第21話 糞塗れの人生
茂みから現れたカバオ、違った、カバはそのまま俺達を襲って来た。
「ゴンちゃん!」
俺達が動く前にカバがゴンちゃんに突進する。
そして、ゴンちゃんがカバと向かい合ってがぶり寄った。ぶつかり稽古っすか?
ゴンちゃんと相撲を取り始めたカバは体長が5m近い巨体でピンク色をしていた。ピンク?
ああ、確かカバって乾燥を防ぐためにピンクの汁を出すとか、幼い頃に子供動物図鑑で見た気がする。
汁と言ったのはカバには汗腺がないから汗じゃないらしい。カバ汁? 何か嫌な汁だな、オイ。
ピンクのカバとか文字だけで見たら可愛いけど、実際は充血した目でゴンちゃんに襲い掛かり、実際は血まみれでB級ホラー映画に出てきそうなモンスターだった。
でもその手の映画はわりと好き♪
「危ない!」
義兄さんの叫び声で意識を戻すと、カバが大きな口を開けてゴンちゃんの上半身を飲み込み持ち上げていた……決まり手、食い殺し。
「む、イカン!」
義兄さんが慌てて救出に向かったが、カバは義兄さんを無視してゴンちゃんを咥えながら滝壺に落ちた。
「ゴンちゃん!!」
チンチラが滝壺に乗り出そうとするのを、腕を掴んで寸前で止める。
「まだ危険だ!!」
「でも!」
チンチラが振り返って俺を見るのと同時に、彼女の後ろの滝壺から水柱が上がる。
俺とチンチラの居た周辺が影に覆われ、見上げるとカバが俺達を飛び越えて空を飛んでいた。
水しぶきがキラキラ輝き飛んでいる姿が美しいけど、当の本人は血まみれのカバ。奇麗なスプラッターなんて誰が見るか、バカヤロウ。
カバが空中で一回転して地面に着地する。何、この身軽なカバ? そして、ゴンちゃんは滝壺に捨てたらしい。カバの口は閉じられていた。
「クソ!」
義兄さんがカバを『挑発』してヘイトを自分へ向ける。
カバは義兄さんを睨むと、口を大きく開けながら突進してきた。
「おっきな『アイスボール』!」
姉さんが作る氷玉が通常の三倍の大きさになって、超高速で突進するカバの口を目掛けてカウンター気味に撃ち放たれた。
スキルレベルが上がったせいかその威力は殺人級。姉さんがどんどん凶暴になっていく……。
カバが口の中に突っ込まれた氷玉に驚くが、口を閉じて氷玉を噛み砕いた。
そのタイミングで義兄さんが助走を付けて飛び上がり『シールドバッシュ』を発動。落下速度を利用した盾による攻撃をカバの横面に叩きつけた。
カバの顔が仰け反ってスタンも効いて動けない。動物保護団体が見たらクレームすること間違いなし。
カバが動かない間、俺はスティレットを抜いてカバの後ろへと走る。
チラリと横を見れば、アルサも同時にカバへと向かって走っていた。
助走を付けてスティレットをカバの腰辺りに突き刺したが……刺さらない! もう一度付刺すが、皮膚が硬くて刺さらなかった!
まだ俺につぼマッサージをやれと? もうスキルも取ったし、いい加減に普通に攻撃させてくれ!
「駄目、皮膚が硬くて刺さらない!」
俺が動揺している横でアルサが叫んだ。よし、俺だけじゃなかった。なら許す!
スタンが解けたカバが口を開けて義兄さんに襲い掛かる。
義兄さんは盾で攻撃を防ぐが、カバの突進力の方が勝り後ろへ二、三歩後退した。
「ざけんな!」
義兄さんが叫び声を上げて、今度は彼がカバに突進。
盾でカバの右頬を殴ってから、体を回転させてバックハンドで再び盾で左の頬を殴る。さらに体を回転させて勢いをつけると、再びバックハンドで盾をカバに叩きつけた。
タンクの義兄さんが使う最大の攻撃技『シールドラッシュ』をモロに喰らって、カバの攻撃が止まった。
「『アイスボール』!」
「『コンスト・ポイズン』!」
カバが止まるのを待っていた姉さんとチンチラの魔法が同時に発動する。
右腹にえぐり込む氷玉。全体を包む毒攻撃を食らったカバの肌からピンクの汁が溢れ出た。
「これは効いているの!?」
「わっかんねえぇぇ!」
カバに向かってメイスを叩きながらジョーディーさんが叫ぶけど、俺に聞かれたって知らねえよ。
通常攻撃が効かないなら、俺の最大の攻撃を食らわせてやる!
スティレットを収めると、全身を使うように右足を地面に叩きつけ、スイート・チン・ミュージックを発動させる。
ドス……駄目だ、地面が土で足音が鳴らねえぇぇぇぇ!!
「レイ、ぼさっとしていないで攻撃してよ!」
アルサが頭を抱える俺を見て文句を言う。違うんだ、これは手を抜いているわけじゃないんだ!!
「しまった!!」
義兄さんの声に振り向くと、義兄さんの盾がカバの攻撃で吹っ飛ばされていた。そして、カバがチャンスと見て義兄さんに襲いかかる。
何とかカバの注意を逸らさないと……再びスティレットを抜くと……カバの肛門目掛けてスティレットをぶっ刺した。
(嫌ーーーー!!)
スティレットから幻聴が聞えたけど、剣先の2/3が肛門に突き刺さってカバが動きを止めた。
(抜いて! 抜いて! 抜いて!)
(黙れ、ア○ルバ○ブ)
(バ○ブと呼ぶのは止めて! 武器なの。僕、武器なの!)
バ○ブが喋るのを無視して、いきなりのア○ルファ○クに驚いたカバの動きが止まった。
あれ? このパターンは久しぶりのあれか? アスキーアートで表現すると、こんな感じ……。
( )
(°# )
(_°# )
(°_°#)<…………
「……カバオ君、父ちゃんの入れ歯みっかった?」
(°д°#)<ゴラッ
冗談は効かなかったらしい。
義兄さんが何度も『挑発』するけど、カバは無視して俺の方向へとにじり寄ってきた。
「はははっ」
俺は後ろを向いて……全速力で逃げだした。
ジャングルの楽園で追いかけっこが始まった。
俺、続いてカバ、その後ろから義兄さんが追い駆ける。
女性四人は俺達がグルグル回っている中心に居て、呆れた様子で俺達を見ていた。
最初は姉さんが『アイスルート』で足止めをして、わずかな時間で休憩を入れることができたが、このゲームは何度も足止めをすると、途中からレジストされる仕様らしい。魔法が効かなくなると、姉さんも途中から見るだけになった。
「レイ、止まるんだ!」
「無理だって! 逆に義兄さんが待ち構えてよ、誘導するから!」
「……それだ!」
脳筋、少しは頭を使え!!
義兄さんが足を止めると、何故かカバも足を止めた。あれ?
皆が首を傾げて見ていると、カバが震えだして体中からピンクの汁が溢れ出す……何だ?
義兄さんが首を傾げて背後から近寄ると……。
ブシューーッ!
(ギャー!)
ゴン!!
「グハッ!」
俺達が見守る中、突然カバの肛門から糞と同時にスティレットが噴射して、義兄さんの全身を糞まみれにしつつ、顔面にスティレットの取手部分を叩きつけた。
そして、義兄さんがそのまま仰向けに倒れて気絶する……合掌。
「うわぁ……」
ジョーディーさんが皆の気持ちを代表して、ドン引きの声を出す。
「カート、キレイになるまで近寄らないでね」
多分義兄さんには聞こえてないけど、姉さんのセリフが酷い。これが夫を心配して嫁の言う言葉か?
カバが逝き顔をしているけど、その恍惚ヘブンのアヘ顔は止めろ。いや、待て、もしかして今がチャンスじゃないか? この状態で一番有効な技を使うしかない、必殺!!
死んだふり……実行すると自分のヘイトを0まで下げることができる。ただし、実行中は地面に寝そべって何もできない。
「…………」
「「「「…………」」」」
……何この静けさ。
それに、姉さん達の方からもの凄い非難じみた視線を感じるんだけど。
「卑怯ね」
「うん、あれは引くわ」
「最低」
「…………」
上から姉さん、ジョーディーさん、アルサ、チンチラは無言でジト目をしていた。
どうせ俺の人生にハーレムタグなどない! どんな目で見られたって気にしない……チクショウ(涙目)。
カバは俺に近づき様子を伺っていたが、俺が死んだと思ったのか姉さん達を次のターゲットにしていた。
そうだ殺れ! 日本中の毒男の恨みを替わりに果たしてくれ!
ザバーン!!
カバが姉さん達に襲い掛かろうとしたが、滝壺から水音がするとゴンちゃんがカバに突進して来た。
ゴンちゃん、生きていたのか!? そのゴンちゃんは耳にザリガニがくっ付いてた。
少しおしゃれに、そして生臭そうなゴンちゃんが再びカバにがぶり寄る。
カバが再び口を開いて食い殺しを狙うが、ゴンちゃんが上下のあごを押さえて閉じないように踏ん張った。
さすがにこのまま死んだふりを続けていたら、後で女性達からどんな批判が来るか分らない。全国の毒男には申し訳ないが、ゴンちゃんの助太刀しよう。
だけど、スティレットは……糞まみれで触りたくない。
(……酷い!! ……しくしく)
何か幻聴が聞えたけど無視だ、無視。
だったらゲロポーションで気絶させ……ああ、海に出る前にヨシュアさんの足が遅かったから、全部使ったっけ……のろまなカメが!! 他に何か……あった!
死んだふりを解除してカバに向かって走り出す。そして、鞄の中から麻痺毒と筋力毒を取り出して、カバの開いた口に注ぎ込んだ。
「アルサ、毒だ、毒!! カリでもヒ素でも、何でも持ってこい!!」
「あ! その手があったね!」
アルサも急いでカバに近づき、持っていた毒を口に注ぎ込む。
こっちはついでに体力毒もサービスだ! カバはゴンちゃんに口を開けられたまま、俺達の毒を次々と飲んでいった。
毒を飲ませてしばらくすると、ゴンちゃんと力比べをしていたカバの様子が変わり始めた。
最初は押し気味だったカバは、口を閉じる力がなくなると体が震えだした。そして、先ほどまでとは比較にならないピンクの汁が全身から溢れだす……ピキーン! これは、糞スレの予、違った。糞噴射の予感!!
「糞が来るぞ! 気を付……け……」
俺が叫ぶと全員が危険を察してカバの後ろから離れたが、皆が俺の叫びが途中で止まったのを訝しみ俺の視線の先を追うと、その視線が固まった。
……その視線の先に居たのは、カバの後ろで倒れたままの義兄さんだった。
「「「「「…………」」」」」
ブシューーッ!
無意識に止めようと手を伸ばしたが、どうすることもできず、カバから噴射された糞が義兄さんの体に降り掛かる……。
俺、いや、この場に居た全員が義兄さんから顔を背けていた。
カバは脱糞による恍惚ヘブンのアヘ顔のまま横に倒れて痙攣した後、動かなくなった。
「死んだのかしら?」
姉さんが近寄って杖で突いたが、カバの反応はない。
「みたいだね。まあ、あそこにも死んだ様な人が居るけど……」
俺の目線の先には、義兄さんが糞の山に埋もれていた。
「だけど何で急に襲って来たのかな?」
「多分、縄張りだったんじゃないかな?」
チンチラの質問にジョーディーさんが答える。あれ? あの糞野郎は無視ですか?
「カバって結構獰猛で、縄張りに入った動物だったらワニでもライオンでも襲うらしいからね」
「へー詳しいんだね」
俺がジョーディーさんを褒めると「へへへん」と笑った。
「前にね、同人のネタにカバを題材にして詳しく調べたのよ」
ガクッ! そっち系かよ。
「また擬人化?」
「ううん、ムーミ……」
「馬鹿、止めろ!!」
「むぐぐ……」
慌ててジョーディーさんの口を塞ぐ。
全フィンランド人を敵に回すんじゃねぇ。この腐女チビが!! いくらカバに似ているからって一応、国民的な妖精なんだぞ!
そして、アルサ、お前はキラキラした目でカバを見るんじゃない! 何を考えているんだ!!
「う……うん……うげ! なんじゃこりゃ!!」
糞野……違った、義兄さんが意識を取り戻したらしい。
上半身だけ起き上がり、体に付いた糞を手ですくってから、糞まみれな自分に驚く。
「なんじゃこりゃ!! って……」
「「「「「…………」」」」」
「皆……何で隠れてるんだ?」
ゴンちゃんの後ろに隠れる俺達を義兄さんが見つけて首を傾げる。
「カート。悪いんだけど、綺麗になるまで近づかないでね」
姉さんの返答に全員が頷く。
「……お前達、それは酷いんじゃないか?」
「あ、義兄さん。近くに俺の武器が落ちてるから、糞を落とすついでに洗ってね」
「……最悪だ」
義兄さんは呆れた様子で俺達を見た後、再び糞まみれの地面へバタリと倒れた。
しばらくすると、カバが消えてドロップ品が地面に落ちていた……だけど、まき散らした糞は残っていた。
そのせいで、美しいジャングルの楽園が汚いジャングルの肥溜めに変わっている。
「何だこれ?」
落ちたドロップ品を拾って見れば、人型の入れ歯だった。ただし下あごまでくっ付いていたけど。
「……入れ歯?」
俺の手にあるドロップ品を見て俺とチンチラが首を傾げる。
カバオ君、父ちゃんの入れ歯が見つかったよ。
だけど、正直言えば、カバオ君のネタはここまで引っ張るほど面白くはないし、そろそろ飽きてきたら、いい加減に止めたい。
「よく分からないけど、一応取っとこう」
入れ歯を鞄にしまって姉さん達の所へ戻る。ちなみに、義兄さんは滝の近くで洗浄中。
俺達は戦った場所から少し離れた所で、義兄さんが綺麗になるのを待っていた。
「先生、カバを題材にした作品を後で見せてください!」
「もちろん良いわよ。カバが間違って妖精と絡むだけだから、あまり面白くないけどね」
ジャンルは異人種混合か? 種族を越えているじゃねぇか。
「チーちゃんはああなっちゃ駄目よ」
「はい……分っています」
姉さんの忠告に、チンチラがハイライトの消えた目で二人を見ながら頷く。
俺も同意見だから二人を汚物でもみる様な目で見ていた。
「そんな目で見ないでよ、照れちゃう」
軽蔑の目で見ている俺達をジョーディーさんが頬に手を当て恥ずかしそうに体をくねらせる。ああ、こいつ、既に手遅れだ……。
「ふーー。今度はどうだ?」
義兄さんが体を洗って戻って来る。ちなみにこれは三回目。
一回目は滝壺から出た瞬間、姉さんが『アイスルート』で足止めした後、『アイスボール』で滝壺に飛ばした。
義兄さんだから死ななかったけど、俺なら間違いなく即死級の攻撃だった。
二回目は姉さんの指示でゴンちゃんが義兄さんを掴んで滝壺に投げ落としていた。ゴンちゃん、なんで主人以外の命令を聞いているの?
「……………………まあ、いいわ」
厳しい姉さんのチェックから何とか及第点を貰って、義兄さんがほっと溜息を吐く。
「さて、大分時間を取られたが、そろそ……ろ……って、何でお前達離れているんだ?」
義兄さんが俺を含めて全員が一定の距離を取っていることに、気が付いたらしい。
「何でって、ねぇ……」
「キレイになっているのは分かっているんだけど、どこかにまだ残ってそうだし……」
ジョーディーさんとアルサが答えたけど、お前等も汚物だ。
「お前等、いい加減にしろよ!」
あ、義兄さんが本気で怒った。
「そうね、そろそろ苛めるのは止しましょう」
「「「「はーい」」」」
姉さんの指示で、俺達は元気な返事をする。
「理不尽だ……」
義兄さんがガクッと肩を降ろして、再び溜息を吐いていた。
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