閑話 転職とクーデター01

 レイがチンチラと出会っていた頃……。

 レイがジャイアントスネークを倒した時に一緒だった、イキロをリーダーとしたパーティは順調に成長していた。


 リーダーのイキロは盾を持って敵の攻撃を受けるメインタンク。

 アタッカー兼サブタンクに、斧戦士のドワーフとしてテルヒサと、大剣がメインアタッカーのノブナガ。

 後衛に若いエルフの魔法使いシュバルツと、同じ魔法使いで髭を伸ばした中年男性のコウメイ。

 最後に唯一のヒーラーで、猫獣人のミミ。


 パーティを組んだ切っ掛けは最初の村でイキロが声を掛けて偶然集まった面子だったが、一緒に戦ってみたら思っていたよりも息が合ったという理由でそのままずるずると彼等はパーティを続けていた。

 途中、何度か危うい戦闘もあったが、全滅だけは免れて攻略組とまでは行かないが、中堅を抜けるぐらいの実力を手に入れていた。




 今日も彼らは簡単なクエストを完了させた後、アーケインのとある居酒屋で今後の予定について相談していた。


「そろそろさ、俺達もアーケインを出てコトカに行こうと思うんだ」


 食事中、イキロからの提案に全員が食べるのを止めて彼に振り向く。


「そうだな。アーケインでもそこそこ稼げるようになったし、コトカに行くのもアリだと思うぜ」

「俺も賛成だな」

「同意」


 イキロの提案にコウメイとテルヒサ、そして、普段は無口なノブナガも賛成して頷く。


「でもさ、もう少しアーケインで稼いでも大丈夫じゃない? コトカに行ったら全滅したとかシャレにならないし」


 それに対して、パーディで紅一点のミミが頬に人差し指を添えて首を傾げた。


「シュバルツはどう思う?」


 イキロが会話に参加していないシュバルツに尋ねると、ずっと無言だったシュバルツの口から発した言葉は全員の予想と違っていた。


「俺、クラスを変えようと思うんだ」

「「「「「はあ?」」」」」


 全員が驚いてシュバルツの方へと顔を向ける。


「突然、何を言っているんだ?」


 テルヒサがシュバルツに問いただすと、彼は自分の考えを語り始めた。


「なあ、今の俺達のパーティに足りないのって何だと思う」

「……そうだな……火力はあるし、防御力も今の装備だったら大丈夫だと思う。後は……」


 イキロが呟くように答えながら、ある人物を脳裏に浮かべる。


「探索力か……」


 イキロが答えると、シュバルツが頷いた。


「ジャイアントスネークの時のレイさんを覚えてるか?」

「もちろん」


 コウメイが答えると、他のメンバーもコクコクと頷いた。


「あの人の攻撃は確かに凄かったけどさ、それ以上に敵を遠くからでも見つけられる探索力とか、キャンプでセーフティーエリアを作ったりして、戦闘以外も凄かったじゃん」

「そうだね。薬で回復役もこなしてたし、それに後で会った時も死にコンテンツと言われていたダンジョンをあっさり攻略していたよね……今思うと、あの人ってマルチプレイヤーな気がする……それにすっごいイケメンだったし」


 ミミがレイの容姿を思い出してウットリしながら、シュバルツに同意していた。


「うはっ! ミミが色気出してる!」

「うっさい!」


 テルヒサがミミに笑うと、彼女は顔を真っ赤にして隣に居たノブナガの頭を殴った。

 ノブナガはなぜ俺が殴られたのか理解できなかったが、だけど口下手な性格なため言い返せず、ただ殴られた場所を擦っていた。


「まあ、イケメンは置いといてさ、これから僕達が強くなるには誰かがローグになる必要があると思うんだ。ダンジョンの話を聞いた時も、鍵の掛かった箱からレアなドロップも出たとか言ってたし」

「だけど、今から転職するとなると大変だぞ」

「それでも最終的には俺達のパーティの底上げになると思う。それにダンジョンも一度はクリアしたいじゃん」


 イキロから大変だと聞いてもシュバルツの意思は固く、既に気持ちは転職に向けて動いている様子だった。


「魔法を捨てるのか?」


 コウメイが尋ねるとシュバルツが首を横に振る。


「いや、検索とか鍵開けの最低限だけ取って、魔法は使えるようにするよ」

「そうか……攻撃力も維持できそうだから俺は賛成だな」


 それを聞いてコウメイが頷くと、イキロもシュバルツの転職に賛成する事にした。


「分かった。シュバルツの意思も固そうだし、俺達も全力でサポートしようぜ」

「了解」


 こうして、明日からシュバルツの転職活動が始まった。




 翌日……。

 イキロ、シュバルツ、そして、ミミの三人は最初に戦闘ギルドへ行って盗賊ギルドの場所を地図で確認してから、盗賊ギルドへと向かっていた。他のメンバーは明日の仕事に影響があるためログアウト。


 そして移動の最中……。


「それで、スキルの構成はどうするんだ?」

「ああ、色々と調べたんだけど、生存術と危険感知、それと、鍵開けのスキルは必須だと思う」

「そうね」


 イキロの質問にシュバルツが答えると、横に居たミミが頷いていた。


「それで、予算が余ったらサバイバルスキルを取ろうかと」

「レイさんが使ってたステルスっぽいのは取らないのか?」

「あれも格好良いから、欲しいと言えば欲しいけどさ、スキルの枠がないんだよね。それにPKとかしないなら必須じゃないと思うだ」


 シュバルツがイキロに答えると、彼も「なるほど」と頷く。


「それは言えるな」

「レイさんはガチの盗賊だけど、俺は魔法ローグを狙ってみようかなと」

「いいね。それも面白そうじゃん」

「だろ~」

「問題は予算よね」

「「うっ!」」


 ミミが両肩を竦めて呟くと、二人が固まっていた。


「い、一応、皆からのカンパで15Gかき集めたから、大丈夫だと思いたい」

「それで本当に足りるの?」


 ミミが横目でジロリとイキロを見る。


「ミミ~~。不安になるような事言うなよ」


 ミミの突っ込みにイキロが弱気になった。


「でもさ、スキルがぼったくり価格なのは何とかして欲しいよね」


 イキロとミミの会話を聞いて、シュバルツが溜息をつく。


「だよな……結局値段が高くて、俺達は誰もスキルを増やしてないもんなぁ」


 イキロもシュバルツと同じように溜息をついた。


「でも私達はまだマシな方よ。スキルは買えないけど、イキロの防具やテルヒサとノブナガの武器が買えたから戦力は上がってるもの。他の皆は装備を新調するお金すらないって、嘆いていたわよ」

「……これもジャイアントスネークを倒してくれた、レイさんのおかげなんだよなぁ」


 ミミとシュバルツの会話にイキロも頷いていた。




 盗賊ギルドは街の中心に近い繁華街の一角に建っていた。


「なんかイメージと違って、豪華な作りだね」

「「うん」」


 イキロの感想に他の二人が頷く。

 彼等がそう思うのも当然で、盗賊ギルドは二階建のド派手な建物で周辺の建築物と比べて目立っていた。


「もっと盗賊ギルドっていうからさ、スラムっぽい場所にあって入り口も見分けがつかない場所にあると思ってた」

「こんな堂々と建っていたら、直ぐに衛兵に見つかりそうだよね」


 シュバルツの述べた感想にミミも同じ意見だったらしい。


「うーん。現実で例えると、盗賊ギルドってやくざの事務所って感じなのかな? 警察だってやくざの住所は分かっていても、令状がないと家宅捜査はしないじゃん」


 イキロが盗賊ギルドをやくざの事務所に例えると、シュバルツとミミが顔を顰めた。


「その例えはかなり良い線だと思うけど、今からそこへ入る立場からすれば、口に出して欲しくはなかったな」

「……うん」

「ま、まあ、とりあえず入ろうぜ!」


 イキロが躊躇う二人の背中を押して、三人は盗賊ギルドの中へと入った。


 中に入ると天井には豪華なシャンデリア、床を見ればゴミ一つない高級そうな赤い絨毯。壁際にある装飾品も高そうな品が所狭しと並んでいた。

 イキロ達はそれを見て成金趣味だなぁと感じる。


「中も派手だね」

「これ、全部盗品なのかな?」

「触るだけで弁償されそうで怖いよ」


 イキロ達が部屋の内装をキョロキョロと見ながら小声で話していると、奥のカウンターに居る女性が三人に気付き声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ~」


 声を掛けて来た女性は二十歳を過ぎたぐらいの年齢で、金髪の髪にメス猫を思わせるような妖艶な顔をしていた。そして、何より彼らを驚かせたのは、上半身は露出度の高いチューブブラ一枚。下半身はカウンターで見えないが、恐らく上半身と同じぐらい露出度が高い服を着ていると思われる。

 そのカウンターの女性を見て、イキロとシュバルツの瞳が彼女にくぎ付けになっていた。


 ゴン! ×2


「スケベ共、目を覚ませ!!」

「「痛て!」」


 目がハート状態の二人の後ろからミミが頭を叩いて正気に戻すと、それを見ていた受付嬢がクスクスと笑ってた。

 三人がカウンターに近づくと受付嬢が男性二人に向かって微笑む。


「それで今日は何のご利用ですか?」

「え、えっとスキルが欲しいんだけど……」

「はい、こちらがスキルのリストです。ご覧ください」


 カウンターの下から出したリストを見て、三人がギョッと目を開く。


「ええー! 危険探知のスキルだけで10Gじゃん!」

「鍵開けのスキルなんて80Gもするよ!」

「お姉さん、これちょっと高すぎるよ!」


 三人が抗議の声を荒らげたが、受付の女性が笑顔を絶やさずに首を横に振った。


「ごめんなさい。私はただのアルバイト店員なので、よく分からないです~」


 ファンタジーでアルバイトなんてあるのか? ゲーム設定がよく分からないなと思いながらもシュバルツが頭を抱える。


「どうしよう。お金が足りないよ」

「お姉さん、もう少しまけてくれないかな?」

「ごめんなさいね。まけたら私が怒られちゃうの」


 イキロが頼むが受付嬢は困った表情で断った。

 三人がカウンターで押し問答しているその時、奥の部屋の扉が開いて一組の男女とその後ろから何人もの厳つい顔をした男達が店に現れた。

 男性はまだ若いのに修羅場をくぐった様な怖い雰囲気を携え、女性の方は若いのに化粧が濃い女性で、派手な服にこれまた派手な羽根を付けたコートを羽織っていた。

 その周りにいる男達も見た目だけなら、日陰者と思わせる怖い雰囲気を出していた。


「何だ? トラブルか?」


 女性の肩を抱いていた男性がイキロ達に気が付いて顔を向ける。


「あ、ライノ様にリタ様。何でもありません!」


 すぐにカウンターの女性が直立不動になって答えると、男の方は「ふん」と鼻息一つついてから片方の口角を釣り上げる。


「そうか……なにかあったら直ぐに言え」

「ハ、ハイ! ありがとうございます!!」


 集団は受付嬢の返答を背中に受けながら、外へと出て行った。


「「「……怖えぇぇぇぇ!!」」」


 彼等が去ってから、イキロ達が同時に溜息を出す。


「あの人達は誰?」


 ミミが受付の女性に尋ねると、彼女はおいでおいでと手招きして、小声で話し始めた。


「声を掛けてきた人が盗賊ギルドのマスターよ。隣に居た女性がそのマスターの彼女。両方とも怒らせるとチョー怖いの……」

「やっぱり、盗賊ギルドの人だから迫力あったねぇ」


 イキロが言うとシュバルツとミミがガクガクと頷く。


「だからね、まけたりすると後で私がお仕置きされちゃうのよ。ゴメンね」

「あなたも大変ね」

「私も両親の借金のかたに取られて辞めたくても辞められないのよ。娼館に行かされないだけましだけどね」


 それを聞いて、三人はこれ以上の交渉は無理だと判断する。


「お金が溜まったらまた来るよ」


 シュバルツが最後に受付の女性に言うと、彼女が帰ろうとする彼等を呼び止めて、もう一度手招きする。


「何?」

「ここだけの話だけど、このアーケインにもう一つ盗賊ギルドがあるの」

「「「え?」」」

「シッ! 誰かに聞かれちゃう」

「あ、ゴメン」


 受付の女性が自分の口元に人差し指を添えると、イキロが謝る。


「場所は分からないんだけど、もしお金がないならそっちを当たってみるのもありだと思うよ」

「ありがとう」

「がんばってね」


 シュバルツがお礼を言うと、彼女はウィンクを飛ばし手を振って彼等を見送った。

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