第29話 チートな妄想それは黒歴史

『えええええっ!!』


 ヨシュアさんから突然出た解散発言に、デモリッションズのメンバーは驚き、ニルヴァーナのメンバーは口をあんぐり開けてヨシュアさんを見ていた。

 男装している時点でどこか頭がイカレていると思っていたけど、義兄さんなんかを啓蒙けいもうしたせいで、とうとう本格的に頭が狂ったか?


「どういう事ですか?」


 ブラッドが感情をむき出しにして詰め寄ろうとするのを、横に居たシリウスさんが抑える。


「ブラッド君、少し落ち着きましょう。ヨシュアも何か考えがあっての話だと思うし、文句を言うのは話を聞いてからでも遅くはないよ」


 ブラッドはまだ何か言いたそうだったけど、シリウスさんに宥められて腰を下ろした。

 下半身で例えるなら暴走寸前でお預け、いつでも逝けます状態。若いって素晴らしいね。俺も暴走までは望まないが、せめて、立ち上がるぐらいは元気になって欲しい。


「それで解散の理由は何だ?」


 俺が自分の下半身を見ていたら、シャムロックがヨシュアさんに理由を尋ねていた。

 そして、皆が注目する中、彼女が解散理由を話し始めた。




「今回、ニルヴァーナのパーティに便乗したおかげで、デモリッションズも沢山の恩恵を受けたと思う」


 ヨシュアさんの発言にデモリッションズの全員が頷く。


「だったら、そのお礼に私達ができる事を考えた結果、デモリッションズを解散させて、私達もニルヴァーナに入り、レイ君の病気が治るために協力をしようと思った」


 他人事だと思って聞いていたら、突然、俺の話題になって皆が一斉に俺を見た。俺も思わず「ん?」と自分を指さして首を傾げる。


「協力にはもちろん賛成するわ。だけど、ギルドを解散させずにアライアンスを組めば良いだけじゃない?」


 ローラさんの言うアライアンスとは、直訳すると同盟。

 ギルド同士を組むことで、さまざまなメリットがあるらしい。どんなメリットがあるのかは知らん。


「ああ、それも最初は考えた。だけど、カートさんとは今後も長い付き合いをしたいと思っているし、アライアンスより同じギルドで活動した方がメリットはあると思う」

「となると、今後はギルド内で色々なメンバーとバランスを調整しながら、パーティを組むことになるの?」

「いや、元々バランスの良いパーティ同士の合併だから、基本的に今までと同じメンバーで活動する予定だ。イベントやレイドの時だけ共同で戦おうと考えている」


 ステラの質問に答えたヨシュアさんの内容を聞くと、今までと変わらないらしい。

 ふむ、俺だけログアウト可能なデスゲームというデメリットを考えると、人数が増えたことで面倒な戦闘を押し付けることができるし、俺としては都合が良い話だと思う。

 ストーリが面白くなくなる? 知るかボケ! 余命僅かな人生、適当に生きてりゃ良いんだよ。




 ヨシュアさんの話を聞いたデモリッションズのメンバーが相談した結果。彼等はニルヴァーナへ統合する事にしたらしい。


「という事で、カートさんよろしく」

「……へ?」


 ヨシュアさんの解散発言から終始、口をあんぐりと開けたまま固まっていた義兄さんが正気に戻る。正気に戻っても、残念ながら性格は間抜けのままだった。


「こっちとしては申し分のない話だけど、本当に良いのか?」

「もちろんだとも。カートさん達と一緒に居ると面白いし」


 それってどういう意味だ? 俺達ニルヴァーナのゲーム履歴を思い出すと……ああ、他人から見れば面白いかもな。俺は全く面白くねえ……。


「そ、そうか……皆もそれで良いか?」


 義兄さんが俺達に確認して誰も反対意見が出ない事から、デモリッションズはニルヴァーナに併合する事に決まった。

 その後、役職について話をした結果、リーダーは義兄さん、サブリーダーにヨシュアさん。

 それと、俺からの意見としてベイブさんとシリウスさんの二人もギルドの上位権限を与えて、二人の暴走を止めるブレーキ役として働いてもらうことに決まった。

 何故かその時、全員から「お前が言うな!!」と言われた……げせぬ。


「正式にはコトカに帰ってからだけど、改めて皆、よろしく!」

『よろしく!!』


 義兄さんの掛け声に皆が笑って答える。

 突然の結成だったが、仲間が増えた事で皆の顔には笑顔が溢れていた。

 これからどんな強い敵と会うのかは分からない。だけど、信頼という絆で結ばれた俺達だったら、苦難を乗り越えられる。

 俺も皆の笑顔を見て、金銭なんかよりも素晴らしい財宝を手に入れたと感じた。




 翌朝、シャムロックさんに起こされて目が覚める。寝起きに肉達磨はキツイ。

 ステータスを確認すると、サバイバルスキルが上がっていた。寝ている間にレベルが上がるスキルって最高だと思う。

 朝食はチンチラが作ったナンとカレーだった。

 朝カレーは健康に良いと一時期マスコミが流行らせようとしたけど、病気で不健康な俺には正直どうでもよかった。


 カレーは入院する前に食べたハ○スジャワカレーに似た少し辛めの味がした。


「ジャワカレーと普通のカレーって何が違うの?」

「え? 突然どうしたの?」

「いや、何となく……」


 質問したらチンチラに驚かれた。


「うーん……南国ってイメージだからココナッツミルクでも入っているのかな?」

「それだとタイカレーと同じだよね」

「そう言えばそうだね……何でジャワカレーだけ知名度が高いんだろう……」


 二人で首を傾げていたら、ジョーディーさんがやってきて「どうしたの?」と尋ねてきたからジャワカレーの話をした。


「そんなの決まってるじゃん、イメージよ。ブランドイメージ!」

「「イメージ?」」


 ジョーディーさんの回答にチンチラと揃って首を傾げる。


「そう、カレーと言ったらインドだけど、インドじゃ知名度が高すぎて逆にインパクトが薄いでしょ?」


 ジョーディーさんの説明に俺とチンチラが頷く。


「だから、食品会社が別の国の名前を使ってオリジナリティーを出して、ブランドイメージを作ったのよ」

「なるほど……」


 ずっと昔、石鹸の国の前に名前が付けられたト○コ風呂と同じか。

 何でそんな事知っているかって? そりゃネットで調べたからね。どうしてそんなのを調べたかは秘密。

 ちなみに、クラスメイトに16歳で石鹸の国へ密入国した男が居たが、そいつ曰くこの世の三大発明は「すけべ椅子! ラブチェアー! マットプレイを最初に考案した人!!」らしいけど、そいつは未だに素人童貞。


「レイ君、どうしたの?」

「ブランドについて考えていた」

「だよね、ブランドを発明するのも難しいよね」


 チンチラがうんうんと頷いていたけど、俺の想像とは確実に違う。


「それに知ってる? インドって元々カレーライスなんてなかったのよ」

「え? そうなんですか?」


 ジョーディーさんの話にチンチラが食いついた。

 俺もメシマズ妻の癖に料理について料理に詳しいジョーディーさんを見て驚いた。


「そうよ。何にでも料理にスパイスを入れるから他の国から見たら全部の料理がカレーに見えるだけで、インドがカレーライスの発祥というわけじゃないのよ」

「じゃあ最初にカレーを作ったのはどこですか?」

「イギリスよ。インドを植民地支配していた時にスパイスを使った料理が日本に伝わって、今のカレーライスになったと言われているわね」


 さすがメシマズ嫁。不味い料理で有名な国の事だから共通部分の事もあって詳しい。


「何時まで食べてる。後少しで出発するぞ」

「「「はーい」」」


 気が付いたら結構時間が経っていたらしい。

 義兄さんに急かされ、慌ててカレーを食べ終えた。




 レッドローズ号への帰り道、元々俺の指定席だったゴンちゃんの肩にはローラさんが乗っていた。痴女がまたがってんじゃねぇよ!

 ちなみに、クララもアルドゥス爺さんに肩車されていたけど、十七歳になって爺に肩車で乗るのは虐待だと思うから、そっちはオッケー。


「レイさん、今、いいですか?」


 最後尾を歩いていたら、リックが小声で話し掛けて来た。

 リックは何時も女性に囲まれて近寄れなかったから、二人で話をするのも何か久しぶりな気がする。

 これって学校で女子に人気なクラスメイトの男子が、気まぐれでコミュ障のボッチに話し掛けて来るのと一緒じゃね? そう考えたら少し悲しくなった。


「いいけど、何?」

「何で盗賊になろうと思ったんですか?」

「誘われたから」


 実の姉に……。


「え?」

「だから誘われたから。泥棒になるのに志なんてねえよ」

「そうなんですか……」


 俺があっさり答えるとリックが、がっかりしたように呟いた。


「何でそんな事を聞くんだ?」

「レイさん強くて格好良いから、僕も将来盗賊になりたいと思ったからです」


 意味が分からない。これは不良の先輩に憧れる後輩って奴か?

 盗賊になりたいなんて言ったら、孤児院のマザーって人も「どこで教育間違った!!」と泣き叫ぶ。


「やめとけ、やめとけ。盗賊になってもろくな人生しかないぞ」

「だけど、レイさんは盗賊になって僕達を助けてくれたじゃないですか。僕も将来、人の役に立つ盗賊になりたいんです!」


 これは駄目だ。リックの目を覚ます必要がある。

 リックの肩にポンと片手を置いて首を横に振る。その様子にリックが不安げな表情を浮かべた。


「リック、それは厨二病だ! 患うにはまだ早い」

「はい?」


 理解できないのか、リックが首を傾げてキョトンとする。


「こじらす前に現実を見ろ。じゃないと黒歴史を作る事になるぞ」


 例えば、ブラッドを見ろ。奴の黒歴史は一生消えないトラウマだ。もうそろそろ、アイツは右手か右目のどちらかが疼き始めるとか言い出すぞ。

 それに、チートやハーレムが主人公の小説を書いているヤツも、自覚していないだけで厨二病の真っ最中だが、大人になればきっと思い出して悶絶する日々を過ごすだろう。

 悪役令嬢ネタを書いている女も似たようなものだ。お前は一体どこのスカーレット・オ○ラだ? 風と共に消え去れ!


「はっきり言おう。盗賊なんてパーティから見れば、罠解除とカギ開け要員の捨て駒に過ぎない。もてはやされるのは戦闘に特化した特技を持つ奴ばかりだ」


 RPGのゲームをすれば分かるが、盗賊は前列に居れば防御力が低くて直ぐに死亡。後列に居たら遠距離に特化したキャラと比べて火力が低くやはり微妙。

 しかも、罠解除や鍵開けがないゲームだと、ただ素早いだけのキャラに成り下がるという悲運なクラス。それが盗賊だ。

 あれ? 上を向いてなきゃ涙が出そう。


「それでも僕は盗賊になりたいんです!」


 現実を突き付けてもリックの意思は変わらなかった。やっぱり俺が言っても説得力はない。


「だったら一つ課題を出そう。もしこれが成功したら、アーケインの盗賊ギルドのマスターを紹介してやるよ」

「本当ですか?」


 リックの目が輝くが、この課題は難しいぞ……。


「ああ、俺の姉さんのパンツを盗んで義兄さんの鞄に入れろ。いいな、絶対に見つかるなよ」

「えええっ!!」

「しっ!! 声が大きい」


 大声を出したリックの口を慌てて塞ぐ。


「……むぐぐ!」


 さすがに驚いているな。姉さんは一見無防備に見えるが、警戒心が高いというかスキがない。野生の動物から食料を守る山ガールと同じなのだろう。俺でもこのミッションは不可能だ。

 仮に成功したとしても、犯人を義兄さんにでっち上げることができるし、もし見つかってもリックを諦めさせるためと言えば、何とか許してもらえると思いたい。

 問題があるとしたら、リックが姉さんのパンツを手に入れた事で、フェチに目覚めることだが……うむ、もしパンツを顔に付けてクンカクンカしていたら止めに入ろう。


「わ、分りました。やってみます!!」


 え? マジでやるの?


「お、おう……頑張れよ」


 無謀なミッションを遂げるために、リックが俺から離れて姉さんに近づいていたけど、その後ろ姿を見て一抹の不安を感じた。




 俺達はジャングルを抜けると、岸で待っていた小船に乗り込み船へと戻った。

 出迎えた船員の皆は俺達が何も持ってないのを見て残念そうな様子だったが、話を聞こうと船員が食堂に集まると、彼等の前で義兄さんが財宝を床にぶちまけた。

 山積みの黄金にレッドローズ号の全員が驚く。


「こ、これ一体、幾らあるんだ?」

「驚くなよ。金だけで3万2千Pプラチナだ!」

『おおおおおっ!!』


 アビゲイルの問いかけに、義兄さんが大声で金額を告げると、その場に居た全船員が歓声を上げた。

 義兄さんが満足そうな顔をしているけど、それ、お前だけの金じゃねぇから。


「義兄さん。そのぶちまけたお金、自分一人で片付けろよ」

「うっ!!」


 他の皆もその通りだと頷く中、義兄さんが固まっていた。


「それで姉御」

「アビゲイルだ」

「ここに来る前に話した保険会社だけど……」

「それ、私も参加して良い?」


 話の途中で姉さんも話題に参加する。


「もちろん。俺の考えている保険会社は……」

「ロイズよね。それだったら私も知ってるから」


 うむ、俺の考えている事は全てお見通しか……姉さんの商才は知らないが、負けない事に関しては最強の存在だから、これで会社も上手くいくだろう。


「僕も興味があるんで、話を聞いても良いですか?」


 姉さんの後ろからリックが聞いてきたけど、お前の興味はパンツだろ?

 共通の話題で近寄ってチャンスを増やすつもりか? 偽装侵入も立派な盗賊の仕事だ、頑張れ。


「リック君も興味があるの? じゃあ一緒に頑張ろうね」


 姉さんがリックに微笑みかける。

 さすがにリックがお前のパンツを狙っているまでは見通せてないか……ついさっきの会話で既に見通せていたら、逆に怖いけどな。


「レイ、どうしたの?」


 姉さんとアビゲイルの後を追うリックを見ていたら、フランが話し掛けて来た。この娘も意外と感が鋭い。


「上手くいけば良いなと思っただけ」


 リックがな。


「そうね。だけど、リックが商売に興味を持つとは思わなかったわ。ここだけの話、リックってずっとレイの事を尊敬していたから、いつ盗賊になると言い出すのか心配していたけど、大丈夫みたいね」


 残念ながら、そのリックは盗賊になるためのミッション遂行中だ。


「盗賊になると言い出したら全力で止めろよ」

「もちろんよ」


 フランとも別れて寝室に入る。

 ゲーム時間で12日経過して、現実の時間だと既に朝の5時を過ぎていた。

 俺達がログインできるのはゲーム時間で後2日なのに対して、コトカまでは4日の日程なので、航海の途中で強制ログアウトになる予定。

 食堂で打ち合わせした結果、レッドローズ号は一度リゾート地のラビアンローズで俺達がログインできるまで停泊する事に決まった。


 本当だったら片耳が襲撃してきた場合に備えて、到着するまでログインした方が安全だったが、大人組から年少組は先にログアウトしろと言われたから、俺、チンチラ、ステラ、ブラッドの年少組は先にログアウトする事にした。




 ログアウトして目を開けると、横にある心電装置の明かりで暗い病室の天井が青く薄暗かった。

 天井を見ながらログイン中に聞いた自分の寿命を思い出す。


 後、一年……。


 その短さが俺の心を締め付けていた。

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