第33話 荒神2時50分(メタ有)
深夜、俺は悪魔が繰り広げる残虐行為を目の当たりにしていた。いや、正確に言おう、ベイブさんが暴走していた。
そう、俺は忘れていた。普段は無口なこの犬が俺達のパーティーの中で一番極悪だったことを……。
話を数時間前に戻そう。
俺達がライノを倒して死者を荼毘に付した後、帰ろうとしたが既に時間は夜遅く、今から『反省する猿』に行っても閉まっていて泊まれない。
さすがに誰も泊まっていないのにロックピックで入ったら、確実に通報されるだろう。
野営かなと皆で考えていたら、盗賊ギルドの人達が襲撃前に集まった民家を提供してくれた。
ちなみに、ギルドマスターはさっさと戻って、これから後処理をするらしい。こんな時間から仕事をするのも大変だと思う。ああ、盗賊は夜の仕事が本業か……。
民家はここから近いし、野営よりもできれば快適な床で眠りたい。パーティーの全員が賛成して民家の二階の部屋を借りる事になった。
しかし、借りるとしても盗賊ギルドの人達もここで寝るということだったので、一部屋だけ女性陣が利用することにして、俺達男性陣は一階の居間にあるソファーでおっさんと一緒に雑魚寝をする予定だった。
だけど、解散寸前まで弱体化しても彼等は盗賊ギルド。荒くれ者の集まりだ。
戦いに勝利した後は、当たり前のように勝利の美酒を飲むに決まっている。特におっさんだったら、なおさらだ。
一階の居間で俺達男性陣と、盗賊ギルドのおっさんメンツで酒盛りが始まった。
もし、この時、俺と義兄さんが止めていたら……いや、「たら」、「れば」、は止めよう。あの時は俺達も疲れていたし、しばらくの間、被害もなかったから、ベイブさんの悪癖を忘れていたのは仕方がないと思う。
最初は平和だった。
おっさん達が義兄さんやベイブさんの戦いについて熱く語って二人を褒めたり、俺の戦いを見ていた人も居たらしく興奮しながら戦闘について熱弁する盗賊も居て、加齢臭が臭かったけど、まあ、そこそこ楽しかった。
俺は未成年ということで酒を飲んでないが、代わりに水を飲むのもひもじいだろうと、下戸の盗賊の人達からリンゴジュースを貰ってチビチビと飲んでいた。
ベイブさんも酒乱の自覚があるので最初は遠慮していたし、義兄さんも自分だけが飲んでベイブさんに飲ませないのは彼に悪いという事で、二人とも俺と同じジュースを飲んでいた。
切っ掛けは、何も知らない盗賊ギルドのどこかの馬鹿だ。
ベイブさんが少し目を外している間に、ジュースの入っていたコップの中身を、酒にすり替えて飲ませやがった。
「このジュースは美味いな」
普通のジュースなのに途中からベイブさんがそう言い始めて、はて? 普通のジュースだよな? とは思っていたけど、まさかあの中身が酒だったとは……あの時に気が付かなかった事を今も後悔している。
時間的には何時ぐらいだっただろう。確か三時は回っていなかった気がする。二時五十分? そのぐらいかな。うん、二時五十分だったはず。
この時間まで義兄さんが起きていれば、もしかしたらあの犬を止める事ができたかもしれない。しかし、残念な事にライノとの激戦で疲れた義兄さんは既に眠っていた。
最初の犠牲者は面白がってベイブさんに酒を注いでいた馬鹿だった。
ベイブさんが「酌を返すぜ」と言って、酌を注いでいた盗賊の口に突然酒入のボトルを突っ込んだ。
その行動に周りの盗賊達は爆笑していたけど、やられた本人はたまったもんじゃない。
「ふぐ? ぐぅぉぁぁぁぁ!!」
飲ませて苦しくあえぎ始めたら、ベイブさんが口からボトルを離す。
「大丈夫か?」
背中をさする優しいベイブさん。相手が落ち着いて「はぁはぁ」息をしたら、安心したのか、またボトルを彼の口に突っ込んだ。今度は律義に押し倒してから鼻を押さえて丁寧に飲ます……えげつねえ。
「お、おい」
この段階になって、周りの人達が被害者を心配して声を掛けるが、彼は止まらない。
ベイブさんは、ボトルの酒を飲ませた後で、相手の服を脱がし始めた。
裸にして満足げに頷くベイブさんが次のボトルを掴むと、一気に飲み干してボトルを捨てる。
「酌を返すぜ」
自分で飲んだから、今、自分で飲んだから!! 誰も酌なんてしてねえから!!
俺の心の中のつっこみを無視してベイブさんは唖然としている盗賊に近くと、ボトルを相手の口に突っ込んだ。
「止め……ぐぉ! んぐんぐ……」
「おう、いい飲みっぷりだな。はははっ!」
飲んでいるんじゃない、飲まされているんだ!
……結局、次の犠牲者も一気に酒を飲まされて、泥酔したところをひん剥かれた。
「ベイブさん。ジョーディーさんに見つかったらやばいって。今ならまだ間に合うし、ここで止めよう」
ベイブさんが次のボトルを持ち出して飲んでいたところを、この状況はさすがにヤバイと酒乱犬を止めようとした。
俺の制止を聞いたベイブさんは、じっと俺を見た後、残っていた中身を一気に飲み干した。あ、こりゃ駄目だ。
「レイは黙って見ていろ。今から大人の遊びってやつを教えてやる」
ベイブさんは盗賊からひん剥いた服の中からベルトを取り出して天高く上げると、ぶんぶん振り回し始めた。
「ヒャッハー! ブクロサイコーー!!」
意味が分からない。そして、これが大人の遊びと言うのなら、俺は大人になりたくない。
俺が見守る中、酒乱の第一形態が終焉を迎え、第二形態へと突入した。
第二形態はさすがと言っても良いだろう。正にラスボスと言ったところか……。
一人じゃ無理と判断した盗賊が、二人同時にベイブさんに襲う。
これだけで言えばベイブさんが襲われているように聞こえるが、勘違いしてはいけない。実際はベイブさんが襲っている。
後ろから腕を押さえてベイブさんを羽交い絞めにすると、もう1人が前からベイブさんの胴を抑えた。暴走が止まるか? そう思った俺が甘かった。
ベイブさんが右手で後ろから羽交い絞めにしている盗賊の顔を、自分の左肩に強引に乗せると……。
「まあ飲め」
と言って、肩越しに左手の酒瓶を盗賊の口に突っ込んだ。盗賊がたまらずに羽交い絞めを解く。
「何だ? 俺の酒が飲めないのか? 次はお前だ。まあ飲め」
自分の腹を押さえていた盗賊の髪の毛を掴んで、無理やり顔を上に向けさすと、残りの酒を飲ませた。この犬、強えええ。
盗賊達とベイブさんの戦いは、次々と盗賊側の犠牲者が増えていく一方だった。
俺の目の前で五人目の犠牲者が酒を飲まされて横に倒れる。
残りは二人か……下戸の人達は酒乱の暴走が始まって直ぐに部屋の隅で怯えていた。彼等からしたらベイブさんは酒の神様、改め、荒神と言ったところだろう。触らぬ神に祟りなし。
ベイブさんは今倒した盗賊の服を嬉々としてはぎ取り始めた。本当にどっちが盗賊か分からない。
ベイブさんの次のターゲットは……え? 何で俺を見る?
「レイ、お前もそろそろ大人だ。酒の味を覚えても良い頃だな」
ベイブさんが俺に近づいてくる。
「ベイブさん。チョ、チョット待ってくれ」
「やだね」
ベイブさんが俺に急接近する。俺はベイブさんから逃れるため『バックステッ……捕まりました。
「まあ飲め」
俺を押さえつけて、ベイブさんがニヤリと笑う。
さっきからずっとそのセリフを吐いてるけど、それってもしかして決めセリフなのか? そんな決めセリフ、どこのヒーローも言わねえよ!!
俺の口に酒瓶が押し込まれそうになったところで、突然、酒瓶がシュポンと音を立てて弾き飛んだ。
ああ、そうか。このゲームは二十歳以下のアルコール摂取は、禁止設定されていたっけ。ナイス運営。倫理設定、ありがとう。
「チッ!」
ベイブさんが諦めて別のターゲットへ向かう。チョー怖ええええ。
しかし、このままではさすがにやばい。何がやばいって、ジョーディーさん達に知られる事だ。このままでは俺も罰を食らうだろう。あの人達がこの状況を許すはずがない。
前のようにベイブさんと義兄さんと一緒になって、裸で木に吊るされる……それはゴメンだ。
ガタン!!
どうするか悩んでいると、二階から足音が聞こえた。恐怖が降りてくる! 確かに、この騒ぎで寝ていろという方が無理な話だ。
事態は急を要する。俺は……。
騒動の中でもぐっすり寝ていた義兄さんの鳩尾を思いっきり蹴とばした。
「ぐは!!」
義兄さんが蹴られた鳩尾を抑えてうめき床を転がる。どうやら、急所にクリティカルヒットしたらしい。
俺はそれを無視して部屋の隅に走ると、そのままバタンと横になって寝たふりをした。
「何だ? ……ってベイブ、お前、飲んだのか!? おいレイ、どうなって……」
バン!!
「うるさいわね! もう少し静かにって、アンタ! 飲んでるの!?」
勢いよくドアが開いて、ジョーディーさんを先頭に寝ていた女性陣が部屋に入ってきた。ぎりぎりセーフ。
「カート! またベイブちゃんにお酒を飲ませたの?」
姉さんが義兄さんに詰め寄るが、蹴り起こされて起きたら友人が酔っぱらって嫁に叱られるとか、義兄さんからしてみれば訳の分からない状況だろう。
「いや、俺も今起きたばかりで何が何だか……。そうだ、レイは!? レイなら何か知っているはずだ!!」
当然俺は死んだふり。訂正、寝たふりをして目をつぶっている。
「レイちゃんは寝ているわよ。さあ、この状況を説明してもらおうかしら?」
「本当に知らない! 俺だって今まで寝ていたんだ!!」
「つまり酒の席でベイブちゃんを放置して、自分は寝ていたってことね!」
「えっ、いや……ごめん! あやまる、許してくれ。俺だって疲れてたんだ!!」
尻に引かれる旦那、だせぇ。
姉さんが溜息を吐いてベイブさんを見る。俺もばれないようにこっそりと薄目で彼を見た。
ベイブさんは残りの二人を片付け終わって、第三形態へと突入していた。
第三形態は今までの単体攻撃に加えて、全員に混乱攻撃をするらしい。
「俺の出番が少ねえぞゴルァ! 面倒くさいからって俺を無口にするのは止めろぉぉぉぉ!! 俺は別に無口なキャラじゃねぇぇぇぇぇ!!」
アーアーキコエナイ。今のは誰かの声、俺は知らん。
今の主人公は間違いなくアンタだよ。だけど、主人公が酒乱中の話なんて確実にファンタジーじゃない。
「もうネタなんてないんだよ! 俺には出涸らししか残ってねえぇぇぇ!!」
それベイブさんの事じゃないよね。きっと今、どこかでキーボード叩いて頭を抱えている人の叫びだと思うけど、まだ序盤なのに大丈夫なのか?
それに、ベイブさんの酒の勢いを利用して、本音を出すのを止めた方が良いんじゃない? 代理で喋らせてもメタ発言は嫌われるぞ。
「いい加減にしなさい!!」
とうとう我慢の限界に達したジョーディーさんが切れた。うん、良かったよ。このままだと世界観が狂うからもう止めろよ。
ベイブさんはジョーディーさんを振り向くと、未開封のボトルを二本取り出して、一本目の蓋を開けるとそのままラッパ飲みしてから彼女へと近づく。
「な……何よ。私に飲ませる気?」
ジョーディーさんがベイブさんの迫力に怯えて、近くに居たチンチラの背後に隠れる。年下を盾にするのはやっちゃいけないと思う。
二本目の蓋を開けながら幽鬼の様にふらふらと二人に近づくベイブさん。女子の二人は恐怖に怯えてお互いを抱きしめあった。
「ベイブさんもう止めましょう、ね」
チンチラも説得するけど無駄だよ。今の彼はラスボス、逃走不可能状態。
「ベイブ、止めろ。これ以上はお前がやばい!」
義兄さんが叫ぶがもう手遅れだと思う。
義兄さんがベイブさんの後ろから羽交い絞めをする。このパターンはさっき見た。
ベイブさんが左手で羽交い絞めにしている義兄さんの顔を強引に自分の右肩に乗せる。そして……。
「まあ飲め!」
「飲まん!」
ベイブさんが酒瓶を義兄さんの口に押し付ける寸前、義兄さんが羽交い絞めの片方の腕を外すとベイブさんの腕を掴んで飲まされるのを防いだ。
酒瓶の口からは酒が零れ落ちてベイブさんの肩を濡らす。
飲ませるか、抑えるか、二人の戦いが続く。何この戦い、すごく馬鹿馬鹿しいんだけど……。
「やるな、カート」
「このパターンはこれで四回目だ、さすがに慣れた!」
四回目って過去にどれだけ同じ事をしてるんだ? 少しは学習しろよ……。
「だったらこれはどうかな?」
「何!?」
ベイブさんは酒瓶を放り投げると、義兄さんの顎を肩に乗せたまま前方に大きく飛ぶ。そして義兄さんごと、背中から床に落ちた。
ダイヤモンド・カッター
この犬、俺が使う技をパクリやがった。
「ぐおおおおお!!」
ダイヤモンド・カッターを喰らった義兄さんが首を押さえて床を転がる。
「くくくっ、この技を見せてくれたレイには感謝するぜ」
どうやら彼は戦いながらも俺の戦いを遠くで見守っていたのだろう。それには感謝をするけど酒の席で使うのは、ただの馬鹿。
「さあ、止めだ!」
ダン!
酒乱が酒瓶を拾う。
ダン!!
義兄さんの横にしゃがむ。
ダン!!!
「まあ飲め」と嫌なキメセリフと同時に、酒瓶を義兄さんの口に押し付けようとする。
ダン!!!!
床を叩く音に気が付いたベイブさんが振り向い……。
パーーン!
乾いた音と共に、俺のスイート・チン・ミュージックがベイブさんの顎に炸裂した。
蹴られた酒乱は居間を端から端へと吹っ飛び、壁をぶち抜いて暗い外へと消えて行った。
「人の技を勝手に使うな」
蹴とばした状態のままで呟く。狸寝入りがばれたけど仕方がない。
女性達が初めて俺の技を見て驚き、義兄さんが首を押さえて起き上がった。
「痛てて、ベイブは?」
足を下ろしてから顎を破壊した壁へしゃくる。
「……これがあの時の技か」
さすが義兄さん。この状況でも頭の中は脳筋だった。
「えっと、どうするんですかこれ?」
チンチラがこの展開に戸惑いながら呟くと、ジョーディーさんが一言。
「ほっとこ」
この場の全員が賛成して、俺たちは眠りについた。
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