第32話 スカーフェイス

 無意識の中、めちゃくちゃ揺さぶられて吐きそうになる。

 怪我人を乱暴に扱うやつはどこの馬鹿だ? ムカついて意識を取り戻すと、姉さんが俺を揺さぶっていた。クソ、馬鹿は身内だった。

 心境的には「寝るな、寝たら死ぬぞ!」的な山ガールの考えなのか? オイ、馬鹿、止めろ。逆に死ぬ、と言うか、吐く。


「姉さん……揺すらないで、気持ち悪い……」


 俺が話し掛けると、口にポーションを突っ込まれた。

 しかも、俺が作ったのじゃなく糞不味いポーション。本気で殺す気か?

 不味さで意識を失いかけると再び揺さぶられた。何この悪循環、イジメ? イジメなのか?

 手を乱暴に振って地獄の悪循環を抜けだす。このままだと本当に死ぬ。ゲームで死ぬんじゃなくてリアルで死ぬ。姉さんが心配そうに見ていたけどその原因はテメエだ。




 姉さんから逃げ出して一人になると、どっと疲れが出て来た。

 アシッドとの戦いでボロボロになった体を見て溜息を吐く。帰ったらとっとと寝よう。

 周りを見れば、ライノは辛うじて生きていたらしい。ただし、相当なダメージを負って意識もなく、引き摺られて館から連れ去られていた。

 ライノの部下達は全員戦意を失って、既に投降済みだった。奴等がどうなるかは知らない。だけど、もう俺には関係ないからどうなろうが知ったこっちゃない。勝手に死ね。


 周りが忙しく事後処理で動いている中、アシッドの死体はライノの上から退かされて、床の上に放置されていた。

 アシッドの死体に近づいて中腰になる。奴の着けていたフードを丁寧に脱がすと、死体の上に被せた。

 立ちあがって無言でアシッドを見ていたら、何時の間にかギルドマスターが横に立っていた。


「アサシン、ご苦労だったな。礼を言うぜ」

「……ああ」

「それで、結局、こいつは誰だったんだ?」


 ギルドマスターが布で覆われたアシッドの死体を見て俺に尋ねる。


「暗殺ギルド族長の三男。本名は知らん」


 それを聞いてギルドマスターが驚いていた。


「な……本当か?」

「知り合いか?」


 俺の質問にギルドマスターが首を左右に振る。


「知り合いじゃないが、知っている。先代を殺したのはこいつだ。それに、アースの要人を幾人も殺している。本来なら指名手配になる所だが、今までライノの賄賂で指名手配に成らずにいたヤツだ」

「そうなのか? 可愛い顔して手広く殺っていたんだな」

「お前だって人の事を言えないツラだろうが」


 ジロリと睨むとギルドマスターが目を逸らした。

 フードを被ろうと後ろに手をやるがマントがなかった。ああ、最後にぶん投げて拾ってなかった。後で回収しよう。


「それにしても、後が大変だぞ」

「何が?」

「三男は族長のお気に入りだったからな。必ず報復が来るぜ」

「怖いね。でもアサシンは死んじゃうから報復は無理だと思うよ」


 「お前は何を言っているんだ?」ギルドマスターがそんな目で俺を見る。


「今日でアサシンは死ぬから、後はよろしくな」

「何?」

「だからアサシンを殺すってこと」


 俺の言っていることが理解できなかったのか、ギルドマスターが首を傾げた。可愛くない、むしろ汚い。


「これからがギルドマスターの仕事だよ」

「何の話だ?」

「この族長の三男、アシッドって本人は名乗っていたけどね。まずこいつを奇麗にして丁寧に暗殺ギルドに届けて」

「……ああ」

「次に今日の戦闘で死んだ人間から一人、顔を潰してアサシンに仕上げて何処かに捨てる。そして、アサシンを殺した犯人はライノの部下が報復に襲撃したってデマを広げて」


 説明を聞いたギルドマスターが考える。そして、俺を見て頷いた。


「確かにそれが一番良さげな落とし所だな」

「そう、落とし所だよ。平和な世の中にアサシンはいらない。死神は乱世と共に去ればいい」

「名言だな、気にいった。お前の言う通りにしよう。最初から最後までお前には助けてもらった。恩に着る」


 ギルドマスターが俺の案に賛成してくれた。これで盗賊ギルドと暗殺ギルドの戦争も起きないだろう。アーケインも平和が来るかな? これから先はNPC次第だ。


「それでも暗殺ギルドが許さなかったら……こいつは最後に友達ができたって言ってみな。たぶん何とかなるよ」

「それはどういう意味だ?」


 その質問には答えず、俺は寂しく笑うとこの場を立ち去った。




 ロビーの一階から二階に上がる階段が壊されているため、ロープをよじ登らなければ二階には上がれなかった。ライノの糞野郎が余計な事しやがってからに、疲労度が限界の俺にはかなりきつい作業だったが、何とかよじ登る。

 二階に上がると、スイート・チン・ミュージックで吹っ飛ばされたアシッドが破壊した壁を見た。


「なんじゃこりゃ」


 改めて見ると、人の手で壊したとは思えない大穴が開いていた。まあ実際は足だけど。俺が呆然と大穴を見ていたら、ベイブさんが寄って来て同じように大穴を見ていた。


「レイ、一体どうやって壊したんだ?」

「……蹴飛ばした」


 実際にはアシッドを蹴飛ばしたら壁ごと吹っ飛んだが正解……壁ドン、スゲェ。


「「…………」」


 ベイブさんが俺を変な目で見る。変な犬に変な目で見られてイラっと来た。


「自分で何を言っているのか、分かっているのか?」

「分かってる。だから動揺している」

「チョット詳しく話してみろ」


 俺が蹴とばした条件について詳しく説明するとベイブさんが呆れていた。

 尋ねといて、その呆れた様なマヌケ面はないと思う。


「随分と条件が厳しいんだな」

「本当にそう思うよ。できればベイブさんのスキルと全部交換したいね」

「俺は死んでもお断りだな、それに……」

「それに?」

「俺にはお前のスキルを使いこなす自信はない。盗賊スキルはお前と相性が良いと思うぜ」


 俺を見て笑ったが、それって俺に盗賊のセンスがあるってことだよな。犯罪職業を褒められても褒められた気がしない。




 溜息を吐くとベイブさんを誘って部屋の中に入る。麻薬が入っている金庫はまだ開けられていなかった。

 まだこの部屋まで調査していないのか? だったら今のうちに俺が処分しよう。


 金庫の前に立つ。金庫は鍵とダイアルが両方ついている厄介な代物だった。

 鍵を開けたとしてもダイアルを合わせてなければ開かないし、ダイアルの番号なんてライノしか知らないだろう。そして、そのライノは既に連れ去られている。


「どうだ?」


 強欲な犬が俺を見るが、まだ触れてもないんだから気が早いと思う。

 ただ見ているのも時間がもったいないから、ダメ元で試すことにした。

 金庫に耳を当て、目をつぶり、わずかな音、振動も聞き逃さないように集中してダイアルを少しずつ回す。

 最初は周りの雑音が気になった。特に横に居る犬の鼻息が気になった。

 それが段々と聞こえなくなると、俺が回すダイアル音だけが耳と肌を通じて俺の脳に入ってきた。我ながら不気味だ。

 さらに集中力を高めると、ダイアル部分の構造が脳裏に浮かんだ。そのイメージに任せてダイアルを回す。

 イメージ通りに動かした後、金庫から耳を離してロックピックを使い鍵を開ける。

 鍵はほんの数秒で開錠して金庫が開いた。


「「…………」」


 俺とベイブさんはお互いに黙ったまま、開いた金庫を見つめていた。


「……レイ」

「うん……自分の才能が怖いかもしれない」

「……ああ、俺の喫茶店に来たときは金庫を開けるなよ」


 ベイブさんを横目で見ながら肩を竦める。


「どうせ金庫の中身は借用書だけだろ、盗む価値なんてないよ」


 それに俺はベッドの上から動けない。喫茶店に行く以前に外にも出られねえよ。


「人の店を借金まみれにするな」


 ベイブさんが俺の頭を指先で小突く。


「それに借金はどこもしているぞ、銀行の信用を……」


 話しが長くなりそうだから話を無視して金庫の蓋を開く。ベイブさんも俺が聞いてないのが分かると金庫の中を覗きこんだ。

 その金庫は麻薬など何処にもなく、古い羊皮紙が一枚入っているだけだった。


「ありゃ?」


 麻薬はどこに行ったんだ? 首を傾げているとベイブさんが羊皮紙を取り出して、書かれている内容を見て驚いていた。


「これは、もしかしたら宝の地図じゃないか?」


 俺もベイブさんの横から覗くと、確かに宝の地図っぽい海図が描かれていた。興奮するベイブさんとは違い、俺は冷めた目で地図を見る。第一印象は、面倒くせぇ。


「……この地図ってさ、売った方が儲かるんじゃないか?」

「夢も希望もない奴だな。こういうのは行くから価値があるんだろ。ロマンだロマン」


 俺とは逆に犬が興奮していた、骨でもしゃぶってろ。


「ベイブさんって、宝くじに夢見て大金突っ込む人でしょ」

「……まあな」


 だけど元貴族の屋敷とはいえ隠し金庫ならいざ知らず、こんな丸出しの金庫から出た地図なんて、どうせ掘り当ててもろくな物は出やしないだろう。

 それに、この地図の所有権ってこの館の持ち主じゃないか? 館の持ち主が誰かは知らないけれど、勝手に持って行ったら泥棒だと思う。ああ、俺、泥棒か。




 それにしても、麻薬は一体どこに消えたのだろう。このままだと俺の目的は達成できないし、それ以前にアシッドが浮かばれねえ。

 まさか金庫の中身が紙切れ一枚だったなんて、アシッドがあの世で知ったら、幽霊になって出てきそうで怖い。


 部屋を見回すと、戦いの最中に落としたスティレットを見つけた。

 そして、スティレットを拾おうとして、戦いの最中にアシッドに押し付けたソファーを偶然見ると……。

 ソファーの背もたれにアシッドが傷つけた後が残っていて、その周辺に白い粉が付着していた。


 ここにあったのか。


 スティレットは突き刺し専用の武器だから……床に落ちていたアシッドのダガーを拾うと、ソファーの裏を丁寧に切り裂く。


「あった」


 どうやらライノ達は麻薬を金庫ではなく、ソファーに隠していたらしい。俺の声に地図を見てウットリしていたベイブさんが現実に戻って俺の背後に回った。

 この犬は後でジョーディーさんに報告だな。罰ゲームは一日マッドシリーズで十分だろう。本当は三日でも良いけど、さすがにそれは死ぬ、俺はそこまで鬼じゃない。

 ベイブさんもソファーに付着している白い粉を見て、頷いていた。


「お手柄だな」

「後はこいつを処分すれば、俺の仕事は終わり」


 それにしても……俺とアシッドは麻薬の入っていたソファーに座って会話をしていたんだな。そう思ったら笑いが込み上げてきた。


「はははっ」


 アシッドが座っていたソファーを見ると、アイツの残像があの時と同じように俺と笑っている気がした。




 今日の戦いで命を失った人達を荼毘だびに付すため、盗賊ギルドのメンバー数人と協力して館にあった家具を庭に集めた。

 ついでに麻薬も全部たき火に放り込んだ。風向き次第ではラリる可能性アリ。幸いにも今晩は風がないから大丈夫だと思いたい。


 あの戦いで結局、敵と味方を合わせて十一人の命が失った。

 その中にはアシッドも入っている。ただし、アシッドの死体は暗殺ギルドへ運ぶため、既に盗賊ギルドの誰かが回収していた。彼も暗殺ギルドで丁寧に弔われるだろう。

 残念だったのは、ギルドマスターの彼女も荼毘の対象に含まれていた。

 結局、彼女は精神と肉体を傷つけられた結果、心が壊れていた。この世界には彼女の様な被害者の救済施設が存在していないため、ギルドマスター自らの手で彼女の魂を救った。


 薪に火がつけられ、荼毘の炎が魂と共に天へと昇り召されていく。


 ゲームの住人に輪廻転生が適応するかは神のみぞ知る。

 だけど、彼らは間違いなくこのゲームの中で生まれ、育ち、死ぬ。きっと彼らも生まれ変わるだろう。


 アシッド、今度生まれ変わったら、友達を作れよ。


 静かに炎を見ていたら、姉さんが俺の横に現れて肩にマントを掛けてくれた。わざわざ館から拾って来てくれたらしい……すっかり忘れてた。

 姉さんも口を開くことなく俺の横で一緒に炎を見つめる。炎の揺らぎが戦いで荒んだ俺達の心を癒やしていた。


「ねえレイちゃん。頬の傷は直さないの?」


 姉さんが俺の顔を見て頬の傷について尋ねてきた。

 言われて思い出し、アシッドが付けた左頬の傷をそっとなぞる。


「しばらくはこのままかな……」

「ええーー何で? 奇麗な顔がもったいない」


 俺は二度とないあの楽しかった戦いを思い出して寂しく笑う。


「……友達との思い出だからね」




 静寂の中、焚き火の弾ける音だけが、天に昇る魂への鎮魂歌を奏でていた。

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