第42話 ディスる相手は考えよう

 嫌な汗が体中から滲み出る。肌を見れば寒くもないのにサブイボが立っていた。


 アーケインを出発してガタゴト揺れる幌馬車は、南のコトカに向けてゆっくりと進んでいた。

 到着までゲーム内時間で一日半の距離だから、一度ログアウトして一時間半待てばあっという間にコトカに到着する。


 義兄さんと姉さん、それにベイブさんは馬車に乗るとすぐにログアウトして現実に戻った。

 家や店でやる事があるらしい。社会人は仕事を終わってからゲームしろと思う。まあ、自営業だからそこは曖昧なのかもしれない。

 俺とチンチラはせっかくできた暇な時間を使って外部へリンクを接続し、学校の課題と宿題に取り組んだ。チンチラが俺の学校の課題の量に呆れて、これなら普通に学校へ行った方がマシとか呟いていたけど、俺だって病気じゃなければ普通の学校に行きたかったさ。


 そのチンチラも先に宿題を終わらせると、風呂に入ると言ってログアウトしていた。

 そして、幌馬車の中には俺とジョーディーさんが残る……あれ? 急に寒くなってきた。




 そして冒頭に戻る。

 俺の目の前ではジョーディーさんが鼻歌を歌いながら、何かを楽しく描いていた。この光景は以前にも見た。

 前回は思い出したくもないが、俺と義兄さんを使ったBLのシナリオを書いていた。それを聞いて止めてくれと懇願したが、ジョーディーさんは「残念」とは言ったけど、「やめる」とは一言も言ってなかった気がする。可愛い顔をして書いている内容はマジ鬼畜。

 絵を描いているということは、恐らくシナリオが完成したらしい。現在はペン入れ作業か下書き作業に取り掛かっているのだろう。

 俺はゴクリと唾を飲み込んで勇気を出すと、ジョーディーさんに尋ねた。


「ジョーディーさん、何を書いているのかな?」


 恐る恐る質問したが、返ってきた答えはやはり前回と似ていた。


「どーじん作成。加速時間システムってマジステキ。ゆっくり作業が出来るから、作品の品質が上がったわ♪」


 前回と同じくさらっとジョーディーさんが答えたけど、想像通り薄い本の作成でした。嫌な予感もクソもない。俺、死亡確定。


「……ちなみに、どんな作品?」

「今作っているのは、ドジなナイトとやんちゃな泥棒のお話。やっぱり現在物はブームが去っちゃったね。

 今の流行りは異世界転生、チートにハーレム。主人公を性転換女性にして悪役令嬢に婚約破棄、そしてこっそりとボーイズラブ。これでどんなヘボ作品だってあっという間にランクイン! 読者なんてチョロよね~」


 ドジなナイトとやんちゃな泥棒で、主人公が性転換した女性? なのにボーイズラブ? そのストーリーの主人公は誰だ? それに泥棒といったら、どう見てもネタの片方は俺じゃねぇか!!

 しかも、さらっと一番触れちゃいけない相手をディスってんじゃねぇよ! 叩かれるぞ!! ああ、今もフォローが……レビューが、が、が……消えていく!!


「ジョーディーさん、俺をネタにするのは止めてくれ!! そしてディスする前に相手を考えろ!!」

「大丈夫よ。ネットのサブカルチャーなんて、読者が居るように水増しして不正しちゃえば、どんなクッソつまらない作品だって、金の事しか考えていない馬鹿な出版社が拾うわ」

「アウトーー!!」


 本当にアウトーー!!


「残念だけど、もう描いちゃってるもん♪」


 「描いちゃってるもん♪」じゃねぇよ!! 書く前に本人の許可を取れ!!

 それに生ものを書くのに本人の目の前でそれを言うのは止めろ! 他の腐女子に叩かれるぞ! いや、言ったからこそ発覚したから良かったのか? ……良くねえよ!!


 長時間交渉した結果、設定はそのままで俺の描写を金髪ショタに変更することで合意に至った。少年のポンチ絵を見せてもらったが、このチビは無駄に絵がうめぇ。これはやばい、やばすぎる! これが男の娘って奴か!!

 これなら男でも女でも襲いたくなるキャラだ。嫌々、危ねえ。俺はノンケだって、同性愛の世界に入るつもりは全くない!!

 ジョーディーさんは自分の書いた絵を見て、これはこれでアリねと満足げだった。

 義兄さんの部分? 俺とは係わりないからそのままにした。




 幌馬車に乗って一日目の夜を迎える。

 プレイヤーはログアウトすればあっという間の旅だけど、荷馬車を運ぶ御者はNPCだから当然休憩は必要とする。俺達は街道途中の小さな村に立ち寄って、一晩過ごすことにした。

 小さな宿屋はアーケインからの依頼で立ち寄った、または、俺達と同じくコトカへ向かうプレイヤーが宿泊していた。

 姉さんにメールをすると、コトカに着くまで戻らないということなので、俺とジョーディーさんで二人部屋を取る。

 御者の人は金がないから幌馬車で寝るらしい。盗賊ギルドも旅費ぐらい出してやれと思う。俺は出さん。


 ちなみに、外部とは時間の速度差の関係で音声通信はできないが、メールでのやり取りは可能。だけどメールを送ってから相手がすぐに対応できても、ゲーム時間で最低三十分は待たされる。


 部屋に入って問題がない事を確認していると、ジョーディーさんが俺を見ていた。


「何?」

「これでも人妻だからね。襲ったら駄目よ」


 死ね。




 部屋を確認した後、二人で食堂に入った。

 食堂もプレイヤーでごった返していたが、何とか空いている席を見つけて座る。

 二回程大声を上げて、忙しそうな店員を捕まえると、晩飯をオーダーした。


「だけどさぁ。レイ君も隅に置けないわよね」

「何が?」


 食事が来る間ジョーディーさんが話し掛けて来たけど、何のことだ?


「チーちゃんだよ。どうするの? それにステラちゃんだってレイ君の事を狙ってるっぽいし。どっちにするのよ。それともテンプレのハーレム狙っちゃう?」


 ハーレムは好きな奴は好きだけど、嫌いな奴は本当に嫌われる諸刃の剣だぜ。そんな危ない橋は渡らねえよ。


「別にどうするつもりはないね。自分の事だけで精一杯だし」

「それじゃ駄目よ。付き合わないのなら、付き合わないってビシッっと言わなきゃ!」


 ああ、読者サービスは聞いてなかったのか。


「今日、二人には釘を刺しといたけどね。これで諦めてくれると良いんだけど」

「何それkwsk詳しく!」


 はいはい。すっごいwktkワクワクテカテカなジョーディーさんに、読者サービスについて教えてあげると、頭を抱えて呻いていた。


「アンタ、それ言い過ぎよ」

「そうかな? ビシッと言わなきゃダメって、今言ったじゃん」

「そうだけどさぁ……レイ君は恋愛とか興味ないの?」


 思春期前から腐女子のお前が言うなとは思ったけど、刃向ったらまた本に描かれるから口には出さない。せっかくあの金髪ショタを犠牲にしたんだから逃げ切ってみせる。ごめんよ、名前も知らない男の娘。


「人並みに興味はあるよ」

「人並み? 他人と比べると異常性があるよね」

「何故そう思った?」

「あの偽アサシンに言ったセリフは普通の人じゃまず言わないからね。人格破壊者の人間性が出てたよ」

「いやー照れるなぁ」

「これ、褒めてないから」

「……ぐぬぬ」


 鬼畜プレイはスカッとするけど褒められないらしい。


「顔も凄いイケメンだし学校でもモテるでしょ」

「……まあね」


 ジョディ―さんに軽く肩を竦める。


「……現実は病気で無理だとしても、やっぱりVRでセッ○スとかもしちゃってるの?」


 ジョーディーさんが身を寄せて俺の耳元でこっそりと質問してきた。なんか周りからロリコンに見られそうでヤダ、離れろチビ。

 この話はあまりしたくないんだけど、俺の人格を見破ってるコイツなら今更か……。


「…………ぶんだよ」

「え? 何? 聞こえなかった」


 仕方がなく呟いた俺の返答が聞こえなかったらしく、ジョーディーさんがもう一度尋ねる。


「……VRでやろうとするとカテーテルが飛ぶんだよ」

「カテーテル? なんだっけ、それ?」

「ち○こにささった管」

「ブッ! それホント? 何で?」


 ジョーディーさんが驚いて理由を聞いてくる。顔は真剣な表情だけど、口元がピクピク動いていることから笑うのを堪えているのだろう。


「VRで射精するとどうなるか知ってる?」

「知ってる。確か夢精するんだよね。そのためのグッズが大ヒットしてるし」


 もうね、膨らみコンドームとか、自動シゴキ機とかマジでグッズが凄いから。ちなみに、貧乏人はチ○コに靴下を被せるらしい。


「そう。カテーテルを刺していると、発射された俺のカ○ピスが詰まったり、カテーテルを吹っ飛ばしたりするんだよ」

「…………」

「中学の頃、毎日のようにやらかしてたらさ、医者から抗精神病薬と気分調整薬を点滴に入れられて、それ以来……」

「……どうなったの?」


 両手で頭を抱えて、テーブルに突っ伏す。


「……現実でもVRでも立たなくなった」

「……マジで?」

「しかも、数万人に一人の割合で居るらしいんだ。薬を飲んでもVRでだけ性欲が止まらないのに、EDになるケースが……」

「もしかして……」

「ああ、性欲はあるんだよ、若いから。だけど、どんなエロ動画を見ても俺のベイビーが元気にならないんだ」

「…………」

「いっぱい動画を見たよ。ノーマルからアブノーマルまで! その結果、どうなったと思う?」


 ガバッと顔を上げた涙目の俺を見て、ジョーディーさんが体を少しのけ反る。


「……どうなったの?」


 それでも興味があるのか結果を聞いてきた。


「ポルノ中毒になった」

「うわぁー」


 ジョーディーさんもドン引きである。そして、ここまで白状した俺は留まる事を知らない。


「ポルノ中毒ってどうなるか知ってる? 最初は普通のエロ動画でも興奮していたのが、だんだん普通だと興奮しなくなって見る動画がエスカレートしていくんだ。

 それでも最初はア○ルや複数プレイ、後は青○とかその辺でも何とか興奮してたよ。だけどね、末期になると集団レ○プとか、乱○とか、二○同時挿入とかそういうのを見ないと全く興奮しないんだ、分かる?」

「……う、うん、何となく分かるよ」


 さすが腐女子、理解できる時点で同類だと把握する。


「やっぱりジョーディーさんなら分かってくれると思ってたよ。

 獣○とかニューハーフに手を出そうとした手前でこれはヤバイと気が付いて、今は見るのを規制しているんだけど、ポルノ中毒って麻薬中毒と同じで一度その世界を知っちゃうと元に戻るのに大変な努力が要るんだ。

 確かに中毒になって発情期みたいな性欲は止まったよ。だけど……だけど、もうダメなんだ……。もう、普通のエロじゃ興奮しないし、俺のベイビーも元気にならない……」


 そこまで言うと、再び両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「……そう、ゴメンね。辛い事を聞いちゃって」

「できれば死ぬまでに元に戻りたい……」


 心の中で泣いていると食事が運ばれてきたので、話を止めて晩飯を食べることにした。




「でもさ……モグモグ、薬で押さえている割にはモグモグ、感情表現あるよね……モグモグ」


 しゃべるか食べるかどっちかにしろ。特にロリっ子だからそれが似合うのが腹立たしい。


「そうかな? あまり他人と……モグモグ、比べた事がないから自分じゃ……モグモグ、判断できないな……モグモグ」

「レイ君、しゃべるか食べるかどっちかにした方が良いわよ」

「……モグモグ、ゴックン」


 こいつワザとかな? さらっと人を苛付かせるよね。


「だけど盗賊ギルドを倒した時だって二階から飛び降りたじゃん。あんなの感情がなきゃ普通はやらないわよ」

「ああ、あれか……あの時は俺も不思議だったな。抑えていたのが一気に爆発した感じだったし、自分でも何で飛び降りたのか分からな……」

「ねえ」

「ん?」


 話が終わる前に声を掛けられて振り向くと、黒髪で十五歳ぐらいの美少女が立っていた。




「その話、詳しく聞かせてくれない?」

「「…………」」


 俺とジョーディーさんが無言で見ている中、美少女が許可なく同席する。

 椅子に座ると俺に対してほほ笑んできた。あ、こいつ、自分の顔に自信持ってやがる。


「もう一度言うけど、今の話、聞かせて」


 女難が来た。


 うーん、フラグの回収が早すぎないか? もうちょっとゆっくりやろうぜ。

 本当に俺を狙う暗殺ギルド族長の娘とは限らないが、この話に興味があるのは、その娘にしか心当たりがないから本人と断定しよう。

 となると……本当の事を話して無事だとは思わないけど、中途半端な嘘やごまかしも難しそうだ。取りあえず美少女が誰かを聞いてみるか……。


 ジョーディーさんに黙っていてと目で合図すると、ジョーディーさんが分かったと頷いた。視線を戻してフード越しに見つめると、美少女の瞳は黒く宿の明かりで輝いていた。


「誰だ?」

「同業者よ」


 同業者? 俺が職業も名乗ってないのにそれはない。


「話にならないね、帰りな」


 美少女は顎に手を当て、少し考えてから改めて俺を見つめた。


「……分かったわ。私は盗賊ギルドのメンバーよ。コトカからアーケインに向かう最中であっちの事情を知らないの。だから詳しく教えてちょうだい」


 今の会話で美少女が盗賊ギルドか暗殺ギルドに関与していることが決定できた。


「じゃあ、何か自分の身分を証明する証を見せて」

「……そんな物はないわ」

「だったら教えるのは無理だな」

「ケチね」


 美少女が俺を睨むが無視して続ける。


「商売敵の人間かもしれない相手に、やすやすと情報を売るつもりはないぜ。例えば、「自分の祖母は戦争中に拉致されて売春されられたから金寄越せ」って言うから証拠は? と尋ねると、私の証言が証拠だとか無茶な事を言う輩と同じだ。

 公の場で悪役令状を糾弾する王子様だって、もうちょっとまともな事を言うぜ」

「レイ君、ストップ」


 ん? ジョーディーさんを見れば、彼女はプルプルと小刻みに顔を横に振ってこれ以上は駄目だと言っていた。

 仕方がない止めておこう。政治的発言は色々とメンドウな自称市民団体が多いし、難癖付けてギャーギャーと騒ぐ国が居る。


「と言う事で、証拠もない、誰とも分からない。初めて会った相手に情報を提供するのは無理なのでお引き取りください。それに盗賊ギルドと言うのなら、外の馬車にその盗賊ギルドのおっさんが居るから、直接聞きな」

「…………」

「それで改めて聞くけど君は誰だ?」

「…………」


 美少女が顔を伏せて考え込んでいる。次の手を考えているのか? ずっと黙ったままだ。今度はこちらから揺さぶってみよう。


「俺には友達が居た」

「……!」


 何も話さないと言っておきながら、話し掛けてきた事に美少女が驚く。


「名前はアシッドと言うけど、知っているか?」

「……知っているわ、本名じゃないけどね。よくその名前を使っていたわ」

「ふーん、君にとってどういう人だった?」

「尊敬する人よ。小さい頃から私を助けてくれたし、何でもできる人だったから、私の目標でもあったわ」


 美少女は少し考えてから語りだした。誘導成功。こっちが情報を最小限で出す代わりに、向こうの情報を引き出す。外国じゃ司法取引が盛んだから、この手の海外ドラマも犯人との駆け引きシーンが多い。前にTV動画を見ていて良かった。


「兄弟ってとこか?」

「そんなところよ」


 はい、これでアシッドの妹と確定。


「ねえ、アンタにとってアシッドってどんな人だったの?」

「その前に名前ぐらい聞かせろよ」

「アルサよ」

「アルサか、分かった……そうだな、ちょっと話が長くなりそうだ。……お姉さーん、お茶を三つと適当な軽食を持ってきて!」


 声を張り上げ店員に茶を注文する。店員が「はーい」と答えたのを確認してから、何も喋らずに黙った。


「「「…………」」」


 店員が茶を運んでくるまで三人とも黙ったまま時を過ごす。周りの騒音が遠くに感じられた。


「……? ハイ、お待たせしました。5Sと95cです」


 店員は沈黙している俺達を不思議に感じた様子だが、仕事を忠実に実施して代金を請求する。

 俺が支払うと、店員が俺とジョーディーさんの食べた食器を片して、テーブルの上に茶の入ったティーカップと焼き菓子を置いて去って行った。

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