第48話 ラヴィアンローズは永遠に
ハイポーションを飲んでから現実時間で四日が経過した。
未だ俺の体に蔓延る病魔は消える様子がないけど、体調は依然と比べて段違いに回復していた。
主治医の内藤さんは俺の体を診断した後、あり得ないと筋肉を震わせていたけど、お前の筋肉は感情で動くのか? 俺の病気を診断する前に、自分が一度医者に診て貰え。
船が出るまでの四日間。学生組の四人。俺、チンチラ、ステラにブラッドは、ゲームの中で勉強をして過ごした。
ブラッドだけは初日の月曜日にログインしなかったけど、どうやら親への説得に失敗して、二日目でようやく許可を得たらしい。
だけど、試験の結果次第ではゲームを没収されるらしく、彼は必死に教科書を見ていた。そう、勉強せずに、ただひたすらと教科書を見ていた。
俺がブラッドに何で勉強をせずに教科書を見ているのかと尋ねたら、これが彼の勉強法らしく、教科書を丸暗記していると自慢気に語っていた。
お前は一度見ただけで全ての内容を暗記して理解できるのか?
ハイライトが消えた目でブラッドを見て、コイツがログインできるのもあとわずかと憐れんでいたら、見かねたステラがブラッドを椅子に縛り付けて大量の問題集をやらせた。
「嫌だ!」と叫ぶブラッドを叱る、時にはぶん殴るステラを見て「ヒステリックさざえ○ん」というあだ名が浮かんだけど、本人に言ったらマジで殺されそうだから心の奥へそっとしまった。
だけど、ブラッドにひたすら問題集をやらせた結果、中学二年で止まっていた彼の学力は高校レベルまで引き上げることに成功する。正直言って自分の勉強よりも疲れた。
姉さんとローラさんは、アビゲイルと盗賊ギルドのチョイ悪おやじを手伝って「ローズ保険会社」を作った。「ロイズ」? いいえ、「ローズ」です。
姉さんは色々考えた結果、全員が利益を得られる様に保険会社を株式にした。
出資の比率は、ニルヴァーナが10%、ラヴィアンローズが30%、盗賊ギルドが30%、暗殺ギルドが30%としているが、出資金はニルヴァーナが各グループに金を貸す形にしているので、実際はリックの爺さんから頂いた財宝で運営している。
各グループからの返済に期限は設けてないけど、株の配当金からニルヴァーナへ少しずつ返済される予定。
何となく、出資元から悪の組織がダミーの会社を作って、みかじめ料を取っているような気がしたのは俺だけじゃないと思う。
そして、出資に暗殺ギルドが入っているのは、アルサが絡んでいた。
あいつはひょっこり戻ってきたと思ったら、保険会社に暗殺ギルドも入れてくれと言ってきた。
暗殺ギルドは保険会社で殺しをするつもりか? 死んだら金を払うのはこっちだぞ?
だけど、アルサの話を聞くと、暗殺ギルドは今、解散の危機に陥っているらしい。
ライノが率いていた盗賊ギルドの壊滅に加えて、コトカの領主も捕まって汚職もなくなり、気が付いたら王宮の派閥が一つだけになっていて暗殺ギルドとしての殺人依頼がなくなったとか、仕事がないなら足を洗えと思う。
暗殺ギルドに仕事がなくなるのはこの国からしてみれば良い事だとは思うけど、殺人経験者を無職にさせて野放しにするのは危険という事で、盗賊ギルドと一緒に調査員として働く事になった。
盗賊ギルドと暗殺ギルドが一緒に働くことで、確執が生まれるかと不安な面もあったけど……。
「うおおおおお! 仕事が減るうぅぅぅ!!」
と、暗殺ギルドの参入に一番喜んでいたのがチョイ悪おやじだから平気だと思う。
保険会社と言っても立派なビルを作ったりせず、最初はコトカの港の近くにパブを作り、海運情報と商品の相場を毎日掲示板に書き込んで、海運業を営む商会の溜り場を作っただけだった。
それでも、海運業を営む商会の人達からはことのほか好評で、彼等は商談をこの店で行ない始めた。
姉さんとローラさんは船の損害保険をベースにして、その他の荷物や賠償金に対する補償をオプションで追加させることでさまざまな保険を作り、暇そうな商人を見つけては保険を売りつけた。
最初はあまり乗り気じゃなかった商会の人達だったが、会社の運営にラヴィアンローズとニルヴァーナが絡んでいると知った途端、話に食いついた。
彼等が言うには、アビゲイルとニルヴァーナが片耳を潰したことはこの業界だと既に有名で、ラヴィアンローズならば信用できると思ったらしい。
既にいくつかの契約もできたと姉さんとローラさんが喜んでいたけど、内容を見たら、ほとんどの契約にオプションが全部付いていた。あんたら枕営業でもしたのか?
義兄さん達、保険会社とあまり関わらなかったメンバーは姉さんのパシリ、いや、指示でアーケインの貴族とコネを作るために、アーケインとコトカの間を何度か往復していた。
アーケインに旅立ってコトカに戻ってきたら、姉さんに手紙を受け取ってトンボ帰りでアーケインに行かされていた。
多分だけど、この四日間で彼等が一番しんどかったと思う。
そうそう。手紙と言えば、何故かアーケインに帰ったフランから俺が関わっていた事件について詳しく教えてくれという手紙が来た。
何に使うのかよく分からないけど、俺がゲームを始めてからやらかした出来事を全部書いて送ったら、面白いから定期的に送ってくれと催促された。
どうやら孤児院で子供の夜話に聞かせているらしいが、教育には良くないと思う。
それでも送ってくれと言うから、ついでにアーケインの素材屋のドワーフにも手紙を渡す事を条件に了承した。これで師匠にも俺の活動を連絡できるから、一石二鳥だろう。
最後に、勉強の息抜きにダンジョンに何回か入ったけど、高レベルで装備も充実している俺達にとって依頼所のダンジョンはただの消化試合と化していた。
義兄さんはパリィスキルを上げるんだと、盾なしで挑み、ボロボロになりながらも笑うを姿を見てやはり脳筋の考える事は一生理解できないと思った。
ちなみに、コトカから出るときの最終ステータスはこれ、はいドン!
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Lv20
スティールレイピアSTR+3、AGI+6、痛覚倍増付与付
サバギンレーザーVIT+10
取得スキル
スキル増加の指輪(+3)
盗賊隠密スキルのフード付きマント(盗賊隠密スキル+6)
【生存術<Lv.20> INT+2】【危険感知<Lv.20> INT+2】【戦闘訓練<Lv.20> VIT+2】【盗賊攻撃スキル<Lv.20> AGI+2】【盗賊隠密スキル<Lv.18(+6)24> DEX+1】【盗賊窃盗スキル<Lv.10> DEX+1】【盗賊戦闘回避スキル<Lv.7>】【突刺剣スキル<Lv.20> AGI+4】【打撃スキル<Lv.16> STR+3】【格闘技スキル<Lv.16> STR+3】【軽業スキル<Lv.12> AGI+2】【サバイバルスキル<Lv.10> INT+1】【ボルダリング<Lv.4>】
控え
【生産訓練<Lv.13> INT+1】【調合士スキル<Lv.17> INT+1】【毒作成スキル<Lv.17> INT+1】【薬草学スキル<Lv.17> INT+1】
アクション
生存術・危険感知・ステルス・目くらまし(唾吐き)・バックステップ×2・バックアタック・死んだふり・足蹴り・薬作成・毒作成・バランス崩し・ホップ・ステップ・ジャンプ
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スキルが全体的に上がった。軽業スキルはレベルが9になると『ジャンプ』を覚えたけど、やっぱりただ飛ぶだけだった。
レベルが12になると予定通り『バックステップ』を手に入れた。
『バックステップ』は既に持っているから使えないと思ったけど、どうやら連続で使用可能になったらしい。
『バックステップ』でバク宙をしている最中に連続で『バックステップ』を起動すると、二回転して頭から地面に突っ込んだからもうやらない。
最後に散々悩んだ挙句、ボルタリングというスキルを取った。
ボルダリングは簡単に言えばフリークライミングの一種で、ロープすら使わずに素手で岩を登るスポーツの事。
取るのを悩んだ理由はただ一つ、パクリだから。ええ、もうぶっちゃけますよ。ずっと昔からアサシンとかトレジャーハンターとかシーフとか、色んな職業の主人公がゲームでヒョイヒョイ壁を登ってるじゃん。
確かに盗賊として必要なスキルかもしれないけどさ、既出ってどうよ。それでも、必要なスキルだと思って手に入れた。
だけど、高いところからわらに飛び降りるとか、するつもりはない。だって危ねえし。
ちなみに、ボルタリングスキルを取りに冒険者ギルドへ行った時、軽業スキルを手に入れた猫耳姉さんが再び俺の担当になった。
「オッス!」
「また来たにゃ!」
「耳触っていいかにゃ?」
「突然何を言い出すにゃ! いやにゃ!」
「10Gあげるって言ったらどうかにゃ?」
「う……本当かにゃ?」
「嘘だよーん」
「帰れ!」
とうとう猫耳姉さんの語尾から「にゃ」を消した。何となく勝った気がする。
その後、散々もめたけど何とかスキルを手に入れた。
そして、今日。ブリトンへの開放が運営によって発表された。
それと同時にユーザー数が開放されて、第二弾として多くの新規ユーザーがアース国で再び溢れることになった。
昔、ヨーロッパで多くの難民を受け入れてパニックになった事があったけど、何となくそれに似ている気がする。薄々気が付いていたけど、やっぱりプレイヤーは難民らしい。
そして、攻略組と言われる人達は、こぞってブリトンへ行く船に乗ろうと順番待ちをしていた。
ニルヴァーナも成り行きで攻略組に属しているけど、俺達はラヴィアンローズの新しい船に乗ってブリトンに向かうから、他の攻略組とは別にのんびりと港に居た。
おまけだけど、あの『ヨツシー』の店のかしましい三人組もヨシュアさんの紹介で一緒に乗るらしい。
「これが新しい船?」
「ああ、新生レッドローズ号だ」
俺とアビゲイルの目の前には、ブリトンが開放されるまでに作られた新しいレッドローズ号が停泊していた。
船は中型サイズで、前のレッドローズ号と変わっている様子は特に見当たらない。
「前と同じ仕様なの?」
「はははっ。そう見えるか? 攻撃力はさほど変わっていないけど機動力は上がっているぞ」
自慢げに語るけど、船の事はよく分からん。
「凄いな」
取り敢えずおだてとけば良いだろう。
「この船だけじゃないぞ。他にも一隻が既に護衛艦として海に出ているし、さらにもう一隻建造中だ」
どうやらアビゲイルはチョイ悪おやじとの予算争いに勝ったらしい。予定通りの船を手に入れて満足気な表情を浮かべていた。何となくチョイ悪おやじの悔しそうな表情も思い浮かんだけどね。
「やっぱり別の船もバラの名前?」
「いや、今航海しているのはジャスミン号と名付けた」
「……なんだろう。可愛い花の名前なのに、強そうな気がするね」
「コートニーも同じことを言っていたな」
「これ以上はやめよう。相手は大御所だから目を付けられたら危険だ」
「うむ」
意味が分からない人だっているし、このネタはマジでやめとく。
「できれば今建造中の船は、お前に乗ってもらいたかったんだけどな」
「何? 俺を船長にしたかったの?」
「判断も的確だったし、人望も成長すればありそうだからな。育てればお前は良い船乗りになるぞ」
「褒めても乗るつもりはないよ」
「ああ、分かっている。お前の病気についてはコートニーからも聞いているし、旅をする目的も知っている」
「ならいいや」
そう言うと、アビゲイルが俺の方を向いてふっと笑った。
「これで四回目だな」
「何が?」
「お前に振られたのが四回目になるって意味だよ」
あれ? アビゲイルに四回も告白されたっけ? 二回は何となく覚えているけど、後は知らねえや。
「俺も四回目だな」
告白? しらばっくれとけ。
「何がだ?」
アビゲイルが首を傾げたから笑って……。
「こんなもったいないイイ女を目前にして振るのがさ。病気じゃなかったら絶対に捨てないんだけどな」
それを聞いたアビゲイルが呆然としていたけど、ぷっと噴出したと思ったら腹を抱えて笑い出した。
アビゲイルに釣られて俺も一緒に笑う。
「「あははははっ」」
十分に笑ったアビゲイルが笑い涙を拭いた後、俺の肩をバシバシと叩いた。
「やっぱりお前はイイ男だよ。病気が治ったら戻ってこい、何時でも待っているぞ!」
「ああ」
俺とアビゲイルは向き合うと、どちらからともなく握手をする。
アビゲイルの力強い手を握りながら、彼女の愛するこの海が平和になることを祈った。
「でっていうー」
あの掛け声が聞こえて振り向くと、遠くでヨツシーの桃がヨシュアさんにスピアーを喰らわして二人が床に倒れていた。
どうやら出会って即シリーズはレズ物にジャンルを変更したらしい。ただし相手はおなべだけど。
それにしてもタンクロールのヨシュアさんを一撃で倒すとか、あの強欲ハジケ女は生産職なのにスピアーだけは戦闘職顔負けの強さだと思う。
「……どうやら来たみたいだな」
「……ああ」
アビゲイルがヨシュアさん達を見て呆れていたけど、見たくもない路上レズプレイを見せられれば誰だって呆れるのは当然だと思う。
「遊ぶのは船に乗ってからにしてくれ、全員が揃ったから出航するぞ」
アビゲイルが彼女達に大声を上げると、皆は慌てて船に乗り込んだ。
俺も船に乗り込む。久しぶりに見るヨッチや薔薇族の皆が俺に向けて手を振っていたから、こちらも手を振り返した。ちなみに、六人の薔薇の落書きは消えたらしい。良かったな。
副船長は残念ながらジャスミン号の船長に昇格していて、この船には居なかったけど、彼も海のどこかで頑張っているのだろう。
「錨を上げて、帆を広げろ!」
アビゲイルの号令で青い空に白い帆が広がる。
新生レッドローズ号の帆には髑髏が消えて、赤い薔薇だけが描かれていた。
「よし、ブリトンに向けて出航だ!!」
『おう!!』
アビゲイルが片手を上げると、レッドローズ号の甲板に全員がアビゲイルに向かって元気な声を張り上げた。
これでようやく俺達もブリトンへと行ける。
ハイポーションでこれだけ効果があったんだから、これ以上の薬を飲んだらもしかして俺の体は治るかもしれない。
新しい大地に何が待ち受けているのかは分からないが、この体を治す薬を必ず見つけだす!
俺達を乗せた新生レッドローズ号は、太陽の日差しを浴びながらブリトンへと帆先を向けて海原を進み始めた。
―――――――――
余談
アビゲイルは業務のほとんどを盗賊ギルドのマスターに託して、海賊退治に精を出し次々と撃退する。
そして一年後。
レイが予想した通り、後のなくなった海賊達はアビゲイルを倒すために団結して彼女を罠に嵌め、40対3という圧倒的多数で攻撃を仕掛けたが、その戦いにアビゲイルは勝利して伝説の女船長として名を遺した。
一方、ローズ保険会社はアビゲイルの人気が上がるにつれて莫大な利益を上げ始める。
そして、資金に余裕ができると保険だけではなく、貿易を中心とした他の業種にも手を出して、その全てで成功した結果、ただの保険会社から財団へと変わり、ローズ財団は王族ですら手を出すことのできない会社へと成長した。
その裏では、忙しさに死にそうな隻眼の中年男の叫びが聞こえたらしい……。
二十年後、突然、アビゲイルは社長の座を若い青年に譲り引退する。
その若い社長は……立派に成長したリックだった。
―――――――――
数年後……。
「そして、その盗賊は海の平和を取り戻した後、新たな地へと向かいました。終わり……って、あら? 何時の間にか寝ちゃったのね」
娘のおねだりで絵本を読んでいたら、何時の間にか眠っていたらしい。
起こさないようにそっとベッドから降りて部屋から出ると、リビングでは夫が書類を見ながら酒を飲んでいた。
「ん? やっと眠ったのか?」
「ええ、何時も同じ話ばっかりでよく飽きないと思うわ」
妻が頬に手を当てて溜息をこぼす。
「それだけ面白いって事でしょ。フランの処女作にして名作と名高い『海賊と盗賊王』。発売から十年以上過ぎているのにいまだに売れているらしいね」
「そうだけど、あの人の書いたのを清書書きしただけだから悪い気がするわ」
「あはははっ。それでも他の作品だって売れているし、盗賊王なんてシリーズ化して何冊もベストセラーを出しているんだから。フランは才能あると思うけどね」
「リックがそう言ってくれると嬉しいね」
フランはリックが座るソファーの横に座ると、書類を見て溜息を吐き彼を睨む。
「何の書類を見ているの? 仕事が忙しいのは分かるけど、休める時は休まないと……」
「ああ、分かってるって。それに、これは仕事の書類じゃないよ。ほら、あの人の手紙」
リックが手にした紙の束をフランに渡す。
「……相変わらず凄い量ね。それに随分と久しぶりだわ。今度はどんな内容なのかしら」
「ああ、あの人は相変わらずだったよ。それに今度アースに帰って来るらしい」
「ええっ! 本当?」
「ああ、盗賊王の帰還だ」
『ガンバルローグ 2章 終』
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