第37話 最低・最悪・最強のポーション

 素材屋の前に立つと、扉に「Close」の札が掛かっていた。


 あちゃー。これは盲点だったな。ここが休みだと街の外に出て素材を取りに行くしかない。いや、それだと乾燥で明日までに作成が間に合わないな、どうするかな……。

 店の前で悩んでいたら、遠くから「すみませ~ん」と声が聞こえて振り向く。

 声の主は素材屋の店主で、もの凄いスピードでこちらに向かって走って来ていた。


「ごめんなさい。あら? また来てくれたのね。今、開けるわ」


 素材屋の店主はパパパッと店まで来ると、サササッと店を開けてくれた。このドワーフは足だけではなく行動も素早い。

 それにしても昼間なのに店を閉めているという事は、相変わらず病人の看病で忙しいんだな。今も治療に出かけてその帰りだったのだろう。


「患者の治療に行ってたの? 大変だね」

「いえ、昼食に行ってました」


 俺の質問に店主は少し恥ずかしげに答える……あ、そうでしたか、それは失礼しました。治療も大事だけど、自分の健康だって大事だもんね。




 店の中に入ると、店主は既にカウンターの奥へと入っていた。行動が早えぇ。


「今日は何をお求めですか?」


 欲しい物を聞かれて、ポーションとマナポーションに必要な材料を大量注文する。


「あら、随分な量が必要なのですね。少々お待ちください」

「ゆっくりでいいよ」


 店の中はハーブの香りでリラックスできるから気分が落ち着く。ファブ○ーズもここでは役立たずだ。

 香りの効果でのほほんとしていると、素材の分量を量りながら店主が話し掛けて来た。


「お客さんがおばあちゃんに教えて下さったのね」

「んーー? 何の事?」


 合法ハーブでラリながら聞き返す。


「昨日、あなたのお師匠様がここに来て、一緒に中毒患者の治療を手伝ってくださったのよ。おばあちゃんって凄い人だったのね。誰も思いつかない材料を使って治療したおかげで、全員が回復に向かっているわ」

「そうなの?」


 多分、その材料は毒だぜ。


「ええ、それにおばあちゃんが言っていたわ。今、弟子が麻薬をばら撒いた馬鹿を倒している最中だから、師匠のわしも頑張らんとなって」


 なんとまあ、あの婆さんがそんな立派な事を言うなんて、明日はゲームのサーバーが落ちるんじゃないか?


「今日も俺の死霊、違う、師匠は手伝っているの?」

「いえ、感謝を伝えたら「これ以上、年寄りをこき使うな!」と言って帰っちゃったから今は家に居ると思うわ。だけど、調合のレシピを教わったから、後はもう私だけでも大丈夫よ」

「ツンデレ婆さんだなぁ」

「うふふ、でもそこが可愛いわ」


 可愛い? それはないな。ババアのツンデレなんて、老人ホームで嫌われる性格ベスト一位に決まっている。


「お待たせ、全部で42sと21cになります」


 お金を払って商品を受け取る。

 近くで店主の顔を見たら以前と比べて疲労の具合が減っていた。良い傾向だ。


「ありがとうございました」


 店主の優しい声を背中に受けて、店の外へと出た。




 次にポーションを作るために婆さんの家に向かう。

 調合ギルドが開いていたらそこでポーションが作れるのだが、豚のせいで閉鎖中だから仕方がない。

 ところで、他の調合スキルを持っているプレイヤー達はどこで作っているんだろう。……まあ、ポーションだったら、のほほんとした店主の道具屋でも、王城の仮販売所でも売ってるから特に問題はないのか?


 スラムに入って婆さんの家の近くまで行くと、前方に人だかりができていた。何故か女性の叫びと笑い声も聞こえる。


 近づいて人混みから騒ぎの元を見ると、後ろ手に縛られている全裸のNPCが泣いていた。まあ、犯人は俺だけど。

 その彼の股間には、光るアクセサリーがキラキラと輝いていた。そして、何故か彼のバナナは大きく膨らんでいた。興奮してんじゃねぇよマゾ野郎。

 ……さっきの詐欺NPCか、これに懲りてもう詐欺は止めろよ。スクリーンショットを取ってからその場を立ち去ったが、男の全裸なんていらねえと考えて、保存せずに消去した。




 婆さんの家の前に立ったがネタはどうしよう。実はまだ決めてない。いつも即行で呼びかけている様に見えるが、本当は毎回悩んでいる。


 ドンッドド、ドンッ、ドンッ。ドンッドンッドンッ。


「……誰じゃ?」


 しばらく待ってから家の中から婆さんの声が聞こえた。壊れた便所は治ったのか? 良い仕事をするじゃねぇかクラ○アン。


「白雪王子です! 毒りんご、毒りんごを私に下さい!!」


 しばらくすると扉が開いて困った顔をした婆さんが顔を出した。どうやら笑ってないからこのネタはダメだったらしい。


「それは洒落にならん。止めてくれ」


 ……婆さんの目がマジだった。過去に何があったか知らないけれど、俺は触れてはいけない過去に触れてしまったらしい。


「ごめん、次からは普通に叩くよ」

「ふむ、楽しみが一つ減るが致し方あるまい。お主も毎回きつかったろう」

「理解してくれて嬉しいよ」

「まあ、入れ」

「お邪魔します」


 マントを脱いで何時もの席に着くと、婆さんが何時もの美味い茶を自分と俺の前に置いた。


「それで昨日はどうじゃった?」

「あれ、役にたったよ。かなりギリギリまで追い込まれてから使ったから、本当に逆転の一撃だったね」


 自分の作った毒霧のキコの実が役に立った事に、婆さんが満身の笑みを浮かべた。


「ほうほう、詳しく話してみ」

「それなんだけど、今日も沢山のポーションとマナポーションを作らなきゃいけないから、作業しながらでも良い?」

「構わんぞ」

「あんがと」


 薬を作りながら昨日の出来事を婆さんに聞かせた。

 盗賊同士の確執から、俺や皆の戦い、アシッドとの一騎打ち、そして麻薬の処分と全部話した。

 毒霧に使ったキコの実の話しになると、婆さんが興奮して席を立ち両手を上げて喜んだ。そのままポックリあの世へ行くなよ。

 話が終わると婆さんは疲れて肩で息をしていた。大丈夫か? この人。


「うむ、面白かった。わしの毒も役に立ったし、麻薬も燃えた。これでこの国も安泰じゃな」

「そうだね。後は暗殺ギルドがどう動くかだけど、盗賊ギルドのギルドマスターがきっと仕事をしてくれると思うよ。婆さんも麻薬中毒の患者の治療手伝ったんだってね、素材屋の店主が感謝していたよ」

「は! 老人を働かしよってからに、毒に対する知識がなさすぎるわ」


 急に態度が変わったけど、絶対に照れているよ。このツンデレババア。




 マナポーションを十五個作成して、次はポーションの作成に入る。

 ああ、乳酸が溜まってすりこぎを持つ腕がだるい。

 ゲームだから実際には溜まってないけど、股間に付いている袋だって出した後でも、もう一回エロい動画を見たら溜まってる気がするだろ? それと同じ。

 それにしても魔法はいいよな、詠唱すれば回復するんだから羨ましい。

 いっその事、一つだけ不味いポーションを混ぜてロシアンルーレットでもやろうか? 味の良いポーションを飲んだと思ったら、不味くてゲロをぶちまけるとか面白そうだ……ふむ、一つアイデアが浮かんだ。


「なあ婆さん、一つ質問があるんだけど」

「何じゃ?」

「毒は飲まないと効果がないけど、ポーションは敵味方関係なく体に当たれば回復するんだよね」

「それはお主も知っとるじゃろう。ポーションというよりも錬金の瓶の効果じゃな。蓋を開けてポーションを投げれば誰だって回復するぞい。

 毒の場合は投げるだけで効果が出ると逆に危険という事で、錬金術の力でポーションのみ投げて使用できるように瓶が作られとるんじゃ」

「しかも体に当たっても、ポーションの味が口の中に広がる嫌なサービス付で……」

「当然じゃ、それがどうした?」


 そこまで聞いて、俺の考えを婆さんにさらけ出す。


「だったら婆さん、不味いポーションは作れないか?」

「それならレシピ通りに作れば不味いぞ」

「いや、レシピよりもさらに酷くて、飲んだらゲロするぐらい不味いやつ。できれば回復も全然しないのがいいな」

「何に使うんじゃ?」

「敵に投げる」

「…………」


 それを聞いた途端、婆さんが固まった。どうやら返った答えが婆さんの予想外だったらしく、思考が停止してついでに魂が抜けたらしい。


「おーい?」


 目の前で手を振ってもピクリともしない、ついに死んだか。 あれ? これって俺が殺したのか? とりあえず婆さんに手を合わせて合掌する。天国に行っても神様に毒を飲ませるなよ。


「……うひゃ」


 お? 変な声を出しながら生き返った。ゾンビ誕生の瞬間である。


「うひゃひゃひゃひゃひゃ! ひーーっ! ひっひぃ! うひゃひゃひゃ!」


 ふむ。この世界のゾンビは笑いながら誕生するらしい。聖水は教会で売っているかな? かわいそうだけど、せめて成仏だけはさせてあげよう。

 聖水の値段を考えている間も婆さんは机を叩き、腹を押さえて「うひゃひゃ」と笑いっていた。

 どのぐらい笑っていたのだろう。このまま本当に死ぬんじゃないかと思うぐらい笑い続けていた。

 婆さんは何とか笑いが収めると、涙を拭いて俺を睨んでいた。何で?


「本当にこの馬鹿弟子が……ひゃひゃ……わしを笑い殺すつもりか? ……うひゃひゃひゃ」

「……受けた?」


 毒霧のアイデアを浮かんだ時も同じセリフを言った気がする。


「どうして、こう次から次へと面白いアイデアが出てくるんじゃ。お主は本当に天才じゃ!!」


 元ネタはメシマズ嫁が作るマッドシリーズだけどな。


「ってことは俺の考えいける?」


 尋ねると、婆さんがうんうんと頷いた。


「いける、いけるぞ! これはわしに作らせろ! こんな面白いものを他人に作らせてたまるか!!」

「え? 何か悪いよ」

「お主のアイデアは、わしの求めていた毒をポーションのように扱えるという、長年の夢を叶る代物じゃ。わし以外に誰にも作らせる気はない!」


 嫌なドリームだな。

 新しいポーションは婆さんに任せて、俺は普通のポーションの作成を続けた。




 俺の横で婆さんが悪巧みを考えている様な笑顔で、楽しそうにポーションを作成していた。いい歳こいて何やっているんだか……。

 呆れて作業に戻ろうとしたら、婆さんの目の前にある液体から強烈な臭いが出て部屋中に広がると、俺の鼻を刺激した。


「おえっ!」


 思わず嘔吐く。

 何だ、この匂いは! ヘドロにゲロをぶち込んでさらに糞尿を混ぜた刺激臭とか、ババアの放尿ス○トロ、ゲロプレイ? こんなプレイは介護施設の介護士だって職場放棄するぞ!


「げほっ、おえっ! げほっ、げほっ、おえっ! ゴックン!!」


 我慢できずに慌てて近くの窓を開けて、身を乗り出し咳き込む。一口ゲロが出たけど何とか吐かずに飲み込んだ。ニガイ!


「何じゃ? このぐらいで情けない奴じゃのう」


 強烈な刺激臭が充満する部屋で、婆さん余裕のツラして俺を見て呆れているが、とてもじゃないが耐えられる匂いじゃない。お前、無自覚で最低のハードコアをしているのに気が付けや!


「婆さん!! 一体何を作っているんだ?」

「何をって、お主が言っておったポーションの作成じゃよ。まあ体力は全くと言っていいほど回復せんがな」

「いや、それは分かっているけど、その匂いは何?」

「ああ、これはシャンポの実にレックスの糞を混ぜた物じゃ。こいつは二つを混ぜると強烈な匂いと味になる。下剤の効果もあるぞ。それに薬草を煮立てて出た灰汁を混ぜればさらに強烈じゃ。うひゃひゃひゃ」


 レックスが何かは知らないが、やっぱりスカ○ロだったらしい。

 自分で発案してあれだが、俺は最終兵器リーサルウエポンを作らせてしまったようだ。ゲロ吐いて糞漏らすとか最低だな、オイ!

 これは本当にピンチの時だけ使おう。強制スカ○ロプレイは相手が悲惨過ぎる。




 このままだと臭くて俺の作業ができねえ。

 調合ギルドに忍び込んだときに使った顔下半分を隠す布を付けてからポーションの作成を再開したけど、刺激臭が目に入って涙が止まらなかった。

 日が落ちて暗くなる頃、ポーション三十個、マナポーション十五個の作成が終わった。これ以上はもう無理、右腕が痛い。


 そして、悪魔のポーションと言っていいだろう。婆さんが作ったゲロポーションも十個でき上がった。そんなに作らなくても良いのに……無駄に頑張ったね。


「ありがとう婆さん。こいつもピンチになったら使ってみるよ」

「うむ、使ったら感想を聞かせてくれ」


 ああ、婆さんがやりきったという表情をしている。


「分かった」

「それでお主はこれからどうするのじゃ」

「明日コトカに行くよ」

「そうか、寂しくなるが仕方がない。旅は人を成長させる、お主も成長すると良いのう。そうじゃ少し待っておれ」


 婆さんが席を立つと、奥へと消えて何かを持ち出し俺の前に差し出した。


「何これ?」


 目の前にある袋と紙切れを受け取って婆さんに聞く。


「睡眠薬とそのレシピじゃ。わしのアレンジで液状じゃなく固形物にしておる。いざとなったら使ってみるとよいじゃろう」


 おお、これはなかなか便利そうだ。特にベイブさんが酔っぱらったときに酒に混ぜれば被害が減るだろう。


「ありがとう、大事に使うよ。それじゃあ、またいつか戻って来るよ」

「うむ、待っておるぞ、我が弟子よ」

「じゃあね~」


 手を振り、見送る婆さんに別れを告げて家を出た。

 今度会えるのは何時だろう。この世界を見て回ったら、俺が死ぬ前に一度アーケインに戻って婆さんに旅の話をしようと思う。




 予定よりも早く薬を作り終わった。頑張ったよ、俺。

 まだ時間もあるし訓練場にでも行こうと考えていたら、姉さんから通信が入った。


≪やっほー。今、平気かな~≫


 相変わらずだな、山ガール。


≪平気だよ、どしたの?≫

≪アーケインも今日で最後だし、皆で外に出て食べようってことになったんだけど、レイちゃんも来てね≫


 こっちの都合は無視らしい。


≪了解。ちょうど薬も作り終わったから合流するよ≫

≪りょーかい。今、皆は宿に居るから中央広場で待ち合わせしましょ≫

≪分かった≫


 訓練所はお預けか。まあ、いいや。元々昨日のベイブさんの暴走で寝不足気味だったから、あまり乗り気じゃなかったし。

 中央広場で待っていると、久しぶりにジャイアントスネークの肉壁になってくれたイキロを見つけて声を掛けた。


「オッス、オッス」

「あ、レイさん久しぶり。元気でした?」

「やあ、皆も元気そうで」


 相変わらずイキロのメンバーは仲が良いみたいだ。イキロ以外のメンバーの名前忘れたけど。

 あれ? そういえばイキロに会ったら謝ろうとしていたけど何だったかな? だけど忘れるって事は大したことじゃないと思う。


「ところで、レイさん。その……すみませんでした」


 俺が謝る理由を思い出そうとしていたら、逆にイキロ達が謝ってきた。

 だけど、謝られる理由が分からない。首を傾げていると彼がその理由を教えてくれた。


「実は、レイさんをアサシンだって噂を俺達が広めちゃったみたいで……」

「へ?」

「あのジャイアントスネークを倒した様子がアサシンみたいで格好良いって他のプレイヤーに言ったら、それが尾ひれを付けて広まったらしく、ジャイアントスネークを一発で倒すローグってことになったみたいで……」

「なん……だと……」


 つまりあれか? 俺がジャイアントスネークをイキロと一緒に倒した時のトドメの一撃が、変な方向に噂が広がったってことか? あの時のジャイアントスネークは偶然急所に命中しただけで、最初から戦ったら無理だったぞ。


「しかも、何故かアサシンが調合ギルドに忍び込んで不正を正したとか、今の盗賊ギルドと組んで悪い方の盗賊ギルドを壊滅したとか、レイさんが何もしていないのにどんどん凄い事なっちゃって……」


 いや、すまん。お前達には言えないが、その二つは俺がやった。


「あはははははっ」


 ショックでカラ笑いをしてふらつく俺をイキロ達が心配したけど、知った事じゃねぇ。俺は存在しないアサシンに怯えていたのか、馬鹿じゃね。


「レイさん大丈夫ですか?」

「あ、うん、大丈夫。ちょっと精神的ダメージが大きかっただけ。それにおかげで悩みも解決したし」

「はぁ。本当に済みませんでした」


 イキロ達はこれからクエストの報酬を受け取りに行くらしい。俺に頭を下げると人で溢れる依頼所へと消えて行った。

 それにしてもスキルを取る時に、戦闘ギルドで会った自称アサシンの野郎は偽物だとは思っていたけど、本当に偽物だったか。

 うーん、あいつをどうしようかな……いや、ほっとくか。居場所も分からないし、アサシンは盗賊ギルドがNPCとして死んだ事にしている。そして、何よりあの馬鹿には関わりたくない、馬鹿がうつる。


「やっほー、レイちゃんお待たせ~」


 考え事をしていたら遠くから姉さんの声が聞こえて、振り返ると皆が俺に向かって手招きしていた。

 俺は彼等と合流した後、人混み溢れるアーケインの街中へと消えていった。

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