第41話 本当の中毒患者
「呼んだ?」
「えい!」
俺が義兄さん達の方へ近づくと、突然、姉さんが後ろに回り込んで俺のフードを捲った。
「え?」
「はい、これが私の弟よ」
驚く俺を余所に、姉さんが自慢げに俺の顔をヨシュアさん達に見せる。
「「……!!」」
「ほほーう」
シリウスさんとローラさんは俺の顔を見て驚くが、ヨシュアさんは俺の顔をジロジロ観察していた……毎回思うが、他人を驚かすのに俺のフードをはぎ取るのは止めて欲しい。姉ががさつで困る。
「なかなか見応えのある顔だな。頬の傷は初期設定か? 奇麗な顔が台無しだぞ」
「でしょ~~。この間、戦った時に付いた傷なんだけど、消してくれないのよ」
ヨシュアさんが顔の傷について話すと、姉さんが相槌を打って文句を言う。だけど傷って直ぐに消えるのか?
「ねえ。傷ってすぐに治るの?」
「何だ、知らないのか? 教会に行けば消してくれるぞ。寄付は必要だけどな」
ヨシュアさんから聞いて「ふ~ん」と言いながら、義兄さんをジト目で睨むと視線を逸らされた。
「おっと、いけない。用事を済ませよう。ポーションは出来ているか?」
イケね、忘れてた。
「全部で2gね」
鞄からポーションを十個とマナポーションを五個取り出して、代金と引き換えにシリウスさんに薬を渡す。
シリウスさんはマナポーションを受け取ると、興味深げに角度を変えながら観察していた。
「普通のマナポーションに見えるけど、本当に美味しいのかい?」
「美味しかったわよ~。スポーツドリンクのレモン味みたいな感じだったわ」
「おお、それは逆にもったいなくて逆に飲めないね」
シリウスさんが姉さんの話を聞いて、本当に喜んでいた。
それにしてもこのゲームって味音痴の方が有利なのか? そんなゲームはバランス以前の問題だ。
「レイ君。他に何か面白いのを作ってないの?」
ローラさんの質問に頭の中にある薬リストを思い浮かべる。正確には毒リストとも言う。
「えっと、そうだね。普通の毒に痺れ薬、筋力低下、速度低下、魔力低下、睡眠薬……」
「……えっと何でそんなに毒を持っているのかな?」
俺の返答にローラさんが首を傾げるが、その表情は引き攣っていた。
「だって、俺が取得したスキルの本職は毒作成だし、薬はオマケだぜ」
「……え!?」
薬のやり取りをしている間に全員が集まっていて、俺のスキルを聞いて驚いていた。
全員が驚く様子に婆さんが毒作成スキルは取得が面倒だと言っていたのを思い出す。
「そんなスキルは聞いたことないぞ……」
「どこで手に入れたんだ?」
「どのぐらい効果があるんだ?」
「レイちゃん、何時の間にそんな凄いスキルを手に入れたの?」
「いいな~。私も欲しいな~」
一斉に質問が飛んでくるけど最後のチビ、お前の作る料理はナチュラルに毒だ。
「えっと、スキル取得方法は禁止されているから言えないな。効果は自分で飲んだことないから知らない……義兄さん飲んでみる?」
「へ? いや、遠慮しとく」
「レジスト値上がるかもよ」
「なん……だと……」
本当に興味持ったよ。ステータスアップの為なら死ねるとか言いそうだな。
脳筋の考え方は凄いと思う。まあ、思うだけで脳筋になりたいとは微塵も思ってないけど。
そして、義兄さんの返答にヨシュアさんとシャムロックさんを除いた全員がドン引きしていた。二人がなぜ引かないかって? そりゃ義兄さんと同類で脳筋だからでしょ。
「ちなみに、毒はポーションの様に投げて使えないよ。だって飲み薬だし」
飲み薬と聞いて全員が「何だぁ」と呆れていた。だよね。俺もそう思ったし……。
「それ、使えねぇじゃん。だっせ!」
「ブラッド、止めないか」
ブラッドが投げられないと聞いて俺を馬鹿にする。この底辺中が! ゲームじゃなくてエロ動画でも見てシコってろ。
肩を竦めてブラッドに呆れていると、シャムロックさんがブラッドを叱りつけていた。
「役に立つとは思うけどなぁ。例えば、ベイブさんが暴れた時に睡眠薬を酒に混ぜるとか……」
「ナイスだ!」
俺が使い方の例を挙げた途端、酔っ払った狂犬を知る全員の視線が一斉にベイブさんの方へと振り向いた。ヨシュアさん達が知っているのは、恐らくβの時に被害があったのだろう。
当の本人はあらぬ方向を向き、全員からの視線を逸らして口笛を吹いているけど、犬だから音が出ないという以前に口がデカくて吹けてなかった。
「他の毒も使い方次第では役に立つと思うしね」
ブリトン王国にさえ行けば毒を武器に塗れるスキルが手に入ると婆さんも言っていた。夢はチートになって俺TUEEEE。
「後は盗賊スキルの目くらましを利用した毒霧とか、ゲロポーション……かな」
ゲロポーションと聞いて義兄さん達がギョッとする。
「レイ! あのポーションだけは駄目だ。どんな相手でも使うのは止めろ!!」
「名前も凄いが、効果もそんなに凄いのか?」
義兄さんが慌てるのを見たヨシュアさんが興味を持ったらしく質問してきた。
確かに「ゲロポーション」というネーミングは、自分で決めといてセンスがないと思う。
「ああ、昨日飲んだプレイヤーがそのポーションを飲んで、強制ログアウトした」
「「「「「…………」」」」」」
それを聞いたヨシュアさん達が固まる。
「何だ、それは……そんなの聞いたことないぞ。一体、何を作ったんだ?」
えっと、婆さんから貰ったレシピの内容は確か……。
「えっと、改良してポーションの不味い部分に……便通効果のある臭くて不味い材料を加えた……かな。開発した人は不味すぎてゲロと下痢を起こすとか言ったけど……昨日は効果が出なかったな。……飲んでみる? こっちはオススメしないけど」
全員がポーションの中身を聞くと、顔を青ざめて全力で首を横に振っていた。
「でもそれだって飲ませなきゃ、意味がないんだろ」
またブラッドが俺の薬にヤジを入れてきたけど甘めえよ。
「うんにゃ。これポーションだから投げてもオッケー」
「……最悪だ」
それを聞いて義兄さんが頭を抱えていた。
それにしても、このクソガキは俺に対して反抗的だな。同世代に対するやきもちか? 少し釘を指しとくべきか……。
「なあブラッド。俺とお前は年齢も近いし、友達に成りたかったんだけど、俺じゃ駄目なのか?」
「へ?」
俺からの突然のすり寄りにブラッドが驚く。
「お前が俺の事を嫌っているのは知っている。だけど、お互いに嫌うよりも友達になった方が楽しいと思っていた……すまない、その考えは俺の一方通行だったらしいな……悪かった……」
嘘だけど。
皆の前でブラッドを加害者に仕立て上げただけだ。バーカ、バーカ。
案の定、ブラッドがシャムロックさんに叱られていた。
「レイちゃん!」
おっと、姉さんが視線をこっちに向けて怒っている。どうやら俺のやったことの本当の意味が理解できたらしい。
姉さんの叱咤を聞いてヨシュアさん、シリウスさん、ローラさんも言葉の裏の意味が分かったのか、驚き隠れて笑っていた。
別れ際に全員でフレンド登録をして、ヨシュアさん達と親睦を深めた。
ヨシュアさん達はゲーム時間で俺達の2日後にコトカへ向かうと聞き、コトカでは一緒にレイドをやる約束も交わした。
ちなみに、ブラッドが俺とフレンド登録する時……「悪かった。ごめん」と謝ってきたのを見て、心の中で勝ったと思ったけど、顔には出さずににっこり笑ってあげた。
これでこいつも俺に対する態度が変わるだろう。
「じゃあ、カートさん。コトカで会おう」
「おう! その時はよろしくな」
ヨシュアさん達はこれからクエストに行くらしい。俺達と別れて平原へと消えて行った。
……盗賊ギルドの馬車が来ない。
ひょっとして忘れてるんじゃね? と思いながら待っていると、街から汚い幌馬車が現れて俺達の前で止まった。
近くで馬車を見れば、母を尋ねにアンデスへ出かけても乗車を否定するぐらい幌馬車は汚ない。盗賊ギルドはメンバーと性格だけではなく、所有物も汚いらしい。
貧素な御者に確認すると、ギルドマスターが中に居るから起こしてくれと言われて、疑問に思いつつ馬車を覗いたら本当にギルドマスターが横になって寝ていた。
汚い幌馬車に似合う汚さで、まさに盗賊と言った感じだな。
「何やってんだ? おっさん」
揺すっても起きないから鞄からインクと筆を取り出したところで、チンチラとジョーディーさんに止められた。
二人を見ると首を横に振って止めなさいと目で語っていた。仕方がないからインクと筆を鞄に戻す。
だったら、代わりに鞄からゲロポーションを取り出そうとしたけど、それを察知した義兄さんが鞄からポーションを出す前に背後から俺を羽交い締めにした。
「駄目だ! それだけは本当に駄目だ。お前は冗談で人を殺す気か!?」
ふむ、冗談の通じない人達だ。
「んんっ。あー良く寝た」
横で騒いでいたらギルドマスターが俺達に気が付き、肩を解しながら起き上がった。
「それで、この汚ねえ馬車が貸してくれる馬車だとは分かるけど、何でおっさんまで来ているの?」
「ああ、お前に報告しようと思ってな」
別に伝言でも良いのに暇なのか?
「暗殺ギルドとの交渉は上手くいったぜ。おかげで俺は二日間一睡もしていないけどな」
今寝てたじゃねえか。
「ちなみに、偽装したアサシンの死体は効果がなかったぞ。なぜか暗殺ギルドの族長がすぐに偽物と見破ったからな。それを聞いて周りが報復するとか言い出し始めて最初は全面戦争目前だったぜ」
あれ? 意味なかったの? ダメじゃん。俺、殺されるんじゃね?
「だけど、コートニー様が丁寧に凍らせた息子の死体と、お前の「最後に友達ができた」って言葉を伝えたら族長が周囲を押さえて、何とか戦争は回避出来た感じだな。理由は分からないが、とにかく上手くいって良かったぜ。
落としところってやつも何とかこちらの言い分を全面的に通す事ができた。これで取り敢えずアサシンは死んだはずだ」
「それは何より」
セーフ。俺、セーフ。適当に言っただけだったのに、まさか本当に通じるとは思わなかった。
チョイ悪おやじもご苦労、色々と大変だったらしいな。だとすると、今ここに居るのは仕事を抜け出してサボりに来たのか? ……仕事しろ、死ぬまで働け。
「ただなぁ……」
ギルドマスターの良い方に何か嫌な予感がする……。
「族長の次女……三男の一つ下だったかな。そいつがお前を狙っているぜ。一人でも殺るとか言ってたから、まあ気を付けるんだな」
「何それ怖い。ごめん、ヤンデレは恋愛対象外なんだ」
「それは本人に言ってくれ。お前の正体はまだ知らないだろうから、せいぜい遠くに逃げることだな」
ヒィ! 前にギルドマスターに呪った女難がこっちに来た。
これが「人を呪わば穴二つ」ってやつか!! 俺の下半身に穴は一つしかねえ!
「それと麻薬も使用するのを取止めるとさ。もともと調合ギルドと盗賊ギルドが壊滅して入手が難しくなったことに加えて、一昨日から出回った治療薬が決め手になったみたいだが、お前もしかして治療薬の作成に絡んでないか?」
ギルドマスターが片方しかない目で俺をジトッと見るけど、治療薬は婆さんと素材屋の店主の功績だから直接は絡んでない。
「絡んでいたら何かくれるの?」
「お礼を言おう」
にっこり俺に笑ったけど、おっさんの笑顔は0円でも
「じゃあ絡んでないよ」
「どっちだよ。まあいいか。今までの礼だ、これをやるよ」
ギルドマスターから渡されたのは、一枚の地図と手紙だった。
「何これ?」
「コトカの盗賊ギルドの地図と紹介状だ」
「コトカにも盗賊ギルドがあるの? 落ちぶれていたから、ギルドってあそこしかないと思ってた」
「予定では明後日には出来ている筈だ」
「なんじゃそりゃ」
「規模拡大中なんだよ」
暗殺ギルドと交渉したり、ライノの処理をしたり、揚げ句は規模拡大か? 盗賊の癖に真面目に働くとか、盗賊の風上にも置けないマスターだな。
「支店を作る余裕があるなら、盗賊ギルドのカウンターに人を雇って本店の規模を拡大しろよ。受付の姉さんが客を拒絶していたぞ」
「あれはなぁ……俺でも無理だ。一応、戦闘ギルドに詫びを入れさせるようには言ってるが……まあ、しばらくすれば解決するだろ……」
どっちがマスターだか分からねえな、オイ!
「特に足を運ぶ予定はないけど一応貰っとく」
「コトカは海賊が蔓延る町だ、くれぐれも気を付けろよ」
「ん? そっちとは違うのか?」
「ああ、俺達とライノの闘争の間に海賊がコトカの裏を支配した」
ダサッ! 闘争中に横から奪われてやんの、プークス。
「あ? 何か言ったか?」
「何でもないよ」
「ふふふっ」
最後の笑い声の主は姉さんで、俺とギルドマスターのやり取りを横で見てクスクス笑っていた。
「本当、何時見ても仲が良いわね」
「「どこが!?」」
ギルドマスターとハモった後、お互い横目で相手を睨む。
「スコット。最初から最後までお世話になったわね」
「いや、コートニー様こそ私達を助けてくださった御恩は忘れません。ギルド一同、お礼を申しあげます」
ギルドマスターが馬車から降りて丁寧に頭を下げて礼を言うけど、俺と態度が違った。これが男女差別と言う奴か……。
「もちろんレイ。お前にも感謝してるぞ」
「取って付けたように言うのは止めろや」
腰に手を当て口角を尖らしギルドマスターを睨む。
「はははっ、まあ良いじゃねぇか。それじゃ皆さん俺はそろそろ戻るんで、ケガのないようにお気をつけて」
「ええ、スコットも元気でね」
「レイ、お前も元気でな。何時かは戻ってこいよ」
「じゃあな」
お互いに生きていたらまた会おうぜ。
馬車に乗る前に振り返ってアーケインの全貌を見る。
アーケインの城と街並みは朝日を浴びて白く輝いていた。
色々なNPCやプレイヤーとの出会いや別れ、危険なダンジョンに盗賊ギルドの闘争……そしてアシッドとの戦い。
現実では味わうことができない経験が仮想世界に存在し、俺達は刺激を求めてログインする。
「本当の麻薬はこの世界……なのかもな……」
誰にも気が付かれぬようひっそりと笑った後、馬車に乗り込みアーケインを後にした。
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