3章 アサシンと真夜中に踊る盗賊
第1話 下町のローグさん
ゲームにログインすると、窓の外から鳥の声と住人の声が聞こえてきた。
コンソールでゲーム時刻を確認すれば、朝を向えているらしい。
ベッドから降りて汚い木造アパートの三階から窓の外を見下ろすと、石畳の路地でヤギを連れた牛の獣人がヤギのミルクを搾り、そのミルクをドワーフのババアが買っていた。
現実じゃあり得ない訳の分からない世界だけど最近は別に変だと感じない。どうやら俺も訳の分からん人間になりつつあるらしい。
なぜ、俺がこんな下町で暮らしているのかというと……。
俺達はコトカを出港すると、何のイベントもなく無事にブリトンへ到着した。
毎回出かける度にイベントが発生するのも面倒臭せえし、NPCからしてみれば迷惑だから何もなくて良かったと思う。
ちなみに、船の移動中にイベントという訳ではないのだが、ジョーディーさんが作った薄い本について、作者と出演者の間でひと悶着があった。
俺も腐った笑顔のドチビからR18の薄い本の表紙を見せられた時、最初はリック似の可愛い女の子の表紙を見て「あれ? BL本じゃなかったか?」と思った。まあ、それ以前にBL本を男に自慢する、その心が理解できない。このチビは、もしかして俺を同類だと思っているのか? マジで勘弁して欲しい。
話が逸れた。表紙の女の子だが、下半身を見たらパンティーの下に巨大なもっこりがあった……危うく騙されるところだった。コイツは女の子じゃない、男の娘だ。そして、表紙を見ただけで内容は確実にアウトだと理解した。
俺がBL本の表紙を見て顔を引き攣らせてると、そこへ偶然兄さんが通り掛かり俺が見ていた本を下らないといった様子で一瞥して通り過ぎようとした。
しかし、その一瞥で本の裏表紙に自分似の男が描かれているのを目敏く見つけると、ギョッとして俺から本を奪い取った。
「待って! この本はカートちゃんが想像しているボーイズラブじゃないわ!」
「じゃあ何だ?」
「ふたなりよ!!」
ジョーディーさんが叫んだ瞬間、義兄さんが怒りに任せて薄い本を木っ端みじんに破り捨てた。
だけど待て、リック似の王子を犠牲にしなければ俺がふたなりだったのか? それを思うとサブイボが出た。
ブリトンの埠頭に降りてレッドローズ号の全員に別れを告げた後、シリウスさんがクララの住んでいる館へ行こうと言い出した。
その考えは非常に魅力的だったけど、発案者がロリコンだったため全員が彼を疑惑の目で見ていた。やはりロリコンというレッテルは、一度付いたら死ぬまで付きまとう恐怖のタグだと思う。
だけど何の宛もないプレイヤーと違い、俺達が唯一持つアドバンテージを使わない手はない。という事で結局、クララの家に行くことにした。
その結果にロリコンがガッツポーズを取る。その醜い姿にコイツも終わっていると思った。
ちなみに、俺達より遠慮という言葉を知らない『ヨツシー』の三人も何故か一緒に付いて来る事になった。
「一緒に来るの?」
「金のスメルがするのよん」
桃の返答にコイツ等を追い払うのは無理と判断する。
歩いて街並みを見ていると、ブリトンという国は色々な文化が混ざった世界観を催しているらしい。
何となくイタリアのヴェネツィアに似ているけれど、時折ギリシャやローマ、まれにイスラムのような家がポンポンと建っていた。何となくルネッサーンスな感じだけど、節操がないともいう。
街でぼけーっと突っ立っていた衛兵を捕まえて貴族街への道のりを聞く。仕事しろ、暴動起こすぞ。
俺以外のニルヴァーナの皆は貴族に会うということで気取ってギルドエンブレムのマントを付けていた。俺から見れば同じマントを付ける集団は怪しいカルト教団にしか見えない。
たけど、貴族街を歩く人達が見る彼等への視線は普通で、逆にエンブレムのマントを付けてない俺、アルサ、『ヨツシー』の三人組は貴族街に似合わない人間に見えるらしく視線に蔑みを感じた。
別に名前も知らない奴らから蔑まれても構わないが、腐女子や頭のオカシイ女共と一緒にされるのは少々傷ついた。
王城へと続く貴族街の通りを三十分歩くと、少しだけ他と比べて小ぢんまりした館の前に到着した。
「ここがそうなのか?」
「ああ、アルドゥスさんに貰った地図だと、ここがシャルエット伯爵が住む城下の家らしい」
ヨシュアさんと義兄さんの会話からここがクララの家らしいけど、周辺の家と比較すると狭い家だった。もしかして貧乏貴族なのか?
そして、ピンクの金の亡者! 露骨にがっかりしてんじゃねえよ!!
「コートニーしゃん!」
「クララちゃん!!」
俺達が玄関前で立っていると、クララが家の扉を開けて走り出し勢いよく姉さんに抱きついた。
この時、姉さんの隣に居たシリウスさんがしゃがんで両手を広げていたけど、クララは華麗にスルー。ロリコンよ、なぜ幼女がお前に抱き着くと思った?
「皆さんがクララを助けてくれた方なのですか?」
声がした方を振り向くと、クララに似た若い女性が俺達の傍で立っていた。
髪は淡いブロンズ、瞳は榛色をした美人で、クララによく似ているから母親なのだろう。
彼女は子持ちとは思えない美しさと若さで……そう、見た目だけなら、セレブ若妻。白金あたりにうろついていそうな感じがアリだと思うし、エロ動画で若妻はホテルでも自宅でもマッサージ店でも需要が高い。
貴族だから家でもドレスを着ているイメージがあったけど、クララの母親はロングスカートの白を基本とした高級感溢れるツーピースを着ていた。
「セレブや……リアルセレブがおるで……」
小さな家を見て先程までがっくりしていた金の亡者が金の臭いを察してやかましい。それに、ゲームの中だからリアルじゃねえよ。
金の亡者の横に居たルイーダに何とかしろと合図を送る……ガン無視される。クソ! コイツの性格だけは未だに分からん!
ルイーダは諦めてマリアに視線を送ると、彼女は頷いて桃の後頭部を思いっきり殴り地面に叩きつけた……マリアはマリアで加減という言葉を知るべきだと思う。
ちなみに、突然桃が殴られてクララの母親はドン引きしていた。
クララの母親から「どうぞお入りください」と言われたけど、全員が入るにはせまい家だったから、代表として義兄さんとヨシュアさん。それにクララと一番仲が良い姉さんと、おまけの俺が入って他の皆は庭で待つことになった。
俺が選ばれた理由は、ローラさんからの指名。
何で俺? と首を傾げれば、クララを海賊船から救った本人だからという理由だったけど、言われるまで半分忘れていたし、本当の理由はシリウスさんがクララ目当てで中に入ろうとしたのを阻止したかったからだと思う。
ブリトンへの移動中に、ローラさんとシリウスさんが現実でも知り合いだとシャムロックさんから聞いたけど、何となくローラさんはシリウスさんを狙っているらしい。
さすがは痴女、男を手に入れるために俺をダシに使うか……だけど、相手はロリコンという性犯罪者だけど本当に良いのか?
それと、ヨツシーからマリアが代表で家に入る。
お零れを貰おうと企んでいるらしいが、商売人としてはこのぐらい逞しい方が良いのだろう。
俺達はリビングに案内されてソファーに座った。家の中は落ち着いた感じで居心地が良い。
「お茶をお持ちしました」
メイド服を着た30歳ぐらいの女性が、俺達の前に飲み物を置く。
一度だけクララから乳母の話を聞いたけど、このメイドの事なのか? ちなみに、名前は本当に忘れた。
「娘を助けて頂きありがとうございました。改めてお礼申し上げます」
上品にクララのお母さんが俺達に頭を下げる。
本人は知ってか知らでか気品という名の威圧を出して、クララとじゃれている姉さん以外がしり込みする。
「あ、いえ、通り掛かったら偶然見つけて助けただけなので、気になさらないでください」
義兄さんがそう答えたけど、助けたのが海上で偶然通り掛かる訳がねえだろという突っ込みを入れたい。
だけど、話が進まなくなるから無言で目の前の紅茶を一口飲んだ……ああ、茶がうめえ。
「いえ、それでも大事な一人娘を助けて頂いた事には変わり御座いません」
クララのお母さんが俺達ににっこりと笑う。
姉さんの笑顔と違って、その目は笑っていたから本当に喜んでいるのだろう。
「そういえば、アルドゥスさんは?」
ヨシュアさんの質問であの爺も居たと思い出す。存在すら忘れていた。
「アルドゥスは主人と一緒に王城へ行っていますが、もうすぐ帰ってくると思います」
それを聞いて義兄さんが少しだけ肩を落とした。
俺としてはクララが居れば癒やされるから爺なんてどうでもいいけど、義兄さんは盾の上位スキルを取るために、むちゃなスキル上げをしたから早く会いたかったのだろう。相変わらず欲望に忠実な男だ。
お互いに自己紹介をする。
クララのお母さんはニーナ・シャルエットと言うらしい。そして、まだ見ぬ父親はブックス・シャルエットと言って、シャルエット領の伯爵領主様。
クララの父親であるブックスさんは辺境にある領地を引退した両親に任せて、彼は城に勤めて国の経営に関わっているとの事。
領地に帰れば大きなお城に住んでいるのだが、この王都では家族三人にお手伝いさんだけだからと、あえて小さな家に住んでいた。
倹約家とか貴族の風上にも置けぬ伯爵の家で、クララが育ったら立派な悪役令嬢にはなれないと思う。
「見栄を張るときりがないから疲れるのよね。ふふふ」
ニーナさん? 今の発言は全ての貧乏人を敵に回したよ。
庭に放置している仲間を忘れて慣れないセレブトークをしていると、庭が騒がしくなった。
確かに隣人の庭に怪しい集団が居たら、俺なら何も考えずに通報する。
隣人が通報して衛兵でも来たのかと思ったら、旦那様とアルドゥス爺さんが俺達の居るリビングに入ってきた。
旦那様はクララに似ていなかったが、端正な顔立ちで義兄さんと同じぐらいの年齢で若かった。
ニーナさんは立ち上がると、「お帰りなさい」と言って旦那の頬に軽くキスをする。人前でキスをする姿に「ああ、こいつ等やっぱり外人だな」と思う俺は、やはり日本人なのだろう。
金持ちで地位もあって美人の妻にかわいい娘? 何となく旦那に殺意が浮かんだのは俺だけか? 義兄さん達を見ても特に苛立った様子は見られない。そうか、俺だけか……。
「クララを助けてくれてありがとう」
貴族なのに得体のしれない異邦人の俺達に向かって、ブックスさんが丁寧に頭を下げた。
彼が頭を下げた時、後頭部の毛が少し薄かったのを俺だけが気付いた。若ハゲとまではいかないが、四十ぐらいになったら残念な髪形になるだろう。
そう考えたら、彼に対する殺意が消えた俺は本当にゲスだと思う。
「レイ殿、久しぶりじゃな。元気だったか?」
「ああ、やっとこっちに来れたよ。爺さんも相変わらず元気そうだな」
「うむ、風邪一つひいとらん。がははは」
元気な老人は介護の必要がないからマジ助かる。
そして、義兄さんが彼にスキルの話をしそうになったが、横の姉さんに脇腹をどつかれて大人しくなった。
メイドがブックスさんとアルドゥス爺さんのお茶を持ってきて、あらためて全員が席に座る。
だけど、本当にこのメイドの名前は何だっけ? ……うーん思い出せない。
俺がメイドの名前を必死に思い出して、途中からメイドプレイに妄想を馳せていると、いつの間にか話が進んでいた。ちなみに、色々悩んだ結果、メイド服の下は白いストッキングにガーターベルトが一番だという結論に達した。
「……そうなんですか?」
「ギルド『ニルヴァーナ』は既にこの国でも有名だね」
「……はぁ」
話を聞くと、どうやら異邦人の俺達より先にブリトンに到着したNPCによって、ニルヴァーナがアース国でやらかした出来事は既に国中の噂になっているらしかった。悪事は千里を走ると言うが、噂が広まるのが早え。
「それに、アサシンと呼ばれている大泥棒が海を渡って来るという噂も聞いてるね」
ブックスさんは俺を見ると、軽く笑みを浮かべる。
「ブフォッ!! ゲホ! ゲホ!」
飲んでいた茶が気管に入って咳き込む。
その様子にシャルエット夫妻が二人そろって微笑み、クララが大笑いしていた。人が苦しむ姿を見て笑ってんじゃねえよ。
「安心していいと思う。私達はアルドゥスから君の正体を聞いているけど、誰にも言うつもりはないよ」
「……できれば忘れてください」
アサシンと勘違いされても嫌だから、一般人に変装して隠れようと誓う。
「それで皆に何かお礼をしようとアルドゥスと相談したのだが、彼が言うには皆は財宝を手に入れて懐が潤っていると聞いている。だから、金銭の代わりに、この国での拠点を用意した」
「拠点ですか?」
ヨシュアさんが拠点と聞いて首を傾げる。
「この貴族街の外れに大きな家が売り出されていたから、購入しておいた。是非お受け取って欲しい」
「おお、それは助かります。だけど、家を用意してくださっただけで十分ですよ。お金はこちらで払います」
素直に受け取っとけばいいものを、義兄さんが遠慮して金を払うと言い出したけど、もし払ったら庭で待機している皆から後で文句を言われると思う。
「いや、気にする必要はない。貴族街と言っても外れの方だから、思ったよりも安く手に入ったからね」
家を安いと言ってポンッと買い与えるとか、伯爵パネェな。
「それとだね」
そう言って、ブックスさんが再び俺を見る。
「アサシンさんは……」
「レイと呼んでください」
それにアサシンに「さん」付けは要らねえ。
「分かった。君は他の皆と距離を置く必要があるとアルドゥスから聞いている」
「そうですね」
俺をのけ者にして宴会を開いたしこりも、今だ消えていない。
「そこで、君にだけは特別にこの王都の下町に一件アパートを借りたから、そこを拠点にしたらどうだろう」
一人暮らし!? 現実だと病院でずっと入院しているから、ある意味一人暮らしをしている様なものだけど、病院生活と違って本物の一人暮らしは何の気兼ねをする必要がないから嬉しい。
「いえ、そこま……」
「ありがとうございます! 素直に頂きます!!」
黙れ、脳筋、余計な口を出すんじゃねえ! 義兄さんが断る前に、礼を言う。
「下町にも土地を購入するコネがあるのなら、空き店舗を紹介してもらえないか? 当然、支払いはこちらで払う」
「ああ、良いよ。後で私の知り合いの不動産屋を紹介しよう」
ちゃっかりマリアが便乗すると、ブックスさんと交渉してサクッと商談が成立させた。
彼女を見れば、俺の視線に気が付き隠れてニヤリと笑い返した。
何となくタイミングを見計らっていた気がするが、これが商売人の駆け引きという奴なのだろう。
こうしてニルヴァーナは貴族街の外れに大きな家を貰って、その家をギルドハウスとして設定。
俺は下町のアパートの一室を個人ハウスとして使うことになった。
それと、便乗して店舗を借りたマリア達はマーケット街に空き店舗を借りて、どのプレイヤーよりも早く商売を始めた結果、かなり儲けているらしい。
……回想がなげえよ。危うく二度寝するところだったじゃねえか。
路地に居たヤギの乳売りの牛人は当の昔に居なくなり、今度は煙突掃除のドワーフが路地を歩きながらチムチムニィ♪ と声を張り上げ商売をしていた。そのドテッ腹で煙突の中に入れるのか?
確か2、30年前ぐらいに、どこかの研究所がサンプリングで100万人の人格の電子ファイリング化に成功してAIの機能が向上したと授業で習ったが、このゲームのNPCは容姿を除けば現実と全く変わらねえ。本当にAIかと疑いたくなる。
俺もドスの効いたチムチムニィを聞きながら普段着へと着替える。
ちなみに、ここに住み始めてから今までの装備を脱いでパーカーにダメージジーンズという、オルタナティブファッション? よく分からないけど、そんな服を着ている。
何でこんな格好をしているかというと、最初に全身黒の赤マントで住み始めたら、ご近所から変な目で見られたから。
確かに近所で厨二病丸出しファッションの人間が居たら、俺だって避けたいと思うし、その気持ちは分かる。
このまま残念な子と思われるのも問題だ。ご近所付き合いは大事だから『ヨツシー』の店で何か服が欲しいと言ったら、桃からズダボロのジーンズとパーカーを数着渡された。
「何でジーンズがこんなにズダボロなの?」
「だってあんたニルヴァーナでしょ。だったらグランジでオルタナじゃん」
何だそりゃ?
「何故にニルヴァーナとばれたし」
「しばらく一緒に居たから言われなくても分かるわよ。私、強欲だけど馬鹿じゃないし」
自覚していたのか……だけどそれを横で聞いていたルイーダが……。
「お前、ニルヴァーナだったのか!! で、ニルヴァーナって何だ?」
まあ、ルイーダはほっとこう、会話が成り立たない。
この女は言葉のボールを投げたら、キャッチせずに打ち返して大ファールする。
帰ってからオルタナをネットで検索して、ニルヴァーナとの関係性は理解したけど、新品のジーンズよりズダボロなジーンズの方が高いのは納得いかなかった。
だけど、ボロボロの格好で生活を始めると、今度は近所の人達がやたらと親切になった。どうやら俺の格好を見て貧乏な少年と勘違いしたらしい。
この世界の住人にはグランジもオルタナも受け入れられなかったけど、近所の目が親切な目に変わったから、ファッションに関してはどうでもよかった。
「さて、そろそろ出かけるか……」
パーカーのフードを深めに被って顔を隠した後、冷蔵庫代わりの鞄から朝飯のパンを取り出し齧りながら家を出る。
階段を下りて外へ出ると、朝の喧騒漂う町中へと歩き始めた。
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