閑話 転職とクーデター03
よく分からない詐欺師との出会いから十分後。
ようやく三人は地図の場所にあった小さな家の前に到着した。
「えっと、コートニーさんから貰った地図だと確かこのあた……ヒィ!」
イキロが家に近づくと物陰から気配を感じて、顔を向けるのと同時に悲鳴を上げた。
「どうしたん……ウッ!」
「え? 変な声を……キャッ!」
イキロの声に驚いて、シュバルツとミミが彼の視線の先を見た途端、やはり同じように悲鳴を上げる。
彼等の視線の先には、どこからどう見ても確実に三桁は人を殺っている様な凶悪な人相の見張りの男が家の影から突然現れて、三人をジロッと睨んでいた。
「おまえら、ここに何の用だ?」
凶悪面の見張りがイキロに声を掛ける。
そのドスの効いた声を聞いて、イキロのコンソールから尿意の警告メッセージが目の前に浮かんだ。
「い、いえ、何でもあ、ありません! グゲッ!」
イキロが踵を返そうとすると、後ろから肩を掴まれる。体が恐怖で震える……ヤバイ! 漏れたかも……。
「用もないのに来るわけねえだろう。ライノの鉄砲玉か?」
「い、いいえ! 違います!」
「あ、あの……ここって盗賊ギルドで合ってますか?」
会話が成り立たないイキロの代わりにシュバルツが尋ねる。
「何!!」
凶悪面の見張りがシュバルツに振り向いて、片方の眉を吊り上げ睨んだ。
「ヒィ! ゴメンなさい!!」
「……誰の紹介で来た?」
「コ、コートニーって人です!」
ミミが慌てて答えると、名前を聞いた途端、凶悪面の見張りがイキロの肩から手を離した。
「なんだ、あの人の紹介か……だったら入っていいぞ」
「へ? ひっ!」
肩が自由になったイキロが驚きながら振り返ると、目の前の凶悪面を見て違った意味でもう一度驚く。
「どうした。中に入れ」
「あ、あのう……」
恐る恐るミミが片手を上げて凶悪面の見張りに尋ねかけると、ギロッと睨まれる。
「何だ!」
「な、何でもないです!」
結局、三人は彼から逃げるように、慌てて盗賊ギルドの中へ入った。
中に入った後でドアの外から「さすがにヘコむわ……」と声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
盗賊ギルドの中は薄暗く、地下へと続く階段が奥にあるだけだった。
「本当に大丈夫なのかな?」
イキロが奥の階段を見ながら不安そうにつぶやく。
「だ、大丈夫だと思うよ。いざとなったらコートニーさんの名前を出せば、許してくれると思う」
「それ、なぜか納得しちゃうから」
シュバルツにミミが何故か納得していた。そして、三人が薄暗い階段を降りて、小さな扉を開ける。
「あら? いらっしゃい」
扉の先の小さな部屋の奥にカウンターがあり、そこには赤い髪をしたドレス姿の美人が三人を出迎えていた。
その彼女を見て三人が先ほどの見張りと同じ怖そうなNPCを相手にしなくて済むことにホットする。
「えっと、ここって盗賊関係のスキルを扱っていると聞いたんだけど、合ってますか?」
シュバルツが尋ねると、彼女はにっこりと笑い返した。
だけど、その笑顔とは逆に目は笑っていなかった。
「誰から聞いたのかしら?」
「えっと、コートニーって人と、別の盗賊ギルドに居た女性がこっそりと教えてくれました」
シュバルツが答えると、カウンターの女性が「おや?」と表情を浮かべる。
「コートニーさんの事は何となく予想ついたけど、もう一人の方は予想外ね」
「両親の借金で無理やり働かされていたみたいでしたよ」
「ふーん。まあ、いいわ。どうせ、あそこも今日でおしまいだし」
「「「え?」」」
カウンターの女性の呟いた一言に三人が驚いていると、彼女は軽く肩を竦める。
「うふふ。なんでもないわ」
彼女は真相を教えず、笑顔でごまかしていた。
「それで盗賊系のスキルはあるけど、何が欲しいのかしら?」
「えっと、生存術に危険感知。それと鍵開けのスキルってあります?」
「もちろんあるわよ。三つ合わせて13Gってとこかしら?」
「「「安っす!!」」」
「適正価格なのにライバルが暴利だと、良心的な商売しているみたいで気が引けるわね」
三人が驚くと、カウンターの女性が口に手を当てて「おほほ」と笑っていた。
その後、イキロが代金を支払い、シュバルツに生存術と危険感知、そして鍵開けスキルが付与される。
「ありがとうございます」
「商売だからお礼はいらないわよ~」
シュバルツが礼を言うと、カウンターの女性は手をひらひらと振って微笑む。
「だけど、丁寧なお客様にはもう少しサービスしてあげる。はい、これ」
そう言ってから、シュバルツに少し頑丈な針金に近い金属の棒を手渡した。
「これ、何ですか?」
「初心者とはいえ、さすがにこれを知らないのはどうかと思うけど……一応説明すると、ロックピックよ。これを使って鍵を開けるの」
カウンターの女性に言われて、シュバルツが思い出したかの様に声を上げる。
「あ、そう言えばスキルを手に入れる事だけ考えて、道具の事を忘れてた!」
「頑張って練習してね」
「頑張ります」
シュバルツがあらためて礼を言うと、「気にしない、気にしない」とニコニコ笑っていた。
今度は目も笑っていた事から、どうやら本気で応援しているらしかった。
「それじゃ失礼します」
「またねー」
イキロ達が別れを告げると、彼女は手を振って彼らを見送った。
「何とかスキルが手に入って良かったね」
「一時はダメかと思ったけど、運が良かったよ」
外に出て開口一番、ミミがシュバルツに話し掛けると、彼もほっとしている様子だった。
「まあ、今日はもう遅いから、広場で解散しようか」
イキロの提案に、ミミも少し考える。
「もう十二時半だもんね。だけど、冒険者ギルドのあの後も気にならない?」
「そうだね。だったらログアウト前にちょっとだけ見ていく?」
「ああ、そうしようか」
ミミの考えにシュバルツも同意して、三人はログアウト前に、先ほどの様子を見に行くことになった。
三人がスラムを抜けて冒険者ギルドへ移動している途中、大勢のNPCが大きな建物を取り囲んで騒ぎを起こしていた。
「あれ? 何かしら?」
「多分、あれも今回の騒動と関わりがあると思うけど……」
「あそこって調合ギルドっじゃないかな? 確か、コートニーさんがNPCが調合ギルドで暴動しているって言ってたし」
ミミとシュバルツが首を傾げていると、イキロが調合ギルドを見ながらコートニーとの会話を思い出していた。
「何で調合ギルドなのかな?」
「さあ、そこまでは……」
三人がその騒動を遠くから見ていると……。
『豚が逃げるぞ!!』
誰かが大声で叫び声を上げるのと同時に、大衆の一角で騒ぎが起こる。
「「「豚?」」」
三人が何で調合ギルドに豚? と首を傾げていると、今度は城の方から数十人の騎士団が調合ギルドへ走って来た。
そして、騎士団は暴徒と化しているNPCを必死になだめながら、騒ぎが起こっている場所へ行って沈静化を行う。
「…何か凄いね」
「……うん」
「あ、あれが豚じゃね?」
ミミの呟きにイキロが頷く。そして、シュバルツが遠目に何かを見つけて指をさした。
その先に居たのは、騎士団に引きずられて連れ去られる、ボロボロに引き裂かれた服をピチピチに着ている太った女ドワーフだった。
「……何だったんだろうね」
「……さあ」
「……今日はこんなのばっかりだな」
三人が太った女ドワーフを見送った後、冒険者ギルドに行くと先ほどと比べて暴動の数は減っていたが、今度は……。
『号外ー! 号外ー! ギルド管理庁で汚職事件だよー』
NPCが冒険者ギルド前で新聞をばら撒いていた。
「取り敢えず一部だけ貰っとく?」
「そうだね」
イキロの提案に二人共頷く。
そしてイキロが号外新聞を受け取って、その左右からシュバルツとミミも新聞を読み始める。
「「「…………」」」
読んでみると、ギルド管理庁の汚職に、調合ギルドの人身売買など、三人が予想していたよりも凄い内容にビックリしていた。
「……凄いね」
「予想以上だった」
「これもイベントなのかな?」
イキロがゲームのイベントなのか疑問を持つと、二人も首を傾げて考え始めた。
「イベントにしては大きくなり過ぎじゃないかな?」
「そうよ、イベントでスキルの値段が上がったら、ゲームバランスが崩れるわ」
「だよなぁ……」
「だけどさ、これでスキルも安くなりそうだし、一件落着なんじゃないかな?」
「うん」
シュバルツが言うと、ミミも笑顔で頷いた。
「そうだな。俺達も、そろそろ落ちようぜ」
「「賛成!」」
こうして、シュバルツの忙しかった転職活動が終わった。
翌日。
イキロ達パーティがアーケインを歩いていると、前方から清楚な服を着た美人が歩いて来た。
そして、彼女はイキロとシュバルツ、そしてミミを見つけると、すれ違いざまにウィンクをしてそのまま通り過ぎていった。
「知り合いか?」
「いや……だけどどこかで見た事あるような」
テルヒサが尋ねると、イキロが首を傾げる。
「あ!」
その後ろでシュバルツが声を上げた。
「何? どうしたの?」
その様子にミミが尋ねる。
「ほら、あの人はあれだよ。盗賊スキルを手に入れようと四苦八苦していた時に、あの潰れた盗賊ギルドのカウンターに居て、もう一つの盗賊ギルドの存在を教えてくれた人だよ」
シュバルツが教えると、ミミとイキロも思い出して思わず声を上げた。
「あーー! そう言えばそうだ。服装が全然違うから気が付かなかった!」
「ってことは彼女は無事だったんだね」
「らしいね。アルバイトだから大丈夫だと思っていたけど、捕まってなくて良かったよ。それに、あの様子だと借金も何とかなったみたいだね」
三人が喜んでいると、先にログアウトしていた三人が首を傾げる。
「何の話だ?」
コウメイが質問すると、三人そろって……。
「「「何でもない」」」
「…………」
そう言う三人の様子は嬉しそうだった。
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