第37話 Suck it !!
アビゲイルに別れを告げて、船の先頭へ向かう。
近づいて片耳の船を見上げれば、船の甲板はレッドローズ号の甲板よりも位置が高く、飛び越えて向こうの甲板に降り立つのは不可能だった。
前方ではレッドローズ号がブチ開けた穴から船員が突入しようとしていたけれど、それに対して片耳の海賊が穴から出てきて応戦。
頭上の甲板からも投石と矢が放たれて、レッドローズ号の皆は苦戦を強いられていた。
その状況を見て足を止める。戦う前から投石や弓矢でダメージを受けるのも馬鹿馬鹿しい。
それに俺の攻撃はフェイントという名の騙す、卑怯、不意打ちを織り交ぜながら戦う戦法だから、狭い場所で正面からの殴り合いになると俺の持ち味が失われる。
言っといてあれだが、自分の戦闘スタイルが酷い気がしてきた。だけど常に卑怯! これが俺のベストスタイル。
他に片耳の船に乗り込む方法は何かないかなと船上を見回すと、船に突っ込む前にへし折れてロープで支えられていたフォアマストが、宙づりSMプレイの状態でプランプランと揺れていた。
周りの炎に炙られているのも合わせてフォアマストを擬人化させると、何となく拷問プレイ的なエロチズムで興奮する……溜まってるのかな、俺……。
脳内の煩悩を追い払って、メインマストを登ってフォアマストに飛び降りる。
マストの上に着地してバランスを取りながら落ちないように慎重に進んだ。
下では俺に気づく様子もなく、激しい戦闘が繰り広げられていた。このまま先端まで歩いてステルスで身を隠して降りれ……ブチッ!
「……はい?」
背後で嫌な音がして振り返ると、マストを唯一支えていたロープが俺の重みに耐えきれずに切れていた。
当然、俺の立っている足場が片耳の船の方へと落ち始める。
「わわわっ……おりゃ!」
慌ててマストを走りぬけ先端に到着するのと同時にジャンプし、垂れ下がっていたロープを掴む。
そして、ロープの勢いで片耳の船の甲板の上空まで移動すると、ロープを手から離した。
「どけーー!!」
飛んだ先では片耳の海賊が下に向かって石を投げていたが、叫び声に顔を上げた途端、俺を見て口をポカンと開けた。
「ぎゃっ!!」
落下の最中に海賊の首に手を回す。そのまま体を横にスイングすると、海賊の首あたりから「グギッ!」と音がした。心の中で合掌。
飛びつきスイングDDTを喰らった海賊が動かなくなるのを尻目に、ゆっくりと立ち上がる。
周りの海賊は突然現れた俺を見て驚いていた。不意打ち大好き。
「テメエ、何者だ!!」
一人の海賊が叫ぶのを無視して、余裕の演技で手招きをする。もちろんハッタリ。
挑発するのと同時に、背後からフォアマストが海に落ちる音が響いた。
「来いよ、
身内限定だけどな!!
「黒いフードに頬の傷、こいつアサシンだ!!」
俺が構えていると囲っていた海賊の一人が俺を指差して叫んだ。それを聞いて、周りの奴らはギョッと驚き警戒する。
「アサシンだろうが奴は一人だ、やっちまえ!!」
ベタなセリフと同時に左の海賊が腰からシミターを抜いて俺に襲い掛かってきた。
「クタバレ!」
ひょい! 盗賊回避スキルが発動して右に避ける。
「手前ぇがクタバレ」
避けたついでに海賊の腰を掴んで海に投げ捨てると、相手は悲鳴を上げなら海に落ちていった。
「死ね!!」
背後を見せた俺をチャンスと見て別の海賊が襲ってきたけど、不意打ちで声を出すとか何か間違っていると思う。
これまた回避スキルでくるっと避けて、頭を掴むと海へと押しやる。
今度の相手はギリギリ踏ん張っていたけど……。
「お前が死ね」
足で背中を蹴飛ばすと海に落ちていった。
「二人だ、同時でやるぞ!!」
一対一では適わないと判断したのか、今度は二人同時に俺に襲いかかってきた。
ぽいっ。
鞄から筋力UPという名の糞トラップを右から襲う海賊の足元に投げる。海賊は糞を踏んでツルンと足を滑らせ見事に後ろに引っくり返った。
「へ?」
左の海賊がそれを見て動きを止めている間に忍び寄り、チョンと目玉を突いてサミング攻撃。
「ぐあっ!」
頭を相手の顎に下に滑り込ませると、相手の頭を両手で掴んでジャンプ。両膝から床に着地した。
チン・クラッシャー
膝からの衝撃が俺の体を伝わり相手の顎を打ち抜く。
かつて虎と壮絶な戦いをした爆弾小僧が得意としていた繋ぎ技だ。しかし、繋ぎ技とはいえその威力は高い。
そして、チン・クラッシャーのチンは顎の事で下半身のチンじゃない。もう一度言うが、顎の事でチ○コじゃない!
顎を打った海賊が仰け反る。そして、両膝立ちしている俺の目の前には汚いバナナ!
「ハッ!!」
右手を後ろに引いた後、腐ったバナナ目掛けてナックルを叩きつける。
「ぐおおおおぁぁぁ!!」
海賊が腰を後ろに引き、一、二歩下がると白目を向いたまま床に倒れた。
「おい! 大丈夫か?」
心配そうに声を掛けて、股間を押えて呻いている海賊の襟首を掴むと、海へ投げ捨てた。一応、情けはかけた、結果は知らんけど。
俺が一人を始末している間、糞でこけていた海賊が復活していたが、同時に襲うはずの相棒が海に投げ捨てられて歯軋りをしていた。
「手前ぇ……」
「どうだ、糞でこけてる間に相方がやられた感想は?」
「ふざけるな!!」
「イイね、その悔しそうな顔。あ? 何だって? 目の前で相棒がやられて興奮した?
うはっ! 何! お前、ネトラレ属性持ちかよ!? 俺は寝取り属性だから今度女を紹介してくれや。テメエの目の前でソイツを犯してやるから、一緒に興奮しようぜ!」
笑って煽ると、見事にキレて手にした剣を振るってきた。
するりと避けてみぞおちに蹴りを入れ、前屈みになったところで相手に背を向け顎を肩に乗せたまま背中から床に落ちる。
「ぐは!!」
ダイヤモンド・カッターを喰らった海賊がビョーンと跳ね返ると、見事な
突然に現れ、たった一人で四人を倒した俺に甲板の海賊達は下への攻撃を停止して、俺を取り囲んだ。
囲まれても俺は余裕のある演技で腰からスティレットをゆっくりと抜く。そして、周りをゆっくりと見回していた。
(ふふふ、とうとう僕の出番が来たね。頑張るぞー)
スティレットが無駄に張り切っているけど、ピンチな状況なんだから少しは真剣になって欲しい……。
一応、スティレットも剣だから、ある意味で真剣なのか? ……クソが、自分で言ってつまんねえよ!
自分自身に腹が立って、スティレットを甲板に叩きつける。
(痛い! 何で!!)
「ウルセエ! 黙ってろ!!」
スティレットからしてみれば、いきなり床に叩きつけられて意味が分からないと思うし、物に八つ当たりするのも人としてどうかと思うけど、別に聖人君子なんて目指してないから、クソ喰らえ!
それにさ、コイツ、突然意味もなく喋り始めて、最近は調子こき始めているのが本当にムカつくし……。
『…………』
む? 気が付けば囲んでいる海賊達が危ない奴を見るような視線で俺を見ていた。
その隙に床に叩きつけたスティレットを拾って、何事もなかったかの様に海賊達に向かって構える。
「……さあ、来い!」
「お、おう……」
囲んでいる海賊の一人が応じてくれた。敵だけどその優しさが少し嬉しい。
「ゴホン! ……たった一人で何ができる。覚悟は良いんだろうな!」
優しい海賊が続けて俺を挑発する。
どうやら先ほどとった俺の行動を忘れてくれるらしい。コイツ、良い奴だと思う。
周りを取り囲まれている状態だけど、何故か気持ちは落ち着いている。これが俗に言うゾーンに入るという奴なのだろうか……一発シコッた後に一瞬訪れる賢者モードに近い感じだ。
心の中を空っぽにすると、叫ぶ海賊の声が遠くに聞こえる。
窮地なのに不思議と恐怖心の欠片も感じない。それどころか普段薬で抑制されていた感情が魂の奥から溢れ、俺の闘争心を静かに高ぶらせていた。
その感情を受け入れると自然と笑みが浮かぶ。
「覚悟? お前はアホか? それはこっちのセリフだボケ! 片耳にケツを掘られて梅毒が脳に回ったらしいな、寝言は尻を掘られながら叫んでろ!」
話し掛けて来た優しい海賊に向かって優しく挑発すると、全員ブチ切れて襲ってきた。
『バックステップ』を発動、後ろに下がって攻撃を躱す。目の前で海賊共が同士打ちを避けようとたたらを踏む。
すかさず前方へ飛び出して、スティレットを一番手前に居る海賊の太ももに突き刺した。
「ぎゃあ!」
スティレットを抜かずに掴んだまま前方へ飛ぶ。スティレットを軸に体を捻らせ、体を空中で横にしてから奥の海賊の顔目に飛び蹴りをぶち込んだ。
(後ろ!)
(分かってる!)
スティレットを抜きながら床に着地するのと同時に、横にスティレットを振って攻撃を反らし、後ろから襲ってきた相手の股間を蹴り上げた。
「うっ!」
前屈みの敵に向かってアッパーカット気味なエルボーを打ち込むと、顎を撃ち抜かれた敵は脳震盪を起こして後ろへ倒れる。
その間に先ほど蹴りを見舞った敵に加えて、新たに二人の敵が襲って来た。
一人はスティレットで防いで、残り二人の攻撃は盗賊回避スキルで体を捻じりながら躱し、横をすり抜ける。
「ぎゃ!」
振り向かずスティレットを回転させて逆手にすると、すぐ後ろの敵のケツにスティレットを突き刺した。
(きたなーい!)
(ウルサイ!)
さらに体を回転しながら後ろへ下がり、襲ってきた敵の顔に毒霧を吹く。
「ぐああああ! 目が、目があああ!!!」
叫ぶ海賊の頭を掴んで他の海賊の方へと体を向ける。そして、掴んでいた手を離してから相手の背中を蹴飛ばした。攻撃しようとした海賊の一人に、蹴飛ばした海賊を受け止めさせて攻撃を封じる。
その直後、背後から別の敵が襲って来たが、攻撃が当たる前に横蹴りを腹に当てた。
「ウプッ!」
相手が息を詰まらせて攻撃を止めた後、拳で顔面をぶん殴る。
さらに回し蹴りでぶっ飛ばした後、最初に毒霧を見舞った相手に向かって走り、飛び蹴りを背中にぶち込むと勢い余って海に落ちていった。
最後に残った敵の攻撃を体の軸を回転させて避けると、逆に回転の勢いを加えたローリングソバットを脇腹に撃ち込んだ。
「ぐっ!」
スティレットを足音の床へ突き刺した後、相手の頭を掴み股の間に押し込む。
両脇の下から自らの両腕を通しかんぬき状態にして、顔面を下に床へと叩きつけた。
「ぐは!」
ペディグリーを喰らって床を転げまわる海賊の髪を掴むと、そいつも海へと落した。
(危ない!!)
「え!? ……ぐあっ!!」
一気に海賊を倒し一息入れていると、スティレットから声がした。
そして、その直後、俺の左肩に矢が突き刺さる。
飛んで来た先を見れば数人の敵を挟んで、一人の海賊が俺に向かって弓を構えていた。
このゲームの痛覚設定は、現実の40%に押さえられているが、それでも肩に矢が刺されば痛てぇ。それに、刺さるのは検査の時の内視鏡だけで十分だ!!
「クソが!!」
右手で矢を掴んで一気に引き抜く。襲って来る痛みが俺の中に眠る闘争心をさらに燃え上がらせた。興奮したともいう。
弓を構える海賊を睨むと、体勢を低くしてスティレットを回収しつつ、ソイツに向かって走りだす。
「この!」
「何!」
海賊が切り掛かって来るのをサイドステップで避けて、別の海賊が殴り掛かるのを頭を傾けて避ける。
全ての攻撃を避けると、標的にならないように体勢を低くしながら弓を構える海賊へ近づき、相手の膝に目がけてスライディングを放った。
「うおっ!」
膝に低空ドロップキックを喰らった海賊がうつ伏せに倒れて膝を抱える。
先に起き上がると、海賊の心臓目がけてスティレットを突き下ろした。
「ぎゃあぁぁぁ!」
海賊が避けてスティレットは心臓に刺さらなかったが、替わりに肩へと刺さって海賊が暴れ叫ぶ。
その海賊の髪を掴んで無理やり起き上がらせると、背中を蹴飛ばして海へと落とした。
「手前ぇ……よくもやりやがったな!」
吠える周りの海賊を前に、軽くスティレットを上に放り投げる。
スティレットはクルクルと回って俺の手に再び収まり、海賊に向かって構える。
(目が回る~~)
「行くぜ!」
うるさいスティレットを無視して、海賊の集団へと突入した。
向かってきた敵を海に落とす、糞で滑らす、プロレス技で気絶させる。おまけでスティレットで刺す。ダメージの警告メッセージが出たらポーションを使って体力を回復させる。
こうして無双をしていると、ゲーム開始直後のうさぎちゃんで苦労していた頃が懐かしく思える。
俺もかなりの数の修羅場をくくり抜けたし、死ぬと分かってからは遊びではなく本気で戦っている。
どうやら俺はレベルを上げる事以上に、本当の生き死にを経験することで強くなっていた。
「どけどけ、どけ!!」
海賊を次々片付けていると、遠巻きに俺を囲む海賊をどかして奥からハゲの大男が現れた。
ハゲは俺の目の前まで来ると、手と首をボキボキ鳴らして俺を見下ろし太々しい笑みを浮かべる。
「ここで会ったが百年目。今までの恨みを果たせてもらうぞ」
「……ハゲ? 違った、誰?」
コイツ、誰だっけ? どこかで見たことがあるような気もするけど思い出せない。
首を傾げて尋ねるとハゲの顔が真っ赤になった。
「手前が忘れても俺は一時も忘れてねえぞ!」
「あまり怒ると血圧が上が……ああ、思い出した血尿男か!!」
「誰が血尿だ!!」
俺がハゲの頭を指さして呼ぶと、大声を上げて殴り掛かった。
「おっと!」
顔面目掛けて飛んできた拳を紙一重で交わす。
さらに殴り掛かってくるのを、『バックステップ』で後ろに下がった。
「ハゲ、そうムキになるなよ。顔が真っ赤だぞ」
「うるせぇ!! ハゲじゃねえ、剃ってんだよ!」
「え、ナチュナルな脱毛処理?」
「言ってる意味がハゲと同じじゃねぇか!!」
頭に血が上ったハゲが突進して来たから、足元に糞トラップを投げる。
「ぬおっ!」
ハゲが糞を踏んで足を滑らせ頭から前のめりに突っ込んでところを、その場で飛び上がりハゲの頭をふとももで挟み込む。そして、スキル『バックステップ』を発動。ハゲごと強引に後方へ引き寄せてバク宙の要領で回転。
頭を挟まれて抜けられなかったハゲは、俺と一緒に体を回転させて後頭部から甲板に叩きつけられた。
フランケン・シュタイナー
日本に来た兄弟のレスラーの弟が伝えたド派手な技で、この技は名前と見た目の格好良さから、使うレスラーにナルシストな奴が多い気がする。
ブシュー!! と、床に頭を打ちつけたハゲの頭から血尿が吹き出る。
「なあ、マウントポジションって知ってるか?」
一言告げると、馬乗りの状態でハゲの上から顔を殴り始める。そうガチである。
左手で顔を抑えながら血が吹き出る部分をひたすら殴る、殴る、殴る。
4、5発ぶん殴ると、ハゲが耐え切れなくなったのか、暴れて俺を力任せに振りほどいた。
「ふ、ふざけ……んな……」
俺が立ち上がって見つめる中、ハゲが流血でふらふらになりながら俺を睨み、立ち上がった。
ハゲを睨み返すと、股間の左右をチョップして腰を前に突き出す。
「
「うおおおおおおお!」
昔、プロレスで相手を最大に侮辱するセリフを大声で叫ぶと、ハゲが俺に向かって突進してきた。
「……ぐはっ!!」
両手を広げて俺を掴もうと迫るハゲの股間を蹴り上げて、前屈みにさせる。
さらに、股間を押さえるハゲの頭を上から押さえて、くの字にさせた後、両脇の下から自らの両腕を通しかんぬき状態にした。
「トドメだ!」
かんぬき状態のままその場で飛ぶ。そして全体重掛けてハゲの額を床に落とした。
ぺディグリー(ガチグリー)
前に使用したぺディグリーは顔面から床に落としたダブルアーム・フェイスバスターだったが、今のは似ているけど実は違う。
技のかけ方は同じだが、今回は変形ジャンピング・ダブルアーム・パイルドライバーで額から地面に叩き落す。
しかも、両手をロックしているから受身も不可能。下手すりゃ脳震盪を起こす危険なガチ技。
ファンの間では、本気のぺディグリーつまり、ガチグリーと呼ばれている。
額から床に叩きつけられたハゲは、脳震盪を起こしてピクリとも動かなくなった。
立ち上がって唖然としている周りの海賊を見回してから、首を掻っ切るポーズを決める。
「……次は誰だ?」
「うわぁぁぁぁ!!」
俺が声を掛けると、敵が潮が引くように俺から距離を取った。
「威勢のいいガキだな」
突然、頭上から声がして見上げると、いかにも海賊の船長という格好をした爺が酒瓶片手に俺を見下ろしていた。
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