第38話 海賊王vsアサシン
俺を見下ろす爺は、白髪の混じった髪と胸元まであるひげを伸ばして、黒のロングコートを着ていた。
昔、有名だった黒髭と呼ばれた海賊と似た格好をしていたが、唯一違うのは顔の左に本来あるはずの耳がなかった。見た目だけで言えば海賊ルックのコスプレ爺。歳を考えろ。
「お前が片耳か?」
「手前がアサシンか?」
お互いに確認すると、やはり目の前の爺は片耳だった。
もしこれで片耳じゃなかったら、夢見がちな老人がホームから抜け出したのかと思ったけど、ドリームは時と場所を考えてこっそりシコれ。
俺を睨んでいた片耳が床に唾を吐き、俺に話し掛けて来た。
「随分と色々やらかしてくれたらしいな。俺が狙っていた財宝を奪い、領主には俺が裏切ったように仕向け、揚げ句の果てに俺の大事な船を傷つけやがって、この落とし前はどうするつもりだ?」
「…………」
俺が何も答えずにいると、片耳がレッドローズ号に視線を向けて鼻で笑った。
「ふん、アビゲイルか……あの女の抱き心地はどうだ? 気は強いが、女としてはまあまあだったろ」
「……あ゛?」
大勢の前でアビゲイルを馬鹿にされて思わず声を出すと、片耳が俺に向かって嘲笑う。
「くくくっ。まだ若けえな。女の話を振ったらムキになったか?」
先ほどから俺を見下し上から目線で語っているけど、その態度が気に入らねえ。意識高い系のボケ老人は、世間で叩かれていると自覚しろ。
俺も片耳にカチンと来たから、片方の耳に手を添えて……。
「アーアー。耳が無くて聞こえない」
一発、咬ましてやった。
「…………」
『…………』
馬鹿にしたジェスチャーに、片耳が俺を凝視する。
周りの海賊達も信じられないと言った様子で口をあんぐり開けていた。
「さっきから何を言ってるのか分からねえが、ぐちゃぐちゃウルセエよ。クソ爺特有の若い頃自慢か? 寝言は死んでから神に向かって懺悔しろ」
「……何?」
「アビゲイルを抱いて自慢しているけど、人質を取ってパコパコしただけじゃねえか。俺は何もしていないのに向こうから寄ってきたぜ。テメェ、一度自分のヒデエツラを鏡で見てから女を買えや。買われた女が可哀想で仕方がねぇ」
「……手前、そこ……」
「アーアー。耳が無くて聞こえない!」
片耳が何か言おうとするのを、上から被せて発言を封じる。
「それよりも、お前、その歳で女を抱けるのか? というか立つのか? 立つってのは足腰の事じゃねえぞ、それも心配だけどな。実はもうとっくの昔に枯果ててんじゃねえのか? アビゲイルが言ってたぞ……」
ここで少し間を空けて、甲板に響き渡る大声で叫ぶ!
『お前が全然立たねえから、顎が疲れたってな!!』
叫んでから顎に手を添えて左右に動かし、顎が疲れたというジェスチャーを入れた。周りの海賊が笑いを堪えているが、構わず続ける。
「立たせるだけで重労働なんだから、自分でシコって消化しろや、それともなんだ? もう歳だからしごく力もないってか? だったら床使え、床!!」
足元の甲板をダン! ダン! と踏み鳴らす。
「大事な船って言うほどだから、部下に毎日磨いてもらっているんだろ。パンツを脱いでお前のナニを甲板に擦り付けて、出すもの出せや! 何? 腰が動かない? だったらそれこそ周りに居る部下を使え!」
そう言いながら、モップ掛けの演技をする。
「ほら、こうやってお前が床に寝そべって、両手両足を部下に掴んでもらって、前後に揺らしてシゴけ! こすれ! 往き果てろ! そしてそのまま……」
すぅっと息を吸って、今日一番の大声で叫ぶ!!
『床オナしながら海へ帰れ!!』
ああ、スッキリした。
「…………」
俺が言いたいことを言い終わって周りを見渡すと、全員が静まり返っていた。
「……上等だ」
片耳が持っていた酒瓶を投げ捨てて、壇上から飛び降り俺の前に立つ。
爺なのに身軽なのを見て驚いた。
「テメエ等、手出しは不要だ。こいつは俺が片付ける」
片耳は手下に命令するのと同時に腰のレイピアを抜いた。
片耳が自ら倒すと聞いて、俺と片耳を囲んでいた海賊達が歓声を上げる。
お前等レッドローズ号の船員と戦わなくて良いのか? まあ、俺としてはそっちの方がありがたいんだけどな。
だけど、作戦は成功。義兄さんみたいにヘイトスキルはないけれど、ヘイトスピーチはナチュラルに出る!
全員で襲われたらさすがに負ける。だから、片耳を煽って何とか一対一の状況に変えた。
俺もスティレットを抜いて剣先を向ける。
(さあ、スティレット、お前の最後の晴れ舞台だ。行くぞ!)
(任せって、え? えええ? 最後の晴れ舞台って何?)
幻聴が聞こえたけど、あえて無視。
「いくぞ!」
俺は片耳に向かってスティレットを突き出した。
「甘い!」
片耳が俺のスティレットを振り払うと、足を踏み込みレイピアを突き刺してきた。
「早っ!!」
とっさに首を傾けて避けるが、その剣先はフードを切り裂いた。
そして、腕を伸ばしたまま連続で俺が避けた方へとレイピアを振る。
「おっと!」
とっさにしゃがんでかわした後、まだ攻撃が来ると判断して、スキル『バックステップ』を起動。
後ろへ引っ張られる勢いを利用してバク転をすると、案の定、元居た場所の足元の床にレイピアが刺さっていた。
着地するのと同時に片耳へ近づきながらスティレットを前に突き出す。
しかし、片耳は床からレイピアを抜くと、横に移動して俺の攻撃を躱した。
その動きに、体を回転させてソバットを放つが、片耳は腰を引いて攻撃を避る。
軸足を中心に体をくるっと回して正面を向くと、今度は片耳が俺の胴体目掛けてレイピアを刺して来た。
攻撃をスティレットで弾くが、片耳は続けて腕、さらに、太腿へと連続攻撃を仕掛ける。
腕は体を捻り、太腿は捻った状態で『バックステップ』を使い横へ飛ぶことで攻撃を躱す。
……爺の癖に強い、というか速い!
スティレットで防いだ感じだと一撃一撃は重くはないが、連続攻撃が速くピンポイントで相手の攻撃力を削ぐ場所を狙って来る。
「さっきの威勢はどうした? 行くぞ、小僧」
「ウルセエ、早漏。ジジイだったら遅漏で中折れしやがれ」
片耳に向かって中指を立てると、片耳はレイピアを自分の胸元まで寄せた。
「死ね!!」
その瞬間、片耳の姿が消えた。
タタッ!
左から床を蹴る音が聞こえて、直感で右へと避ける。
「……!!」
姿を消した片耳が俺の左手前に現れるのと同時に、左腕熱く感じて横目で見ると左腕にレイピアが刺さっていた
「なっ!」
腕にレイピアが刺さった状態で、片耳に向かってスティレットを突き出す。
片耳は刺したレイピアを抜きながら後ろへ下がって、俺の攻撃を避けた。
今のは何だ? 避けなきゃ確実に俺の胴体にレイピアが刺さっていた。それに……痛ってえええええ! 腕が焼ける様に痛てえ……。
俺が顔を歪ませていると、片耳が俺に向かってニヤニヤと笑っていた。
「この武器は痛覚を倍にする効果があるらしい。喰らった感想はどうだ? 痛てえか?」
何それ? そんな武器を振り回したら、確実に掲示板で叩かれるぞ!
「もう一度行くぞ!」
再び片耳が消える。
タタッ!
今度は右から足音が聞こえて左へ飛びのくが、片耳は俺の行動を読んでいて、姿を現すのと同時にレイピアの剣先が俺の右肩へと刺さる。
「ぐあっ!」
右肩の痛みで呻きながら後ろへ数歩下がる。
片耳は俺の肩からレイピアを抜くと、俺をあざ笑ってから姿を消した。
今度はどっちだ?
タタッ! ……正面!!
スキル『バックステップ』で後ろに飛ぼうとしたが、飛ぶ前に右の太腿が熱くなり、スキルがキャンセルされる。
目の前に現れた片耳を睨み、スティレットを振って強引に下がらせると、出血している太腿を押さえてしゃがんだ。
「くくくっ、わははははっ。どうした? せめて、一発でも俺に当てて見せろ」
蹲る俺を見て片耳が洗いながら肩を竦める。
周りの海賊達は、片耳の一方的な攻撃に歓声を上げていた。
「どうだ、命乞いをしてみるか? もしかしたら命だけは助けてやるかもしれないぞ? まあ、その時はお前の目の前で、アビゲイルが何人もの男に回されるのを、見物することになるかも知れないがな。わはははははっ」
片耳は下種な笑い声を上げて俺を見下すと、レイピアを握りしめて胸元へ持ち上げる。
「止めだ!!」
片耳が姿を消した。どこだ? 唯一の手掛かりである足音を聞き逃さないように耳を澄ます……タタッ! ……右!!
ぽいっ。
……何となく糞トラップを投げてみた。
ズルッ!
「うおっ!」
驚く声がしたと思ったら、バタン! と音がして、片耳が床にズッコケていた。
片耳を見下ろして嘲笑う。
「お前の海賊は全員アホが多いって噂だからな。この糞は魔法でも何もないが、相手をコケさせる効果があるらしい。喰らった感想はどうだ、悔しいか?」
倒れている片耳に言い返してやった。
「…………」
片耳がうつ伏せで倒れたままプルプル震える。
「怒りで体を擦る新手の床オナか? 爺、考えたな。だけどパンツは脱げよ、シミになるぜ」
片耳を見下ろしながら、鞄からポーションを取り出すと傷口に振り掛け、空き瓶を投げ捨てる。
体力低下のアナウンスの警告が消えて傷は癒えたが、何故か痛みだけは治まらなかった。何これ、ゲームの範囲を超えてるぜ。
だけど、これで片耳の消える攻撃は封じたと言って良いだろう。音がしたら糞を投げる。それだけで奴は勝手にコケる。
しかし、俺の攻撃がまだ一度も攻撃を当ててないのは問題だった。
だけど、俺ローグだぜ? 非戦闘員の俺が正面から戦っても負けるのは当然だ。
ここは何時もと同じで、卑怯に戦うことにしよう。
俺が回復している間に片耳が起き上がる。
奴は顔を真っ赤にして、こめかみに青筋が浮き上がっていた。
「テメェ……」
右手のスティレットを背後に隠し、左手で顎を一撫でした後、片耳に向けて手招きする。
俺の挑発に誘われた片耳が姿を消した。
タタッ!
左から足音が聞こえて、糞トラップを投げる。
片耳はトラップを予測したのか姿を現さず、姿を消したまま連続で右から足音が聞こえた。
ブッ!!
とっさに喉元を押さると、右を振り向き毒霧を吹きかけた。
ちなみに、毒霧は先ほど左手で顎を撫でた時に口に含んでいた。
「何っ……目が!!」
直接吹きかけていないが、広範囲に広がった毒霧で片耳が目を覆った。
このチャンスに、片耳の膝を目掛けてスキル『足蹴り』を放つ。この技は一定の確率で10秒間回避と、移動速度50%を低下させる。
「くっ!」
Debuffが利いたらしい。片耳の動きが微妙に遅くなったところへ、スティレットを突き刺す。
片耳が目に涙を浮かべながらも、体を反転させて攻撃を回避。
斜め後ろへ素早く回り込むと、スティレットを掌で回転させて逆手に持ち変え振り上げる。
片耳がその動作を見て頭を下げたけど、残念、これはフェイントでした。頭を下げた片耳の顎を膝蹴りで打ちぬいた。
「ぐはっ!」
片耳が仰け反る。
さらに追加で、奴の顔目掛けてスティレットを振り下ろした。
「ぐあああ!」
片耳が叫んで俺から距離を取る。
スティレットの剣先を見れば赤く塗られていた。
「よう、耳なし」
俺が声を掛けた相手の右耳は、血で赤く染まっていた。
「き…貴様!!」
片耳が赤く染まった右耳を抑えながら俺を睨みつける。
俺はニヤリと笑うと、スティレットをクルっと回して順手に戻した。
「キッタネエな。耳糞が付いちまったじゃねえか」
(既に一度糞塗れになったから、今更だよ!!)
スティレットから聞こえた声にそういえばと思い出す。
俺が肩を竦めている一方、片耳は歯ぎしりして俺を睨んでいた。
「ゆ………ゆるさねえ、絶対にテメェは生きながら八つ裂きにしてやる!」
「アーアー。ママのマ○コに片耳置いてきたから、何も聞こえねえよ、カス」
「死ね!!」
俺が煽ると、片耳がレイピアを突き刺してきた。
スティレットで跳ね除けて、切り替えしで片耳の足にスティレットを突き返す。
この攻撃は片耳がレイピアでガード。逆に片耳は再びレイピアを刺してくる。
「よっと!」
まっすぐ襲うレイピアを回避スキルで体を捻り、躱しながら左脇をすり抜けて、お互い背中合わせの状態になる。
直ぐに振り向かずに左ひじを片耳の後頭部目がけてエルボーを放つ。この攻撃は頭を低くされて避けられた。
ならばと、軸足を中心に体をクルッと回転させながら、片耳のケツを蹴り上げた。
「うおっ!」
このケリは無理な体制からの攻撃なのでダメージは無い。だけど、片耳が前に転げて体のバランスを崩す。
その背後に向かってスティレットを打ち込む寸前、片耳も強引に体を捻るとレイピアを突き刺してきた。
俺と片耳が同時に顔を横に傾けてお互いに攻撃を紙一重で避けると、跳ねる様に後ろへ離れた。
「やるな、小僧」
「爺、息が荒いぜ。発作で死ぬなよ」
「クソガキが……どこまでもほざきやがる」
スティレットを回転させながら左右に露払い。自分もクルッと一回転してから、中指を立てて片耳を挑発。
義兄さんの脳筋プレイは真似たくないが、『挑発』スキルの真似なら俺でもできる。
「爺は興味ないけど特別だ。ケツの穴に一発噛まして、地獄に行きながら天国の気分を味合わせてやる。感謝しろ!」
「ほざけ!」
俺と片耳は武器を構えると同時に、相手に飛び掛かり激しい打ち合いが始まった。
(右! 今度は左、あ、違う。ケリだった!)
(ぐは! お前、アシストしてねえよ!)
スティレットからの声を聞きながら片耳の攻撃を避ける。
スティレットは俺を勝たそうとアシストしていたが、間違えるのはマジ止めろ!
激しい攻撃が続き、片耳が振るうレイピアの速度が徐々に速くなる。
俺も回避スキルを使って、負けじとスティレットを巧みに操り攻撃を捌いていった。
武器による打ち合いは若干片耳が優勢。それならばと、俺は武器だけではなく手足で攻撃して、互角の勝負まで持っていった。
少し押されているが、伊達にベイブさんの近くで一緒に戦っていた訳じゃない。
酒乱の真似はしたくもないが、戦い方の真似事ぐらいなら何とかできる。それに、俺は片耳と戦いながら、少しずつ奴が使う剣の技術を盗んでいた。
ガキン! と音がして、レイピアとスティレットが合わる。
そのまま滑って鍔迫り合いが始まり、お互いの顔が近づくと片耳が俺を睨んだ。
「何なんだ……テメェは、最初と全然違うじゃねぇか……」
そう言いながら片耳は力を入れてレイピアを押し付け、俺の体が次第に仰け反っていく。片耳は俺の成長に恐怖を抱いている様子だった。
「くくくっ。まだ気付かないのか? 俺の特技は戦うと、相手のスキルと技術を盗めるんだぜ」
嘘だピョーン!
「……な!!」
騙されてるし。
だけど、それで力が抜けたのか、今度は俺が力を入れて鍔迫り合いを均等な状態にまで戻す。
「ぐっ」
「うっ」
俺と片耳が同時に相手の腹に蹴りを入れて、お互いに腹を抱えながら離れた。
「……化け物め」
片耳が俺を見て呟くが、俺はそれを無視して片耳に背を向けるとスキル『バックステップ』を発動した。
「なっ、消え!!」
後ろに引っ張られる勢いに加えて、自ら後ろへ低く飛ぶように足を蹴る。
スキル起動中に空中で体を捻り、片耳の真横へ滑りながら着地。
そして……。
タタッ!
驚いて隙だらけの片耳の横から姿を現すと、奴の腕をスティレットで突き刺した。
「ぐあっ!!!」
片耳が俺を振り払い離れるように後ろに下がると、刺された腕を押さえる。
「信じられん……本当に盗んだのか……」
俺の見様見真似で実施した「なんちゃって消える技」を見て片耳が青ざめる。奴は俺のズルして! 騙して! 盗み取れ!! の戦法に嵌っていた。
そして、俺達を囲んでいた奴の手下達も片耳が押されているのを見て、信じられない様子で戦いを見守っていた。
片耳が体勢を直し、俺がスティレットを構えたところで、船の前方が騒がしくなった。
この場に居る全員が振り向くと、船内を制圧したレッドローズ号の船員が甲板に出始めていた。
「お前ら何をしている! 迎え撃て!!」
片耳の命令で、周りの手下達が武器を抜き追撃に向かう。
そして、この場には俺と片耳だけが残った。
「これでお前も終わりだな、片耳」
「ほざけ、クソガキ」
「爺、あれを見ろ」
海の方へ顎をしゃくる。
その先には、まだ遠く離れているが、姉さん達が乗っている海軍の船が近づいていた。
「俺を倒したところで逃げ道のない手前は、捕まるしかねえ」
「甘いな。俺が逃げ道を残さないとでも思ったか?」
「何?」
俺が眉をしかめると、片耳が上着のポケットから何かを取り出して床に叩きつけた。その途端、奴の足元から煙が沸きあがる。
「煙玉か!?」
後ろへ下がって煙から避けると、煙の反対側で片耳が階段を上り奥の壇上へ逃げて行くのが見えた。
「待て!!」
片耳を追いかけて壇上まで登ると同時に、片耳が入った奥の扉が閉まる。
追い駆けて扉に近づきノブを回すが、扉には鍵が掛かっていた。
「チッ!」
スティレットを腰にしまうと、ロックピックを取り出し開錠を始める。カチッと音がするのと同時に扉が開き、扉を蹴飛ばして中へ突入した。
「なっ、どうやって入った!」
突入すると片耳が部屋の奥で何かを取り出している最中だったが、俺を見て驚愕していた。
「俺、盗賊だし。鍵開けは得意でござる」
「くっ! だが一歩遅かったな。手前を八つ裂きにできないのは残念だが仕方がねえ。今度あったら絶対殺す! 覚えてろ!!」
悪党がよく言う逃げセリフをほざいた後、机の引き出しから何か丸い物を取り出した。何かは知らないが、おそらくあれが奴の逃げる手段なのだろう。
邪魔する方法が脳裏に浮かび、鞄から酒瓶を取り出す。
「アビゲイルからの奢りだ。まあ飲め!」
シュポン!
「グゲッ!」
ゲロ塗れの夜にアビゲイルから渡された酒瓶が鞄にある事を思い出し、酒瓶を口元に持っていくと、酒瓶ロケットシーフ号が勢いよく飛んで片耳の顔面に当たった。
そして、その衝撃で片耳が持っていた玉を床に落とす。
「ゲッ!! 転送玉が!!」
玉は床に落ちるとパリン! と音を立てて砕け散った。
片耳がそれを見て、目玉が出るほど驚き青ざめる。
「あれ? もしかして大事な物だった? ごめんね」
全く反省していない声で謝ると、片耳が体を震わせながら俺を睨んでいた。
「テ、テ、テメェだけは……マジで許るさねえ……」
怒る片耳に向かって、耳に手を添える。
「アーアー。耳が無くて聞こえない」
ブチッ!
何かが切れる音を合図に、俺と片耳の第二ラウンドが始まった。
狭い部屋の中だからお互いに武器はなし、武器を取り出したところで壁に当たって逆に不利になる。
俺が身構える前に、片耳がガンジーでも助走をつけて殴りかかるレベルの怒りが篭った拳を俺に向けて放ってきた。
ひょい!
盗賊回避スキルが発動して拳骨を躱すと片耳の背後に回りこむ。
無抵抗主義をガン無視した助走の勢いを殺さず背中を蹴飛ばすと、片耳が音を立てて戸棚へ突っ込んだ。
「ぐは!」
何か高価そうな壺とか皿とか落ちて割れたけど、もったいない。
「どうした爺、許さないんじゃ……ぐげっ!」
俺が煽っている途中で、片耳が怒りの形相で振り向き俺の鳩尾に蹴りをぶち込んだ。
腹を押さえながら反対側の壁まで下がると、片耳が俺の首を両手で絞めて壁に追いやられる。
「ぐぐぐぐっ……」
首を絞められ苦しむ中、足元で何かが触れて視線を下に向けると、酒瓶ロケットシーフ号が転がっていた。
リフティングで酒瓶を浮き上がらせて、片手でキャッチする。
「まあ、一杯飲めや」
首絞めボイスを出しながら、片方の手で片耳の首を絞めて酒瓶を口元へと移動させる。
その行動に酒瓶が飛んだ事を思い出した片耳が、俺の首から手を離して頭を引っ込めたけど、残念、これまたフェイントでした。
そのしゃがんだ頭目がけて、思いっきり酒瓶を振り下ろした。
「ぬおっ!」
酒瓶が割れて、片耳の白髪交じりの髪の毛がワインと血で赤く染まる。
現実だったら老人虐待で確実に逮捕。だけどあえて言おう、クソ喰らえ!
赤くなった片耳の髪を掴むと、近くの机に叩きつける。
「Delete!! Delete!! Delete!! Delete!!」
昔、ぶっ壊れたお兄ちゃんで有名なプロレスラーの口癖を叫びながら、何度も何度も頭を机に叩き付けた。
五回目を実行しようとしたが、片耳が足を上げて机を踏んで抵抗すると振り向きざまのラリアットを俺に仕掛けた。
「ぐはっ!」
喉にラリアットを喰らって地面に転がると、片耳が俺のフードを剥ぎ取り髪を掴んで、今度は片耳が俺の頭を机に叩き付けた。
「ふざけんなクソガキ!!」
何度も叩きつけられ鼻血が出る。
俺も片耳と同じように机に足を引っ掛け堪えると、片耳の髪を掴んだ。
ゴン! ガス! ドス!
お互いの髪を掴んだまま何度も何度も顔面を殴り合う。
何度か殴り合う内にクソ痛さにムカついたから、爺の腹を蹴飛ばして距離を置いた。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ」
お互いに殴りあうのを止めて、暴れ回って滅茶苦茶になった部屋の隅で体力を回復させる。
俺と片耳の顔は腫れ上がり、全身血まみれだった。
俺の視界の隅ではとうの昔に警告アナウンスが表示されていて、呼吸が荒くなり後一撃でも喰らえば死ぬかもしれなかった。
「何故……何故、天は俺の邪魔をする。俺は……海賊王に憧れ、財宝を目指してただけなのに、何故、お前が財宝を手に入れた! 何で、どこで、俺は道を外した……」
窮地に追い込まれて片耳が鬱憤を語りだした。若い頃は海賊王を目指し、夢を見て、冒険心に溢れていたのだろう。
だけど、今、俺の目の前に居る老人に若い頃の面影は何一つ残ってなかった。
「はあ、はあ……何が海賊王だ、クソ野郎。手前はどこぞのゴム人間か? とっととくたばれ、あの世でアビゲイルの親父が待ってるぞ」
寝言をホザく片耳に向かって言い返す。
「ふっ。……もう誰を、何人殺したかも忘れたわ。だが、俺は……まだ、諦めん!」
片耳はそう言って壁から背を離し真っすぐに立つと、俺を睨んだ。
「俺は……俺は、海賊王に……」
「うるせええええ!!」
「グゲッ!!」
これ以上その先を言うな! 俺はア○バスタまでしか読んでねえ!!
鳩尾に一発入れた後、前屈みになった片耳の髪の毛を掴んで、またぐらに押し込む。それから、両脇の下から自らの両腕を通してかんぬき状態にした。
「うおおおおおお!!」
「な、何!!」
驚く片耳を無視して、雄叫びを上げながら片耳を持ち上げる。
「喰らえ!!」
奴の脳天が真下になると同時に床へと叩き落とした。
タイガードライバー’91
箱舟を作った緑のおっさんが封じた殺人技だ。掛け方はペディグリーと同じだが、これは危険度が桁外れに違う。
ペディグリーは顔面、ガチグリーは額、そして今度は腕をロックしたまま脳天から落とす技。
相手は受け身が取れずに脳天からマットに落下し、脳震盪は当然の事ながら首にも大きなダメージを受けて最悪の場合、頚椎損傷で死ぬ。
「ぐああああああああ!!」
ズドン! と部屋全体が揺れる振動が鳴り響き、片耳が頭を抑えて転げ回る。
手前の夢も野望も全て、これで終わりだ!
床でのた打ち回る片耳を見下ろし、全身を使って右足を床に叩きつける!
ダン!
アビゲイルの涙!
ダン!!
お前に奪われた者達の悲しみ!
ダン!!!
そして、お前が殺した奴らの恨み!
ダン!!!!
この一撃に全てを込める!!
ゆっくり起き上がる片耳に向かって走り出す。
パーーーーン!!
スイート・チン・ミュージックのメロディが船上に鳴り響いた。
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