第2話 ラブ・アンド・ピース
ブリトンの首都はキンググレイスと言うらしい。
俺はゲームの街の人口を数えるほどマニアでもないし、暇じゃないから何人居るかは知らん。
それはともかく、キンググレイスは大きい街だった。街の端から端まで歩くのにゲーム時間で丸二日掛かると、ゲームディレクターが自慢していたらしい。
だけど街の広さに対して交通手段がたまに走る待合馬車しかなく、プレイヤーからは不満が出ていた。
このディレクターが何を考えているのか知らないが、彼の自慢話を聞いた時、コイツは馬鹿かと思った。
俺の中では、キンググレイスという街は交通機関を作り忘れたシ○シティ―と位置付けている。ちなみに、プレイヤーからのクレームが多かったのか、ブリトンが解放されてからすぐに移動ポータルが作られた。
この街は、人間、エルフ、ドワーフに獣人と種族関係なくごちゃごちゃ人で溢れていた。
貴族街からスラム街まであるから金による貧困の差はあるけど、人種の違いで身分の差はない。
まあ、サブカルチャーで差別設定は最大のタブーの一つだから、無理矢理平等にしたんじゃないかと思っている。
だけど、エルフのゴミ回収業者を見た時は、もうちょっと種族の特性を生かせと思ったけど、彼には彼の人生というのがあるのだろう。深く考えるのは止めといた。
スラム街に近い下町のアパートを出てマーケット通りに入る。
この通りは商店街のように様々な店が並んでいて、昼からの営業に向けての仕入れ荷車で溢れて返っていた。
あの変人共が巣くう『ヨツシー』の店もこの通りにあるが、何時桃のスタナーが飛んで来るのかと思うと、できれば近寄りたくない。
『ヨツシー』の店を警戒して、この町に住み始めてから贔屓にしている素材屋に入る。
「いらっしゃい。あら、久しぶりね」
「おはよう」
店の中に入ると商品の整頓をしていた緑髪の美人エルフが迎えてくれた。ちなみに、このエルフはNPC。
緑色の髪の毛とか珍しいけど下の毛は草原か? 更地だったらどうしよう。パイ○ン……アリだと思います!!
「何時ものかしら?」
「よろしく」
「少し待ってね」
店員が店の整頓を止めてカウンターの中に入り、棚から幾つかの素材を取り出してミキサーの中に入れる。
このミキサーは魔法の道具らしいけど、科学ガン無視で何でも魔法で済ませるのも設定的にどうかと思う。
ガリガリ! ゴリゴリ!
ミキサーから怪しい素材が砕かれて音がしなくなると、店員がグラスにヘドロを並々と注ぎ込んだ。
「はい、お待たせ。ハイポーションのスムージーよ。だけどよく飲むわね……私なら死んでも飲まないわ……違うわね、飲んだら死ぬわ」
気持ちは分かるが、今から飲む人の前でそれを言ってはいけない。
この作ってもらったハイポーションのスムージーは、ログインする度に毎回飲むようにしている。
使用済みコンドームにゲロを入れた様なクソの香り漂うこの味は、身体的に良いかもしれないが精神的には毒だと断言できる。
だけど、現実に戻った時に体の調子が良くなっているのは事実なので、仕方がないから毎回飲んでいた。
グラスを受け取り、鼻をつまんで一気に飲み干す……。
「おえっ!」
吐きそうになるのを一気に飲み込み、何とかゲロをブチ撒けずに済んで安堵の溜息を吐く。
最初に飲んだ時は、口を押えながら店を飛び出して路上にゲロをぶち撒いたけど、何度も飲むにつれて我慢できるようになった。ステータスには全く反映されていないが、俺も成長しているのだろう。
「はい、お疲れさま。1gね」
現実世界で1万円ぐらいだけど、この不味さでその値段は納得いかない。
『安い、美味い、量が多い』の逆は、『高い、不味い、量が少ない』ではなく、『高い、不味い、量が多い』だと思う。
「これ、もうちょっと安くならない?」
「うーん。残念だけど素材の値段が高いから無理ね。はい口直しよ、毎回面白いものを見せてもらっているから、こっちはサービス」
店員から見たら俺がハイポーションのスムージーを飲む姿は曲芸と化しているらしい。酒瓶ロケットシーフ号に続く新たな曲芸を生み出したが、別に嬉しくはない。
「……どうも」
クスクス笑う店員にお金を払って、代わりに口直しの甘ったるいジュースを一気に飲み干す。
口の中に広がるえぐみはまだ取れないけど、何とか人心地ついたので店員に手を上げてから店を出た。
マーケット通りを抜けて貴族街の入り口まで行くと、門番が見えない位置でステルスを発動して姿を消す。
姿を隠す理由は一度正面から入ろうとしたら俺の服装を見て、門番が物乞いと勘違いしたから。ここに入るには、三流ゴルフ場に居る営業マンのファッションみたいな服装じゃないと駄目らしい。
ダメージジーンズは普通のジーンズよりも値段が高いけど、オルタナファッションが受け入れられない世界では、高い値段でボロボロの服を買う馬鹿にしか見えない。俺もその意見には同意する。
姿を消して門番の横を通り過ぎてから少し歩くと、薄らハゲ、いや、ブックスさんから貰った『ニルヴァーナ』のギルドハウスがあった。
ギルドハウスは大きな洋館で、庭には緑に光る芝生が美しいのが印象的だった。
この芝は本館横の物置小屋を住居にしているシャムロックさんが、暇な時に手入れをしているらしい。
彼が物置小屋で寝泊まりしている理由は、別に園芸が好きという訳ではなく、ただ単にいびきがうるさくて皆から追い出されただけ。
シャムロックさんも何でゲームでいびきをするのかと落ち込んでいたが、俺の作る薬じゃ治らないからそれは
ギルドハウスに入ると広い玄関ホールの横に小さな空間があって、そこにはソファーとテーブルが置かれていた。
この場所は適当な談話ルームとして使っていて、今はチンチラとステラがソファーに座って楽しく会話をしていた。
今日は期末試験の結果が出る日だから、二人とも浮かれている様子。ソファーの近くにいたミニサイズのゴンちゃんも楽しそう。
いや、やっぱりゴンちゃんは何時も変わらず無表情だった。まあ、浮かれているゴーレムというのも気味が悪いから、これはこれで正しいのだろう。
「あ、レイ君。おはよう」
「ウッス、ブラッドは?」
「まだ来てないわ」
チンチラの挨拶に答えてブラッドが来てるか確認すると、ステラが首を横に振った。
「そうか……やっぱり赤点を取って来れなくなったか……」
アイツは今回の期末試験で赤点を取ったら、母親からゲームを没収されるらしい。
「まだ分からないわよ。万年赤点小僧が赤点を1つも取らなかったから、教師がカンニングを疑って呼び出されているだけかもしれないし」
ステラのフォローが酷すぎる。
「お前って時々ブラッドに酷い事を言うよな。アイツが聞いたら泣くぜ」
「ブラッドがこの程度で泣くわけないじゃない」
ステラさん? 男の子って見た目と違って結構繊細なんだよ。
「それでレイ君は試験どうだった?」
「んーブラッドのせいでそこそこだったな。チンチラは?」
「私は前の中間よりも成績が上がったよ。やっぱり皆で勉強すると効果が上がるよね」
「だよね。私も成績が上がって、お母さんが驚いていたもん」
二人の試験の結果を聞いていたら、二階からブラッドがにやけた面をして降りてきた。
「あ、ブラッド君。試験どうだった?」
チンチラが話し掛けるとブラッドが俺達に向かって満面の笑みを浮かべた。
そして、一気に俺達の居るソファーに駆け寄りソファーに飛び乗……ろうとしたら、床のミニゴンちゃんに足を引掛けて頭からソファーにダイブ。
「うわあぁぁぁ!!」
そのままソファーの上を転がって、反対側の床に背中から落っこちた。
「「「…………」」」
俺達が無言で見守っている、いや、呆れていると、ブラッドが床から這い上がって、俺達に向かって笑顔でピースをする。
マヌケ芸が成功して嬉しそうだな。
「痛てててっ……全科目セーフ。これで安心してゲームができるぜ!!」
「それで、試験も終わった事だし皆でどこかに行かない?」
ステラがブラッドのボケを無視したけど、少しは突っ込んでやれ。
「だったらコロシアムに行こう。最近じゃプレイヤーも参加しているらしいから、面白いって噂だぜ」
「えーー私は公園に行きたい。今、かわいい動物の展示会をやっていて、ペットが手に入るって聞いているわ」
「私はお芝居が見たいな。このゲームで開催されているのって、魔法の演出が面白いらしいよ」
ブラッドがコロシアム、ステラが動物園で、チンチラが芝居を見たいらしい。
なあ、ブラッド、何でお前が最近のゲームの話題を知ってるんだ? 勉強してたんだよな?
「レイ君は?」
チンチラから質問されたけど、ここでゲームを抜けてVRのボーリングと言ったらドン引きされる気がする。
アベレージ30を切る「ガーターの鬼」と言われた腕前を見せたいところだけど、残念ながらこのゲームにボーリングなんて存在しない。
「……近場で」
「ちゃんと考えろよ」
適当に答えたらブラッドに叱られた。コイツに叱られるとか、結構精神的に来るものがある。
うーん。そういわれても思い当たる娯楽は……あ、そうだ。コトカでヨシュアさんと徒歩での移動手段がきついって話をしたな。だったら……。
「乗馬とか?」
「「「乗馬?」」」
俺の提案が予想外だったのか、三人同時に目を見張る。
「乗馬か……確かに面白そうだな」
「そうね。今後の事を考えたらスキルを上げた方が良いわよね」
「私も一度、やってみたいかも」
皆も乗馬の経験はないらしい。チンチラに至っては実際に馬すら見た事がないと言う。俺も見た事がないけど、病院から出られないんだから、これは仕方がない。
俺の提案に三人が賛成して目的地が決まったので、全員でギルドハウスを出た。
レッツ騎乗位!
3人+1は俺と一緒で、冒険者の格好ではなく私服に着替えていた。
俺としては怪しいマントを着たカルト集団と一緒と思われるのが嫌だったからありがたい。
ステラはロングブーツにショートパンツ、それだけだと恥ずかしいのか腰の部分を赤と黒のチェックの腰巻で太腿を隠して、上は白地のTシャツに茶色い皮ジャンを着ていた。
チンチラは淡い緑のロングパンツの上からひざ下までの白いスカートを履き、上も白いブラウスを着ている。
ブラッドはスニーカーにジーンズ、上はチェックのシャツの上からグレーのトレーナーを着ていたけど、男の服装はどうでもよいだろう。
ちなみに+1はミニゴンちゃん。
「レイってさ、あまり喋らないけどゲーム以外でも無口なの?」
乗馬をする前にスキルを取ろうという話になって、冒険者ギルドへと向かう途中、ステラから変な質問をされたけど、俺が無口? 言われた内容に首を傾げる。
それにゲームで遊んでいる時だけ過剰に喋り出す性格というのも、人としてどうかと思う。
「そうかな? 自分では喋る方だと思っているけど?」
「だけどお前ってさ、必要じゃない時は喋るけど、プライベートな話になるとあまり喋らないよな」
ブラッドもステラと同意見だったらしいけど、必要じゃない時だけ喋るとか、ただのヤジじゃねえか。
それと俺の方が一つ年上だ、お前と言うなクソガキ。
「でもお姉ちゃんが言ってたけど、レイ君って無口だけど頭の中で色々な思考がもの凄く回っていて、それが全部言葉に出せないだけって言ってたよ」
チンチラの姉さんに対する異称ってまだ有効だったのか……。
姉さんもいい加減、赤の他人に「お姉ちゃん」と言わせるのは止めた方が良いと思う。何故ならそれを聞くたびに俺の腹筋が鍛えられる。
「そうなの?」
「さあ?」
ステラが俺に確認してきたけど、そんな心理分析を聞かされても精神科医の医者じゃない俺が分かるわけない。
「だけど、基本的に内容が酷いから口に出さない方が正解なんだって」
「「…………」」
チンチラの言葉にブラッドとステラが黙った。だけどその顔はなぜか納得している様子でもあった。
なぜ二人が納得しているのか、逆に俺は納得いかなかったけど、それ以上に何で姉さんが俺の事をそこまで知っているのか、そっちの方が納得いかなかった。マジで実の姉が怖い。
「無口な理由は分かったけどさ、それでもレイって私達と一線を画いているよね」
ステラが俺に向かって肩を竦めると、続けてブラッドが話し掛ける。
「だけどそれは仕方がないんじゃね。だってレイはアサ……んぐぐ!」
ブラッドが『アサシン』と言う前に、チンチラがとっさに口を押えて、ステラが後頭部を引っ叩いた。
「ブラッド、あんた馬鹿? 何で人が居る場所で重要な秘密を口に出そうとするの? 徹夜でシャムロックさんとベイブさんにしごいてもらうわよ!」
「悪かった。マジ、ゴメン。それだけは勘弁してくれ!」
あの二人が笑顔で行う訓練を思い出したブラッドが青ざめた顔でステラに謝る。
深夜の訓練、男だらけの3Pとかマジで嫌だと思う。
「でもさ、一緒のギルドなんだから、少しは私達と話しをしてくれると嬉しいな……」
セクハラを抑えてのトークは難易度が高いけど、これもポルノ中毒のリハビリになるだろう。
「そうだな、できるだけ努力してみるよ」
「ありがとう」
それを聞いてチンチラが俺に笑ったけど、チンチラが思っていることと俺の考えている事は違うと思う。だけど、訂正するのが面倒だからやめといた。
王都の南側へ移動して冒険者ギルドの中へ入ると、大勢のプレイヤーがたむろしていた。
冒険者ギルドではスキルの取得だけではなく、金や道具の預かりなどの銀行業務も兼ねているため常に人が多い。
『ニルヴァーナ』も冒険者ギルドに預金しているが、他のプレイヤーやギルドに比べて桁違いの金額を預けているため、お金の管理をしているローラさんが来ると冒険者ギルドのサブマスターが慌てて飛び出て、手揉みしながら腰を低くして対応するらしい。ゲームで資本主義を実感するとは思わなかった。
ちなみに、冒険者ギルドはNPCも金を預けに来る。
しかも、ここに来る殆どの客がスキルの購入ではなく金銭のやり取りに来ていて、もう冒険者ギルドって名前をやめて冒険者銀行にでもしたら良くね? 融資金額と相手を冒険しそうですぐに潰れそうだけど。
スキル取得専用窓口の列に四人並んで待っていると、入口の扉が開いてガチガチに装備を固めた数人のプレイヤーが入ってきた。
その入ってきたプレイヤーは中の一角を陣取ると、代表者らしい人物がギルド全体に響き渡る大声で叫び始めた。
「我々はギルド『ラブ&ピース』だ。現在ギルドメンバーは500人を超えている。
方針はプレイヤーとNPCの友好と治安維持、PKなど悪事を働くプレイヤーの取り締まり、それ以外にも攻略や生産系プレイヤーの支援なども行っている。
我々は今、このゲームの正義と平和のためにメンバーを募集中だ! もし入りたいのなら連絡をしてくれ、よろしく!!」
うるせえ。突然現れて、武器を持って愛と平和を名乗るな。
「あれが『ラブ&ピース』か」
ブラッドが大声で叫んでいる男を見て小声で呟く。
「知っているのか?」
小声で尋ねると、視線を男に向けたまま頷いた。
「ああ、今ゲームで一番大きいギルドだ。何でもギルドマスターが可愛いらしいぜ」
ギルドマスターが可愛いとか、そんな情報いらねえよ。
それにゲームの情報を知ってるって事は、お前、やっぱり試験中に勉強サボっていただろ、コノヤロウ!
「私もカートさんから聞いた事があるよ。何でもうちのギルドとアライアンスを組みたいって依頼が来たらしいけど、対応したら一方的に要求だけを突き付けられたから断ったと言ってた」
「チラっとあのギルドについて聞いてるわ。ギルドマスターとかその周辺は真面目らしいけど、末端のメンバーは最大手だからってかなり横暴な態度を取っているらしいわね」
チンチラとステラも小声で会話に加わる。
「それと……」
「まだあるのか?」
言いかけのステラが横目で俺を見る。
「どうやらアサシンを探しているらしいわ」
「何のために?」
「自分達のギルドが正義だと自慢したいらしいって聞いているわ。その見せしめにアサシンの正体を暴いてゲームから追放したいらしいわね」
「そんな……」
ステラの話にチンチラが顔をしかめる。
「そこまでしたらもう暴力と同じだよな。どこがラブ&ピースだよ」
ブラッドが初めてまともなことを言っている。心配だから精神科医に放り込みたくなった。
「なんにせよ近づかない方が良さげだな」
俺がそう言うと、三人同時に頷いた。
そして、俺達が会話をしていると順番が回って来て窓口に立った。
スキル購入窓口で働く人は別にイケメンでも何でもない、何か小さな種族だった。
ロード何とかリングって映画の主人公と同じ種族だけど、著作権の都合でこれ以上は言えない。
まあ、受付のチビの種族なんてどうでもよくて、俺達は受付に金を払って乗馬スキルを手に入れた。
スキルを取得している間も『ラブ&ピース』の男は大声で勧誘していたが、正直言ってウルサイ。
ラリって騒ぐなら自宅で互いのケツでも掘りながら「ラブ&ピース」と叫んでろと思う。
それでもソロらしい数人のプレイヤーが、彼等の話に耳を傾け入会している様子だった。どうやら世の中、変態が多いらしい。
勧誘を無視して冒険者ギルドを出ようとしたら、代表の男が俺達に話し掛けてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます