第5話 暁の追走劇

 寝室を抜けて下に降りる階段まで行くと、守衛室の方から話し声が聞こえた。

 壁から顔を出して覗けば、四人の守衛が後処理と原因の調査をしている最中だった。

 ……うんこは回収されているみたいだな。掃除した守衛にご苦労さまと言いたい。

 さすがにこの状況だと、ここは通れない。他のルートを探すしかないけど、このフロアで外に出られる間取りを把握している場所は……あそこか。

 この場から離れると、例のプール・・・・・へと移動した。


 例のプール・・・・・に入ってガラス壁を調べると、思っていた通りスライド式でガラス壁が動いた。

 ますます開放的になって動画撮影をしたくなったが、モデルが居ない。残念だ、実に残念だ。


 頭を振って煩悩を払いのけると、例のプール・・・・・の窓側にあったプールの梯子にカギ爪付のロープを引っ掛ける。それから開けた窓に向かって、ロープを放り投げた。


 三階からロープを伝って降りる。暗闇で地面が見えず、ロープ一本で降りるのはぶっちゃけ怖い。

 安全対策で昔映画で見た腰にロープを回して降りるやり方をやってみたが、これは腹が閉まって苦しかった。俺には空中束縛SMはハードコア過ぎたらしい。

 ロープが尽きたところで覚悟を決めて飛び降りると、地面まで二メートルぐらいの高さがあったらしい。着地と同時に両足から痺れが来て全身に回った。

 本当、ケガをしなくて良かった。まあ、骨折してもポーションで治すけど……。




 庭に出たが、館の外に出るためには正面玄関しか出入り口はない。下水道は直接館につながっているため、庭からだと下水道にも行けなかった。

 何処か出る方法がないかと庭を周回していると、使用人が使う裏口を見つけた。

 ロックピックで鍵を開けて、再び館へと侵入。一度、慌ただしい様子の守衛とすれ違ったが隠れてやり過ごす。それから一階から地下に降りると、さらに下水道まで戻った。


 臭い下水道を抜けて外に出る。さらに柵を飛び越えて一気に館から離れた。

 館から離れて口元を覆っていた布をはぎ取る。町中で口元隠していたらどう考えても怪しい人。

 太陽が登るまで後1時間ぐらいか? 一つ伸びをして体の緊張を解くと、フランとリックが待っている『シーフ』へと向かった。




 人目に付かないように町中を移動して、『シーフ』の扉の前に立つ。ここまで戻って、やっと緊張の糸が切れたのか疲労が出てきた。

 『シーフ』の扉を開けて中に入ると……店が滅茶苦茶に荒らされていた。


「リック! フラン!!」


 中に入って呼ぶが、二人からの返事はなかった。


「…………うぅ」

「マスター!!」


 カウンターの奥から呻き声が聞こえて、カウンター越しに覗くとマスターが床に倒れていた。


「マスター、生きてるか?」


 飛び越えてカウンターの中に入……。


「ぐはっ!」

「あ、ごめん」


 勢いを付け過ぎてマスターを踏んじった。

 うつ伏せで倒れているマスターを起こすと、頭から血が流れていた……俺のせいじゃないよ……多分……。


 病院! 医者! どこだ?……あ、俺、ポーション持ってたわ。

 鞄からポーションを出してマスターの頭からぶっ掛けると、怪我が治って意識を戻した。


「ポーションか? これは何だ、凄く美味いじゃないか! 一体、どこで手に入れた!!」

「いやいや、それは後回しにしてくれ。リックとフランは?」


 マスターがポーションの味に驚いているけど、今はそれどころじゃねえだろ。


「おお、そうだった。すまない二人は攫われた」

「一体、誰が?」

「海賊だ。恐らく片耳の手下だと思う」

「アイツ等、どうやってここを嗅ぎつけたんだ?」

「嗅ぎつけたんじゃない、見つかったのはお前の女装のせいだ」

「……はい?」


 思わず変な声が出た。

 マスターを立ち上がらせて客席に座らせると、詳しい事情を聞く事にした。


「始めアイツ等がここに来たのは、お前が目的だった」

「何で俺を?」

「そりゃ美人だったからに決まっている」

「意味が分からん」


 ガチで分からん。


「アイツ等は別の場所で飲んでいたらしい。それで、どこからか凄い美人がこの店に入ったというのを聞いたらしい」

「……何となくその先の展開が分かった気がする」

「……うむ。お前の思っている通りだ。始め奴等はお前をからかうつもりでこの店に来たんだが、儂が追い返そうと押し問答している声をリックがお前が帰って来たと勘違いして奥から出てきて鉢合わせだ」

「それで、フランは?」

「リックが攫われそうになってフランが逃がそうとしたんだが、結局一緒に攫われてしまった」


 原因は俺の女装かよ!! 美人ってそれだけで罪なのか? 中身は男だけど。

 そして、俺は酷く落ち込んでいた。誰だって女装したら子供が拉致されるとか、これで落ち込まない奴が居たら教えてくれ。


「アンタが出血してるのに、何で衛兵が来ない?」

「来たけど彼奴等を見たら引き返した」

「クソ、汚職が酷すぎる! リック達がどこに攫われたか分かるか?」

「四番埠頭ふとうの三番倉庫だ。確か奴等は偽の名義で倉庫を持っていた筈、監禁されているとなるとそこだろう」

「分かった!」

「待て!!」


 立ち上がると、マスターが呼び止めた。


「本当に行くのか?」

「もちろんだ」

「敵の数は多いぞ」

「俺は盗賊だぜ。正面から行くほど馬鹿じゃねえよ」


 そう言ってニヤリと笑い返した。


「そうか……すまんな。本来なら儂が何とかするべきだったんだが……儂だけじゃ無理だった」


 マスターが俺から目を背ける。


「俺はあんたに匿ってくれとは頼んだが、守ってくれとは一言も言ってない。だから気にするな」

「ありがとよ、無事に帰ってこい」

「ああ、行ってくる」


 マスターに背中を見守られ俺は店を飛び出した。




 暁の時間を迎えて東から朝日が昇り始める。コトカの白い家々の壁は朝日に照らされ光り輝いていた。

 俺は光を浴びる静かな町を海に向かって全速で走っていた。

 チョット観光するつもりでログインしたのに、どうしてこんな目にあっているのか自分でも分からない。

 マスターの手前、見栄を張ったけどどうするべ? 忍び込んで救出しても、リックとフランを連れて抜け出すのは難しいと思う。

 今から義兄さん達を呼ぶ? 駄目だ、いつ来るか分からねえ。埠頭に連れ去ったってことは、船に乗せられたら救出は不可能だ。時間がない。


「お? レイじゃないか」


 もう少しで埠頭が見えるという所で、誰かが俺を呼んだ。

 足を止めて振り向くと、俺を呼び止めたのは歯並びの奇麗なゴリラだった。

 歯並びの奇麗なゴリラは朝日を浴びて白い歯が光っていた。その歯をへし折りたい。


「こんな朝早くからジョギングか? だけど、そんなハイペースだと心臓に悪いぞ」


 おい、脳筋。一度でもいい、筋肉を前提に物事を考える思考から離れろ。

 そのシャムロックさんは、ヨシュアさんとローラさん、それにシリウスさんの三人と一緒だった。


「シャムロックさん、それにヨシュアさん達まで何でこんな所に居るの?」

「こんな所って……普通に町を歩いているだけだが? 私達はついさっきログインしてね。まだコトカの町の中を見てなかったから、確認がてらの散歩ってとこかな」


 俺の質問にヨシュアさんが答えたけど、ナイスタイミングだ!

 彼等が神様に見える……キタネエ神だな。だけど、今は悪魔でも何でも人手が欲しい。


「それでレイは本当にジョギ……」

「丁度良かった、一緒に来て」


 黙れ、筋肉。今はそれどころじゃない!


「な? ちょっと待っ……」

理由わけは移動しながら説明する」


 ヨシュアさんの腕を掴んで引っ張ると、四人は訳が分からないまま俺と一緒に走り出した。




 埠頭に到着すると、四番埠頭の二番倉庫の陰に隠れた。

 そこから三番倉庫を伺うと、荷物搬入口は閉まっていて横の小さな入口には見張りが立っていた。

 ちなみに、ヨシュアさん達はサーバーメンテナンス前に馬車に乗ってコトカへ向かっていたらしい。乗った時間が深夜だったので、そのままログアウト。サーバーメンテナンス中に馬車がコトカに到着。ステラとブラッドは学生だったため、先にログインして俺の女装を見つけ、今居る四人は先ほどログインして走っている俺と鉢合わせした。

 ステラとブラッドとの鉢合わせは最悪のタイミングだが、今の四人に出会ったのは本当に良いタイミングだった。


「つまり、レイ君はその二人を救出したくて、急いでいるんだな」

「イエーース」


 ここに来るまでの道中で今までの出来事は説明した。ヨシュアさんの再確認に、俺は倉庫を見ながら頷く。


「それでどうする? 突入するにしても人質が居るから、うかつに突入するのは危険だよ」


 シリウスさんに話し掛けられて、現状と突入方法を考える。


「リックは恐らく大丈夫だと思う。理由は知らないけど奴等はリックが必要らしい。だけどフランの方が危ない」

「もう一人の方か……危ない理由は?」


 ヨシュアさんが先を話せと煽る。


「フランは女だ。下手したら海賊に犯される可能性がある」

「「「「……!!」」」」


 俺がフランが女だと告げると、四人の表情が真剣になった。


「ますます急がないと駄目だな。仕方がない、四人で突入して二手に別……」

「あら? アサシンじゃない?」


 ヨシュアさんが話している最中、女性の声が背後から聞こえて振り返ると、見た目は美少女だけど中身が腐敗したアルサが立っていた。




 今朝は何なんだ? 何でこんなに知っている人に会う? 早朝コンパでもやっているのか? そんな健康的なコンパは早朝ゲートボールで、婆が爺のタマでも打っていろ。


「こんな所で何をしてるの? それにアサシンが居るのなら先生も来ているのかしら?」


 アルサがジョーディーさんを思い出して悦に浸っていた。アルサからしたらジョーディーさんは腐女子の神様なのだろう。近寄るな、腐る。


「俺達は海賊退治だ。お前は何でこんな所に居るんだ?」

「私? 仕事よ。父さんからせっかくコトカに居るなら、海賊の一つでも見張ってろと言われて、仕方がないから様子を見ているだけ」

「彼女は誰だ?」


 俺とアルサが会話をしていると、ヨシュアさんがアルサを見ながら俺に尋ねてきた。


「えっとアルサは暗……パンと牛乳かなぁ。見張っていると食べたくなるよね……。ああ、アルサはコトカに来る途中で知り合った行商の娘さんで、特技が盗賊な変人」

「変人は余計よ」


 暗殺ギルドと言う途中でごまかしたのはアルサが睨んだから。他人に暗殺ギルドの一員とは知られたくないらしい。まあ、風俗嬢が仕事を秘密にするのと同じ心境だろう。

 あれ? そういえば、アルサは海賊を見張っているって、言ってたな……。


「アルサ、あの三番倉庫に二人の子供が連れ込まれたのは見たか?」

「寝ていたから知らない」


 使えねぇ……。


「だったら今からあの倉庫に突入して、二人の子供を救出するから手伝ってくれ」

「嫌よ。なんでアサシンの願いを聞かなきゃいけないのよ、一度死ねば?」


 駄目だコイツ、趣味だけじゃなく心も腐ったよ。


「仕方がないな」


 一つ溜息を吐くとアルサをじっと見る。


「何よ?」


 俺に見つめられてアルサが一歩後ろに下がった。


「ジョーディーさんの最新作を知っているか?」

「当然じゃない。登場人物のイメージ図だってもう見たわ。ドジなナイトと小さな王子様のお話でしょ。盗賊に捕まった王子様を助けに来たイケメンナイトが失敗して、王子と一緒に回わされるお話よね。ダブルディ○ドとかわくわくするわ」


 相変わらず最低で何よりだ。

 そして、夜のおもちゃを朝から言うな。ヨシュアさん達がドン引きしているぞ。


「その王子様になったモデルが捕まっている」

「マジデ!!」


 アルサが驚いた様子で俺を凝視するから、返答代わりに頷いた。


「だったら手を貸すわ」


 どうやら交渉が成立したらしい。




「えっと……話はまとまったか?」

「あ、うん、何とか。アルサも協力して……くれ……る……」


 ヨシュアさん達が、アルサは当然ながら俺まで痛い目で見てる様子だった。おい、同類と思うのは止めろ。


「じゃあ、私はその王子様を守ってくるわね」


 俺が顔を引き攣らせていると、アルサが予定も聞かずに暴走し始めた……これは止めても無駄だな。


「ついでに一緒に居るもう一人も頼む」

「仕方がないわね。分かったわ」


 話しを終えると同時に、アルサが俺達の目の前から姿を消した。

 アルサのステルスは俺の生存術スキルで感じることができるが、目視だと明るい場所でも姿が見えなかった。恐らく盗賊隠密スキルのレベルが俺よりも高いのだろう。


「な、消えた!!」


 シリウスさんが驚いて声を出す。


「彼女はステルスのスキルが高いのか?」

「ああ、アイツは男の子の着替えを覗くのが好きなんだ。突入と一緒に乗り込んで先に人質を保護しに行くはず」


 ちなみに、今のはヨシュアさんに説明しながらも、まだこの場所に居るアルサに出した指示だ。俺の話を聞いて、姿の見えないアルサが俺に中指を立てたのが分かったから、コイツにも伝わっただろう。


「分かった。だったら全員で突入して敵を殲滅。それで良いな!」

「「「「了解!」」」」


 デモリッションズのリーダーのヨシュアさんの指示に全員が頷く。

 ついでに俺にパーティー申請が来たから受託した。


「ところでレイ君、一つ聞きたいんだけど」


 突入前にローラさんが話し掛けてきた。


「何?」

「さっきの会話で彼女がレイ君のことアサシンって言っていたけど、もしかして本物?」


 あーー、そう言えば、すっかり忘れていた。

 どうやら、ステラは律儀にも彼等に俺の事を話していないらしい。


「それは今からのお楽しみってことでね。んじゃ行くよ」

「あ、ちょっと!」


 俺は彼等を置いて、先に倉庫に向かって走り出した。

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