第36話 NPCの心

 盗賊ギルドに行く道中、改めてお互いを名乗った。

 彼女の名前はステラ。弓をメインにした盗賊で、やはりスキルには苦労していると語っていた。

 聞いた話だと、ステラの場合、俺とは逆に生存術と危険感知スキルを取るため弓命中スキルを捨てたらしい。

 その結果、射程3mで十発中、命中するのが半分以下という悲惨な状況だったとか、俺なら挫折しているね。姉さんが辞めさせてくれないと思うけど……。


 ステラが最初の村で職業差別による村八分を受けて、誰もパーティーに入れてくれなかった時、唯一入れてくれたのがヨシュアさんだったらしい。それからずっと一緒に組んでいるそうだ。

 俺も武器スキルがないおかげで、最初の内は攻撃してもダメージが出なかったと話したら、ローグじゃないと分からない苦労をお互いに感じて、一緒に溜息を吐いた。




 スラムに入って盗賊ギルドへ向かう。

 ステラはスラムに入るのが初めてだったらしく、少し怯えていた。


「怖いところだね」

「まあね。たまにNPCに絡まれるから気を付けて」

「NPCが絡んでくるの?」

「詐欺まで居るよ」


 あの詐欺はどうしてるかな? まだ偽物のシルバーアクセサリーを売っていたりして……って居たーー!

 何がって、あの詐欺NPCが俺達の方へ歩いて来ていた。

 何だろう凄くワクワクするのは俺だけか? フードの下でニヤニヤが止まらない。

 そして、俺達に気が付いた詐欺NPCが笑って、俺達の前に立つと道を塞いだ。


「よう、君達! 儲け話があるんだけどちょっと良いかな?」

「え?」


 詐欺NPCが話し掛けてきてステラが驚くが、俺は笑いを堪えるために下を向く。どうやらこの詐欺は俺の事を忘れているらしい。

 俺が下を向いているのを見て、詐欺が怖がっていると勘違いしたらしい。馴れ馴れしく俺の肩を抱き寄せてきた。


「間に合っています」


 どうせ断っても強引に誘うと思いつつ、礼儀として断ると詐欺NPCがにんまり笑った。


「まあ、まあ、いいから良いから。良い儲け話があるんだよ、ちょっとだけ付き合いなって。

 俺、アクセサリーを売ってんだよね。今さ、ちょっと緊急のお金が必要なんだ。本当だったら20gもするこのシルバーアクセサリーが、今なら20sで売っても良いんだけど買わね?」


 前の倍の値段だな。アクセサリーを見ると相変わらず所々メッキが剥がれていて、鉄が見えていた。

 さてどうしようかな。ポーションは切れているし、傷つけたら衛兵が飛んでくる。


「どうだい兄ちゃん、彼女のプレゼントに買わないか?」

「あ、衛兵!」


 俺の言葉に驚いた詐欺NPCが慌てて後ろを振り向いた。


 ゴン!!


 ポーション代わりに毒瓶で殴る。ポーションでも毒でも瓶は瓶!

 詐欺のNPCは後頭部を殴られると、地面に寝転がって気絶していた。


「……大丈夫なの?」

「大丈夫。気絶させただけだし」


 ステラが心配しているけど、俺は心の中で詐欺NPCを嘲笑う。そして、今の俺はあの時とは違う。


「ちょっと待っててね」

「え? 何?」


 ステラをこの場に残して、詐欺NPCを誰にも見つからない路地へと引きずり服をはぎ取る。もちろんパンツもだ。ん? 何処かの犬が酔っ払った時と同じ行動だな。

 全裸にしてから、服は丁寧に折りたたんで地面に置いてあげた。俺って親切だと思う。

 詐欺NPCが付けていたベルトを使って後ろ手に縛ると、次に鞄からインクと筆を取り出す。

 これは婆さんの家でレシピをメモするために、わざわざ買った物だ。何を書こうか考えた後、胸に大きく……。


 シルバーアクセサリー

 バナナとナッツがおまけのセットで

 今ならたったの1c!


 と書いてから、シルバーアクセサリーの真ん中辺りを輪っかにして、詐欺のバナナに通した後、ナッツごとバナナをぐるぐる巻いて留めた。

 これでソフトSMが完成。表現はさすがにごまかしているけど、まあ察してくれ。


「これでよし」


 ステラの所に戻ると俺の行動を見ていたのか、彼女の口元がピクピクと引き攣っていた。


「……やり過ぎでしょ」

「スラムだとこれが常識だよ」

「……嘘だ」


 ステラが顔を引き攣らせていたけど、そのまま盗賊ギルドへと連れて行った。




 盗賊ギルドの前では、相変わらず顔面凶器の見張りが立っていた。顔が犯罪、衛兵は早くコイツを捕まえろ。

 ステラは見張りを見て怖がっていた。歩いているだけで通報されそうな顔だから仕方がない。

 俺が隠れ家に近づくと、見張りがドアの前に立ち塞がった。


「誰だ?」

「アサシンと言えば通してくれると聞いたが?」


 俺がアサシンと名乗ったら、横でステラが驚いていた。


「フードを取って顔を見せろ」


 言われるままにフードを脱いで顔を見せると、見張りが頷いた。


「確かにあの時のイケメンだな。連れも一緒に入って良いぞ」

「あんがと。ステラ、何、突っ立ってるの? 入るよ」


 そのステラは俺の顔を見て固まっていた。


「え、ええ……」


 俺とステラが中に入った時、後ろから「昨日はありがとよ」と聞こえた。礼は言わなくていいから顔を整形しろ。

 地下の部屋に入ると、カウンターの奥に前に来た時に途中でチェンジ、違う、バックレたエロそうな姉さんがカウンターに立っていた。




「あら、いらっしゃい。この間は暗殺ギルドの人と間違えちゃってごめんね~」


 エロい姿で、エロい声。臭いは前回と同じファブ○ーズ薔薇の香り。

 俺を見てカウンターのエロ姉さんが早々に謝ったから、首を横に振る。


「別にかまわない。俺も毒消しが隠語だって知らなかった事のもあるしね」

「うふふ、ありがとう。それでマスターを呼ぶ? 今は忙しいみたいだけど、アサシンなら対応してくれると思うわ」

「臭いおやじには用はないし、興味もないな。あんな加齢臭漂うおっさんより、姉さんが相手してくれた方が楽しいよ」

「あはははっ」


 エロ姉さんが口に手を当てて笑う。


「やっぱり良いわね。ハンサムだし、口も上手だし、私がもう少し若かったら口説いていたわ。それに頬の傷もセクシーよ」

「俺は今のあんたでもストライクだよ。結婚してなければね」


 口に手を当てて笑った時に左の薬指に指輪が見えたから、この人は結婚していると思ったけど当たったらしい。


「あら? よく分かったわね。これを見たのかしら」


 手の甲を前に出して指輪を見せる彼女に頷き返す。


「洞察力もあるのね。さすがはアサシンと言ったところかしら」

「アサシンは死んだんだよ。お姉さん」


 そう言うと、エロ姉さんは目をパチクリしてから満面の笑みを浮かべた。


「……そうね、アサシンは死んだのよね」

「そう、死んだんだ」

「それで今日は彼女を連れて何の用かしら?」


 エロ姉さんがステラを見て笑う。俺も視線だけで横を見ればステラが固まっていた。毎回、再起動が面倒臭い。


「あら? 彼女はどうしたのかしら?」

「分かってて言ってるだろ。初心うぶなんだよ、ちなみに彼女じゃないから」

「あら、昔の私みたいな子ね」

「ノーコメント。おい、ステラ、そろそろ正気に戻れ」


 ステラの肩を掴んで揺さぶると、彼女の焦点が戻って正気に帰る。


「え? ええ? あ、ごめんなさい。えっと本当にNPC?」


 ステラの質問にエロ姉さんが微笑む。


「そうよ、あなた達が言うところのNPCよ。だけどNPCにも心はあるわ」

「あ、そう言ったわけじゃ……すみません」

「ふふふ、別に気にしてないわ」


 そういえば……俺はギルドを見渡して異変に気付く。他のギルドだとプレイヤーで溢れているのに、ここは居ないな。


「なあ。もうチョット営業したらどうだ? 他じゃスキル取得で大勢並んでいるのに、ここは何時来ても閑古鳥が鳴いてるじゃねぇか」

「いやよ、大勢の客なんて相手にしたくないわ。それに盗賊ギルドって戦闘ギルドの組織下だけど、あいつ等、ライノと組んでからあの手この手を使ってこっちを潰そうとしたんだもの。今更、許すつもりもないから、この場所を教える気もないわね」

「でも大勢の人が盗賊ギルドの場所を知りたくて、戦闘ギルドに詰掛けていますよ」


 ステラが状況を教えたら、エロ姉さんが手を口に当てて笑う。


「ほほほっ、いい気味」


 こりゃ駄目だ。彼女の怒りが収まらない限り、当分の間はローグが増えそうもないな。


「それでアサシ……あら、いけない」

「レイだよ」

「了解。レイ、今日は何を買うのかしら」


 ここにずっと居ても時間の無駄だし要件を済まそう。薬も作る予定だし。

 それにしても、このゲームは加速時間システムで時間はあるのに、やたらと忙しいけど俺は生き急いでいるのか?


「盗賊回避スキルを覚えたい」

「私は開錠スキルと盗賊隠密スキル、それにロックピックをください」

「はい、毎度あり。レイは2g、彼女さんは9gと30sだけど、レイの紹介だからおまけして7gで良いわ」

「わっ! ありがとうございます。前の所だと両方で80gもしたからちょー嬉しい」

「ライノのとこね……呆れたわ。十倍もぼったくっていたなんて、まあ彼等も今頃はネズミの餌だと思うけどね」


 十倍って本当の値段8gじゃん。おまけしたから良いけど、お前も最初の値段を少し吹っ掛けてるじゃねえか。

 それよりも今、聞き捨てならない事を聞いた気がする。


「ライノがネズミの餌?」


 コッソリ尋ねると、エロ姉さんが俺の耳に顔を寄せてステラに聞こえないように小声で囁く。


「ライノと取り巻きは両手足の腱を切断されて、下水道で鎖に繋がれているわ。後、三日もしたらネズミに食べられて骨だけよ」


 彼女の話に黙って頷く。

 麻薬患者を増やして、さらにギルドマスターの彼女を壊したんだ。残酷だけど報いを受けるのは当然だろう。

 俺達は料金を払ってスキルとロックピックを受け取った後、エロ姉さんに礼を言ってから盗賊ギルドを後にした。




「レイ! アサシンってどういう事? それに何であんなに盗賊ギルドと親しいの!?」


 盗賊ギルドを出てフードを被っていたら、ステラがアサシンについて物凄い勢いで尋ねて来たけど、いきなり呼び捨てか?


「俺には姉さんが居て、一緒にゲームをしているんだけど、その姉さんがβの時に、ここの盗賊ギルドの先代と仲が良くてね。そのコネで俺も親しい訳」


 嘘は言ってない、我ながら珍しい……全部は言ってないけどな。


「それじゃあ、アサシンって、もしかして本物だったの?」

「まさか。ローグ一人でジャイアントスネークは倒せないよ。それはお前だって分かるだろ」

「私達もアーケインに来てスグにスネークを倒したけど、結構ぎりぎりだったわ。じゃあ何で?」

「俺一人じゃジャイアントスネークなんて倒せないし、ましてや一発で倒すなんて不可能。アサシンっていうのは、ライノって奴が居た盗賊ギルドを潰す時に、こっちの盗賊ギルドの助っ人として偽物を演じただけ」

「そうなの?」

「そうなの。ちなみにこれは秘密だから」

「秘密?」


 ステラが秘密にする理由が分からず首を傾げる。


「本物に見つかったら殺される」


 それを聞いてステラが成程と頷いた。


「でも、私はアサシンって人がジャイアントスネークを一発で倒したって話は未だに信じてないのよね。それに、調合ギルドに忍び込んで不正を暴いたり、今朝聞いた話は汚職に関わった盗賊ギルドを今の盗賊ギルドと……一緒……にって、さっきの話だと……まさか……」


 それには答えず、ステラを置いて先にスラムの出口に向かう。

 ステラは慌てて俺の後を付いてきた。




「んじゃ、俺はここで」

「ありがとう、助かったわ」


 ステラが頭を下げて礼を言うけど、俺の事をアサシンって確信しているよね。


「念のためにもう一度言うけど、俺はアサシンじゃないから」

「分かってるって、大丈夫よ」


 本当に大丈夫か? 誰にも言わなきゃいいけど……だけど、ずっと監視できるわけじゃないし、諦めるしかないか……。

 ステラと別れると、俺は素材屋へと向かった。

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