閑話 豪雨の中の戦い02
タンクロールのイキロとテルヒサが盾と戦斧を構え、その後ろにミミが待機する。
イキロが緊張していると、横に居た老獪そうなドワーフが話し掛けて来た。
「兄ちゃんそう固くなるなって。適当にやろうや」
「あ、はい」
イキロが頷くと、ドワーフが「がはは」と笑った。
「俺は、ギルド『萩の湯』の繁蔵だ。生き残ったら一緒に飲もうや」
「あ、イキロです。ギルドはまだ入ってないけど、宜しくお願いします」
「ん? フリーか? なんだったら、うちのギルドに入らんか?」
「一緒に遊んでいる人達が居るんで、今すぐは無理かな」
「そうか、気が向いたら何時でも声を掛けてくれ」
イキロと繁蔵が会話をしていると、テルヒサが二人に声を掛ける。
「来るぞ」
声を掛けられた二人が前を見れば、モンスターが目の前に居た。
「盾、構え!!」
ニルヴァーナのマントを羽織った美しい騎士風女性が凛々しく叫んで、全員が盾を構える。その数秒後、タンクとモンスターが激しく衝突した。
「ぐおっ!!」
「うおっ!!」
「ふぬ!!」
衝突の激しさに、タンクプレイヤーが後ろに下がろうとする。
それを、背後に居たヒーラー達が彼等の背中を押さえて、その場に留まらせた。
タンクと接触しているモンスターは、背後から続々と来る味方と盾に挟まれて攻撃できず、ズルズルと押し流されてチンチラの作戦通りに端から順に崖へと落ちていった。
「ぐぬぬぬ。コイツはダメージはないが、しんどいぞ!!」
「ガンバレ、ガンバレ」
テルヒサがうめき声を上げると、二人の背中を押さえているミミが応援する。
十倍もの敵が押し寄せるが、タンクとヒーラーの踏ん張りで前線は崩壊せず、モンスターは次々と崖から落ちていった。
アタッカーのノブナガは、大剣を振るって、中央の隙間から突入してくるモンスターと戦っていた。
一撃で倒せなくても、その横から別のプレイヤーが攻撃してヘイトを奪い、その隙に再び自分が攻撃することで、相手が攻撃する前に倒していた。
チンチラの考えた一点集中攻撃の戦法に「さすがはフロムヘルだ」と感心する。
ちなみに、ノブナガは戦コレでチンチラと一度だけ対戦して、完膚なきまでボッコボコにされた経験があった。
アタッカーが戦い続けていると、地面が敵の死体で溢れかえって狭くなって戦い辛くなる。
「掃除します」
チンチラの合図で数人のサモナーが詠唱を始める。
地面から数体のゴーレムが現れると、次々と死体を後ろへ放り投げて崖の下へと落としていった。
その様子に安心したアタッカー達は、交代交代で休憩を入れながら激しい戦いを繰り広げる。
そして、彼等が流れ作業に近い戦闘を続けていると、オーガが背後の味方に押されて最前線の開いた隙間から入って来た。
「右攻撃開始!!」
指揮を任されたベイブが号令を放つと同時に、手の空いているアタッカーが全員でオーガーに武器を突き刺した。
「グアーー!!」
その攻撃にオーガが叫んで、右を振り向く。
「左攻撃開始!!」
シャムロックの号令で、左のアタッカーが攻撃を開始。ノブナガも号令と同時に大剣をオーガの背中に攻撃を加える。
その二回の連携攻撃でオーガは全身が血まみれになって息絶えた。
「すげぇ……俺、オーガなんて初めて倒したぜ」
「たった二回かよ……信じられねえ」
オーガを倒したプレイヤーから驚きの声が上がる。
「まだまだ来るぞ。油断するな!!」
背後から聞こえるベイブとシャムロックのどなり声に、全員緩んだ顔を引き締めると目の前の敵と戦い始めた。
コウメイとシュバルツは遠距離攻撃チームに入り、タンクの後ろから強そうなモンスターに魔法を一発放ち、崖の端へと誘導させて海へと落としていた。
「なんて言うか、魔法ってのは火力第一だと思っていたけど、馬鹿らしくなるな」
火力重視で火魔法を覚えていたコウメイが呟くと、一緒に戦っていたシュバルツが笑みを浮かべる。
「俺は防御重視で土魔法を覚えたから、弱い攻撃で倒せるしスカッとするけどね」
「俺からしたら、火力が低くて人気のない土魔法とかありえねえよ」
「あらシュバルツ君は土魔法を使うの?」
彼等の近くに居たコートニーが今の会話を偶然聞いて、シュバルツに話し掛けてきた。
「あ、はい!」
美人のコートニーから話し掛けられて、シュバルツが緊張する。
「タンクの人達が厳しそうなのよね。少しだけ休ませたいから、彼等の前にストーンウォールを作れないかしら?」
「できるけど、敵の数が多すぎて直ぐに壊されますよ」
「それは問題ないわ。一定の時間を置いて、左右のタンクの前に壁を作ってあげてね。そうすれば、彼等も少しだけ休めると思うし……」
「だけど、あれってMPの消費が多いんですよね」
それを聞いたコートニーが、鞄から薬を取り出してシュバルツに渡した。
「これは?」
「マナポーションよ」
シュバルツが露骨に顔をしかめて、彼の表情を見たコートニーがクスクスと笑う。
「まだまだあるから、頑張ってね♪」
横で話を聞いていたコウメイは、激マズの薬を笑顔で渡す彼女が魔女に見えていた。
薬を受け取ったシュバルツがストーンウォールの魔法を唱えると、タンクの前方の地面から岩壁が横に現れる。
しかし、モンスターに押されて岩壁が十秒もしない内に崩された。
それでも、その十秒間にタンクへ迫る圧力は減り、敵の圧力でダメージを受けていた彼等を、背中を支えていたヒーラー達が一斉にヒールを唱えて快復させた。
前衛からの感謝にシュバルツが「がんばれ」と声を掛ける。そして、直ぐに反対側へ向かうと、同じように岩壁を作った。
「君!! 土魔法を使うのかい?」
シュバルツの魔法に、ニルヴァーナのマントを羽織った長髪の男性が彼に話し掛けてきた。
「え、はい。そうですが……」
シュバルツの返答に長髪の男性が笑顔になる。
「良かった。土魔法使いは防御メインの魔法が多くて、使い手が少ないんだよね。タンクでも防御力が低い人が居たら、ストーンスキンを使って彼等の防御力を上げて欲しいんだ」
「え? あの……MPが……」
シュバルツが困っていると、彼は鞄から薬を取り出してシュバルツに渡した。
「はい、マナポーション。まだまだあるから、MPが尽きたら何時でも言って」
彼はそう言い残すと、この場を去っていく。
残されたシュバルツは渡されたマナポーションを見て顔を引き攣らせていた。
ちなみに、後でMPが尽きて仕方がなくマナポーションを飲んだシュバルツは、甘いポーションに仰天する事になる。
土石流の様に押し寄せるモンスターは20分経過すると、その殆どが崖から落ちていた。
敵が減ってタンクに掛かる圧力も減ったが、その代わりに少しずつ攻撃されてダメージを負い始める。
彼等の背中を支えていたヒーラーは背中から手を離すと、ヒールを開始してタンクの体力を回復させていた。
その状況の変化にチンチラから新たな指示が出る。
『遠距離の方は、手前のオーガから集中攻撃を開始してください』
指示に従い、ヌーカーと遠距離攻撃のプレイヤーからの一斉攻撃が始まった。
魔法、矢、投げナイフがオーガの体に突き刺さり、オーガのヘイトが祠の指輪から攻撃相手に変更される。
しかし、オーガは攻撃したくても目の前の敵と防衛線を張るタンクに道を塞がれ、近寄る事すら出来ずに次々と倒されていった。
そして、オーガーを全滅させて敵が残り200体を切ると、チンチラの反撃が始まった。
『中央を閉鎖。左翼と中央は動かずに右翼だけ少しずつ前進。遠距離攻撃は右翼の敵を集中攻撃! アタッカーは右翼の端で待機』
彼女の指示で、キャスターの攻撃が右翼の敵に集中し、余裕が生まれたタンクは前進しつつ中央を閉鎖した。
鋒矢の陣が次第に雁行の陣へと変わって、モンスターは左の崖側へと追い詰められる。
それと同時に、右側に少しだけスペースが空いた。
『アタッカーは右翼から敵の背後へ移動』
中央が塞がり攻撃を停止していたアタッカーは、彼女の指示で開いた右翼の隙間から走り出して敵の背後へ移動する。
そして、反撃の準備が整うとチンチラ、改め、プチキャット・フロム・ヘルの最後の号令が全員の耳に入った。
『包囲殲滅陣完了。全員、チャージです!!』
『うおぉぉぉぉ!!』
チンチラの号令の元、プレイヤーの一斉攻撃が始まった。
アタッカーが敵の背後から襲い、今まで耐えていたタンクも攻撃しながら敵を押し返す。
遠距離攻撃は最後のMPと武器を使って範囲攻撃を放った。
イキロ達も体力の限界まで戦って敵を倒す。
その一斉攻撃にモンスターは成すすべなく次々と倒されて、後方に控えていた敵は崖から落ちていった。
そして、最後のモンスターが倒れ丘の上にはプレイヤーだけが残っていた。
戦闘が終了するのと同時に雨が上がって、青空には大きな虹が掛かっていた。
『皆さんお疲れさまでした。私達の勝利です』
チンチラから労いの声が全員の耳に入ると、疲れ果てていたプレイヤー達が疲労を忘れて一斉に歓声を上げた。
「やった、勝ったぞーー!!」
「信じられねえ。本当に勝っちまった!!」
「経験値スゲーー!!」
「本当だ。レベルが滅茶苦茶上がってる!!」
彼等の歓声は次第に統一されて、チンチラへの称賛へと変化する。
『フロム・ヘル!! フロム・ヘル!! フロム・ヘル!! フロム・ヘル!!』
『フロム・ヘルはヤメテ……』
彼女は再び頭を抱えて、チームチャットで嘆いていた。
イキロ達は全員が無事なのを確認すると、お互いの泥まみれの顔を見て笑い合っていた。
「お疲れさま」
「さすが、フロム・ヘルだ。完膚なきまでに叩きのめしたな」
「ああ、最初はあんな娘で大丈夫か不安だったが、ここまで完勝するとは思わなかった」
イキロが皆を労うと、ノブナガがチンチラを称賛しテルヒサも同意して頷く。
「だけどさ、本当にイベントだったのか?」
「多分、そうだと思う」
「最高に面白かった!!」
戦闘前と同じ会話をコウメイとシュバルツがすると、ミミが二人に向かって笑っていた。その様子に、二人はお互いの顔を見合わせて肩を竦めた。
「それよりも鞄の中を見たか? ドロップ品が凄いぞ」
「「「「「え?」」」」」
テルヒサに言われて、全員がコンソールを開いて所持品を開くと、大量のドロップ品が鞄に入っていた。
「何で?」
イキロが驚いているとチンチラの声が耳に入ってきた。
『言う暇がなかったので事後報告になりますが、私のスキルが途中で上がって、倒した敵のドロップ品が自動で分配されたらしく、全員の鞄の中に入ったみたいです』
その報告にイキロ達だけではなく、全員が興奮して再び歓声が沸いていた。
ただし、戦闘前にチンチラに文句を言ってチームチャットから退出されられたプレイヤー達だけはガックリと落ち込んでいた。
「船賃も手に入れたし、イベントもクリアしたから、これで俺達もブリトンに行けるね」
イキロに全員が頷くと、チンチラの方へ振り向く。
その彼女は奢る事なく、ニルヴァーナの皆から称賛されて、照れた様子で笑っていた。
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