第13話 爺照れちゃう

「うおっ!」


 眠っていたら、突然、ガタン! と背中に振動を受けて目が覚めた。

 ここはどこだ!? 居場所が分からずに左右を見渡すが、何かに包まれて分からないし、俺を包んでいるのがチクチクして痛い。

 手で目の前のチクチクを掻き分けて顔だけを外に出す。

 動く街並みの景色を見て、ワラを積んだ荷馬車で寝ったのを思い出した。


 荷馬車は馬に繋がれて御者は俺に気付かず、のんびりと路地から大通りに向かって進んでいた。

 ワラの中から外の様子を伺うと、街の警備が通常通りに戻っていたから、装備を全部鞄に入れてパンツ一丁になる。

 ワラの中で全裸になったら、ワラのチクチクが全身に突き刺さり、未知のステージへと誘われた。

 全身から押し寄せてくる快楽を断腸の思いで我慢して、ジーンズと白のパーカーに着替えると、御者に見つからないように荷馬車から飛び降りた。


 貴族街をギルドハウスに向かって歩きながら街の様子を伺えば、普段より衛兵の数が多かった。

 アサシンだった俺を必死に探している様子だけど、犯行時と同じ服装の人物を探している時点で無能の極みだと思う。

 近くに居た衛兵に「ご苦労さまです」と言いつつ、心の中で「プギャー」と嘲笑う。

 だけど、衛兵は俺を礼儀正しい好青年と勘違いして笑顔で敬礼をしてきた。嘲笑いから一変して良心が痛む。




 ギルドハウスに帰るとシャムロックさんが庭で芝の手入れをしていた。

 芝は高麗芝で冬には枯れるけど、今の時期は一面の緑を地面に描いていた。芝に詳しい? 異世界でガーデニングができるぐらいの知識はあると思う。

 シャムロックさんに手を振ると、俺に気が付いて手招きをする。

 あれは「暇だから殴り合おうぜ」という呼び込みだから、彼を無視して館に入った。


 館に入ると、義兄さん、姉さん、ヨシュアさん、ローラさん、ロリコン、訂正、シリウスさんが居た。

 彼等はフロア横のソファーに座って会話をしていたが、玄関から入って来た俺に気付くと手招きして呼んだ。こっちは普通に会話が成立するから素直に近づく。


「昨日は大変だったらしいな。今朝、街の中を衛兵が走り回って凄いことになってたぞ」


 そう言いながら、ヨシュアさんが笑う。

 姉さんは何も言わなかったから騒動があっても寝ていたのだろう。相変わらず図太い神経の持ち主だと思う。


「そうなの? 昨日はずっと家で寝てたから知らん」

「ん? でも、昨日は……ああ、なるほど」

「そういう事で宜しく」

「ああ、分かった」


 ヨシュアさんと姉さん以外はログインしたばかりなのか、今の会話に首を傾げていた。

 どうせ追及されるのは分かっていたので、彼等にも現状を説明する。


「何をやっているんだか……」


 義兄さんは頭を抱えて溜息を吐いているけど、文句は俺をブックスさんに売った姉さんに言え。


「それで、昨日はどんな事をやったの? 教えて、教えて?」

「ああ、いいよ」


 姉さんに乞われて昨日の行動を詳しく話した。

 だけど、テクノブレイカーが宙を飛ぶ事は、俺が狂ったと思われそうだったから秘密にする。

 話を終えると全員があんぐりと口を開き、信じられないといった様子で俺を見ていた。訂正、姉さんだけは大はしゃぎだった。


「……レイ、一言だけ言わせてくれ」


 義兄さんが俺の肩にポンと手を置く。


「何?」

「少しは自重しろ」

「サーセン」


 自分でもやり過ぎたと思っていたから素直に謝った。


「問題は他のギルドからのアサシンに関する追及ですね」

「あれ? ヨシュアさんか姉さんから聞いてない?」


 ロリコ……シリウスさんの心配に首を傾げる。


「ああ、シリウス達は今来たばかりだから、まだ偽装の話はしてないぞ」

「「「偽装?」」」


 ヨシュアさんの「偽装」の言葉に、今度は義兄さん達が首を傾げた。


それがし、盗賊から軽戦士にジョブチェンジしたでゴザル。にんにん」

「は?」


 義兄さんがますます分からない様子だったので、詳しい事情を説明した。


「……なるほど、そういう事なら分かりました。僕もネットを使ってレイ君が軽戦士でニルヴァーナの12人目だと公開するよ」


 さすがはシリウスさん。面倒くさい事は彼に丸投げすれば全て解決してくれる。


「そうだな。そっちはシリウスに任せた方が良いだろう」


 ヨシュアさんも俺と同じ考えだったのか頷いていた。




 他愛のない会話をしていると、玄関の扉が開いてシャムロックさんが入って来た。


「レイ、客だぞ」

「ん、誰?」


 入って来たシャムロックさんの後を見ると、アルドゥス爺さんとブックスさんが立っていた。


「もう来たの? しかもブックスさんまで一緒に?」

「朝のあの騒動を見たら気になってね。それで首尾は?」

「まあ、ぼちぼちかな?」

「さっきの話を聞く限り、絶対にやり過ぎてると思うわ」


 ブックスさんに答えると、横からローラさんが首を横に振って否定した。

 それに対し肩を竦めて、鞄から昨日奪取した戦利品を出そうとしたら……。


「みんな、こんちゃー!」


 今度は二階からベイブさんとジョーディーさんのダメ夫婦が降りてきた。どうやらたった今ログインしたらしい。

 人数が多くて玄関横のサロンだと全員座れないため、俺達は滅多に使わないリビングルームへと移動する。

 そして、ローラさんが全員分のお茶を用意している間に、チンチラとステラがリビングに入ってきた。こちらも今ログインしたらしい。

 これでブラッド以外が全員ログインする。ブラッド? ジョーディーさんの飯テロが怖くて、ログインするのを躊躇ってんじゃね? 知らんけど。




 もう一度、今までの経緯を皆に話す。ついでにこの場に居ないブラッドの口が軽い事も暴露した。結果、彼が居ない間に全員一致で彼の毒殺刑が決定した。


「任せて、とっておきの料理を作るわ!!」


 ジョーディーさんがサムズアップして楽しそうに笑う姿を見て、この場に居るニルヴァーナの全員が合掌し、彼の冥福を祈る。

 俺もせめてメシが速効性で、苦しまずに死ねる事を祈った。


 次に昨晩の戦利品を取り出して、テーブルに並べ始めた。

 最初にワインボトルをテーブルの上に置く。

 ブックスさんがワインボトルを掴んで何気にラベルを見た途端、驚きの表情に変わった。


「これは……ボルギー産のワイン? ラベルは……なっ、貴腐ワインの最高等級、それのビンテージ!? 一本300gは下らないぞ!!」

「それが後10本ありまーす」


 驚くブックスさんの前に次々とワインを並べる。それを見てブックスさんの顔が引き攣っていた。

 そして、ブックスさんの話にこの場に居る大人達が涎を垂らしそうな顔でワインを凝視する。


「一度でいいから飲んでみた……グハッ!」


 ベイブさんがポツリと呟いたその瞬間、ジョーディーさんの小さな拳がベイブさんの横面にめり込んだ。


「散々人様に迷惑かけて、この口はまだ酒が飲みたいと言うの? 調子こいているとマジでホスピスにぶち込むぞ!」


 殴った手でベイブさんの口を鷲掴みして脅すジョーディーさんに、全員がドン引きする。


「うぐぐ……すいません。許してください……」


 あやまるベイブさんを見て、全員が頭を横に振って溜息を吐いた。

 何でこの夫婦は後からログインしたのにも関わらず、全ての笑いを掻っ攫う? 会話が進まなくなるから自重して欲しい。


 ワインを出した後は、宝石や指輪などの貴金属を出した。

 これははブックスさんも知識がないため、後で信用のある鑑定師に依頼するらしい。壷も見せたけど、多分贋作だと思うと言われた。後で叩き割ろう。

 黄金のすけべ椅子を出した途端、義兄さんが頭を叩いた。


「変な物を取ってくるんじゃない!!」


 ……黄金のすけべ椅子は即行でベイブさんに没収されたけど使うのか? 使っちゃうのか? ジョーディーさんはソープ落ちするらしい。

 ちなみに、すけべ椅子を何に使うか分かっていないチンチラとステラとは逆に、ローラさんは赤面していた。さすが痴女だと思う。




「これ、金庫にあった書類」

「ありがとう。これで侯爵をさらに追い詰める事ができるだろう」


 金庫に入っていた書類を渡すとブックスさんがニヤリと笑って受け取った。

 その顔はクララに見せない方がいい、たぶん気持ち悪がって泣きだす。

 そして、ブックスさんはお金を5Pだけ受け取って、残りを俺に返した。


「国庫にはこれだけで十分だ、後はレイ君の報酬にするといい」


 報酬と言っても、5P引いた金額だと14P(1億4千万)あるんだけど?


「多すぎる気がするけど、受け取っとくよ」


 これでまた金銭感覚が狂い始める。いっちょビンテージワインを使ってロケット飛ばしてみるか?


「こんなに貰えるんだったら、私もやってみようかしら?」


 ステラが俺の報酬額を聞いて興味が沸いたらしい。全員とは言わないが女性は年齢に関らず金に弱い。


「やめとけ、捕まるぞ」

「そりゃレイに比べれば腕は落ちるけど、そうハッキリ言わなくてもいいじゃない」


 俺の忠告にステラが不貞腐れる。


「違う、違う。腕とかセンスとかじゃなくて、盗賊ギルドに登録した人間はこの街で犯罪ができなくなるらしいぜ」

「それどういう事?」


 説明を求められて、ブックスさんから聞いた、盗賊ギルドに登録すると国から管理される事を説明した。


「え、それ本当?」


 その話にステラだけではなく、その場にいる全員が驚きの表情を浮かべる。


「ああ、本当だよ。これは公開はされてないけど事実だね」


 ブックスさんが話の保証をすると、ステラがガックリと首を落とした。

 泥棒してまで金が欲しかったのか? 幼女でも女子高生でもババアでも、女は常に強欲の塊だと思う。まあ、実際に盗みに入った俺のセリフではないな。




 最後に屋根裏で見つけた爺さん、改め、王国の剣をテーブルにドンと置いた。

 その剣を見て義兄さんとヨシュアさんが目を輝かせる。


「これは?」


 義兄さんが手に取って鞘から抜くと、ミスリルの青い金属の刃が照明の光を受けて美しく光る。その輝きに全員がゴクリと息を飲んだ。


「……凄いな」

「ああ、しかも追加ボーナスが凄い……」


 義兄さんとヨシュアさんは剣の素晴らしさに魅了されていた。俺から見たら爺に惚れる異常なフェチにしか見えない。


「……まさか……まさか……」


 横から呟く声が聞こえて振り向くと、アルドゥス爺さんが剣を凝視してボケ……いや、唖然としていた。


「それ『王国の剣』って言うらしいよ」

「何だとーー!!」


 剣の銘を聞いた途端、ブックスさんが席を立ち大声で叫ぶ。


「……やっぱり」


 その横では、アルドゥス爺さんが納得の表情をしていた。どうやらこの爺さんは、剣を見ただけで銘に気付いていたらしい。


「アルドゥスさん、知ってるのか?」


 義兄さんの質問にアルドゥス爺さんが頷く。


「うむ。この国がブリトンになる前、今から800年程前になるがグレイス国に伝わる名剣じゃ。紛失したと聞いておったが、まさかこの目で見ることができるとは夢にも思わんかった」

「信じられん……」


 隣のブックスさんは未だ正気に戻らず、他の皆もアルドゥス爺さんの話を聞いて剣の凄さに驚いていた。


「聞いた話だと城から盗まれたらしいぜ」

「ん? 誰に聞いたんじゃ」

「それ本人にだよ」


 アルドゥス爺さんが首を傾げる。


(そんなに見つめられると、爺、照れちゃう)


 王国の剣の爺さんが突然話し掛けてきたけど「照れちゃう」じゃねえよ、照れる前に恥を知れ。


『喋った!』


 突然、全員の頭の中に爺さんの言葉が聞こえて皆が驚きの表情をする。

 ちなみに、今まで王国の剣もテクノブレイカーも口がないから、直接頭の中に会話が聞こえていた。本当に、不気味な奴等だと思う。


(ふぉふぉふぉ、いつ見ても楽しいのう)


 どうやら剣の爺さんは、話し掛けて驚くのを見るのが楽しいらしい。

 悪戯好きの老人は痴呆ボケの一歩目を既に踏んでいる事を自覚するべきだと思う。


「レイ! どういう事だ、何で剣が喋る?」

「知らないよ。直接聞けばいいじゃん」


 俺だって剣が喋るかなんて知らんよ。


(儂だって知らんぞ。元は高位の精霊だったから意識はあったが、実際に喋れるようになったのは、剣に宿って500年ぐらいしてからじゃ)


 正気を取り戻したブックスさんが王国の剣について説明する。


「……聞いたことがある。グレイス国王の剣は意識を持ち、歴代の王を支えていたと……そして、剣に認められない者は王になれなかったらしい」


 話を聞いて思うに、剣に認められなかった人達は無機物に拒否されてどれだけ屈辱だったのだろう。


「爺さん凄かったんだな」

(ふぉふぉふぉ、今も凄いぞ)


 武器としての強さは知らんけど、喋る時点で確かに凄い。もしくはホラー。


「それで、この爺さんは城に帰りたいらしいから、ブックスさんが返しといて」

「うーん……少し考えさせてくれないか」


 俺の話にブックスさん腕を組んで悩む。


「落ちてました。とか適当に言って誰かに渡せば済む話だろ」


 シャムロックさんがそう言うと、俺を含めた全員が手を左右に振って否定する。

 脳筋筋肉馬鹿は思考が単純で困る。


「そう簡単じゃないと思います。まず出何処がまずいですよ」

「そうね……拾いましたと言っても、どこからと聞かれたら、侯爵の家から盗んだとは言えないし。下手するとブックスさんに容疑が掛かる可能性もあるわ」


 チンチラと姉さんがシャムロックさんに説明するが、脳筋の彼は二人の説明が難解らしく首を傾げていた。


「その通りだ。チョットした事でも蹴落とす材料に繋がるからな。特に今は私の政敵が権力を握っているから、なおさら危険だ」

「という事はその政敵の力を弱めないと返せないって事?」

「そういう事だな」


 ステラの質問にブックスさんが頷いた。


「だそうだけど、爺さんどうする?」

(ふむ。どうやら今すぐ帰ってもくだらない事につき合わされそうじゃのう。しばらくの間、お主達と一緒に行動するのもアリかもしれん)


 俺と爺さんの話を聞いた義兄さんとヨシュアさんの目が一瞬光った。


「そうか、じゃあ爺さんはしばらく俺と……」

「いや、私が使おう」


 義兄さんとヨシュアさんがにらみ合って、火花が散る。


「爺さんはどっちがいいんだ?」

(どっちでもええよ)

「じゃあ、戦って勝った方にしましょう」


 俺と爺さんの会話を聞いていた姉さんが、ポンと手を叩いて楽しそうに提案する。


「分かった。ヨシュア勝負だ」

「望むところだ。カートさんとは一度真剣に戦いたかったから丁度良い」

「遅くなりましたーー」


 義兄さんとヨシュアさんが部屋から出ようとしたタイミングで、ブラッドが遅れてリビングに入って来た。

 部屋に入って来たブラッドを見て、全員が一斉に視線を逸らす。


「えっ……もしかして?」

「ブラッド君、美味しい料理を作ってあげるから楽しみにしててね」

「ギャーーーー!!」


 ジョーディーさんの処刑宣言を聞いたブラッドの悲鳴がリビング中に響いた。

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