

 そんな事を考えていると、一台の馬車が広場に現れた。

 そして、その馬車の御者は……俺が想像していた通り、ロックストーン監獄に行った時の爺だった。




「ジョンか。それと、確かジンだったな」

「……ビートか。また会うとは思わなかったよ」

「知り合いか?」


 俺とビートの会話にロビンが加わる。


「まあ、チョットな」

「…………」


 俺が答えている間、ビートがロビンを御者席からジッと見下ろす。


「随分と無口なんだな」

「…………」


 ビートの様子にロビンが小声で俺に話し掛けるが、この爺のハイレベルなトークを知っている俺は何も答える事が出来なかった。

 俺が無言で居ると、ビートが乗っている馬車のドアが開いて、姉さんとアルドゥス爺さん。その後にシャルロット一家が降りてきた。


「やっほーお待たせ。それで、どんな馬車が出来たのかし……あら? 随分とおしゃれな馬車ね」


 どうやら世間体を気にしないヤツは、おしゃれな物だったら周りとミスマッチしていても気にしないらしい。


「ふわぁぁ。これ馬車でしゅか?」


 姉さんの後から降りてきたクララが黒タクシーを見て歓声を上げると、メイドが止めるのを振り切って小走りに馬車へと近づく。

 そして、クララを見たプレイヤーが一斉に彼女をガン見した。


「幼女!? 幼女が居るやん」

「何、この幼女……ぺろぺろしたい」

「やだ、このかわいい生き物……何?」


 顔をデレさせた性犯罪予備軍がクララに近づこうとするが、その前にシリウスさんが彼等の行く手を塞いだ。


「クララちゃんファンクラブ以外は、スクショも禁止です!!」


 そのファンクラブってまだあったのか? だけど、自らペド愛好家を宣言するのはどうかと思う。

 それでも彼の制止は効果があり、クララに惚れたプレイヤー達が次々と会員になっていた。お巡りさん、ここに犯罪集団が居ます。




「……という訳なんです」

「それは困ったわね」


 クララが暴走している間に、チンチラが姉さんに御者が手配できなかった事を相談していた。

 まあ、俺はその先の展開が予想できるので、諦めている。

 そして案の定、タカシ達が作成した馬車が12人乗りで、俺達ニルヴァーナが6人、クララに母親のニーナさんとメイドのターニャさん。そして、何故か付いて来るジンとアルサとロビン。

 合計12人という事で、こちらの馬車に全員が乗り、御者はビートがする事に決まった。


「俺は喋るのが苦手だから、お前等も話し掛けるな」


 嘘つけクソ野郎。

 ビートが俺達に向かって宣言するが、出発して一時間もしない内に変態トークが始まる事を俺は知っている。


「義兄さん。そろそろ俺達も馬車を操作する事を覚えた方が良いと思うから、最初に義兄さんがビートの隣に座って学んでみたら?」

「ん? 確かにそうだな。お前にしては良い提案じゃないか」

「俺にしてはってどういう意味だよ」

「最初に馬車をマジックミラー号にしようとしたのは誰だか思い出してやろうか?」


 それを言われたら何も言い返せない。だけど、ビートの変態トークの最初の犠牲者は義兄さんに決まった。

 ちなみに、ビートは馬車に乗って乗り心地を確認した後、「邪魔だ」と一言呟き、屋根に付いていた『TAXI』の看板をへし折り捨てた。



「ニルヴァーナの皆、妻とクララを頼む」


 俺達が馬車に乗る前に、ブックスさんが俺達に頭を下げる。


「安心してください。あなたの家族は死んで守って見せます」


 義兄さんがそう言って彼を安心させているけど、俺以外のプレイヤーは死んでも復活するから安い命である。


「本当だったら儂も行きたかったんだけど……残念じゃ」


 アルドゥス爺さんは政治闘争の中心人物だから、今回はキンググレイスに残って国王派を纏めるらしい。


「アルドゥス殿、今あなたが抜けたら訳が分からぬ事になりますよ」


 ブックスさんは今までの演技をやめたのか、爺さんへの口調が変わっていた。


「まあ、仕方がない……」


 爺さんが軽く肩を竦めてため息を吐く。


「なんでそんなに行きたかったのさ?」

「あそこの魔の森はモンスターが多く潜んでいて、良い運動になるんじゃよ」


 ……考えていた事は、脳筋思考だった。この爺って政治闘争に向いてないとちゃうか?


「ニーナ、クララを頼んだぞ」

「はい、あなた」

「パパ、行ってくるでしゅ」


 ブックスさんが、奥さんのニーナとクララに別れのハグとキスをする。

 その行為を見ていた俺を含む周りのプレイヤーの全員が、彼に殺意を向けていた。




「ヨシュア、そっちは任せたぞ」

「ああ、カートさん達も頑張ってくれ」


 居残り組のヨシュアさん達は、アルドゥスさんと協力して貴族派と対峙する予定。

 それは同時に、貴族派のラブ&ピースと対決する事となり、アライアンスを組んだギルド『萩の湯』の人数を入れても、数的に不利な状況だった。


「ラブ&ピースと対決すると言っても、しばらくの間は大人しく『萩の湯』の皆の強化に専念するつもりだ」

「何かあったら、連絡をくれ」

「ああ、分かった」


 義兄さんとヨシュアさんはお互いに頷くと、各々の別れの挨拶も済み、義兄さんはビートの隣に座り、他の皆は馬車に乗り込む。

 ちなみに、馬車は馬に繋がれた黒タクシーという、見事なまでに間抜けな姿だった。


「新しい所へ行くのってワクワクするね」

「そうだな」


 隣のチンチラが話掛けてきたから、彼女を見て頷く。

 サムネを見ても予想出来ないエロ動画は、どんなプレイを見せてくれるのかワクワクするから、その気持ちは大いに理解できた。


 居残り組や、タカシ達が見守る中、馬車がゆっくり動くと全員が手を振った。

 俺達も窓を開いて手を振り返す。ちなみに、窓はハンドルを回すと開く仕様になっていた。無駄にこだわってんじゃねえよ。

 街の住人、フレイヤーその全員が、珍しい馬車を見て注目を浴びる。

 俺達は中に居るから良いが、御者席に座っている義兄さんは、たまったものじゃないだろう。

 キンググレイスの西門を抜けると、草原の広がる道を馬車が進んだ。


「この馬車って、揺れないのね。凄いわ……」


 揺れの少ない現代チートの詰め合わせ馬車にニーナさんが驚いていた。

 その様子をスクリーンショットに収めてタカシに送信したら、直ぐに開発者全員が喜んでいたと返信が来た。単純な奴らである。


「んじゃ、後は移動だけだし先に落ちるわ」

「私もそろそろ落ちます」

「そうね。私たちもしばらく様子を見て何もなかったら落ちるわ」


 俺の後にチンチラもログアウトすると言うと、クララとじゃれていた姉さんがこちらを見て頷いた。


「んじゃお先~」


 そして、俺は皆に軽く手を上げてログアウトした。




 ログアウトして、病院のVRルームに戻る。

 寝る前にニュースでも見ようとチャンネルを開いたら、画面の中のアナウンサーが深刻な顔をしてニュースを読み上げていた。

 その下のテロップには……。


『VR病 潜伏感染者は約30億人と予想』


 内容を聞くと、どうやら今まで感染していなかったVRユーザも実は感染していたらしい。

 このニュースは、あっという間に世界中に広まった。




『ガンバルローグ 3章 終』

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