第4話 深夜の性地巡礼

 蝋燭の明かりがぼんやりと灯る中、ゆっくりと目が覚める。

 後ろから二つの寝息が聞こえて振り返ると、フランとリックが抱き合って眠っていた。

 俺の体を見れば、寝る前になかった毛布が掛けられていた。どうやら寝ている間に二人が掛けてくれたらしい。その優しさに笑みが浮かぶ。二人を起こさないよう、静かに部屋を出た。


 階段を上がって店に入ると、客が誰も居ないのにマスターがカウンターでグラスを磨いていた。


「今日は閉店にしたのか?」

「いや、開店中だぞ」


 それにしては客が居ないな。儲かっているのか?


「……寂れているんだな」

「会員制でこの町に会員が居ないから、客は来ねえ」


 商売っ気のないマスターに肩を竦める。


「まあ、盗賊ギルドのアジトとしては寂れている方が好ましいってことか……」

「そういうことだ」


 確かに賑わっている盗賊ギルドも変だと思う。


「今、何時?」

「日付が変わったところだ。もう行くのか?」


 ……少し早いかな?


「いや、その前に何か腹に入れたい。適当な物を頼む」


 よく考えたら今日はリンゴみたいな梨しか食ってねえ。


「分かった……少し待ってろ」


 カウンターに座ってマスターの作業をぼけーと眺める。

 マスターは磨いていたグラスを棚に置くと、手慣れた様子で料理を始めた。


「盗賊なのに上手なんだな、こっちが本業なのか?」

「何年も前に足を洗って今は繋ぎの仕事をしている。盗賊になって大金を掴めるのはホンの僅かな一握りだけだ。何か副業を身に着けねえと野垂れ死ぬか、縛り首のどっちかだからな」

「盗賊なんてとっとと辞めて、真っ当な仕事をしろって事か……」

「そういうことだ。出来たぞ」


 マスターがカウンターに料理を並べる。出された料理は、サンドイッチにコンソメスープとシンプルだけど、これからひと暴れすると考えると丁度良い量だった。

 そして、食べると味も悪くない。


「あんたはある意味、成功者なのかもな」

「ああ、言われるまで気付かなかったが、そうかもしれんな。この歳まで生きて職もある。妻はもう死んで居ないが、息子は真っ当に生きて孫のツラも見ることが出来た。人生こそ宝だ」

「含蓄のある言葉だな、感動で涙が出るね」


 俺には願っても一生叶わない夢だけどな。

 出された料理を全部食べてから席を立つ。


「ごちそうさん。それじゃ行ってくる」

「無事に帰ってこいよ、お前を待っている二人のためにもな」


 背後から聞こえるマスターの言葉にニヤけるのを隠して店を出た。金払ってないけど……まあ、いいか。




 赤は暗闇だと目立つから、店を出るとフードをひっくり返して裏地の黒に変えた。

 領主の館はコトカの西にある。周辺は上流階級の住まいが多いため衛兵の数も多い。

 人気を避けるため、今居るコトカ中央にある飲み屋街からいったん北へ向かい、町の中央を迂回して町外れから領主の館へと向かった。

 この時間になると通行人は酔っ払いか夜の巡回をだらだら見回る衛兵しか居なかった。

 まだ何もしていないが衛兵や酔っ払い絡まれると厄介だと考えて、生存術を使い人の気配を感じたらステルスにして隠れる。そして、人が通り過ぎるのを待って夜の影道を進んだ。


 少しだけ手間は掛かったが、誰にも見つかる事なく領主の館に到着。正面玄関から少し離れた家影に隠れて館の様子を伺う。

 玄関は馬車用の大門と横に小門が建ち並び、大門に二人、小門に一人と計三人の守衛が見張りに居るため正面からの侵入は不可能と判断する。

 予定通り、裏の下水道からだな……。

 正面玄関の守衛に見つからない様にこの場を離れて、裏へ回れるルートを探す事にした。


 盗賊ギルドで見た領主の館の見取り図を思い出しながら、下水道の位置を再確認する。

 領主の館はコトカの西外れに建っていて、正面玄関は東にそれ以外は城壁に囲まれていた。

 ただし、城壁と館の塀の間にはわずかな隙間があり、そこから下水道がある西へと行くことが可能だった。

 もちろん、隙間の入口には柵が備え付けられていて、侵入するには乗り越えなければならないが、さすがにそこにまで守衛は立っていない。時々、巡回で見に来る程度と思われる。

 実際に今、正面玄関から守衛が巡回に来て、北と南の柵から隙間をちらりと覗くと直ぐに館へと戻って行った。

 これで当分は来ないだろう。柵まで近づくとステルスを発動させて策を乗り越え、隙間を進んで西の裏側へと回った。




 裏側に到着すると直ぐに下水道を見つけた。下水道は……すっげーー臭ぇ。

 すみません、下水道を舐めていました。ホント、水道局の人、いや、役人が下水処理なんてするはずないから、水道局の下請け業者の人達を尊敬します。それと、役人は楽をするな。

 下水道の中に入ると体に匂いが移りそうだった。臭いを例えると夏の野外音楽フェス、便所の香り。

 塀を乗り越えるとしても……高いからロープを使っても無理っぽいし、仕方がない。

 顔下半分を布で覆って……やっぱり臭せえな。臭いを我慢しながら下水が流れる横の下水路に入った。


 下水路に入ると暗闇で先が見えなくなったから、鞄からペンライトを取り出して明かりをつけた。

 このペンライトは、調合ギルドへ侵入する前に姉さんが盗賊ギルドから買って、俺に無理やり持たされた品。あの時は嫌だったけど、今思うとローグの必須アイテムの一つなのだろう。魔女の心配りにぞっとする。


 下水路を進むと、直ぐに鍵の掛かった扉付の鉄格子が行く手を阻んだ。ペンライトを口に咥えて、鞄からロックピックを取り出し鍵穴に突っ込む……カチャ! チョロである。

 扉を開けて奥へと進むと、今度は上に伸びる梯子を見つけた。


 ここまでは見取り図の通りだな……梯子を登って出口の蓋を少しだけ開けて中の様子を伺う。ちなみに、地図だと部屋の詳細までは書かれてなかったため、入るまで何の部屋かは不明。

 隙間から覗くと、今の場所は館の貯蔵庫らしかった。辺りに人が居ない事を確認してから蓋を開けて中に侵入した。

 あー臭かった。ファブ○ーズが切実に欲しい。


 ここはどこら辺だ? 脳内で地図を浮かべて現在地を確認。

 下水道の移動距離、後階段の高さから予想して館左端の地下と予想。

 地下は使用人の寝床と守衛の休憩所、後は倉庫だったはず……守衛の交代時に鉢合わせしなければ問題ないだろう。


 静かに部屋の出入り口の扉を開けて通路に出たが、地下の通路は照明がなく暗闇で何も見えなかった。

 ペンライトを灯すとこちらが発見される危険性がある事から明かりを消す。


 暗闇に目が慣れるまで動かずに二十分程待って、目が慣れてから通路を進んだ。

 それにしても、暗闇に目が慣れるとかこんなことまで現実と同じなのか、VR技術の無駄な高性能に半分呆れる。

 地下に用はないのでとっとと階段へ進む。通路では誰にも出会わず階段に到着すると一階へ登った。




 一階に上がって辺りを伺う。

 地下と違って通路には所々蝋燭の明かりが輝いて薄暗かった。そして、この時間は当然、人っ子一人居ない。

 音を立てずに先を進む。見取り図だと一階は一般職員用の事務所だったはず。


 ところで、マスターが何か有利な情報を持ってこいとか言っていたけど、何を持っていけばいいんだ?

 取りあえず関税事務所と書かれた部屋を見つけたから、ロックピックで鍵を開けて侵入した。

 扉を閉めると、ペンライトで部屋を照らして適当に資料を漁る。

 ふーむ、貿易が盛んなのはやはり海峡を挟んだブリトン国か、それといくつかの国とも交易がある。主な輸出品は鉄鉱石で輸入品は……特化したのはないな。

 関税率とかも調べたかったけど資料がいっぱいで時間がないから諦めた……こんな情報はいらない、調べればすぐ分かるし。資料を戻してから部屋を出た。


 部屋の外に出ると、人が来る気配を生存術スキルが感知した。

 慌てずに部屋に戻って通り過ぎるのを待つ。巡回の守衛をやり過ごしてから、再び通路に出た。


 次はここだな。今度は町の防衛関係の部屋へ侵入する。

 資料を調べると海峡に居る海賊は一枚岩ではなかった。

 海賊の九割を占めているのは通称、片耳と呼ばれたキャプテンが率いる『シャーク・オブ・バッカニア』という海賊団だった。配下の船は四十隻以上。エンブレムは鮫にシミタ―。

 もう一つの海賊団……と言っても船は一隻だけらしい。海賊『ラビアンローズ』。キャプテンは不明。ただし、女性という噂もある。

 エンブレムは赤いバラに髑髏、中型船の船を所有しているが小型船並みの機動力に大型船にも負けない遠距離火力と白兵戦闘を持つ……何このチート仕様。

 それに遠距離って大砲あるの? このゲームはファンタジーなのに大砲撃っちゃうの? 何でもありだな、オイ!


 この二つの海賊団は対抗しているらしい。だけど、一隻で四十隻に対抗するってどれだけ強いんだ?

 リックを攫おうとした犯人が落としたナイフは鮫のレリーフが付いていた。そして、海賊団の名前に鮫が入っていることから、リックを狙っているのは『シャーク・オブ・バッカニア』で間違いないだろう。


 他にも出没地域や被害金額などの情報などもあって、かなりの情報が資料に載っていた。これは持ち帰ってマスターに見せよう。金になるかは分からないが、資料を鞄にしまった。


 最後にコトカの盗賊ギルドの情報を見たが……。


 『コトカの盗賊は壊滅、以上』


 ……まあ、頑張れ。




 一階から二階へ上がる踊り場へ進むと、地図にあった通りに監視室から守衛が踊り場を見張っていた。

 しかも、他の場所と比べて蝋燭の置かれている間隔が狭いから、通常の場所より明るかった。


 このまま通り過ぎるのは少し危険だな……。

 深夜で油断しているからと、このまま突っ込めばステルスでも見つかるだろう。未だに俺のステルスは明るい所だと幽霊だ。


 鞄からクロスボウとウォーターボルトを取り出す。

 そして、弦を引っ張り……固てえな、クソ……オッケー! 蝋燭に狙いを定めて発射……命中!

 ウォーターボルトは「シュッ」という音と共に消えて、同時に蝋燭の火も消えた。


 階段の蝋燭が突然消えた事で、監視室から階段を見ていた守衛が確認に踊り場に出る。

 守衛はまだ蝋燭が残っているのを確認し、反対側の蝋燭を持ち出して火をつけようとしたが、ウォーターボルトを打ち込んだ蝋燭は明かりがつかず……諦めた。


「不良品か……」


 守衛が呟きながら監視室へ戻るタイミングでステルスを解除。音を立てずに守衛の背後へと忍び近づく。

 一緒に移動して守衛が監視室に入ると、再び守衛が踊り場を見るまでの間に階段を上りきった。




 見取り図だと、二階は領主の執務室と秘書室、重役の執務室。それと、資料管理室だったな……。

 二階は重要な資料を管理している事もあって、警備が一階と比べて厳重になっていた。

 暗闇から確認すると二人の守衛が通路を巡回していた。深夜の廊下巡回なんて一体、何の罰ゲームだよ。サボって寝てろ。


 ステルス状態の俺の目の前を守衛が通り過ぎてから、頭の中でカウントをする……約四分後に別の守衛が俺の前を通り過ぎて行った。

 という事は、守衛の後から付いて行き扉を開けて侵入するまでの安全な時間は三分三十秒以内になる。

 次に現れた守衛の後方に張り付き、付かず離れず距離を取って一緒に移動する。

 最初の扉の前で止まると、守衛が角を曲がるまで待機してから扉を開け……カギが掛かっていたでござる。

 鞄からロックピック取り出して開錠してから部屋に侵入した。


 取り敢えず入ってみたけど、ここは町の北側を管理している役職の執務室らしい。

 部屋の中を物色開始。犯罪だけど、今の俺はローグだからこれが本業。

 カギの掛かっていた引き出しを開錠して中を調べると……浮気相手へのラブレターが見つかった。

 手紙には妻の悪口と浮気相手の褒めセリフで埋め尽くされていた。

 いいね、こんな感じのゴシップネタは脅迫に使えるから、間違いなく売れる。

 ラブレターを鞄に入れて、ついでに「浮気は駄目よ」という戒めを込めて、同じ引き出しに入っていた、浮気相手へのプレゼント予定と思われるネックレスも頂戴した。


 面白いから、この部屋以外も侵入して物色してみた。

 そして、戴いた品は……。


 ・ラブレター数枚

 ・汚職のメモ書き

 ・水増しによる不正行為の証拠


 大量である。

 特にラブレターは領主の女性秘書一人が、男数人に貢がせている事も判明。ヤリマンの名に恥じない、ヤリっぷりにチョイ興奮した。性病には気を付けろよ。

 後はどこかの商家を融通するように依頼された不正の手紙や、帳簿の数値を弄って差額を懐に入れた証拠やら、悪事のネタをいくつか入手する。

 不正、汚職、賄賂と官僚の汚職が酷い。政治家だけでなく官僚の汚職も正さないと、国民が苦労するのはどの世界も同じ。

 だけど、盗賊の俺が言うセリフじゃねえな。言わすなよ、情けない。


 それにしても、皆、油断しすぎだと思う。汚職のメモなんて机の上に堂々と置いていたし、コトカの盗賊ギルドが壊滅していると思っていたんだろうけど甘いね。




 最後に領主の執務室へと侵入しようとしたが、ロックピックによる鍵開けが成功しなかった。

 予想だが、この部屋は領主の寝室と同じ構造で、特殊なカギが必要なのかもしれない。マスターの説明にはなかったが、恐らく情報が古かったのだろう。


 さてどうするか……と思ったら巡回の守衛が来たので、とっさに近くにあった観葉植物の陰に隠れ姿を消して通り過ぎるのを待つ。

 守衛が通り過ぎる際、腰に鍵の束をぶら下げているのが目に入った。

 これはこのフロアの部屋の鍵かもしれない。だとすると、執務室の部屋の鍵もあるかも……。


 レベルが低いから不安もあるが、ここはスキルのスリで盗むことにした。一応用心に、撲殺、訂正、気絶させるためのぶん殴りポーションも用意する。

 守衛の背後に近づき、歩く速さに移動速度も合わせる。そして、ゆっくりと手を鍵の束へ近づけて……束を掴むと静かに腰から外し宙に浮かせた状態で俺だけ止まる。

 鍵の束を盗まれた事に守衛は気が付かず、そのまま歩いて角の先へと消えて行った……。

 守衛の姿が見えなくなると、「ぷはーーっ」と、思いっきり息を吐いた。

 こんなに上手くいくものなのか? あれ? もしかして俺ってスリの才能もあるとか? まあいいか……。

 頭をポリポリ掻くと、領主の執務室前までスタコラ戻った。


 複数ある鍵から適当に鍵穴へ合わせると四つ目で鍵穴と合ったから、別の守衛が来る前に鍵を開けて中へ侵入した。




 部屋の中は領主が使う部屋だけに広く、内装も豪華に飾られていた。

 金ぴかの置物とか持って帰りたいけど持ち上げるとかなり重い。

 プレイヤーが持つ鞄は大きいものは何でも入るけど、重量制限だけは設定されていた。重量オーバーになると移動が遅くなるので、置物を頂くのは止めといた。


 取りあえず、怪しいところを探そう……。

 額縁の裏を調べても何もなし。机の引出しの中、壺の中も探すが、どこにも仕掛けらしき物は無かった。

 ならばと、手紙や書類を漁るが、リックの指輪に関わるヒントはなく、領主と海賊の繋がりに関する書類も見つからない。

 半分諦めながら探していると、机の裏の天井に押しボタンを見つけた。それ、ポチッとな……ボタンを押すのと同時に、右側でガタンと何かが動く音がした。

 机の下からはい出て音の鳴った壁を見れば、本棚自体が隠し扉だったらしい。本棚が半回転して隠し部屋が現れていた。


 隠し部屋へ入ると中は狭く、奥の壁には金庫が埋め込まれていた。

 ダイアル式か……開くかな?


 金庫に耳を当てて目をつぶり集中する。

 脳の中を空にしてさらに集中……すると、金庫の構造が脳裏に浮かんだ。相変わらず自分が不気味。

 右に24、左に34、右に10……カチッ! 静かに両手を上げて勝利のガッツポーズ……一人だとむなしい。


 金庫の中を調べると当たりだった!

 残念ながらリックの指輪は見つからなかったが、海賊と繋がりのある資料を入手。領主は海賊が奪った金品の40%を受け取る事で、海軍の情報を横流ししているらしい。

 そして、手に入れた金を使って個人で貿易商会を設立して利益を上げていた。当然、領主だから税金も他と比べて安い。

 悪い奴だなぁ……そう考えながらも、俺の手は自分の意識に関係なく金庫にあった金と書類を鞄に入れていた。

 あら? 空になっちゃった。まあ、俺はローグだから許される職業だし問題ない。


 金庫と隠し部屋の扉を戻すと、入口の扉を少しだけ開けて通路の様子を伺う。

 そして、守衛が居ない事を確認すると部屋の外へ出た。


 三階へ向かう道中、鍵の束を絨毯の上に置く。これで自分が落としたと勘違いして盗まれたとは思わないだろう。

 ちなみに、この時、適当に掴んだ鍵の一つを束から外した。この鍵は後で使う予定。




 三階へ上がる階段は、二階に登った場所と別の場所にあった。

 階段の踊り場には二階へ上がった時と同じように監視室が在って、守衛が踊り場を見張っていた。

 ただ通り抜けるだけなら二階へ上がった時と同じやり方で良いだろう。だけど、今回は領主の寝室へ入る必要がある。

 マスターも言っていた通り、寝室のスペアがあるならこの監視室である可能性が高かった。


 さて、どうするか……しばらく様子を伺っていると、生存術スキルで背後から誰かが来るのを感知した。とっさに階段の裏手に隠れていると、二人の守衛がこちらに近づいて来ていた。

 守衛は俺の前を通り過ぎると、階段を上り監視室の中へ入っていった。


「交代だ」

「はい、ご苦労さまです。特に異常はないです」

「了解」


 耳を澄ますと、どうやら交代時間だったらしい。

 その後、しばらく四人の雑談が聞こえたが、交代した守衛は二階の奥へと引き上げて行った。どうやら監視室は二階と違って二人居るらしい。


「じゃあ、だるいけど三階の巡回に行くとするか」

「ああ、よろしくな」


 お? 今から巡回に行くため一人抜けるのか。なら、今がチャンスだな。

 守衛の一人が出て行ったのを見送ると、クロスボウを取り出して先ほどと同じ要領でウォーターボルトを蝋燭に打ち込み明かりを消した。

 監視室に居た守衛は先ほどと同じように蝋燭を確認すると、首を傾げて帰ろうとする。

 その間にステルスを発動させると、姿を隠しながら彼の後を付けた。

 守衛が監視室に戻る瞬間、ステルスを解除すると鞄からゲロポーションリーサルウェポンを取り出して守衛に投げた。


「……な!!」


 驚く守衛の襟首を掴んで一緒に監視室へ飛び込み、目に映ったゴミ箱へ守衛の顔を突っ込ませる。


「おえぇぇぇぇぇぇ!!」


 ゴミ箱に突っ込ませたことが防音効果になったらしい。守衛がゲロを吐く音は響かずに済んだ。

 その守衛を見れば、ゲロを吐き終えると同時に痙攣した状態で失神していた。

 そして、立ち込める悪臭。

 悪臭の原因である守衛のズボンを見れば、前は小便で濡れてケツの辺りがモリモリと盛り上がっていた。今日からお前のあだ名は「うんこマン」な。放置するから後で痒くなるかもしれんが済まんね。


 それにしても、偽アサシンで試した時はログアウトされたから分からなかったけど、このゲロポーションって本当に効果があったんだな。さすが師匠、良い仕事するぜ。

 うんこマンを監視室の椅子に座らせて、見張っているように見せる。盛り上がったズボンを椅子に乗せる時、少しだけ彼に同情した。


 さて、巡回中の守衛が戻るまでに仕事をしよう。

 鍵の棚を見つけて、ご丁寧に書かれた部屋の名前を確認すれば、予想通り領主の寝室の鍵が見つかった。

 寝室の鍵を抜くと空いたスペースに二階で一本だけ拝借した鍵を替わりに掛ける。鍵だけ見比べても見分けがつかないし、これで直ぐには盗まれたと気が付かないだろう。

 問題はうんこマンが意識を取り戻してどう話すかだな。恐らく俺の事は見られてないと思うが急いだ方が良いだろう。

 ゲロの入ったバケツをロッカーに隠すと、監視室を抜け出して三階へ移動した。




 三階は二階と異なり、常時巡回する守衛は居なかった。

 まあ、寝ている部屋の前の通路を人が行き来してれば寝付きも悪くなるし、パコパコしてたら興奮する。だから、監視室から時々巡回する程度に留めているのだろう。

 寝室に向かう途中で守衛が近づいて来たから、近くの部屋に入って通り過ぎるのを待つことにした。

 ん? ここは脱衣所か? ってことはこの奥の部屋は風呂場になるのか?

 ……領主が使う風呂場だから、きっと豪華なんだろうな。館の構造から外側の部屋だし脱出ルートの一つとして確認してみるか。


 脱衣所の先にある扉を開くと風呂場? なんかプールみたいだな。

 部屋の中央にはこぢんまりしたプールがあり、外側の壁から天井にかけてはガラスが張られていて解放感に溢れている。なんで現代的アートなの?

 それにしても……はて? どこかで見たような、見てはいけないような。

 何だろうこの聖地。いや性地に来たような感覚は不思議だな……だけどこれだけは言える、運営はマジで馬鹿だろ、死ね。

 まあ、今は例のプール・・・・・は関係ないから戻ろう。


 守衛が通り過ぎたのを確認して通路へ戻る。寝室に向かう途中で、監視室のある方から騒ぎ声が聞こえた。恐らくだが、巡回から戻った守衛がうんこマンを見つけたのだろう。

 鍵の掛かった豪華な扉に鍵を入れて回すと、カチリと音がして扉が開いた。

 静かに扉を開けて中へ侵入する。




 部屋に入ると中央にベッドがあり、その上には年老いた老人が寝ていた。恐らくこいつが領主だと思う。顔に落書きしたい衝動を抑えて、その横を通り過ぎる。

 ベッド横のサイドテーブルを調べる……指輪はなし。何枚か手紙が有ったので中身を見ずに拝借した。

 仕事机の引き出しも調べる。こちらも指輪はなし。書類が有ったからこちらも拝借。

 次に額縁を調べる。縁の裏側の右左にボタンを見つけて押すと額縁がすーっと上に上がった。リフォームの達人が良い仕事をしているぜ!

 額縁の裏には金庫があった。もし何もなかったらボタンを作った設計書の頭を疑う。


 鍵穴式か……ロックピックを突っ込むが、いくら弄っても開くような感じがしなかった。どうやら、これも特殊な鍵らしい。

 金庫の鍵は持ち出す必要がないから、この部屋にあるのだろう。

 適当に近くの壺の中を覗いたら……鍵を見つけた。盗賊が居ないからって油断したな、ジジイ。


 鍵を手に入れて金庫の鍵を開けた。

 中を覗くと、金庫の中には領主の私財が入っていた。大量の金貨、宝飾品、権利書、古そうな地図に、指輪が……二つ?

 調べる必要のない金と宝飾品を真っ先に鞄に入れる。権利書はネタに使えそうなので、もちろん頂いた。


 地図を手に取って広げる。

 地図に描かれている地形を見れば、以前ベイブさんが見せたコトカ周辺の地図だった。そして、あの地図と同じように、一カ所だけ赤く×が描かれている孤島があった。

 ふむ。ベイブさんの地図はあまり覚えてないけど、×の位置が違う気がするな。一応これも頂こう。


 最後に問題の指輪だが……何故か二つあった。

 リックから聞いた形状の指輪が一つ。もう一つは、他の宝飾品と異なった場所に置かれた宝石一つないシンプルな指輪……まあいいや、二つ頂きます。

 ここも空になったな。やりすぎたか? まあ、盗み過ぎたからと言って元に戻すのも盗賊としてどうかと思うから、いいか♪




 最後に、鞄からメモを取り出してメッセージを書く。


 『指輪は貰った 片耳』


 書いたメモをフランから貰った海賊のダガーと一緒に金庫の中に置いた。


 嘘大好き♪


 金庫の扉を閉めて額縁と鍵を元に戻す。

 部屋を出る際、ぐっすり寝ている爺に手を振り、扉を静かに閉めて部屋を後にした。

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