第43話 トップギア

 三人同時にテーブルの茶を飲む。


「「ズズズズズ……」」


 俺とジョーディーさんが音を立てて飲む横で、アルサが静かに飲みながら俺達二人を侮蔑の目で見下していた。

 うーん、普通の紅茶だなぁ。婆さんの茶に比べると味は格段に落ちる。

 アルサの視線? 俺とジョーディーさんは、その程度の侮蔑なんてへじゃねえよ。


「それで、そろそろ聞かせてくれるかしら?」


 そう言われてもなぁ……アシッドとはあの時しか会話をしていないから、性癖までは詳しく知らないぜ。


「アシッドと俺は似た者同士だった」


 性癖は知らんけど。


「フードを被っているから顔が分からないけど、あんたとアシッドが似ているとは思えないわね」


 アルサが俺を見て鼻で笑う。


「顔や性格じゃない。俺とアイツは立場は違ったけど、誰よりも死という存在の近くに居た」

「「…………」」


 そう、アシッドは殺しをすることで常に死の傍に身を置き、俺は残りわずかな命から常に死と隣り合わせに居た。お互い、死の存在に対して抵抗がなかった。


「だから俺達は遊んだんだ、真剣に……」

「……だから殺したの?」


 アルサが下を向いてポツリと呟く。下を向く彼女の表情は分からなかった。


 バリバリッ、ボリッボリッ……。


 真剣な話をしている横で音が聞こえたから視線だけを向けると、ジョーディーさんが話を聞きながらクッキーを独り占めして食べていた……このチビは義兄さんと違う意味で空気を読まない人だと思う。


「死んだのはただの結果に過ぎない。ところで一つ聞いて良いか?」

「何?」

「毒を入れたのは俺のだけか?」

「え!?」


 俺の質問にクッキーを食べていたジョーディーさんがビックリして、手に持ったクッキーとアルサを見比べていた。そのクッキーはそんなに美味いのか?


「……よく分かったわね。効果が出るのはまだ先だったはずだけど? 味も痛みも感じずに気が付けば死ぬ毒よ。暗殺ギルドの族長だけが身内を殺す時だけに使う特別製ね」

「よく許可が下りたな」

「黙って持ってきたのよ。それに気づくアンタも凄いけどね」

「入れたのが見えたからな」


 鞄から毒消しを取り出したがアルサがそれを見て笑う。


「ふふふ。特別製って言ったわよね。無駄よ。この毒は普通の毒消しだと解毒できないわ」

「もう一度聞く。入れたのは俺だけか?」

「そうよ。私は狙った人しか殺さない」


 そう言ってアルサが微笑む。


「そうか。それで、そっちの具合はどうだ?」

「何の事?」

「毒を使うのがお前だけだと思っているのなら、少し調子に乗り過ぎたな」

「え?」


 俺は手に持った毒消しを鞄にしまって、鞄から毒薬を取り出す。

 そして、自分の目の前に掲げてから、ゆっくり振ってアルサに見せつけた。

 はい、演技です。だって毒を入れたの嘘だし。


「俺の師匠が言ってたぜ、俺の毒も味や痛みも感じさせず、体力だけを奪うってな。恐らくお前が使用した毒と同じ伝承で作られたんだろう」


 それを聞いたアルサが信じられないといった表情を浮かべると、直ぐに豹変して怒りの形相で俺を睨んだ。はっ! 姉さんが怒った時の方が百倍怖いぜ!


「あんた何物!?」


 俺は下を向いて片方の口角を尖らし、威嚇するように呟く。


「アサシン」




 アサシンの死体が偽物とばれて本物のアサシンは俺だった。

 暗殺ギルドの族長も報復を取り消したから、もう名乗っても怖いものはない。ここは毒の信憑性を深めるためにも、アサシンの名前をカードとして出す。

 そして、このカードはかなりの効果があったのか、アルサが俺を凝視していた。


「……やっぱり、生きていたのね!!」

「さあ、どうする。お互いに解毒剤を交換するか、それとも死ぬか、好きな方を選べ」

「…………」


 早く! 早く! 悩んでないで交換しようぜ。俺、死ぬって!! セーブポイントがまだアーケインなんだから、死んだら戻るし! 戻って、もしギルドマスターに見つかったら絶対に笑われる!!


「親兄弟が殺されたら相手を殺したいと思う気持ちは俺にも分かる。俺だって親や姉が殺されたら、相手を殺せる立場になったら迷わず殺す。

 だけど、それで自分自身が死んだらアシッドはどう思う? 喜ぶか? いや、違うな。きっと悲しむと思うぞ」


 どや? 迫真の演技だろ? だから、ほら、交換しようぜ!


「……分かったわ」


 よっしゃーー!


 もちろん喜びを表面に出さずに頷く。俺、オスカー狙えるとちゃうか?

 アルサが胸から薬を取り出した。あれが解毒剤か……焦る気持ちを抑えて、俺とアルサが同時にテーブルの端と端に毒消しを置いた。


「ジョーディーさん、薬を交換して。それ以外は何もしないで」

「……分かったわ」


 俺達のやり取りを黙って見ていたジョーディーさんがクッキーを口に咥えながら椅子から立ち上がると、薬を交換する。

 お互いに薬を受け取った後、俺とアルサはお互いの目を見てから、同時に薬を飲んだ……苦いっ!


「……これは、ポーション?」

「正解。残念ね、こっちは本物の毒消しだったみたい。ありがとう」


 アルサは俺にウインクをすると、ズボンから別の薬を取り出した。


「こっちが本物よ」

「アンタ!!」


 ジョーディーさんが薬を奪おうとしたが、彼女は椅子から素早く立ち上がって彼女の手を躱した。その行動に周りが俺達を注目し始める。


「これでアンタは死んで私が生き残る。この勝負は私の勝ちね。うふふふふ」


 アルサが俺を見て笑っている。

 そして、俺の視線の端で体力低下のアナウンスが表示されていた。


「いや、俺の勝ちだな」

「何を言っているの? アンタはここでって……え?」


 勝ち誇ったアルサが急によろめくと、その場に崩れ落ちた。


「ジョーディーさん! 解毒剤を早く。ついでにヒールもお願い」

「分かったわ!!」


 ジョーディーさんから薬を受け取ると迷わず薬を飲み干す。横からジョーディーさんがヒールをして体力も回復させた。

 駆引きをしながらアナウンスをを見ていたけど、時間的に本当にギリギリだったと思う。


 ジョーディーさんが倒れているアルサを持ち上げ椅子に座らせると、周りに「何でもないです」と説明する。

 怪しそうにこっちを見ていた周りの人達は、だんだんと自分達の会話に戻っていった。




「それで、彼女はどうなったの?」


 落ち着きを取り戻すとジョーディーさんが俺に質問してきた。

 ちなみに、茶請けのクッキーはこのチビが全部食べた。


「俺が飲ませたのは毒じゃなくて睡眠薬」

「なるほど。だから毒消しが効かなかったのね」

「その通り!!」


 先ほどまでの真剣モードを解除して、明るい顔でジョーディーさんにサムズアップ!!

 ジョーディーさんはお返しに、俺に向かって何故か首切りポーズをした。


「だけど、よく解毒剤があるって分かったわね」

「だからお茶が来るまで情報を出すのを控えたのさ」

「どゆこと?」


 理由が分からずに首を傾げるジョーディーさん。


「飲み物が来るまで、コイツは俺が兄を殺した人間だと確信を持ってなかったからね。自白させるために、即効性の毒じゃなくて遅行性の毒を使うと予想していたのさ。当然、交渉で解毒剤も持っているって思ったのが理由かな」

「おお、なるほど。とても十七歳とは思えないけど、コートニーちゃんの弟って考えると何か納得するわ」


 それ、どういう意味やねん。


「でもさ、何で毒を盛ったって嘘をついたの?」

「それは、本物の解毒剤を出させるためだよ。自分が毒を盛れば、俺も最初に本物の解毒剤を出すとは思わないだろうしね。

 毒消しを飲ませて相手が勝ったと油断させて、本物の解毒剤を出させる。最初に解毒剤を出した時、即効性の毒を飲まされる可能性はあったけど、既に毒を飲ましている状態で新たに毒を入れる可能性は低いかなと思ったから、そこは勝算のある賭けだったかな」


 ジョーディーさんが頭を振って溜息を吐いた。


「はぁ。凄いね~、私には無理だわ」

「海外ドラマのミネソタ州ポリス・シーズン7で同じ交渉があったから思い出してマネしただけさ。ふふふん♪」

「何、その田舎町の警察。平和そうなドラマね」

「UFOネタとかあって結構面白いよ」

「刑事ドラマじゃないじゃん」


 そのゴシップネタが面白いのに……。


「それでこの子はどうするの?」

「そうだなぁ……このまま置いて行ってもまた狙われるし、明日、何とかしよう」

「明日?」

「そう、明日」


 俺は笑顔でジョーディーさんに微笑んだ。後で聞いたら悪魔が微笑んだとか言われたけど、それ酷くね?




 俺とジョーディーさんでアルサの肩を担いで、宿泊部屋に運ぶ。

 途中で店員に止められたけど「3Pだ、3P!!」と嘘をついてごまかした。当然、店員からドン引きされたけどキニシナイ。


 部屋に入れると、アルサの身ぐるみを剥がして武器や危険な物を取り出す。

 さすが暗殺ギルドと言うべきか、至る所に暗器が忍ばせてあって最終的には全裸にひん剥いて調べた。

 ジョーディーさんが女性を全裸にするのは良くないと言うけど……「ポルノ中毒を舐めるな! この程度じゃ俺の息子は寝たま……」ゴン!! 殴られた。


「これでよし!」


 暗器を全部頂いた後、服を着せて紐で縛り叫ばれないように猿ぐつわもをしてから、両手両足を椅子に括り付けた。これで夜中に起きだしても逃げられない。

 若干不安はあったけど、もし深夜に暴れたら足をM字開脚にして拘束椅子トランスの刑。あ、それ、ド○マ! ド○マ!

 ジョーディーさん? 俺を止めることなく横で……「ナイスポーズ、ナイスポーズですねー」と、意味不明な言葉を言いながらスクリーンショットを取っていたけど、それが何か?

 ここまで終わらせると、馬車による長旅に加えて、ヤンデレストーカーの対応に疲れたから、アルサを放置プレイにしてベッドで眠った。




 翌朝、俺が起きてもアルサは寝たままだった。はて? こんなに薬の効果があるのかな。

 まだ寝ているジョーディーさんを起きないように、静かにアルサへ近づき調べるても反応がない。鞄からインクと筆を取り出すと、アルサの頭を掴んで顔を上げる。


「何て書こうかな……普通に『私、毒ビッチ』でいいか」


 筆を近づけるとアルサは目を開いて頭を振り暴れた。

 うむ、やっぱり狸寝入りだったか。俺も良くやるから見破るのは得意だぜ。


 朝食は部屋で食べて宿を後にする。

 宿を出る際、縛られているアルサを見て店員が止めたが「野外SMだ、野外! 最高だぞ!」とまた嘘をついてごまかした。当然、店員からケダモノを見るような目つきで見られたけどキニシナイ……嘘、もうお婿に行けない。




 再び汚い幌馬車に乗ってガタゴトガタゴト、コトカへ向かう。

 御者はアルサが乗っても気にせずに、ただ前を見て馬車を動かしていた。恐らく関わるとろくなことがないと察したのだろう。俺が御者でもそうする。


「それでどうするの?」


 ジョーディーさんが俺にアルサの処分について質問してきた。そのアルサは呻きながら俺達を睨んでいた。


「うん、アシッドに続いてアルサまで殺したら、さすがに暗殺ギルドも俺達を許さないと思う」

「そうね……」

「だから、汚して服従させようと思う」

「それはダメ!」


 それを聞いた途端、ジョーディーさんが俺の胸ぐらを掴んだ。


「レイ君!! 同じ女としてそれだけは絶対にダメ!!」


 男を汚す本を描くお前が言うな。


「でも、ジョーディーさん。このまま放置したらこっちが殺られるんだよ! だったらこのまま再起不能にまで落とした方が良いと思う」

「それでもダメよ。もしやったら許さないわよ!」


 意見が食い違ってお互いに睨み合う。

 その中間に居るアルサは、これから自分がされる行為について想像したのか、俺を見て震えていた。


「いいから、ジョーディーさん。外部ネットワークに接続して過去の作品を出して!」

「出してって……ハッ!! まさか汚すって!!」


 ジョーディーさんが俺の胸ぐらから手を剥がし、自分の口元を抑えて恐怖に震える。


「ジョーディーさん!」

「何?」

「……目が笑ってるよ」

「テヘ♪」


 訂正しよう。恐怖ではなく喜びに震えていた。




 アルサを前にジョーディーさんから渡された一冊の薄い本を見る。

 タイトルは……。


 『僕のマイクスタンド』


 アイドル物か……中身をさらっと読んでみる。

 男性アイドルグループの少年が、控室でプロデューサーにケツを掘られる。

 さらに、別の部屋でグループ全員がテレビスタッフに掘られる様子をモニターで見せられて、絶望の中、快楽に目覚める。

 最後はグループ全員、ア○ルバイブを突っ込んだままオンステージ。


「……最低だな」

「でしょ♪」


 あれ? 今、貶したよね……何で喜んでるの?


「うーん。最初でこれは濃いかな。もうちょっとビギナー向けはないの?」

「ええー! これが一番ビギナーだよ~」

「これでビギナーって、他はもっと凄いの?」

「うん♪ たとえばこれとか」


 違う一冊を渡される。

 タイトルは……。


 『トップギア』


 ふむ、タイトルからして車関係な気がする。レーサーとかドリフト族のからみかな? パラパラと読ん……で…………本を閉じ、目頭を押さえた。


「……擬人化……か…………」


 BLは人間同士の絡みだけだと思っていた俺はまだまだビギナーだったらしい。

 小柄なロードスターが改造ランエボにカマを掘られるとか、掘られる意味が違うし、発想が狂っている。


「(ブレーキオイルが)漏れちゃう!」

「これ以上はラメーー(ガソリンが)入らない!!」

「イク! イク! (バッテリーが)逝っちゃう!!」


 ……会話が微妙に合っているのがこれまた凄い。

 フィニッシュはだんだんとギアを上げて行って「一速!」、「二速!」、「三速!」…「六速ーー! 逝くーーーー!!」と叫びながら二台の車が崖から落ちて炎上して終わった。

 悲哀も入っている名作……なのか?


 正直に言おう、馬鹿だ。俺もポルノ中毒で様々なプレイを見たが、ここまで酷いのは想像していなかった。

 世界は広い、俺の知っている世界はほんの一部だと思う。だけど、これだけは言える。こんな世界は知りたくもない。


「最初のでお願いします。擬人化ハードルが高すぎるし、このゲームはファンタジーだから、アルサに車の擬人化は理解できない」

「ほい」


 ジョーディーさんから再び『僕のマイクスタンド』を受け取って、アルサの前に跪く。

 アルサは今のやり取りの理解ができなかったのか、不思議そうな表情で俺達を見ていた。


「覚悟しろ!」


 俺の言葉に、アルサが顔を青ざめる。

 震えるアルサの目の前で『僕のマイクスタンド』をバッと広げた。


「んんーーっ! んーーーーっ!!」


 いきなり目の前に映った男性同士の絡みを見てアルサが暴れるが、猿ぐつわのせいで声が出せない。


「ジョーディーさん顔を押さえて!!」

「分かった!!」

「んんーーっ!」


 ジョーディーさんが背後に回って顔を抑えると、彼女の瞼を無理やり開かせた。

 そして、どんどん『僕のマイクスタンド』のページを捲っていく。


んぁーーーーっ!!いやぁぁぁぁ!!


 大乱交見開きページで限界が来たらしい。猿ぐつわをしながら絶叫した。




「良い天気だな」

「そうね」


 午前の優しい日差しが街道を照らす。

 俺とジョーディーさんは馬車の後ろで並んで座り、風景を眺めていた。


「ふふっ」

「「…………」」


 背後の笑い声にジョーディーさんとゆっくり振り返る。

 馬車の奥では、アルサがジョーディーさんの作品を読みふけっていた。

 アルサは最初の内は抵抗していたが、『僕のマイクスタンド』の後に『僕のマイクスタンド2』、とどめに『僕と二本のドラムスティック』のアイドルネタを読ませたら落ちた。

 ちなみに、ドラムスティックはどう見てもスティックではなく、男の下半身に付いている極太の突起物が二本同時にケツに入っていた。腐女子の発想はスゲエ。


「結局、適正があったって事なのかな?」

「そうね。私としては仲間ができて嬉しいけど、何か過去の自分を見ている気分がするわ」

「…………」


 ノーコメントで……。


「先生! これの続きはありますか?」


 先生とは当然、俺の横のチビだ。


「あるよ~。ちょっと待ってね」


 そう言ってジョーディーさんがアルサに『トップギア2』を渡した。

 そっちも続編があった……だと………廃車したとちゃうのか?

 それ以前に、この世界の人間に車のネタとか通じるのか? ……ああ、絡んでいれば何でもありなのか……。


「それであの子をどうするの?」


 ジョーディーさんが戻ってきてアルサに聞こえないように小声で尋ねた。


「どうにもしないよ。このままコトカまで連れてって解放するだけ」

「平気なの?」

「俺達はこれからコトカに着いたら、セーブして宿に泊まってログアウトだろ」

「うん」

「明日ログインするまで多分だけど十五時間以上は経過するから、その間、このゲームだと……」


 そこまで聞いてジョーディーさんも気が付いたようだ。


「そうか、十五日以上経過するって事だね」


 放置プレイである。


「そう。そして、移動の間にジョーディーさんのアシスタントとして、絵を教えれば……」


 しかも、調教放置プレイである。


「レイ君!!」


 ジョーディーさんが俺の手を握りぶんぶん振り回した。


「それ、ナイスアイデア! この世界にも私と同じ趣味の人が広がるんだね!!」


 あれ? 俺、間違ったかもしれない。本当は暗殺業よりも自分の趣味の世界に陥れて、アシスタントをさせながらジョーディーさんに監視させる予定だったんだけど。まあいいか……。

 一抹の罪悪感と共に幌馬車は長閑な街道を進んでいた。




 コトカに近づくにつれ、ログアウトしていたメンバーも全員戻って来た。

 チンチラはジョーディーさんがアルサに教えながら作品を描いているのに興味を持って、二人の後ろから描いているのを覗いたが、直ぐに逃げだして両手を組んで忍者が忍法を使うみたいに人差し指だけを立てていた。


「何それ?」

「忍法、見なかった!!」


 彼女は必死に忘れようとしていた。


 義兄さんはジョーディーさんの趣味を知っていたみたいで呆れていた。

 でも、良いのかい? その中のモデルの一人はお前だぜ。内容を聞かなかったことを後で後悔するなよ。

 姉さんは後で見せてねと笑って、ベイブさんはこれでもう俺が手伝うことがなくなったと泣いて喜んでいた。

 男性がホモ本の手伝いをさせられるのは、SAN値がゴリゴリ削られる作業なのだろう。よかったな、犬。


 ジョーディーさん以外がアルサの事を訪ねてきたから、これまでの経緯と今後の予定を説明した。

 全員経緯については納得したが、ジョーディーさんのアシスタントについては物凄く困惑していた。

 気持ちは分かるが、常に狙われる俺の気持ちも察してほしい。

 腐女子が蔓延るゲームというのも特定の女子にはハーレム世界だろう。運営も新たな顧客Getでウハウハじゃないかな?




 昼過ぎにコトカに到着した。

 ジョーディーさんはアルサと別れる間際に……。


「アルサ、いい? 一人じゃ駄目よ、仲間を引き込んでサークルを作るの。活動はそれからよ」

「はい先生!! 分かりました」


 何この会話、腐女子教でも作るの? 教祖なの? 経典は同人誌? 二人を見ている皆も顔を引き攣らせていた。


 アルサと別れてコトカの街中に入る。

 プレイヤーはさほど居らず、平和な街並みが広がっていた。

 この町ももうすぐ難民で溢れるわけだが、今だけはのんびり静かな風景を堪能しよう。


 教会に行きセーブポイントを更新する。

 姉さんがついでに傷も治したらと誘ったけど断った。姉さんは「むー」って言ってから溜息を吐いていた。


 宿は義兄さん達がβ時代にも利用した『プリンセス・マーマン』に泊まった。

 なぜマーマン? そこはマーメイドだろ? マーマンだったらプリンスじゃないのかな?


「あら、いらっしゃい。お泊り?」


 中に入ると、青髭を残したおやじがオネエ言葉で話し掛けてきた。ああ、宿主がオカマなのか、だからマーマンか……何これ、アーケイン出てからこの手のネタが多発してるんだけど、そろそろ勘弁して欲しい。

 ロビーで全員が宿泊の料金を支払った後、義兄さんが全員を集めた。


「よし。無事にコトカに着いたし後は解散しよう。このままログアウトしても良いし、街を探索しても良いけど、レイとチンチラは夜更かしするなよ」

「了解」

「はい」


 俺とチンチラの返答を聞いた義兄さんが頷き、俺達は解散した。


 俺以外の皆はコトカの観光に行くらしい。

 俺はこの二日間色々と疲れたから、このまま部屋に入ってログア…………あれ?


 急に世界が暗転した。

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