第30話 シャーウッドのヤレナイチンゲール

 目を覚ますと昼を少し過ぎていた。

 今日は日曜日だから特に予定はないが、起きてすぐにゲームをやるのはなんとなく人間として……いや、生物として間違っている気がしたから他の事をやると決めた。

 だけど、何かをやるとしても病気でベッドから起き上がれないから、VR内でしか活動できないし、やっぱり俺は生物として終わっていると思う。


 最近は、イギリスにあるシャーウッドの森という森林だけのVRサーバがお気に入りで、今日も一人森林浴を浴びていた。

 シャーウッドの森と言えばロビンフットで有名だけど、一昔前までは炭田採鉱で大半が伐採されていた。

 だけど自然保護団体合法やくざの活動が活発化した結果、今は元に戻って国立自然保護区となっていた。彼も天国の森の中で、リバーダンスを踊って喜んでいるだろう。

 ロビンフットも盗賊で俺もゲームで盗賊だから盗賊繋がり? うーん少し無理がある気がする。


 微睡の中、鳥の囁きが時たま聴こえて脳内がアルファー波で満たされていく……このまま口からエフェクトというか、生命体が出て解脱しそうになった。

 解脱も涅槃ニルヴァーナも仏教用語だから仏教繋がり? やっぱり無理があるって。


 だけど、ここ最近ゲーム内でクソ忙しかったから、息抜きにこの空間は心地よい。

 ゲームで忙しいというのも何かが間違っているけど、そもそも俺の人生が間違っているから大した事はないだろう。




 木陰の下で一時間ぐらいぼけーっとしていたら、同級生数人から連絡が来てラインチャットに誘われた。

 ゲームでも現実でも、例えそこがヴァーチャルでもコミュニケーションは大事。ちょっとしたコネでもピンチの時には誰かが助けてくれる……よね?

 チャットを了承して、木陰の隙間から差し込む柔らかな日光を浴びながら、だらだらと会話を楽しんだ。


 何となく俺の話題になった時、もし病気じゃなかったら絶対ヤリチンになっていたみたいな事を言われたけど、それはないと思う。

 ヤリチンだけど薬でやれないから、ヤレナイチンゲール。

 そんなあだ名が付けられそうになったけど、長くて言い難くいからと却下になった。心の底から安堵した。


 話す事も尽きてチャットを抜ける。先ほどの内容を思い出していると、ひとつ気に成る事が脳裏に浮かんだ。

 ……ハーレムタグって結局のところヤリチンタグじゃね?

 そう考えると、ハーレムタグを付けて小説書く人は凄いな。俺にはヤリチン小説とか正直書けない。

 それじゃ逆ハーレムは……公衆便所か……。


 だけど、江戸の時代から井原西鶴の『好色一代男』みたいな小説が流行って、浮世草子という文芸も生まれたんだから有りと言えば有だろう。

 なんとなくもう生まれている気がするけど、いずれは異世界草子なんてヤリチン文芸が生まれるのか? 是非ハーレム作家さんは、『好色一代男』の世之介が持つ、女3742人、少年725人を超えるヤリチン作品を作ってもらいたい。 え? 現実で百年前に中学校の校長がフィリピンで12000人切りをした? 凄いな、聖職者が性欲者、いや、生殖者か?




 ぼけーと過ごしている内に何時の間にか寝ていて、シャーウッドの森は夜になっていた。

 あくびをして時間を見ようとコンソールを開いたら、メール着信ランプが光っていた。どうやら、眠りが深くて何時もの首絞めボイスに気付かなかったらしい。


 メールボックスを開と3件の未開封メールがあった。その内の1件はスパムメールだから消去。

 残り2件は義兄さんからで、5時にログインするから全員集合の連絡。

 その15分後に先にログインしているから連絡を寄越せと書いてあった。


 時刻をみれば、今は8時過ぎだから3時間前か……ゲーム内時間で3日は過ぎている。どうやら出遅れたっぽい。

 皆も待っているからと、シャーウッドの森に別れを告げて病院のVRルームからゲームにログインした。




 最後にログアウトしたレッドローズ号のハンモックからむくっと起き上がる。ゲーム前にも寝ていたから、なんとなく二度寝な気分。

 船の揺れ具合からして海の上を移動中らしい。ラビアンローズに停泊している予定と聞いていたけど違ったのか?


 頭に疑問を浮かべたまま部屋を出て、すれ違う船員に挨拶しつつ甲板に出ると、やっぱりレッドローズ号は海の上で、見渡す限りの水平線が目に入った。


「よう、久しぶりだな」


 首を傾げて海を眺めていたら、操舵舵からアビゲイルが声を掛けてきた。

 俺にとっては昨日の事だが、ゲームの住人からすれば……えっと16日ぶりぐらいか? 現実で半年もしたら、アビゲイルもクソババア?


「姉御か」

「アビゲイルだ」

「ここ何処? 皆は?」

「コトカからラビアンローズへ向かっている最中だ。皆は3日前にコトカへ降りたぞ」

「って事は、俺だけ置いてきぼりを食らったって事かな?」

「……まあそうなるな」

「はぁ」


 んー状況が良く分からないな。

 アビゲイルも暇だったのか、副船長に操舵を任せて俺を船長室へ誘う。そこで、俺が不在中だった3日間の話を聞くことにした。




 レッドローズ号はラビアンローズに停泊していたが、アルドゥス爺さんの要望でコトカへと向かった。

 何でも無一文のままだとさすがに今度の予定が立てられないから、一度コトカへ行ってクララの祖父母と連絡したかったらしい……金なら貸すのに、十一10日で1割で……。

 そのままコトカに向かっても問題はなかったが、安全を考えて義兄さん達がログインすると聞いた日時に合わせて航海。コトカへ到着すると同時に予定通り義兄さん達がログインしてきた。


 コトカに下りた義兄さん達は最初に冒険者ギルドへ向かった。

 そこで、ヨシュアさんがデモリッションズを解散させて、ニルヴァーナへ編入する手続きを始める。

 手続き自体は滞りなくできたのだが、デモリッションズが知名度のあるギルドだったのが不味かったらしい。


 まずヨシュアさんが冒険者ギルドの窓口で解散手続きをしていたら、隣の窓口で別の手続きをしていたプレイヤーがデモリッションズを知っていたらしく、受付とのやり取りを聞いて解散に驚いた。

 次に、そのプレイヤーが冒険者ギルドに居た他のプレイヤーに大声で言いふらして騒ぎを大きくした。現実だったら他人のプライバシーを大声で叫ぶとか非常識だけど、ネトゲのプレイヤーにモラルを求めるのは間違っているのだろう。

 だけど、そんなのはただの序盤に過ぎず、皆が注目している中で義兄さんがまたしても財宝を曝け出してギルドの貯金にしたことから、受付嬢を含めてその場に居た全員を仰天させた。


 財宝を見て驚いていたプレイヤーの一人が義兄さんに金の出所を訪ねると、今度は横からブラッドが自慢げにコトカの財宝を手に入れたと暴露したのが、最後の止めになった。

 ああ、ブラッドも師匠があれだから脳筋候補生だったな。順調に育っていて何よりだと思うが、一度死ね。


 デモリッションズのニルヴァーナ併合。コトカの財宝入手。この話はコトカだけに収まらず、ゲームの掲示板でも広まってニルヴァーナは一躍有名となった。

 これはあれか? 隠れているけど実は最強。自分からは自慢しないけどチョットした行動で皆から注目という、主人公オ○ニープレイな展開とか……小説でもアニメでも俺の一番嫌いなパターンで反吐が出る。その場に居なくて良かった。




 義兄さん達は冒険者ギルドを出た後、財宝探索に協力した『シーフ』のマスターやレッドローズ号の船員を呼んで、飲み屋で打ち上げをやったとか……ふむ。

 打ち上げの席での自慢話やベイブさんの酒乱は当然ながら、ヨシュアさんの露出癖やシャムロックさんキス魔の暴走を現地の人達は異邦から来た凄腕の変態。訂正、冒険者だと讃えられて「異邦の11人」と呼ばれ始めたらしい……ふーん。

 アビゲイルから、その時の様子を撮ったスクリーンショットの写真を何枚か見せて貰ったが、皆、嬉しそうに宴会を楽しんでいた……ほほう。


 写真を何枚か捲ると気になる写真が目に映る。

 それは、義兄さん達11人が背を向けた後姿で、全員が同じマントを着て自慢げに見せている写真だった。

 そのマントは赤の縁取りに白の下地、下の方には緩やかな赤い楔のライン。

 やや中心から上に下向きの剣に絡まるコブラのエンブレムが描かれている見たことのないマントだった。


「姉御。皆が着けてる、このエンブレムのマントは何?」

「アビゲイルだ。ん? ……ああ、これな。酒の席でカート達がその場の勢いでギルドのエンブレムを決めたらしいぞ。何でも最初に協力して倒したモンスターにちなんで、作ったとか言っていたな」


 …………。


「なあ、姉御……」

「アビゲイルだ。で、何だ?」

「自分で言うのもなんだけどさ、俺って今回かなり貢献したよな」

「……まあな」

「何で俺抜きで皆が楽しんでいるんだ?」

「うっ!!」


 質問したらアビゲイルが顔を逸らす。どうやら俺をのけ者にして騒いだ罪悪感はあるらしい。


「財宝を手に入れた日の晩にさ、デモリッションズの皆がニルヴァーナに来てくれると聞いたとき嬉しかったんだ」

「……(汗)」

「あれ? 何で今、俺だけ疎外感を感じているんだろう。不思議だなぁ」

「…………」


 ノーコメントか、それにしても酷くね?

 確かに寝ていてゲーム時間で3日出遅れたけど、少しぐらい待とうという気持ちはなかったのか?

 エンブレムか……クソ共にはお似合いだな。俺? この悔しさを忘れないためにも絶対に着けねえよ。


「そういえば、何でラビアンローズへ向かっているんだ?」

「定期補給にラビアンローズへ向かっている。予定では後1日で到着予定だな」

「俺が船に残っていたのに?」

「……すまん。忘れてた」


 そう言ってアビゲイルが再び顔を背ける。


「何を?」

「……お前の存在」

「…………」


 右手を前に出しゴメンのポーズをしながらアビゲイルが頭を下げた。俺のステルスは存在すら隠すのか?

 アビゲイルの謝罪にため息を一つ吐いてから立ち上がる。


「どこに行くんだ?」


 そのまま外に出ようとしたところでアビゲイルが呼び止めた。


「食堂……皆はパーティを楽しんだみたいだから、俺もパーティをしてくるよ……一人で」

「…………」


 そんな目で見るな! ああ、そうさ、一人パーティだよ……一人焼肉、一人ネズミ王国観光を越える、孤独を愛する人達ですら躊躇するイベントだけど、この仲間外れにされた気持ちを一生忘れないためにも是非やっときたい。

 俺の返答に再び顔を背けたアビゲイルを見下ろすと、船長室を後にした。




―――――――――

 余談


「異邦の11人」


 レイが不在のまま結成された新生ニルヴァーナの「異邦の11人」は、レイが裏で活躍する度に全部の責任を彼らに押し付けた結果、知らない間に知名度が上がっていく。

 そのお陰で彼等は様々な被害を受ける事になるのだが、今はまだ普通のプレイヤーである彼らはその事を知らない……。


 ちなみに、レイは彼等が被害を受ける度に裏でゲラゲラと腹を抱えて笑っていた……。


―――――――――




 レッドローズ号の食堂に入ると、昼過ぎということもあって誰も居なかった。

 はっ! 一人パーティにはうってつけの会場だぜ!

 厨房に居たコックに何か料理があるか聞くと、飯の後だから何もないとか言われた。それでもすがって頼んだら、クラッカーが入った箱を叩きつけられた。


 うはwww一人wwリッツパーティwwwww


 思わず草生えた。

 一人食堂でクラッカーをボソボソ食べていると、ヨッチが数人の船員と一緒に食堂へ現れた。


「あ、師匠久しぶりですね。なにやってるッスか?」

「ん? 一人パーティ」

「「「うっ!!」」」


 何故全員顔を背ける? ああ、そうさ。菓子メーカー社員も驚きの一人リッツパーティだよ! しかもオンザリッツ無しのオンリーリッツだ!!

 俺が睨むとヨッチ達はそそくさと食堂から逃げて行った。


「俺……お疲れさま……」


 彼らを見送り呟いた後、一人クラッカーを食べる。

 誰も居ない食堂でボソボソと食べる音だけが聞こえていた。




 一人パーティを終えた後で、ヨッチ達からパーティをやらないかと誘われたが、「同情されるとマジでへこむから止めて」と断った。

 彼等も俺の気持ちが分かったのか、腫れ物を扱う様に遠まわしに俺を見て去って行った。友情をなくした気がしたけど、哀れむような視線が痛かった。


 それと、夜に痺れを切らしたのか義兄さんから連絡が来た。


≪レイ居るか?≫

≪居るよ≫

≪随分遅かったな≫

≪そっちは俺が居ない間に随分と楽しんだみたいだね≫

≪うっ!≫

≪何か言いたいことある?≫

≪え……あ、いや、すまん。本当はレイが来るまで待つ予定だったんだが、つい流れでな≫

≪いやーさすがは異邦の11人さんの一人でありますね。11人に入らない俺は蚊帳の外ですか、なるほど納得しました≫

≪おい、ちょっと待て!!≫

≪のけ者は暫く一人になりますので、連絡をするのは止めてください。それじゃー頑張ってくださいね、異邦の11人さん……≫


 ブチッ!


 フレンドリストから全員をブラックリストへ突っ込んだ。

 男の癖に女々しい? ウルセエ! 何でも許しちゃうようなドM主人公には興味ねえよ!

 溜息を吐いてハンモックに寝転がり、波音を聞きながらその日の夜を過ごした。


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