第34話 モーニングマッドセット(スマイル0円)

 荒神降臨という名の酒乱が暴れた夜が明け、破壊された壁から朝日が照らす。

 ソファーから起きて寝不足と疲労が残る体を解しながら周りを見ると……むさいおっさん達が至る所で酒につぶれて倒れていた……もう少し爽やかな朝を迎えたい。


 屍の様な盗賊達とゲロを避けて破壊された壁から外に出る。まあ、壁をぶっ壊したのは俺だけどな。

 外に出ると、井戸の傍でベイブさんが仰向けに倒れていた。彼に合掌してから、井戸水で顔を洗ってサッパリした。


 民家に戻ったら姉さん以外の皆が起きていて、ロビーの惨劇に飽きてた様子だった。姉さん? あの低血圧山ガールが朝早くから起きてるわけねえじゃん。

 ジョーディーさんにアホ犬が外で寝ていると教えたら、連れてくると言って外へ出て行った。どうやら飼い主として責任を感じているらしい。直ぐに外から怒鳴り声と犬の泣き声が聞こえたけど放置。

 少ししてからジョーディーさんがベイブさんを連れて戻ったけど、アホ犬は全身水浸しで何故か首を縄で縛られていた。朝からハードプレイか……この夫婦はやはりどこか違う。




 姉さんも起きてきて全員がロビーに集まると、ベイブさんを正座させて昨晩の件についての裁判が行われた。もちろん、俺と義兄さんは無罪を主張する。

 陪審員からの質問を全て答えて審判の結果、今回はなんとか盗賊側の落ち度ということで俺と義兄さんは無罪を勝ち取った。

 そして、このままでは何時まで経ってもベイブさんの酒乱による暴走が治らないという女性全員からの意見で、俺達の間で新しいルールができた。


 ・ベイブさんが飲んだらジョーディーさんの料理スキル上げの手伝い(マッドシリーズの刑)。

 ・ベイブさんが飲むのを止めなかった人も同罪。

 ・刑の逃亡を助けたり見逃した人は代わりに毒……いや、ジョーディーさんの料理を食べること。


 マッドシリーズと言わずにジョーディーさんの料理スキル上げの手伝いと言葉を濁したのは、一応本人が目の前に居るからだ。さすがに本人の前で料理をマッドとは言えない。

 ジョーディーさんが「何で私の料理が罰なの?」と怒っていたけど、一度、俺達を殺し掛けたのを忘れたのか? マッドシリーズの事を知らないチンチラは首を傾げていたけど、直ぐに分かるから安心しろ。

 ルールが決まったところで刑の執行である。




 ジョーディーさんが鼻歌混じりで料理を作っているその後ろでは、ベイブさんが恐怖で震えていた。

 この頃になるとベイブさんに潰されたおっさん達も二日酔い状態で起きたから、皆で謝って部屋の掃除をした。さすがにゲロ塗れな空間は居心地が悪い。

 掃除をしている最中、おっさん達に何故ベイブさんが縛られているのか聞かれて、これから処刑で妻の朝食を食べさせると説明する。おっさん達は何故妻の朝食が処刑? と意味が分からずに首を傾げていた。


「レイ、助けてくれ!」

「無理やり俺に酒を飲ませようとしたのは誰だっけ?」


 ベイブさんが命乞いをしてきたから、昨日俺にした事を尋ねる。


「あの時は俺の意思じゃない、悪魔が乗り移ったんだ」


 ベイブさんが青ざめて俺に訴えるが、俺は肩を竦めただけでゲロにおがくずをぶっ掛けて固形化させていた。

 まあ、彼の言いたい事も理解できる。本当は乗り移った張本人に食べさせたいところだけど、逃がしたら俺が替わりに食べる羽目になるから頑として断る。

 掃除も終わって脅えるベイブさんを余所に俺達が居間で寛いでいると、どうやらジョーディーさんの料理が出来上がったらしい。


「おまたせ~。モーニングセット、できたよ~」


「「「ブッーー!!」」」


 聞いた途端、料理の事を知っている俺、義兄さん、姉さんの三人が同時に茶を吹いた。チンチラは俺達に仰天していたが、慌てて濡れたテーブルを拭いていた。

 一品じゃなくてセットで来たか!! この悪魔、容赦ねえな。

 ベイブさんは瞳孔を開いて仰天し、口をあんぐり開けてジョーディーさんの料理をただ見ていた。犬なのに顔芸が上手いな。お前はビンズ・マク○ホンか?

 おっさん達は何も知らずに笑っているけど、結果を見た後はきっと後悔することだろう。


 逃げようとするベイブさんを俺と義兄さんが後ろから抑える。傍から見たら暴れる犬を押さえる保健所の人。

 ベイブさんが首を左右に振って懇願するが、ジョーディーさんは笑顔で料理を運ぶ。その無垢に見える笑顔が怖い。

 一見すると夫婦の微笑ましい食卓だが、実際には死刑にも等しい極刑。いや、死刑の方がましかもしれない……。

 それにしても不思議だと思う。何でジョーディーさんの料理は見た目が普通に見えるのだろう。今、俺の目の前にある毒は、普通の目玉焼き付トーストにサラダとコーヒーだ。誰でも作れる料理と言っていいだろう。しかも、焼いたトーストの匂いが香ばしくて、すきっ腹の俺も食欲がソソる。

 不味くなる要素などない筈……今回はもしかしたら美味しいのかも、そう考えた俺が甘かった。


 俺と義兄さんが左右からベイブさんの頭を押さえて無理やり大きな口をこじ開けると、ジョーディーさんがベイブさんの口に料理をドバドバ注ぎ込んだ。

 苦しそうな犬を見て、思わず顔を背ける。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAーーーー!!』


 直後、このフィールド全体に犬の絶叫が鳴り響いた。




 ベイブさんの処刑が終わったタイミングで、ギルドマスターが民家に入ってきた。

 彼はあの後ずっと事後処理をしていたのか、目の下に隈ができていた。


「何の騒ぎだ?」


 ギルドマスターが俺達の様子を見て怪訝な表情をしていたが、そりゃそうだろう。

 ロビーの中央で満足げに表情を浮かべるジョーディーさんと、床に倒れて痙攣している犬。それを青ざめた顔で見ている俺達とおっさん達。奥の壁には昨日までなかった大きな大穴。そして、ただ一人もの凄い笑顔の我が姉。傍から見ればカオスな状態だと思う。

 ジョーディーさんの料理の惨劇を初めて見たチンチラは当然のことながら、盗賊のおっさん連中も先ほどまでの笑いが固まって口元が引き攣っていた。


「えっと……夫婦の微笑ましい朝食風景かな」

『違う!!』


 誰も答えないから代表して俺が答えると、ジョーディーさんを除いた全員が否定した。


「冗談の分らない人達だ」

「洒落にならねえよ!」


 非難を受けて肩を竦めると、義兄さんが吐き捨てるように叫んだ。

 ギルドマスターは相変わらず状況が理解できていない様子だったけど、先に要件を済ます事にしたらしい。

 空いているソファーに腰を下ろして、手に持っていた袋をテーブルに置いた。


「よく分からんが、まあいい。約束していた報酬だ」


 義兄さんが受け取って、姉さんに渡すと袋を広げて中身を確認していた。


「少し多いんじゃないかしら?」

「それだけ見合った仕事をしてくれたからな。こっちもそれなりに弾んどいたぜ」


 姉さんの問いかけにギルドマスターが満足げに笑った。


「そう? ありがとう」


 姉さんが微笑んでから金貨を懐にしまう。


「あと、レイ。これは追加の報酬だ」


 そう言うと、背後に控えていた手下からクロスボウを受け取って俺に手渡した。


「これいくら?」


 俺の質問にギルドマスターがガクッと肩を落とす。


「いきなり値段を聞くな!」

「だって使わねえし」

「食わず嫌いは良くないぜ。素人でも扱えるし、中距離ならかなりの威力を発揮するはずだ」


 ふーん……クロスボウを見ると命中に+20が付いていた。確かに素人でも使える良い物らしい。

 だけどスキルがないからダメージが出せねえよ。


「価値のある代物だから大事に使えよ」


 ギルドマスターの話を聞き流して、試しに弦を引っ張ってみ……引っ張って……何とかできたけど、コレ、弦が固すぎねえか?


「固いんだけど……」

「はあ? 力ねえな、貸してみろ」


 ギルドマスターが俺からクロスボウを奪って弦を引っ張るが、腕がプルプル震えてるし、歯も食いしばっていた。

 そして、クロスボウをセットし終わると、上下に肩を動かして荒い息を整えていた。


「できたぞ」

「「できたぞ」じゃねぇよ。毎回肩で息をしながら弓なんて撃てねえよ」

「まあ、受け取っとけ。いつか役に立つ時が来るかもしれない」


 報酬と言ってゴミを押し付けられた気がする。使うことはないと思うが、とりあえず鞄の中へクロスボウを入れた。


「それで、これからお前達はどうするんだ?」

「そろそろアーケインを離れてコトカへ向かうつもりだ」


 義兄さんが伝えるとギルドマスターが頷く。ちなみにコトカは次に向かう予定の港町で、βではコトカまで公開されていたらしい。


「だったら馬車を用意しよう、それで向かえば良い。何時出発する予定だ?」

「まあ、急ぎじゃないんだが、明日には行こうかと思う」

「だったら明日の朝、南門の外に用意しとく」

「何から何まで、色々と済まないな」


 それを聞いてギルドマスターが首を左右に振った。


「気にするな。あの時、お前達が気を利かせて二階から来なかったら、俺達は間違いなく奴らに殺されていた。それに……」


 会話を止めて、ギルドマスターが俺を見て笑う。


「お前が二階から飛び降りたのを見た時、正直痺れたぜ。俺達の今までの苦労が全て消え去った気がしてな……ありがとよ」


 周りの連中も頷きながら笑っているが、おっさんが照れ笑いは正直きもい。


「あれは魔法だから」


 突然、横から姉さんがこの場に居る全員に語りかけるけど、意味が分からない。狂ったか?


「魔法? そんな感じはしなかったが?」


 首を傾げるギルドマスターに姉さんが首を横に振る。


「魔力を使うだけが魔法じゃないわ。レイちゃんは魔法を使わなくても奇跡を起こす力を持っているのよ。それは皆を感動させる魔法なの」


 えっと、恥ずかしいセリフは禁止でお願いします。だけど盗賊達も含めて全員が納得して頷いていた。俺は肩を竦め呆れる素振をして、恥ずかしいのをごまかす。赤い顔を隠すのにフードを被っていて良かった。


「確かにそうかもな。それじゃ、俺はそろそろ行くぜ……ん?」


 ギルドマスターが席を立って帰ろうとしたら何かを踏んだらしい。

 全員で彼の足元を見れば、ベイブさんがギルドマスターに踏まれていた。……どうやらこの犬は無口キャラ通り越して、マゾキャラに成り果てたらしかった。




 ギルドマスターからの報酬は一人当たり13gだった。

 そして、金を返そうとしたのはチンチラだけだった。テメエ等、俺に金を返す気がねえだろ!!


「溜まったらで良いよ」


 少しずつでも返そうとするチンチラを止めて、受け取りを拒否する。


「え? でも悪いよ」

「残金覚える方が面倒くさい」


 別に懐に金があるから今すぐ返せという訳ではない。だから返そうとする人には優しいけど、借りといて返そうとしない奴、お前等は許さない。

 チンチラ以外からは3gを没収した。嫌だという人にはポーションなしだと言ったら渋々と出した。


 民家を出ておっさん達に別れを告げると、夜は『反省する猿』に集合ということでアーケインの門前で解散した。

 俺もレベルが11になって新たなスキルを五つ持てるようになったから、今度は戦闘に合うスキルを取ることに決めた。

 第一候補に剣スキル。さすがにこれがないとスティレットがただの包丁研ぎになる。意識を取り戻したベイブさんに確認したら、剣スキルも切裂き剣スキルと突刺剣スキルの二種類があるらしい。俺はずっと突刺剣を使っていたから当然、突刺剣スキルを取得する予定。


 次に打撃スキルと格闘技スキル。

 昨晩の俺の戦い方だと、どうしても素手での攻撃が多い事から、打撃スキルと格闘技スキルは必須だと思われる。

 ちなみに、打撃スキルは素手とハンマー、メイスなどの打撃武器に対する攻撃火力ボーナス。格闘技スキルは素手での攻撃火力ボーナスとなっている。

 素手も打撃だから打撃ボーナスに入るのだろう。そうなると今でも破壊力のあるスイート・チン・ミュージックはどうなるのか? 今から楽しみだ。


 最後に盗賊回避スキルを取ろうと思う。

 元々このスキルは取るつもりだったが、代わりに毒スキルを取って取れなかったスキルだ。

 これは回避ボーナスが付くから、後の先を得意とするようにした俺には役に立つスキルだと思う。


 残りの一つはまだ何も考えてないが、急いで取る必要もないので必要になったら取るつもりだった。




※ ビ○ズ・マクマホン:プロレス団体のオーナー。億万長者なのに、ボコられる、髪を切られる、ケツにキスをしたり、させられたり、など数多くの偉業を成し遂げた偉人。特技、顔芸。

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