第27話 深夜のガチムチレスリング
婆さんの家を後にした俺は、宿屋へ戻らずに町外れの訓練場へと向かった。
理由は、ベイブさんから常日頃から戦闘訓練をしないとレベルに関係なく腕が落ちるぞと言われたからだ。
彼も義兄さんと同じ脳筋だから何となく説得力があるし、彼曰く、そのための木人さんらしい。木人さん乙です。
それに、よくよく考えてみたら、俺が武器を使って攻撃をしたのは、地下墓地で無抵抗のボス蜘蛛をいたぶったのが最後で、今腰にあるスティレットなんて強い武器にも係わらず、まだ一度も使ってない。
まあ、ゴブリンを人質に取ったり、調合ギルドの爺を脅迫したり、メス豚の喘ぎを聞いて衝動的にぶっ刺そうとしたけど、これ等が攻撃の対象に入るかと考えると違う気がする。と言うか、やってることが全て犯罪。
だったら武器を使わずにどうやって戦ったのかを思い出すと、後ろから蹴飛ばす、罠にはめる……後ろから後頭部を……ぶん殴る…………こっちも全て犯罪。
だけど仕方がないと思う。今の俺は元々の筋力がないのに加えて、攻撃力を上げるためのスキルもないんだから。
まあ、スキルがあっても卑怯なスタンスは変わらない気もしなくもないが、それは、気にしない。ああ……スキル構成を考えていたら、原因であるあの
訓練場に行くと、深夜に入りそうな時間帯にも関わらず、数人のプレイヤーが木人さん相手にスキル上げの訓練をしていた。
俺も空いている木人さんの前に立ってスティレットを抜く……やっぱり前に立つのは止めて後ろに立った。だってローグだし、アクションの大半が背後からの攻撃ボーナスだし。
木人さんに向かって、スティレットと左手に装備したナイフでプスプスと突き刺す。
木人さん、今日はご苦労さまでした。つぼマッサージは気持ち良いですか?
十分ほど試した結果、右手にスティレット、左手にナイフだと重量の関係でバランスが悪く試行錯誤の末、両手持ちは止めることにした。
戦いながら思い浮かんだのは、統合格闘技の選手が右手で殴りながら左手で相手の道着を掴み、相手の体を崩しながら寝技に持ち込むシーンだった。
寝技に持ち込むつもりはないが、相手の武器を持つ腕を抑える、牽制に石を投げる、首を絞める等々と、やり様は考えるだけでも数多く浮かんだ。その殆どが卑怯なのは俺の性格が出ているからだろう。
まあ、剣術を目指している人から見たら邪道な攻撃も、別に剣聖を目指しているわけでもないローグの俺は、卑怯でもアブノーマルでもマニアックだとしても、何でもアリで良いのだと思う。
スティレットで牽制しつつ砂を使った目潰し、接近してから木人さんの右腕を持って関節を決めると背後に回り込んで足蹴りを見舞う。
おや? 左手で体を掴みながらアクションスキルの足蹴りをすると体崩しみたいだな。
木人さんは固定されているから倒れなかったけど、二足歩行の敵が相手だったら有効だと思う。
他にもスキルを使って有効な攻撃がないか、色々と試してみる価値はありそうだ。
「いいね~~」
俺が木人さんとじゃれていると、SNSの「いいね」ボタンが押された。いや、違う。背後で野太い声がした。
振り向くと、筋肉質の塊みたいな男性が俺を見て笑顔を見せていた。
暑苦しい笑顔を俺に向ける筋肉男を警戒して後ろに下がる。
相手の年齢は三十歳ぐらいか? 逞しい体を黒いタンクトップ一枚で筋肉をアピール。それを見ただけで汗の匂いが漂いそうだった。メンズビ○レでも塗りたくれ。
髪は金髪で角刈り、顔は歯並びの奇麗なゴリラ。にやっと笑う白い歯が夜でも光っていた。
その男性の第一印象はガチムチホモ。だけどそう考えるのは仕方がない。誰だって夜中に筋肉の塊で強そうな男に「いいね~」なんて声を掛けられたら、女でも男でも叫んで逃げる。
「君、格闘技か何かやっているのかい?」
ホモに聞かれたので俺は首を左右に振った。ついでにケツの穴にも力を入れて、スタンディングガードにする。
「そうか、それは残念だ。なかなか良い動きだったから思わず見てしまった」
「……誰?」
警戒心露わな俺にガチムチは「ああ……」という顔をする。
「そうか、自己紹介がまだだったな。私はシャムロック。趣味は格闘系なら何でもOKだ」
「……レイだ」
ガチムチが名乗ったから俺も名乗ったけど、偽名を使えばよかった。
危ない人とは関わってはいけない。待て、そういえば、俺の近くで既に危険レッドゾーンブチ切れの腐女子が居た。
「レイ君か。私は格闘技をするためにゲームをしている。君もやらないか?」
その「やらないか?」の響きに公園のベンチでつなぎを着ている人を思い浮かべる。
「格闘技?」
俺の中ではシャムロックという人が、ただのホモから変人ホモにランクアップ。
質問を返すとシャムロックは嬉しそうに笑った。
「その通り。ゲームのモンスター相手に統合格闘技の技術を使って戦うんだ。現実では試合なんてめったにできないし、怪我もする。だけどゲームの世界だとフィールドに出ればモンスター相手に幾らでも戦えるし、怪我もすぐ治る。合理的だと思わないか?」
変態ガチムチホモ格闘馬鹿だと思っていたけど、考え方は理に適って頭脳派だった。だけど行動が馬鹿。
「なるほど、確かに合理的だ」
「はっはっは、分かってくれるかい。そして私は格闘技の素晴らしさを知らない人にも知ってもらおうと普及活動もしている」
「……はぁ」
やっぱり行動が馬鹿。それに筋肉マニアな俺の担当医の内藤さんと同じスメルがする。筋肉マニアは自分の趣味を押し売りしたがる性格になりやすいのか?
「それでさっき君を褒めていたのは、動きがコンバットサンボの戦い方に似ていたから、思わず見とれてしまった」
「コンバットサンボ?」
俺が首を傾げると、シャムロックさんが驚いていた。
「知らないであの動きをしていたのか、それは凄いな。コンバットサンボというのはロシア軍が採用している格闘技術だ。ボクシングと柔術を基に生まれたサンボを軍隊式に殺傷力を増加した格闘技と言えば分るかな」
「統合でそんな選手が居た気がする」
オクタゴンのリングで統合格闘技の試合をVRで見たときに、そんな選手が居たけど、どうやら俺は無意識にその選手と同じような動きをしていたらしい。
「おお、統合を知ってるのか。もしかして君も格闘技が好きなのか?」
「んーーどっちかって言うと、プロレスの方が好きかな」
「良いね。私もプロレスは好きだぞ。よく八百長など言われているが、受けの美学が実に良い」
「……はぁ」
仲間と思われたくないから曖昧に返答する。
「私もこのゲームでは立ち技はコンバットサンボを軸に打撃を織り交ぜて戦っている」
「そうなん?」
「ああ、現実では危険すぎて試合では使えないが、この世界ではルールなんてないからな。いかに相手を仕留めるかを考えると一番有効的だ」
シャムロックさんの腰を見ると確かに武器を装備していなかった。凄いなこの人、素手でモンスター相手に戦っているのか?
俺の視線に気が付いたシャムロックさんはニヤリと笑う。白い歯が奇麗、だけどゴリラ。
「はっはっはっ気が付いたかい。私の武器はこれだ!!」
そう言って俺に拳を突き出して自慢げに見せてから、木人さんの前に立つ。
それからはあっという間の出来事だった。
木人さんにワンツーを二発殴った後、一歩前に踏み込み肘を顎に打ち付ける。
木人さんの横に並んだと思ったら、脇で抱え込むように首をロックし、さらにもう片方の腕で相手の片腕を掴むと背中を膝で何度も打ち付けた。
バキッ!!
物凄い音がしたと思ったら、木人さんが背中から折れた。
哀れ木人さん、合掌。
「すげーー!!」
驚いていると俺にドヤ顔の笑顔を俺に向ける。殴りたい、その笑顔。
「どうだ、コンバットサンボは。最後はドラゴンスリーパーっていうプロレス技だったけどな」
「凄いなーー。スキルはどんな構成なの?」
スキルを聞くのはマナー違反だと思うけどこの人だったら平気だと思う。確実にドヤ顔で自慢してくれるはず。
「ははは、興味が出てきたか? 私が使っているのは打撃スキルに格闘スキルだけだ」
だろ。
「攻撃系のスキルを取ってない? 技とか使えないよね」
俺は一応盗賊攻撃スキルを使っている。訂正、あまり使ってないから持っているに変更。
スキルは背面からの攻撃にダメージボーナスが付くのと、『足蹴り』が使えるからだ。あと『目くらまし(唾吐き)』もだけど……あれは、現在封印中。
「そんなのは不要で邪道だ。技は現実世界でも存在するんだから、それを使えば問題ない」
ある意味この人はリアルチートな人なんだろう。と言うか根っからの格闘馬鹿。それでも木人さんに見せた攻撃は凄かった。
「俺の解釈だがコンバットサンボの特徴は、基本的に合気道に似ている」
「合気道?」
合気道は相手の力を利用してぶん投げる格闘技。
「そうだ。カウンターを基本として、関節を決めて相手の動きを制限させて投げるのが合気道。関節を決めて打撃と投げがあるのがコンバットサンボと考えれば納得いくかい?」
「なるほど」
シャムロックさんの説明に頷く。悔しいけど俺も格闘技が好きだから、彼の考えに共感してしまう。ぐぬぬ。
「だからコンバットサンボをマスターしようとするなら、襲ってこない木人相手だといくら頑張っても完全にマスターは出来ないと思うぞ」
「確かに……その通りかも」
木人さんは攻撃せずにじっと受け身に耐えるお方だから、俺の訓練相手だと役不足か……。
「それじゃあ、私と訓練をしようか」
「え?」
「どうした? かかって来なさい」
え? いや? ちょっと待って。何でそうなるの?
「何でそんなに親切に教えてくれるの?」
シャムロックさんは「ん?」という顔をした後、ぽつりと一言。
「暇だから」
……あっそう。筋肉馬鹿の考えは俺には永遠に分からん、そう思ったね。
シャムロックさんとの練習は、木人さん相手と比べると確かに凄かった。
しかし、時には正面を向かって抱き合い、時には寝技もしている俺達は、周りの人から見たら深夜にガチムチとダンスを踊っている様に写っているだろう。
一体どこのパンツレスリングだ? 歪みねえな……正直言って知人には見られたくない。
「相手が刃物で攻撃した時は、両腕を体の前に出すんだ! そうすれば刺されても腕の負傷だけで済む」
「相手の攻撃を見るときは肩の位置を見ろ! 上がっていたら上段、下がっていたら中段か下段だ!!」
「掴んでも油断するな、剣での攻撃は最後にしろ! まず極めて動きを封じてから、そう!! そこで一発入れて、ほら、足を引っ掛けて……よし腹這いにすればもう相手は動けない」
お互いに技を掛け合いながらもシャムロックさんから指導が飛ぶ。
時々「アーーッ!」や、「バーー! ローー!」とか叫んでいたら、何時の間にか訓練所には俺達以外誰も居なくなっていた。訂正、逃げだした。
シャムロックさんは俺の動きから、主にカウンター攻撃を教えてくれた。
彼が言うには、どうやら俺には一瞬の判断で的確な動きをする才能があるらしい。
詳しく聞くと攻撃力はないけど、瞬発力が高いから後の先を取る戦い方だと才能を発揮するとかしないとか、でも攻撃力がなくて倒せなかったら意味なくね?
だけど、シャムロックさんがしょげる俺を見て高笑いし、俺でもダメージを出せる方法を教えてくれた。
「ははは、大丈夫だ。君でもダメージを与える方法はある」
「どうやって?」
「うむ。君のスキルから判断して、背後から不意を突き、スキルを使って、さらにクリティカルが出た時だけ破壊力のある攻撃ができる。がははははっ!」
おい、それって俺じゃなくても誰だって大ダメージ出せるじゃねぇか、期待した俺が馬鹿だった。
「うむ、もう夜も遅いしこれで終わりにしようか」
「はぁはぁはぁ……ありがとうございます」
結局深夜遅くまで鍛えられたけど、この人暇過ぎだろ。
かなりの運動量だったから俺は汗だくで倒れているのだが、シャムロックさんは汗一つかいてなかった……この化け物め。
「レイはスタミナをつけた方が良いな。それじゃあ一試合持たないぞ」
「…………」
内藤さんの「筋肉付けろ」と似たようなセリフを言う……やっぱり同類だわ。
「じゃあ、機会があったらまた会おう」
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
起き上がってめくれていたフードを被り直した後、鞄からポーションを五本取り出して、シャムロックさんに渡す。接近職なら当然需要があるだろう。
「これは?」
「ポーション」
「ポーション」と聞いた途端、シャムロックさんが露骨に嫌そうな顔をした。どうやら格闘馬鹿でもポーションは苦手らしい。だけど考えが甘いな、俺のポーションは特別製だぜ。
「このポーションは普通のと違うから、騙されたと思って一本飲んでみな」
「普通のと違う?」
「そう」
シャムロックさんは眉をひそめると、試しに一本開けて豪快に飲んだ。
「……!?」
飲んだ途端、目を見開いて俺を見る。
「ね? 普通と違うでしょ」
今度は俺がドヤ顔。まあフードで隠れて見えないけど。
「うまい!! これは良い!」
シャムロックさんはそう言って一気にポーションを飲み干した。どうやら上手く作れていたらしい。人柱ありがとう。
「いやー、こんなポーションがあるとは思わなかった。これはどこで売っているんだ?」
「あ、俺が作ったけど気に入った?」
俺が答えるとシャムロックさんが驚いて俺の事を見ていた。
「ああ、気に入った。まだ在庫はあるか? 全部買うぞ」
「ごめん、余剰分はそれしかないから、また今度作ったらで良い?」
「うむ、それで構わない。しかし、あの不味いポーションがここまで美味くなるとは思わなかった。回復のために毎回嫌々ポーションを飲んでいたけど、これならいくらでも飲めるな」
あまり飲み過ぎても腹がタプタプになると思うけど。
「喜んでいただいて何より。作ったら連絡するよ」
シャムロックさんは連絡先を交換した後、「ポーションよろしくな」と言って帰って行った。
突然の登場に最初はドン引きしたけど、結果的に俺の攻撃力は上がった気がするから良しとしよう。
「ふう」
俺はシャムロックさんと会ってからずっとガードしていた、ケツの穴を緩めて宿に帰った。
『反省する猿』は深夜だったから鍵が締まっていた。
ロックピックを使って扉を開けて侵入する。まさか二夜連続で宿泊先に侵入するとは思わなかった。
パーティーの男性が泊まっている大部屋もロックピックを使って入る。気分は仲間を裏切っている泥棒の気分。ああ、俺はローグだった。
何となく寝ている義兄さんの顔を見て、オデコに「脳筋」と落書きしたくなる。
冗談はさて置いて、今日はいろいろと出来事があり過ぎた。疲れているんだろう、ベッドに横になるといつの間にか寝ていた……。
「それで、そのシャムロックってのは何者なんだ?」
翌朝、朝食の時にシャムロックさんの話をしたらベイブさんが食いついてきた。
あれ? ベイブさんもひょっとして格闘馬鹿ですか? はぁ、そうですか。
「さあ? 話を聞く限りだと格闘技好きなオタクかなぁ。色々と教えてくれたことには感謝しているけど、毎日会うとなると暑苦しいかも」
おっと本音が漏れた。
「ふむ、俺の知っている馬鹿に似ているけど、名前が違うから別人か……それに、スキルにこだわらないプレイスタイルか、面白いな」
「ある程度は知ってるけど、ベイブさんや義兄さんが持っている攻撃スキルって、どんな効果があるの?」
ベイブさんと義兄さんはお互い顔を合わせてからドヤ顔で教えてくれたけど、その顔は余計。
「俺の持っている戦士攻撃スキルは追加ダメージ技や連続技だな。連続技だとさらにダメージが追加するから強いぞ」
「俺の盾攻撃スキルはパッシブで防御力が上がるのに加えて、相手をスタンして動きを封じたり、ヘイトを取って敵の攻撃を集中させたりする。まあ、パーティーには必須のスキルと言えるな」
なるほどね、同じ前衛でもスキル次第で特徴が出るのか……。
「いや、いくら防御力があっても戦闘は火力だろ。俺のも必須だぞ」
「あ? 攻撃力が高くてもやられちゃ意味ないだろ、防御を優先にするのは基本だ」
おや? 義兄さんとベイブさんの雲行きがおかしい、持論同士のぶつかり合いは犬も避ける。あ、一匹犬だった。
ゴンッ!! × 2
「「痛!!」」
「二人ともいい加減にしなさい!」
二人が言い争いになる前にジョーディーさんが二人の頭を背後から叩いた。あんた本当にヒーラーか? 叩く前にまず言葉で止めろよ。
「いつもこんなノリなんですか?」
チンチラがその様子を驚きながらも面白そうに見て姉さんに尋ねる。
「そうね、毎朝こんなもんよ」
待て、お前は何時も何も毎朝寝坊してるじゃねえか!
「今晩のことを考えたら昨日から眠れなかったけど、皆を見ていると余裕そうに見えてなんだか安心しますね」
チンチラ……義兄さん達に染まるのは止めた方が良い。俺はもう手遅れだが、君はまだ間に合う……逃げるんだ……ゲホッ!!
「レイちゃん、何を考えているの?」
「ナンデモナイデス」
さすが山ガール。山の気候と俺の考えはお見通しか、油断ならねえ。
「さて、今晩は忙しいがまだ時間はあるから、それまでは自由行動にする。夕方前にここに集合してから移動する予定だが、異論はないな」
優雅? な朝食も終わって義兄さんが皆に今日の予定について話すと、全員が頷いた。
「じゃあ、夕方まで解散」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます