第12話 ダイナミックお邪魔します

 ここまでいろいろと盗んできたが、まだ目標額には達していないと思う。

 そろそろ金の入った金庫を見つけたいが、執務室にないという事は別の場所……一発逆転を狙って侯爵の寝室を狙う予定。


 ん? 何だあれ?


 穴を覗きながら侯爵の寝室を探していると、屋根裏の奥に古臭い箱をを見つけてペンライトを向ける。

 照らされた先には古臭いが厳重な趣のある箱が置いてあった。

 箱を調べると、厚い埃を被っていて、長い間開けられた様子もなく施錠がしてあった。


(ねえ、この中にボクと同じ感じの何かが居るよ)

(そうか、じゃあ無視しよう)


 何となくテクノブレイカーから二度見された気がした。


(え? 何で? 開けようよ)

(開けても良いけど、お前の出番が減るぞ)

(出番!? よく分からないけど、やっぱり止めよう!!)

(分かった、開けよう)


 気が変わった。コイツが嫌なら開けるべきだ。


(ふぁ!? 無視するって言ったじゃん!)


 腰で叫ぶテクノブレイカーを無視して、鍵穴にロックピックを差し込む。


 ……む? これかなり難しいぞ。


 …………


 ………


 ……


 …カチッ!


 テクノブレイカーが必死な声で「開けないで!」と叫ぶのを無視して作業する事10分、開錠に成功する。


(それじゃ開けるぞ)

(帰ろう! 帰ろう!)


 箱を開けると、中に一本の古びた剣が入っていた。

 箱から出して剣のステータスを確認する。


 王国の剣……ミスリルロングソード(STR+10、光属性+10の追加ダメージ)


 品質が100%で「王国の剣」と言う銘まで付いていた……何でこんな剣が屋根裏部屋にあるの?

 ここ侯爵の館だよな。銘から考えても王様の腰か城の宝物庫に眠っている代物だと思う。


(……ふぁ? なんじゃ?)


 俺が唖然として剣を見ていると、頭の中から爺くさい声が聞こえた。


「喋った!」

(喋った!)

「いや、お前が驚くな」


 テクノブレイカーに突っ込みを入れる。

 うーん……どうやら俺はまた無機物の守護霊を見つけたらしい。マジで嫌なんだけど……。




(んーあまり驚かないのう)

「前例が既に腰にあるからな」


 俺がテクノブレイカーをペシペシ叩くと「痛い! 痛い!」と声がした。


(ふむ、まだ若いが力のある精霊を持っているな)

「精霊?」

(精霊?)


 俺とテクノブレイカーが同時に聞き返す。

 いや、お前の事なのに何で驚いてんの? それに力のあるって、こいつ応援しかできねえよ。さらに馬鹿だし。


(なんじゃ? 自分の事も分からんのか?)

(うん。気が付いたら剣になってて、あるじの腰に居たから)

(そうなのか? だけど変じゃな。儂が見る限りその剣はまだ若いのに精霊が付くのも珍しい)

「あ、違うぞ。コイツって元は別の剣に居たけど、売っぱらおうとしたら勝手に乗り移っただけだからな」


 鞄からスティレットを取り出して喋る剣に見せる。


(なるほど。確かにその剣なら納得じゃわい。作られてから400年は経っておる)

「さすが専門家だな」


 剣の事なら、剣に聞け。

 これだけだと達人のうんちくに聞こえるが、実際に声を聞いてもそんなに凄い事じゃねえな。


(うむ。恐らくじゃが、空を漂う弱き精霊が偶然その剣に取りついて、剣の霊気を吸ったことで力を付けたのじゃろう)

「そうなのか?」

(知らない)


 確認すると、精霊の癖に記憶障害らしい。


「ふーん。ついでに聞くけど、コイツの声って俺にしか聞こえないんだけど、その理由って分かる?」

(うーむ……これも憶測じゃが、この精霊が意識を初めて持った時に、お主が居たからかもしれんな)

「なあ、お前、意識を持ったのっていつぐらいなんだ?」

(えっと、あるじがゴブリンの首にナイフを近づけて、オッパイ揉んでた)


 え? ……俺、そんな事したっけ?


(その後、山の上で朝日に向かって「お疲れマウンテン」って言ってたよ)


 ああ、ゴブリンを虐殺した時か……いや、待て?


「でも、お前って前にコトカの祠で指輪に取りついてなかったか?」

(あれ? 確かにそうだった。なんか記憶がごちゃごちゃしてる)

(恐らく剣の記憶と精霊の記憶。それに、その指輪に取りついた霊の意識が混ざって、新たな人格が生まれたのかもしれんのう)


 よく分からんが、もしコイツが人間だったら多重人格で精神科医に行くレベルの重症患者。絡まれる前に距離を置きたい。


「まあ、コイツの事はどうでもいいや。それよりも、爺さん何でこんなところに入ってたんだ?」


 腰から「どうでも良いって酷くない?」とクレームが入ったけど話が進まないから無視。


(……あー……忘れた)


 アカン、この爺ボケてやがる。


(仕方がないじゃろ。ずっと寝てたんだし……)


 俺がジト目で見ていると爺が言い訳を言う。


「だったら、爺さんは何者なんだ?」

(儂か? グレイス国王の剣じゃが?)

「グレイス国王? キンググレイスの王様か?」

(キンググレイス? 儂が寝ている間に国が変わったのか?)


 あ、国の名前は「ブリトン」だっけ。


「さあ、名前が似てるから多分そうじゃね? 知らんけど」

(ふむ)


 爺から話を聞くと元々は光の精霊だったらしい。何となくハゲた爺を思い浮かんだ。

 そして、この剣が作られた時に契約で一部の力を貸すつもりだったが、作られた剣の品質が100%だったせいで、自分自身が剣に取り込まれて抜けられなくなったとか、ちょっとした事で人生が狂う実体験を聞かされた。

 だけど、精霊が入ったことで普通の剣が名剣として生まれ変わり、流れ流れて国王の手に入ったらしい。

 それ以降、歴代の国王の剣として受け継がれ、王国の剣として国の象徴となった。

 ここから10分ほど爺の自慢話が始まったが、聞いてもつまらないので割愛。ちなみに、自慢話は俺が限界に達したから強制終了させた。


(……で、城に泥棒が入ってな、それ以降の記憶がないんじゃ……)

「……ふうん」

(おじいちゃんも大変だったんだねぇ……)

(それでのう。儂もそろそろ帰ろうかと思ってな。その、連れてってくれんかのう……)

「どこに?」

(城)

「無理」


 あそこってプレイヤーの立ち入りを禁止してるから、行けないし。


(そこを何とか、礼ならするぞ)

「礼って剣なのにどうやって返すつもりなんだよ……」

(うむ。その精霊が宿っている剣を抜いて、儂と合わせてみるがよい)


 何をするのか分からないけど、爺の言う通りにテクノブレイカーを抜いて、刃の部分合わせた。




(よし行くぞ)

(にょ?)


 テクノブレイカーの変声が出るのと同時に、両方の剣が光りだした。


(あーおじいちゃんに抱っこされてるみたいナリー)


 固そうだな。


(終わったぞ)

「一体何をしたんだ?」

(儂の力の一部をこの精霊にやった)


 テクノブレイカーのステータスを確認する。

 テクノブレイカー……スティールレイピア(STR+3、AGI+6、痛覚倍増付与付)


「…………」


 もう一度、テクノブレイカーのステータスを確認する。

 テクノブレイカー……スティールレイピア(STR+3、AGI+6、痛覚倍増付与付)


 あれ? ……ふむ…………二度見したけど前と同じだな。


「……爺さん」

(なんじゃ?)

「コイツ、強化されてねえぞ」

(む? おかしいのう)


 一緒に首を傾げる。まあ、爺さんは剣だから実際には傾げてない。

 その時、テクノブレイカーが手の中でプルプル震えだした。

 すげえ、コイツ、バ○ブになった!! これでどんな女性もイチコロだぜ!!

 手の振動に驚いていると、突然、テクノブレイカーがスポン! と手から飛び出してふよふよ宙に浮かんだ。


「なっ!」

(ほう?)


 俺と爺さんが驚いているのを余所に、ふよふよと浮かんでいたテクノブレイカーが広い屋根裏を縦横無尽に飛び始めた。


(ひゃっほーー!!)


 まるで銀バエだな、糞に群がれ。


「爺さん……説明を頼む」

(……普通、精霊は何かしら火水風土の四大元素や光、闇などの属性を持っている。だから、武器に精霊が宿ると攻撃にその精霊の属性ダメージを与えることができるんじゃが……どうやら、あの精霊は属性がないらしい)

「それって珍しいのか?」

(うむ。精霊の常識から言えば、ありえない存在と言えるのう……恐らく、精霊だけじゃなくて、剣の霊気や指輪に宿った霊やらが混ざった結果、世界で初の無属性の精霊が生まれたのかもしれん)


 俺は、世界で最初にポルターガイストを使役する事に成功したらしい。別に嬉しくはない。


「それで? なんでアレは飛んでるんだ?」

(それは儂にも分からん)


 ガクッ!


(……何分にも、無属性の精霊なんて見たことも聞いたこともないからのう。武器に属性が付かない代わりに、あの精霊自身に力が宿ったのかもしれん)


 なるほど、これが『ちょっとした事で人生が狂う』ってやつか。納得した。


 ビュン!


 宙を縦横無尽に飛び回るテクノブレイカーを見ながら爺さんと会話をしていると、風切り音がして目の前にテクノブレイカーが戻ってきた。風圧でフードが捲れそうになる。

 刃をこっちに向けるな、後数センチで俺の額に刺さったぞ。


(あるじー見て見て、楽しいよー)

「俺は怖えよ……」

(えーなんでー)

「いいから鞘に戻れ」

(えーっもっと遊びたいよーって、あれ?)


 突然、テクノブレイカーが落ち始める。


「おっと!」


 床に落ちる前に空中で取っ手を掴んで、銀バエブレイカーを回収する。


「お前、音を鳴らそうとするんじゃねえよ」

(うわーん、力が入らないよー)

(どうやら、魔力を使って空を飛ぶみたいじゃな)

(ぐすっ……じゃあまた飛べるようになるの?)

(うむ)

(良かった)


 俺が飛べるようになった訳じゃないから、困るんだけど……。


(さて力も授けたし、これで城に連れてってもらえるんじゃろ?)

「……チョット待て。礼ってこれか? 俺に利益が何もねえぞ」

(本当は武器の力を強くするつもりだったんじゃがのう。こうなってしまったのは仕方があるまいて、だから連れてけ)


 なんか納得いかないんだけど仕方がない。

 帰って俺の部屋に置いとけば、アルドゥス爺さんが持って行くだろう。

 ちなみに、爺さんにその武器としての価値は幾らぐらいか聞いたら「国宝級の宝を売ろうとしても高すぎて値段なんて付かないと思うが?」と言われて、ガックリと肩を落とした。




 テクノブレイカーのパワーアップ? のクソなイベントも終わって、探索を再開する。

 無駄な時間を取ったせいで、時間が大幅に狂った。ついでに、腰の武器も狂い始めている。俺? 既に狂ってますがなにか?


 床の覗き穴から下の部屋を覗いていると、4つ目で豪華な部屋を見つけた。

 多分、侯爵の寝室だと思うけど、間違ってても金が入れば構わねえ。


 先ほどと同じように屋根を支える柱にロープを結んで下に降りる。

 豪華なベッドを見ればおっさんが寝ていた。顔は知らねえけど、これが侯爵っておっさんか?

 見た目はどこにでも居る加齢臭漂う小太りのおっさん。休日はゴルフウェア紳士に変身して、さらに臭いをまき散らしてそう。


 ベッドでおっさんがぐーすか寝ている周りで金品を漁る。

 部屋には豪華そうな絵画やツボがあった。素人の俺にはその価値は分からない。

 もし俺がどこぞの鑑定団だったら「良い仕事です」と言って依頼人を喜ばせた後で、ツボを叩き割り「エイプリルフール」と嘲笑う。

 ツボはサイズが小さかったから鞄に入れた。安かったら叩き割ってストレスを解消する予定。

 絵画は持って帰れるサイズじゃなかったから、インクで上から『ラブ&ピース』と書いた。

 これで侯爵がギルド『ラブ&ピース』を疑うとは思わないが、散々うちのニルヴァーナを舐めてくれた仕返しはさせてもらった。




 寝室のクローゼットルームから高そうなカフスボタンや指輪を吟味していたらレバーボタンを見つけた。

 どうやらここにも隠し部屋があるらしい。ためらうことなくレバーを下に降ろす。


 ギギッ、ギーーッ!


「……!?」


 レバーを引くと隣の寝室から軋む音が鳴り響いた。どうやら建付けが悪かったらしい。そして、その音に反応したのか、侯爵が目を覚ました。


「ん……何だ? ……何で隠し扉が開いている?」


 ……このまま隠れるか? いや、人を呼ぶ前に押さえた方が良いだろう。

 クローゼットルームから寝室を覗いて隙を伺うと、侯爵はベッドから起きて俺の居るクローゼットへ近づいて来た。

 その隙だらけのおっさんに向かって、顔面にジャンピングニーをブチ咬ます。


「ぐはっ!」


 寝ぼけた状態で顔面に膝蹴りを喰らった侯爵が吹っ飛んでベッドの上に倒れた。

 起き上がる前におっさんの上に跨り、左手に持ったナイフを首に押し付け、右手で口を塞ぐ。


「むぐ? ぐぐぐ!」


 口を塞がれた侯爵が俺を凝視して暴れようとするが、直ぐに首元のナイフに気付いて動きをとめた。


「動くな、騒ぐな、チ○コをそぎ落としてケツに刺すぞ」


 耳元で脅して大人しくさせる。


「よし、いい子だレディーお嬢ちゃん。このままジッとしてろよ」


 男をうつ伏せにしてロープで後ろ手で縛った後、シーツをナイフで切って口に猿ぐつわをする。


「誰だ!」

「どうも皆のアイドル、アサシンです」

「何だと……ムググ」


 猿ぐつわをする前に質問されて素直にアサシンと名乗ると、侯爵が驚いていた。

 これでブックスさんから言われたアサシンの犯行にするという、もう一つの依頼も終わった。


「しばらく大人しくしてろ」


 逃げられないように足もロープで縛った後、音のした場所をみれば壁の一部が開いて巨大な金庫があった。

 金庫を調べれば鍵穴の付いたダイアル式で、ロックピックを入れたら以前コトカにもあった魔法の鍵じゃないと開かない金庫だった。


「魔法の鍵か……厄介だな」


 金庫を調べた後、再び男の元へ戻る。


「鍵はどこだ? 顎で方向を教えろ」


 鍵の在りかを尋ねても、侯爵は俺をジッと見て動こうとしない。


「そうか……」


 鞄から毒の入った瓶を出すと、侯爵を仰向けにして跨り瓶を近づける。


「これは結構強力な毒だけど、飲んでみるか?」


 侯爵が瓶を見てギョッとする。その様子に首を傾けて顔をしかめた。


「だけど、その、残念だが……カロリーオフじゃない」


 侯爵が首を左右に全力で振って拒絶する。

 俺の予想通り、このおっさんは中性脂肪を気にしてダイエットをしていたらしい。


(それ絶対に違うよ。毒に反応してるんだよ!)

(ただの冗談だ)

(冗談になってないから)

(ふぉふぉふぉ、面白いのう)


 爺が笑い、テクノブレイカーからの突っ込みに軽く肩を竦めると、再び侯爵と向き合う。


「もう一度聞くが、鍵はどこにある?」


 質問した瞬間、一瞬だけ侯爵の視線が右を向いて、その視線の先を追えば高級感のある机があった。


安らかに眠れレスト・イン・ピース


 彼に向かって別れの挨拶を済ませると、侯爵の頭を瓶で殴り気絶させた。


「ありがとよ。エルフとパコパコする夢でも見てるんだな」


 鞄から『月刊 エルフ コレクション』を取り出すと、下半身ドアップの見開きページを開いて侯爵の顔に被せた。




 先程の机を調べて引き出しから金庫の鍵を見つけると、金庫の前でしゃがみ扉に耳を付けて集中する。

 ダイアルを少しづつ回すと金庫の構造が脳内に浮かび始めた。相変わらずスキルを取ってないのにも関わらず金庫の構造が浮かぶけど、本当に訳が分からないしマジで不気味。

 一度だけ鍵開けスキルについてステラに尋ねた事があるが……「スキルを使っても何となくしか分からないわよ。アンタの頭がおかしいに決まってるじゃん!」と、普通にゲームをしているだけなのに変質者扱い。酷いと思う。

 これも俺の頭に巣食う病原菌のプリオンちゃんのせいなのか知らないけど、こんなゲームだけに通じる恩恵なんて要らねえから、さっさと頭から消えて病気を治せと思う。


 左34、右45、左13、右20、左31


 頭に浮かんだ数字通りにダイアルを回して、鍵を使って金庫の扉を開ける。

 金庫が開くと、中には大量の宝が眠っていた。


「よしっ!」


 右腕を引いてガッツポーズ。お仕事タイムの開始である。

 金庫の金を鞄に全部入れたら合計で18P(1億8000万)ぐらいになった。

 ちょっと取り過ぎた気もしないでもないが、鞄から戻すのも億劫だから頂いた。

 それに、一度取った金を「取り過ぎましたお返しします」と言って返すのも、泥棒としてどうかと思う。


 重要そうな書類も入っていたからこれも没収。

 最後に、奥に置いてあった宝石箱を取ろうと持ち上げたら、「カチッ」と音がした。




 『バックステップ』『バックステップ』


 危険を察して、直感だけでスキルを連続で起動。

 発動時の体制が悪かったせいで、後方に転がって倒れる様に金庫室から離れた。

 その直後、隠し部屋の入り口の上から鉄格子が降りて金庫室を閉じた。同時に館中に「ジリリリリリッ!!」とベルが鳴り響く。

 警報のトラップか、これじゃ俺の危険感知スキルも反応しない筈だ!!


「ランディー様、どうしました!?」


 俺が立ち上がるのと同時に、部屋の入口のドアが開いて守衛が中に入って来た。


「貴様、誰だ!!」


 守衛は俺を見つけるなり大声で怒鳴り剣を抜く。

 今からだと屋根裏に戻れないし、戦っている暇もない。毒霧も考えたがマスクを剥がして正体がバレる馬鹿なマネはさすがにやらない。

 襲い掛かる守衛の剣をバックステップで躱すと、窓に向かって走り体ごと体当たりをして外へ飛び出た。




 ガシャン! と窓が割れて大きな音が鳴り響く。

 地上3m以上の高さから地面に落下する前に、前方回転受身で着地して芝生にごろごろと転がった。同時に視線の隅で体力低下のアナウンスが表示される。

 今の落下で残りの体力が1/4まで減ったらしい。ボルダリングスキルの『落下ダメージ減少』がなかったら死んでたかも……。


 ここは館の裏側か?


「庭に逃げたぞ!!」


 飛び出た二階から守衛が身を乗り出し大声で叫ぶ。

 館は鳴り響くベルの音と至るところから聞こえる人の声で、真夜中なのに騒がしかった。

 体力を回復する暇もなく、体を起き上がらせて走り出す。

 門は既に守衛が待ち構えている可能性があるため、今は隠れる場所を探すしかない。


「いたぞ!」


 広い庭を走っていると館の角から守衛が二人現れ、俺を見た途端剣を抜いた。


(後ろにも居るよ!)


 腰からの声で振り返えれば、同じように二人の守衛が向かって来ていて挟まれていた。


(テクノ、MPは回復したか?)


 走りながらテクノブレイカーに話し掛ける。


(テクノは止めて! 下のブレイカーで呼んで!!)

(贅沢な奴だな、それでMPは?)

(チョットだけ回復しているよ)

(よし、お前は空を飛んで注意を引き付けろ)

(分かった!)


 テクノブレイカーを抜き守衛の上に向かってぶん投げる。


「行ってこーい!」

(ひゃほーーい!!)

「「な!」」


 飛び出たテクノブレイカーが前の守衛の間を飛び抜け、Uターンして戻って来ると、彼等は足を止めた。

 その隙に前方の守衛に向かって軽業スキルの『ポップ!』を起動させて、低空を飛ぶように膝を地面につける。


 『ステップ』


 『ステップ』を発動させて、滑降の速度が勢いを増した。

 急接近する俺に守衛が気付き剣を振り下ろす。


 『ジャンプ』


 芝生に足の裏を付けてスキルで高く飛び上がり体を捻って守衛の攻撃を躱すと、そのまま空中で側転しながら二人の間をすり抜けた。


「「なっ!」」

「ブレイカー!!」

(ほーい)


 守衛が驚いている間にテクノブレイカーを呼ぶ。


「よっと!」


 走りながら軽く飛び上がって体を回転させながらテクノブレイカーをキャッチ。


(ただいまー)


 鞘に収めると、呆然としている守衛を後に先へと走り出した。




「あれだ!」


 館の角を曲がると走る先に厩舎を見つけた。

 厩舎まで全力で走り、軽業スキルを発動させて飛び上がる。

 厩舎の屋根を掴み振り子の要領で体を前に振って勢いをつけると、厩舎の屋根の上に登った。


 その直後、守衛が追いついて俺を捕まえようとしたが、彼等は鎧が重くて厩舎に登れず、屋根に登るための足場を探していた。

 厩舎の屋根からさらに隣接している外壁へと登り壁の上に立つ。


「降りてこい!」

「外にも衛兵が居るぞ、あきらめろ!」


 外壁の内には守衛が、塀の外の通路では騒ぎに駆け付けた衛兵が集まり、俺を見上げていた。

 さて、どうするか。まあ逃げるしかないんだけどね。

 外壁から隣の民家の塀まで約4m。スキルを使えばギリギリな距離。


 天を仰いで右手人差し指を高々と上げる。気分はコーナーポストからダイビングする直前のプロレスラー。

 そのタイミングで東から太陽が昇り始め、空は暁の色に染め光が俺に当たる。

 どうやらイカれた天の神も俺に注目して見ているらしい。


「行くぜ!」

(ワン! ツー! スリー!)

「(GO!!)」


 大声で叫んで軽業スキルの『ホップ』を発動。隣の壁に向かって大きく飛んだ。


「飛んだ!」


 塀の外の衛兵が俺を指さして叫ぶ。

 その衛兵が立っている通路を飛び越えて、隣の民家の屋根に着地する。


 『ステップ!』


 再び飛び上がって隣の民家の窓ガラスを割って侵入。


 ガシャーン!


「キャーー!」

「な、なんだ?」

「ダイナミックお邪魔します!」

(お邪魔します)


 ガラスの割れる音にベッドで寝ていた男女が起き出して叫ぶが、彼等を無視して部屋を突っ切り、反対側の部屋のドアを蹴って中に入る。

 ベッドで寝ていた少年が騒音に起きて瞼を擦っていたが、突然入って来た俺を見てその動きが止まった。


「ダイナミック御機嫌よう!」

(さようなら~)


 少年に手を上げて軽業スキルの『ホップ!』を発動。再び窓ガラスに突っ込んで、砕けたガラスと共に外へと飛び出した。


「いやっほー!」

(ひゃっふー!)


 朝日を浴びる俺とテクノブレイカーは軽業スキルとボルタリングスキル全開で、次々とピョンピョン屋根を飛んで逃げる。

 ついでに、俺とテクノブレイカーの心もピョンピョン跳ねていた。




 追手を振り切りながら屋根を伝って走ると、路上にワラが積まれた荷馬車を見つけた。

 この設定どこかで見たぞ。つまり、飛び降りろって事か? 背に腹は代えられぬ。どこぞのアサシンよろしく、屋根の上から飛んでワラの中に突っ込んだ。

 ワラに身を隠してすぐに衛兵が通路に現れる。


「どこに消えた?」

「探せ近くに居るはずだ!」


 叫びながら衛兵が俺のすぐ横を走り去っていった。


「はぁ~。まじ、しんどいわー」

(チョー凄かった~)

「(……わはははははっ)」


 仕事を終えた解放感から笑いが込み上げた俺は、テクノブレイカーと一緒にワラの中で笑った。

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