第47話 不味い物を普通に食べる、たったひとつの最悪なやり方
俺の処刑が確定したけど、ジョーディーさんの毒、違った、不味い料理を食べさせるとか本当に死ぬかも……逃げちゃダメ?
凍った下半身だけど、姉さんの魔法は凍らすことはできるが、溶かすことはできないらしい。
助けを求めても、罪を犯し尚且つポーションで脅した俺に差し伸べる手は誰一人として居なかった。
いや、リックとチンチラが手を差し伸ばそうとしたけど、まるで蛆虫を見るような目で俺を見るフランとステラが二人を止めた。
結局、心の中で泣きながらスティレットをアイスピック代わりにして、下半身を覆う氷を砕いて脱出する。
氷を砕いた後、蔑む皆の視線を浴びながら床を這いつくばって、椅子に座った。
「無様ね」
正面に座っていたステラから優しい声を掛けられた。
本当に全員仲が良くてクソなギルドだな! ガチで涙が止まらない。
俺の裁判と今度の予定が決まって……いや、アルサを忘れているな。
だけど、あの変態女はジョーディーさんに酔狂しているから、ブリトンに行く前には戻ってくるだろう。
腐った趣味だけで付いて来ているとは思ってないけど、暗殺ギルドが何を考えているのか分からないから、アイツはほっとく事にした。本音を言えば、腐女子が一人減っても別にどうでもいい。
会議が終わって後は自由行動となったけど、現実の時間ではとっくに0時を回っている。シャムロックさんと巻き添えを喰らったシリウスさん以外は適当に談話をしてからログアウトするらしい。
俺もハイポーションを飲んでログアウトしたかったけど、姉さんのおかげで足が痺れて動けないから、解けるまでの間、皆と会話して時を過ごした。
適当な会話の最中、スキルに上位互換がある事を話したら脳筋の全員が食いついた。
「何だそれは、初耳だぞ!」
そう驚くのはもちろん義兄さん。脳みそが筋肉だから思考も筋肉、まさに残念なイケメン。
「これは調査をする必要があるかもな。船が出るまでは暇だと思っていたけど、面白くなってきたぞ」
そう言って不敵に笑うのはヨシュアさん。彼女は女性ホルモンを消し去って常に男性ホルモン全開だから、出てくるセリフに乙女など微塵も感じない。
ヨシュアさんの勇ましい姿や発言を見る度、乳首に胸毛でも生えてるんじゃないかと何時も思う。
「調査も何も年配の人に聞いてみたら?」
「誰に聞くんだ?」
「居るじゃん目の前に」
シャムロックさんに顎をしゃくってアルドゥス爺さんを教えると、全員の視線が爺さんへ向いた。
「む? 何じゃ?」
全員の視線を浴びてアルドゥス爺さんが首を傾げる。
「アルドゥスさん。スキルについて聞きたいんだけど、良いか?」
「うむ。儂の知っている事だったら答えるぞ」
義兄さんが恐る恐る尋ねると、アルドゥス爺さんが笑顔で頷いた。脳筋の笑顔は見ていて暑苦しい。
「スキルの上位互換について教えてくれ!」
「上位互換? ああ、ある程度のスキルを持っていれば誰でも取得できるぞ」
「どんなのがあるんだ?」
義兄さんの質問にアルドゥス爺さんが手を顎に添えて考える。
「そうは言っても、いろいろあるからのう……そうじゃな。例えばカート殿で例えると、盾スキルをそのまま使えばラージシールドスキル、ミドルシールドスキル、スモールシールドスキルのどれか一つに変化させる事ができる」
「ほう」
「今の三つのスキルは、それぞれ適合した盾を持てば変化前の盾スキルよりも敵の攻撃を防ぐ事ができるんじゃ」
「なるほど……βの時にはなかったな」
「ところがな。盾スキルに戦士回避(パリィ)スキルの両方を鍛えて上位変換させると、その二つが合わさって盾回避スキルに生まれ変わる。そうなると今度は盾を使って敵の攻撃をはじき返す時に、高い効果が発生するスキルに生まれ変わるんじゃ」
「それは本当か!?」
「うむ。先の特化した3つの盾スキルに比べればガードとしての効果は若干低いが、腕が良ければ問題ない。そして、盾回避スキルが高くなればドラゴンの爪の攻撃すら弾くらしいぞ、がははは」
ヨシュアさんが驚いていると、爺さんがさらに詳しく説明した。
「「おおお!!」」
アルドゥス爺さんの説明内容に、タンクロールの義兄さんとヨシュアさんが歓声を上げる。
「ひょっとしてアルドゥスさんは……」
「うむ。昔、騎士団に居た頃、盾は必須だったから盾回避のスキルは持っとる。何だったら譲渡しても構わんぞ」
「是非、頼む」
「クソ! 戦士回避(パリィ)スキルを持っていない!!」
喜ぶヨシュアさんと反対に義兄さんが悔しそうに顔をしかめる。
その後、ヨシュアさんはアルドゥス爺さんからスキルを譲渡してもらって、義兄さんはコトカ在中の間にパリィスキルを上げて、ブリトンで再会した時に譲渡する約束をした。
そして、盾スキル以外でも上位互換スキルにどんなのがあるのかという話題で、皆は盛り上がっていた。
「何、お前、三段跳びスキルなんて取ったの? やっちまったな!」
全員が自分のスキルを公開していると、俺が今日取った軽業スキルの話題になり、それを聞いたブラッドから馬鹿にされた。
スキルを馬鹿にされるよりも、ブラッドに馬鹿にされたことに腹が立つ。
ところで、三段跳びスキルって何じゃらほい?
「三段跳び?」
「取ったのは軽業スキルだろ。あれのアクションスキルがホップ、ステップ、ジャンプだから三段跳びスキルって言われて、βでは使えないスキルの代表の一つで有名だぜ」
何、そのテンプレセリフ。ベタ過ぎて鼻で笑うぜ。
ゲーム開始序盤で主人公がボッチプレイさせられるありがちな展開だけど、既にゲーム序盤を過ぎているから手遅れ感が否めない。
「俺もβユーザーの書き込みで知ってたから、軽業スキルでも軽戦士敏捷スキルの方を取っているからな」
胸を張ってブラッドが自慢するけど、何だよそのスキル。名前からして使えそうじゃねえか。
「軽業スキルと同じステータスボーナスに加えて、攻撃速度が上がるスキルだな。アクションスキルはないけど、戦闘だとこっちの方が断然有効的なスキルだと思うぜ」
「マジで?」
「ああ、確か……あれ? アクション忘れちったな。シリウスさん、軽業スキルのアクションって何だっけ?」
ブラッドが激しくネットに書き込みをしているシリウスさんに、軽業スキルのアクションを質問する。
「ん? 軽業スキルのアクション? 確かホップ、ステップ、ジャンプ。その後は、バックステップ、サイドステップ、フロントステップだったかな?」
シリウスさんが教えてくれたけど、これってダンス用のスキルか?
それに、バックステップは既に持っているし、フロントステップはその前に取れるステップと何が違うのか分からない。
だけど、片耳は爺の癖に素早かったから恐らく軽業スキルは取っていたと思う。あの動きを真似できれば、俺の戦い方もバリエーションは増えると信じたい。
「確かにブラッドのスキルも良さげだけど、軽業スキルも敵を翻弄させるのに良いんじゃないかな?」
「翻弄ねえ……レイちょっとホップしてみろよ」
ブラッドに言われたけど、今はダメ。
「無理」
「何で?」
「足が痺れてる」
「ああ、そうだったな」
俺がそう言うとブラッドが両肩を竦めた。うむ、こいつに呆れられるってかなりショックだな。
「俺もネットで見ただけだからうろ覚えだけど、そのスキルって飛んだら軌道修正できないんじゃなかったっけ?」
「あ!」
スキルを使った時を思い出すと、確かに飛んだら修正できなかった気がする。
ついでに、スキルを使った後ろでニャーニャー叫び声がしたのも思い出したけど、それはどうでもいいや。
「驚くってことは、やっぱりそうか。スキルを使ったら敵に突っ込んだってネタがあったからな」
「そうなの?」
「ああ、それで飛び蹴りしたって話もあったけど、使いこなすには相当の訓練が必要らしいぜ」
ふむ、完全に使えない訳ではないらしい。だけど、スキルのために修行とか面倒くせえ。
……コトッ!
「ん?」
スキルについて考えていたら、目前で音がした。視線を正面に向けば何故かプリンがテーブルに置かれていた。
「何を悩んでいるの? これでも食べて元気出しなさい」
差し入れの主を見れば…………ジョーディーさんだった。
そう、これはプリンに見えるけど処刑道具である。毒を目の前にして元気が出るほど俺はマゾじゃない。
スキルの事で忘れかけていたけど、今の俺は処刑待ち。逃げようにもまだ足が痺れて動けない!!
「……もう作ったの?」
「今朝作ったんだけどね。ベイブに食べさせたら気絶しちゃって、それで誰も食べないから捨てようと思ったけど、コートニーちゃんがレイ君に食べさせてって言うから持って来たわ。頑張って食べてね」
くっ! 捨てるなら自分で食べろ!
それに姉さんはこの毒の存在を知っていたから、すぐに許したのか……。
「……普通のプリンだよね」
「はずれー。今流行りの塩プリンよ」
どうやらこの処刑人は塩で殺すつもりらしい。
昔、塩の入った樽に首から下を埋めて、体中の水分を抜けさす拷問があったらしいが、恐らくそれに近い。
食堂の皆をチラリと見ると、全員が俺の様子に注目していた。そして、全員が合掌して憐れむように俺を見る中、姉さんとベイブさんの二人だけが、必死に笑いを堪えて頬を痙攣させていた。
「ジョーディーさんはこれを食べた?」
「食べたわよ。ちょっとしょっぱかったね」
お前が食べて塩辛いなら、一般人が食べれば殺人級。
このチビは本当に料理スキルを取ったのか? 間違って暴食スキルとか変なスキルを取ったんじゃね?
ガシッ!
「え!?」
何とか逃れる手段を考えていると、何時の間にかベイブさんとシャムロックさんが近づいて俺の両脇に立っていた。そして、二人が俺を羽交い絞めにする。
「レイ、諦めろ」
「苦しいのは一瞬だけだ!」
おい、二人とも口元が笑っているぞ!!
「ちょっ! 待って!!」
「はい、アーン」
ジョーディーさんがプリンをスプーンですくって俺の口元へ運ぶ。
「待って、やめて!! 俺はまだ死にた……んぐ!!」
叫んでいると、無理やり口の中にぬめっとした固い固形物を入れられた。
何これ、本当にプリン? 固くね?
そう思った瞬間、口の中で何かが爆発して衝撃が全身を襲い気を失った。
「……ううっ」
目が覚めると辺りは暗く、どうやら宿泊部屋のベッドで寝ていたらしい。そして、無性に水が飲みたい。今なら一ガロンでも飲める。
部屋を見回すと、サイドテーブルに一輪挿しの花瓶が置いてあったから、花を引っこ抜いて一気に飲み干した。
「……死ぬかと思った」
一体俺は何を食べたんだ? 表面は柔らかいけど中身が固かった正体不明の塩プリンを無理やり口に突っ込まれたところまでは覚えている。
だけど、なぜベッドで寝ている? 記憶がぶっ飛ぶ料理とか不味いにも限度というものがあるし、もはやあれは料理じゃない。
そして、あんな凶器を何度も作り、それを食べるあの夫婦は頭が狂っている。
間違いなく重病だから、二人揃ってカウンセリングを受けろ。即行で閉鎖病室へ隔離されるけど、それが世間のためだと思う。
コンソールを開いて時刻を見れば、毒を食べてからゲーム時間で三時間程経過していた。
そして、耳を澄ませば隣の部屋からうるさいイビキが聞こえる。あのイビキの主はシャムロックさんだろう。という事は、彼とシリウスさん以外の皆はログアウトしているはず。
そう言えば、ハイポーションを手に入れた事を皆に言うのを忘れていた。
言う暇がなかったというのが正解だけど、まさかリックがあの場で姉さんのパンツを盗んだことを白状するなんて予想外にも程がある。正義感を出すのは間違いじゃないが、時と場合を考えろ。
取り敢えず、俺もログアウトすることにして、鞄からハイポーションを取り出す。
ブロックから聞いた話だと死ぬほど不味い、いや、死んだ方がマシなぐらい不味いらしいが、俺は既に正体不明の劇毒、いや違う、死ぬほど不味いメシを食べた後だから、今なら何も怖くはない。
ハイポーションの蓋を開けて、ためらわず一気に飲み干す。
うむ。口の中がマヒしていて何の味もしねえ。そう考えると、ジョーディーさんの料理もまんざらではないと思う。二度とゴメンだけどな!
飲んだ結果、特に体調に変化は見られない。元々ポーションはゲームキャラクターの体力を回復するアイテムだし、飲む前から体力は満タンだったから変化がないのも当然だと思う。
後はログアウト時の現実の俺の体の調子がどうなるかだが、前にゲーム内で瀕死になってログアウトした時は、心拍が危険域に達して集中治療室に運び込まれた。
そう考えると、片耳と戦って何度か瀕死になったことから、今回も心拍が低下していた可能性がかなり高い。
一応、コトカに入った直後から体に埋め込まれた管理チップは機能していないが、さすがに丸一日寝込んでいたら症状が看護師に見つかる。
もし見つかった場合、主治医の内藤さんからゲーム禁止命令が下される可能性が高いしチップを弄ったことも見つかって怒られる。あの筋肉で迫られるとか正直勘弁。
ハイポーションの効果がありますようにと祈る気持ちでログアウトボタンを押した。
目を開けて天井を見れば何時もの病室に居た。
どうやら、意識不明で集中治療室に運び込まれるという事態は避けられたらしい。
この病院に運び込まれた時から動いている家から持ち込んだ電子時計は、ログアウトした時間を数分過ぎているだけだった。
普通に戻れたのもハイポーションの効果だと考えて良いと思う。
根拠は不明だけど、ゲームの薬は俺の体に何か影響をもたらしているのは間違いなかった。
そして点滴が刺さり、今まで自分の力では上げる事すら無理だったやせ細った両腕に力を入れると、震えながらも腕が上がった。
「おおお……」
俺は自分の腕を見ながら、奇跡に驚いていた。
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