第22話 これは毒じゃないただの不味い飯だ

 義兄さんと合流してから再び探索を開始する。

 俺は再びゴンちゃんの上に乗って敵の検索をしていた。

 今度は島の中央にある山に向かって探索しているが、皆は義兄さんから一定の距離を取っていた。

 召喚主のチンチラの意識を読み取っていたのか、岩の塊のゴンちゃんも義兄さんが近寄ると腰を引いて嫌がっていた。

 ゴンちゃんも女性だからやはり汚い奴は嫌いなのだろう。それで、義兄さんは若干不機嫌らしい。

 ちなみに、スティレットは義兄さんが洗って返してくれた。

 指先だけで摘んで腰にしまうのを見て義兄さんがジロッと睨んだけど、汚い物はやっぱり汚い。


(……しくしく)


 スティレットからは泣き声の幻聴が聞えたけど、あまりうるさいとクソレットって言うぞ……ん? 何となくトイレ洗浄剤に聞こえるが、清潔感は全くない。




「久しぶりに人以外のモンスターと戦ったが、相変わらず強いな」


 さっきのカバについて義兄さんが話し始めたけど、これは皆との距離を縮めるための作成か? 脳筋にしては珍しく頭使ったじゃないか、クソ野郎。

 だけど、確かに言われてみれば久しぶりのモンスター戦だった。ここしばらくは盗賊や海賊といったNPCを相手にしていたから忘れていたけど、義兄さんの話だとβの時と比べて全体的に強くなっているんだっけ。


「そうね。攻撃が全く通用しなかったし、唯一通用したのってレイちゃんの……攻撃と毒ぐらいかしら?」


 姉さん、今、何で言い淀んだのかな? 素直に刺した場所を言ってごらん。美人の口から俺が刺した場所を英語三文字で言うだけで、読者サービスになるんだぜ。


「ねえ、アルサ。昔からモンスターって強かったの?」


 ジョーディーさんの質問にアルサが少し考える。


「んーー。異邦者が来る前はそうでもなかったかも……私も人間以外と直接戦ったのは今日が初めてだから、分らないけどね。おじいちゃんの昔話でも苦戦したって話は聞いたことないなぁ」


 アルサの話が本当だとしたら、ゲーム開始と合わせて運営がモンスターを強くしたって事か? NPCの住民からしてみればはた迷惑な話だと思う。


「異邦人と言われている俺達が来たから、モンスターも強くなったって事なのか?」

「本当かどうか分からないけど、遠くで何かが現れて活発化したとか噂で聞いたよ」


 義兄さんも俺と同じ考えだったらしい。アルサに質問をぶつけると、何かが出たと言ううやむやな回答だった。

 何かって何だよ。定番の魔王? それとも魔人? 俺には腐女子のお前らが、魔王と手下に見えるぜ。

 ……ああ、そう言えば、このゲーム開始時にオープニングムービーが流れて、魔人が出たとかいう節が有ったような無かったような……正直だらだら見ていたからあまり覚えてない。




「ん? ヨシュアか? そっちの状況はどうだ?」


 探索を続けているとヨシュアさんから義兄さんに連絡が来た。

 義兄さんが耳を押さえながらヨシュアさんと会話する。

 別に電話じゃないから耳を抑える必要はないけど、スマホを扱う癖がプレイヤー全員に備わっているから仕方がない。俺? 現実で腕すら上がらねえのに、どうやってスマホを持つんだよ……。

 義兄さんはヨシュアさんと会話をしていたが、溜息を吐いて通信チャットを終えた。


「ヨシュア達も大変だったらしい。巨大なワニに襲われて全滅しかけたとか……ギリギリで倒したけど、ポーションがなかったら全滅していた可能性もあったらしい。レイに礼を言っといてくれだとさ」

「んーそうか……また作らないとなぁ」


 正直言うと、コトカでポーションは作りたくない。

 フローラムとブロックのイチャイチャ見ていると殺意が湧く……ああ、死んで生まれ変われるのならジェイ○ンになりたい。そして、この世の全てのカップルを八つ裂きにしてぇ。


「それで、向こうも右上半分だけの金の髑髏のアイテムを拾ったみたいだな。俺達もさっき拾った下半分の髑髏があっただろ。戻った時に確認するが、合わせて使うキーアイテムだと俺とヨシュアの意見が一致した」

「そうなると左上半分の髑髏もあるかも!」


 チンチラがそう言うと義兄さんが頷く。


「ああ。それについても俺とヨシュアは同じ見解をしている。それで、俺達はこのまま山の麓を確認してから船に戻る。ヨシュア達は島の反対側を見てから戻るらしい」

「ええーー。またあんな敵と戦うのーー?」


 ジョーディーさんが嫌そうに天を仰ぐと、義兄さんが首を横に振った。


「安心しろ。ヨシュア達も薬が切れているし、俺達だけで戦っても下手したら死にかねん。ボス級の敵を見つけても確認するだけで明日、レイドを組んで倒す事にした」


 レイド……またの名を数の暴力と言う。

 その後、俺達は山の麓を中心に探索を行ったが、財宝の手がかり一つ見つからず、夕方前に船に戻った。




 船に戻るとベイブさんが落ち込んでいた。

 皆は原因が分らず首を傾げていたが、俺だけは何となく落ち込んでいる理由が分った。


「ベイブさんいくら負けたッスか?」


 煤けている背中越しに声を掛けると、犬が驚いてビクッと体を震わす。

 ふむ、予想通りか……後でヨッチに聞いたら、彼曰く「あの人一度もフォールドしなかったッス。逆に怖いッス」だそうだ。そりゃ負けるって。


 日が暮れる頃、デモリッションズのメンバーも船に戻って来たが、全員装備がボロボロで顔に疲労感が浮かんでいた。

 お疲れ気味なステラを捕まえて話を聞くと、ワニを倒した後、ジャングルを歩いていたら突然三匹目のボス級モンスターと思われる蛇に襲われたらしい。

 ヨシュアさんが途中で敵わないと判断して撤退するも、ジャングルを抜けるまでひたすら追いかけ回され大変だったとか……。

 逃げ切れなかった原因は絶対ヨシュアさんの足が遅かったからだと思うけど、ステラも先に敵を見つけられなかったと落ち込んでいた。


 夕飯を食べた後、全員で明日の予定についてブリーフィングを行う事になった。

 食堂に入ると当直の見張り以外の全員が話を聞きたいのか、収容人数を越えた人が食堂に集まってむさ苦しかった。

 そんな中でもクララだけは元気に走り回る。だけど、ブリーフィングが始まる頃には疲れてリックを背もたれにして寝ていた。

 そして、シリウスさんが寝ているクララのスクリーンショットをこっそり撮っていた。おまわりさん、証拠現場確保です!

 おまわりさんは居なかったけど、ローラさんがシリウスさんの後頭部をぶん殴って彼の暴走を止めていた。



 ブリーフィングは今日の成果についての報告から始まった。

 まず、カバとの戦いについて義兄さんが報告しているけど、自分が糞まみれになったことは頑なに話そうとしなかった。彼にもプライドというのが有るのだろう。


 次に、ヨシュアの報告を聞いたが、倒したワニは全長10m近くある巨大モンスターだった。噛みつき攻撃に加え、背後に回ればしっぽを振り回す攻撃と、かなり手こずったらしい。

 最終的にシャムロックさんがワニの背中に乗って、口を押えてロープで結び噛みつき攻撃をできなくした後、そのロープを伸ばしてしっぽに結び付け、完全に攻撃できなくしてから倒したそうだが、何そのSMプレイ?

 俺もたまに変なプレイをする自覚はあるが、シャムロックさんも変だと思う。ちなみに、プレイというのは攻撃の事で、行為じゃないのであしからず。


 次に、俺達が拾った入れ歯とヨシュアさん達が手に入れた右半分の髑髏を合わせたら、予想通りぴったりはまった。これで左半分がそろえば髑髏が完成するだろう。

 これが財宝に繋がる手がかりかは不明だが、今の処これ以外手掛かりがないため、最優先でデモリッションズが出会った3匹目ボスを倒す事が決まった。




「それで、私達が戦った蛇についてだが……」


 ヨシュアさんが報告した蛇は全長20mある大型のコブラで、接近では素早い噛みつき攻撃、後衛に対しては毒液を噴射してくるらしい。

 襲われた当初は何とかなりそうだと戦ってみたが、ある程度ダメージを与えたら体が分裂して二体で襲ってきたから慌てて逃げてきたらしい。


「分裂した時に俺達も二手にパーティを別けるのが無難か……」

「それが一番確実だな。パーティ構成は今日と同じで良いと思う」

「明日は俺も参加するぞ」


 義兄さんとヨシュアさんを中心に、皆で意見を出し合ってコブラに対する攻略方法を考えた。

 そして、ベイブさんも明日は一緒に行動する事になった。ギャンブルで金が尽きただけとも言う。


「儂も行ってもいいか?」


 今まで黙って話を聞いていたアルドゥス爺さんが手を上げて、協力したいと名乗り出た。

 今の彼はアビゲイルから借りた皮鎧を装備して両手剣を背負っている。爺の裸なんて介護女性が主役のエロ動画以外は誰得だし、俺としてもありがたい。


「ん? それは大歓迎だが、クララはどうするんだ?」

「うむ。リックとフランがクララ様と遊んでくださったおかげで、今日一日暇でのう。お主達を見て儂も久しぶりに体を動かしたくなった。リックとフランには明日もクララ様の御守をお願いしようと思っておる」


 義兄さんの質問に対して脳筋老人の返答がお守りを他人に押し付けるとか、命に代えても守るんじゃなかったのか?


「僕は大丈夫です」

「私も良いわ」


 リックが寝ているクララの頭を撫でながらアルドゥス爺さんに頷く。さすがリック、天然ジゴロは伊達じゃない……爆ぜろ。

 フランもクララを優しい目で見つめているけど、ここ最近フランの性格が変わった気がする。前はもっとこう、野性的というかスポーツ少女的な読者サービスのジャンルを築き上げていたのに、船に乗ってから大人しくなって人気もやや落ちかけているんじゃないか? はっ、もしかして初潮か? 赤飯でも炊いてお祝いをしないと……。


「レイ、変なこと考えてない?」

「いや、お祝いをどうしようか考えているだけ」

「……?」


 俺が彼女を見て考えていたら、心を読んだのかフランが睨んだ。よし、それでこそフランだ。根本的な性格は変わってなくて安心した。


「相変わらずアサシンは何を考えているか分からんな」


 アビゲイルが俺を見て呟くが、安心してくれただのゲス野郎だ。そのぐらいは自覚している。


「それじゃ、アルドゥス殿は私のグループに入ってくれ」


 アルドゥス爺さんはパーティのバランスを考えた結果、デモリッションズのメンバーに加わった。


 最終的に決まった作戦は、最初にデモリッションズwith爺がコブラを攻撃。その間に義兄さんが皆にバフ魔法で強化する。

 コブラが分裂したら、義兄さんが新しく湧いた方のコブラのヘイトを奪い、離れた場所へ移動する。

 後はニルヴァーナとデモリッションズが分かれて、コブラを倒す事にした。

 俺の仕事は分裂後のコブラを背後から攻撃しつつ、タンク以外の回復が追いつかない場合はポーションを使って両パーティの予備ヒーラーとしての仕事が与えられた。


「これで作戦を終了するけど、最後に何か意見はあるか?」

「はーい」


 解散する前に義兄さんが確認すると、姉さんが手を上げた。


「ん? どうした?」

「うん、一つ確かめたい事があってね」


 注目を浴びた姉さんが俺に視線を向ける……何?


「打ち合わせの最中ずっと黙っていたけど、レイちゃんは今出た案以外で何かアイデアはない?」

「はひ?」

「おい、コートニー!」

「まあまあ。一応確認するだけだから、ね」


 義兄さんが姉さんに声を掛けるが、彼女がそれを宥める。

 アイデアか……一応あるけど……。


「あると言えばあるけど……はっきり言って邪道だよ」

「いや、ぜひ聞きたい」


 そう答えると、ヨシュアさんが催促してきた。


「あ、いや。レイ君の活躍はカートさんやコートニーさんから聞いているからな。どんなアイデアなのか是非聞かせてほしい」


 一体どんな話をしたのやら。


「今日、カバと戦った時に毒が有効的だったから、毒を使えば良いと思ってる」

「だけど、コブラも毒の攻撃をするからレジストされると思うよ」


 考えた事を話すと、シリウスさんが首を横に振った。


「だから、どんな相手でも効く毒を使えば良いと思ったんだけど」

「そんな毒があるのかい?」

「うん。ジョーディーさんの料理」

『それだ!!』

「何で!!」


 ジョーディーさん以外の全員が賛同する。彼女だけが訳が分からないと叫んでいた。

 ところで、何でレッドローズ号の全員がジョーディーさんのメシマズを知っている? 近くに居たヨッチを捕まえて小声で聞いてみた。


「今日の昼飯がチンチラちゃん、ステラちゃん、ジョーディーさんが朝に作ってくれたご飯だったッス。ジョーディーさんの作った料理を船員の1/3が食べて、死にかけたッス」


 ……合掌。




「まあまあ、皆落ち着いて」


 興奮している全員を宥めて話を続ける。


「俺の考えだと、最初にジョーディーさんが料理した餌に睡眠薬を入れて食べさせる。それで死ねばOKだし、駄目でもしばらくしたら睡眠薬で寝ると思うんだよね」

「死ぬって何!?」


 ジョーディーさんは納得していないけど、少しは自覚しろ、手料理ストテロリスト


「良いアイデアだ、採用しよう。ジョーディー、明日の朝に料理を作っといてくれ!」

「ああ、これで勝つ確率が上がったな!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。納得いかない!!」

「そうだ、少し待ってくれ!」


 ジョーディーさんを全員で無視していると、ベイブさんが皆に向かって話し掛けてきた。さすがに多くの人の前で妻の料理を馬鹿にされて、旦那として何か言いたいことがあるのだろう。


「皆、聞いてくれ。ジョーディーの飯は確かに不味いが、死ぬことはないし、体力も消耗しない。これは、何時も食べている……いや、食べさせられている俺が保障する」

「あなた……」


 ジョーディーさんがベイブさんをキラキラした目で見ているけど、その旦那から思いっきりメシが不味いって言われている事に気付いていない。


「ということは、この作戦は駄目か……」

「いや……」


 ヨシュアさんが残念な表情を浮かべると、ベイブさんがニヤリと笑った。


「死ぬ事はないが、死ぬほどの苦しみが永遠に続く。この作戦は有効だ!」

「フォローになってないじゃない!!」


 その後、泣き叫ぶジョーディーさんを放置してブリーフィングは終了した。




 翌朝、船の食堂に良い匂いが漂っていた。

 キッチンを覗くと、ぶつぶつと文句を言いながらジョーディーさんが料理をしていた。

 匂いだけ嗅ぐと美味しそうだけど、キッチンの床を見ればコックが泡吹いて倒れている事から、毒なのは間違いなかった。恐るべき才能だと思う。


「出来たわよ。はい」


 医務室へと運ばれて行くコックを見送っていると、ジョーディーさんの毒、いや、料理が完成した。

 不貞腐れた顔のジョーディーさんから料理を受け取る。


 ゴクリッ!


 何この料理、凄く美味そうなんだけど。涎が出てきた……。

 見た目はただのチキンステーキだけど、美味そうな匂いと肉から滴り落ちるジューシーな油が食欲をそそっていた。思わず手が伸びるが、思い出して慌てて引っ込める。

 そう、これは毒である。

 食べたいのを我慢して鞄から睡眠薬の錠剤を取り出すと、錠剤を潰して満遍なく肉に振りかけた。


「義兄さんできたよ。持ってって~」

「おうって、何だこりゃ! 凄い美味そうだな」

「気を付けて、これを食べてコックが一人医務室へ運ばれたから」

「……そいつは大丈夫なのか?」

「食べたのは少量だから大丈夫だと思いたい……」

「そうか、恐ろしい才能だな……」


 俺と義兄さんが会話している横で、料理を見たベイブさんが頭を抱えていた。


「……どうしてこうなった」




 コブラが居る場所は島の反対側だったので、そこまではレッドローズ号で移動する事になった。

 移動中にヨッチとポーカーで遊んでいると、途中でクララも遊びたいと言い出したから、クララでもできる神経衰弱をリックやフランも入れて一緒に遊んだ。

 ガチでズラシや入れ替えをしていたら、左右のヨッチとフランから肘打ちが飛んできたので、途中で手加減した。過保護は良くないと思う……。


 半時ほどで島の反対側に周り、小舟を出して浜へと移動する。

 到着すると先に揚がっていたアルドゥス爺さんがやたらと張り切り、屈伸運動をしていた。


「爺さん頑張り過ぎてぎっくり腰になるなよ」

「ふぉふぉふぉ。まだまだ若いもんには負けんわい」

「そう言えば、最初に会った時に隠れていた俺を見つけたけど、どうやったの?」

「ん? そんなの長年の勘じゃい」


 この爺さん意外とやるかもしれないな……これが脳筋のなれの果てって奴か。


「全員揃ったし、行くぞ」


 義兄さんの号令の元、俺達はコブラを倒しにジャングルに入った。

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