第25話 暴力的な姉を持つ者同士の苦労

 メス豚が居た。


 あれ? 逮捕されたんじゃないの? 今頃は豚箱に入ってブヒブヒ泣いていると思っていたけどもう脱走したのか? 気絶させてからおでこに「豚汁」とでも書いて衛兵に突き出そう。

 俺は鞄からポーションを出す準備をしながら、笑顔でメス豚に近づき隙を伺う……ドワーフとしては標準な体形、清楚でどこか品のある化粧……ん? 顔は確かに調合ギルドのメス豚に似ているけれど、頬の肉がたるんでない。そして何よりも、あの豚から漂っていたマン○スの臭いがしていないから違う人? いや、違うドワーフ?


「いらっしゃい。あら? 初めて見る顔ね。何かお探しですか?」


 しゃべり方も丁寧で、あの豚が発していたヒステリーな叫び声が微塵もなかった。

 あのメス豚が丁寧な言葉を喋ったら吐き気がするが、この人が喋ると何処か上品に感じる。内なる性格の違いでこうも印象が変わるのか……。

 うむ、メス豚を考えると攻撃的になっているな。取りあえず害はなさそうなのでポーションは鞄にしまっとこう。


「雑貨屋の紹介で薬の材料を買いに来たけど……ところで、突然だけど姉か妹さんが居たりする?」


 先ほどまで殴ろうとしていたのを笑顔で隠して、先ずは正体を確認しようと聞いてみたら、店主は顔を曇らせて謝ってきた。


「姉の被害に遇われた方ですね。姉の代わりに謝まります」


 ああ、性格は正反対だけど、やっぱり姉妹だったか。


「ああ、いや、お気になさらずに、もう終わった事だし」


 当の本人はムショの中、あばよ。


「そう言ってもらえると助かります。私から何度も注意はしたのですが、結局、最後まで言う事を聞いてくれませんでした」


 店主は頬に手を添えて「はぁ」と溜息をひとつ吐いた。

 暴れる姉に振り回される気持ちはよく分かります。ええ、本当によく分かります。




 改めて部屋の中を見ると、薬の材料と思しき品が部屋の隅から隅まで丁寧に陳列されていて部屋全体から良い匂いがした。

 店の雰囲気から、店主の人柄がおしとやかな性格で奇麗好きだと感じられた。だけどあのメス豚と比較すれば、どんなアバズレでも品のある淑女に見える。


「それで、今日は何をお買い求めでしょうか」

「えっと、薬草と麻痺草。それに毒草と魔力草にアイタカの実、ビコルブの葉、キコの実かな」


 魔力草はマナポーションと魔力毒、アイタカの実は筋力毒、ビコルブの葉は速度毒、キコの実はこれも魔力毒に使う。ちなみに毒消しは毒草と薬草を調合して使うらしい。

 作ったことがないから知らないけど、レシピが頭に入っていて自然と材料の名前が出て来た。脳に無理やり知識を入れられた様な気分になって自分がキモイ。

 俺の注文を聞いて店主が「おや?」っとした顔をする。


「あら? もしかして御婆さまのお知り合いかしら?」

「御婆さま?」

「ええ、良く買いに来てくださるスラムに住んでいるおばあちゃんですが……」


 おばあちゃん? ひょっとして俺の師匠の事を言っているのか? ……似合わねえ。反吐が出るほど似合わねえ。

 一応、師匠だから俺はババアなんて言わないが、見た目だけならあれは妖怪クソババア。


「ああ、成程。だったら俺はその弟子になるかな」

「そうでしたか。でしたら乾燥したのがありますが、そちらにしますか?」


 ババア、ナイスアシスト!!


「それでお願い。だけど、麻痺草の根は乾燥していないやつにして」


 ポーションに使う麻痺草の根は、そのまますり潰してから乾燥した薬草と混ぜるため、乾燥していないのが望ましい。


「はい、分かっています。少々お待ち下さい」


 婆さんが通う店だけにこっちの欲しいものも分かってくれる。必要な数を注文すると、店主は希望の数をそろえて紙袋に詰めてくれた。


「全部で48sと16cになります」


 予想していた金額よりもずっと安い。これならポーションの販売だけでもお金が稼げる。義兄さん達に愛想が尽きたら、パーティーを抜けてポーションを売って金儲けをするのも良いかもしれない。

 だけど、俺はエロが絡まないと持続しない性格だから、商売を始める前にゲームを止めると思う。


 笑みを浮かべて店主に代金を支払う。

 店主は良い人だし買った材料も安くて良い品だから必要な時はまたここに来よう。


「ありがとうございました。また来てくださいね」

「こちらこそありがとう」


 メス豚、妹さんに感謝しろよ。お前に対する恨みが成仏したぞ。




 バーン!!


「おっと!」


 店主に礼を言って帰ろうとしたら、勢いよくドアが開いて十歳ぐらいの少年が入って来た。

 後一歩前に出て扉にぶつかっていたら「倫理」を無視してクソガキのケツを蹴っ飛ばすところだった。危ない、危ない。


「姉ちゃん助けて! また母ちゃんが苦しみだした!!」


 少年は俺に謝るどころか存在すら無視して大声で店主に助けを求める。やっぱり「倫理」を無視しても良い?


「まあ、大変。すぐに行くわ!」


 店主が少年の叫びを聞いて、慌てて戸棚から色々な薬を鞄に詰めこみ始めた。

 少年は店主の返事を聞くと「心配だから家で待ってる」と言い残して去って行った。

 店主も後を追うように俺を店から追い出して、扉に掛かっている札を裏返すとカギを閉めて足早に店を後に走り出す。

 ドワーフだから人間に比べたら太っているし鈍足だと思っていたけど歩くスピードが速い。ドワーフを舐めていました、彼等は身軽なデブです。


「一体あの子の母親はどうしたんだ?」


 ただ事ではない様子に追いかけて話し掛けると、店主は足を止めずに走りながら説明してくれた。


「……あの子の母親は病気で調合ギルドから薬を格安で買ってたのですが、その薬に依存性があったらしくて、薬が切れると禁断症状で苦しむんです」

「それって……」


 嫌な予想が衝撃的過ぎて思わず足を止める。そして、店主も俺の足が止まったのを見て振り返った。

 その店主の鋭い眼光にたじろぐ……やっぱり姉妹だわ。


「ええ、恐らく麻薬に近い成分が入っていたのだと思います。薬を飲むと確かに病気は一時的に治ったのですが、その後も高い薬を求めるようになって……」

「……それは治るの?」

「今はまだ禁断症状を抑える薬を少しずつ飲ませて、ゆっくりと治療をするしか方法はないです」

「それであの子の母親以外にも被害者は?」


 店主が俺を見ながら頷く、それだけで分かった気がする。


「大勢の方があの調合ギルドの薬を飲んで禁断症状で苦しんでいます。今回の汚職事件でおそらく国も対応するとは思いますが、それでは間に合いません。国が救済の手を差し伸べる頃には、大勢の方が禁断症状で自殺、または発狂してしまうでしょう」

「…………」

「……姉も関係していたし、被害者を一人でも多く助けたいの」


 店内に居た頃の優しい表情と打って変わり、今の店主は強い決意が込められた真剣な眼差しをしていた。


「だけど、あなたの容姿は姉に似ている。彼等からしたらあなたがしたことではないとしても酷い事を言ってくる。もしかしたら直接危害を与えるかもしれない」

「もう既にいろいろと言われていますよ。だけど、それがあの姉を止めることができなかった私の罪滅ぼしだと思って受け入れています」


 今度は鋭い表情から慈愛の籠った優しい瞳に変わって俺を見ていた。


「俺からは頑張ってくださいとしか言えないけど、これはあなたの姉のせいであって、あなたがした事ではないのですから無理はなさらずに……」

「ありがとう。それじゃあ私はあの子の母親が待っていますので、失礼します」


 そう言い残して店主は足早に去って行った。




 やはり俺の予想は当たっていたか……。


 やくざの事務所、訂正。盗賊ギルドを出てから何となく予想はしていたが、調合ギルドが悪事に関われば薬が絡むのは当然だと思っていた。そして、それが麻薬であることも予想していた。

 調合ギルドが麻薬を薬に混ぜて患者を麻薬漬けにする。盗賊ギルドは金が払えなくなった患者の取り立てを行う。暗殺ギルドは不正を告発しそうな要人の暗殺。

 調合ギルドと盗賊ギルドの目的は金絡みでおそらく正解だろう。では暗殺ギルドの目的も金か?

 いや、俺の中で何かが違うと言っている……残されたキーワードは人身売買か。


 この国と周辺の国では奴隷制度は一切ない。というか、ゲームで奴隷差別はさすがに倫理コード的にアウト。それ以前に麻薬が出た時点で論理的にアウトだろ、運営バカか?

 いけねえ、話を戻そう。つまり人をさらっても売る所が何処にもないのにも関わらず、借金の肩代わりに連れていく。


 麻薬……暗殺ギルド……。


 大昔のイスラムの暗殺集団。つまり本物のアサシンの事だが、彼等は宗教と麻薬で集団コントロールをしていたと厨二病だった時期に読んだ本に書いてあった。

 暗殺ギルドが求人広告を出して人を募集するとは思えないし、もしあったら笑える。


 『あなたもレッツトライ、殺人者!! 交通費別、自給500円三食麻薬付』


 話がまた逸れた。人さらいの目的は暗殺ギルドの人員補充、麻薬で縛って殺人者へと育て上げる。うーん、考え方が厨二病全開だけど何となくこれで合っている気がする。

 国が調合スキルを売らなくなった理由は麻薬作成者を増やさないため? 今更止めたところで意味ないと思うけど、それ以外の理由が他に見つからない。レシピ販売の停止はスキル停止のおまけだろう。

 今回の汚職事件、引き金を引いたのは俺だけど一番とばっちり受けたプレイヤーは俺かもしれない。自業自得だけど納得いかねぇ。


 以上のことを踏まえて俺のできる事を考えたけど……うん、ないな。

 調合ギルドはぶっ潰したし、盗賊ギルドも国が壊滅した。残るは暗殺ギルドだけど場所知らねえし、怖いし、親から危険な場所に行っちゃいけないって言われてないけど、自主的に俺は近づかない。

 ごちゃごちゃ考えていたら、薬の材料を買ったときの良かった気分が台無しになった気がする。早く帰って義兄さんに毒を飲ませて、嫌な気分を晴らそう。




 義兄さんに飲ませる毒を考えながら宿へ向かっていたら、だんだん気分が良くなってきた。選択肢がいっぱいあると楽しいね。

 宿に帰って自分の部屋に戻ろうとしたら、サロンの部屋からジョーディーさんが出てきて俺を呼んだ。

 何だろう。これから毒を作るつもりだったのに……あ、ジョーディーさん用の不味いマナポーションも作らないとね。

 促されてサロンに入ると俺以外のメンバーが全員サロンに揃っていた。皆、俺の金でスキルを手に入れたのかな? もう一回言おう。俺の金でスキルを手に入れたのかな?


 そしてメンバーの他にもう一人。

 俺が溜息をつくのを見て、ソファーに座っていたチョイ悪おやじが俺に手を振った……予想はしていたけど、来るのが早いよ。


「よう。遅かったな」

「そっちは随分と早いね。明日ぐらいかと思ってたよ」


 肩を竦めて盗賊ギルドのマスターに言い返し、俺も空いているソファーにドカッと座る。


「ん? ここに俺が行く事はお前に話してないぞ?」


 約束もしていないのに訪ねても俺が驚かない様子に盗賊ギルドのマスターが首を傾げる。


「道中でいろいろとフラグを立ててきたからな。誰かが回収に誰かが来ると思っただけさ」


 俺の言っている意味を理解できずにギルドマスターが眉をひそめていた。

 素材屋であれだけフラグを立てれば、当然誰かが回収しにくるのは確実。本当だったら皆を言いくるめて厄介ごとが来る前にアーケインから逃げたかったのが本音。


「こっちの話だから気にしないで結構。それで、ここに来たのは暗殺ギルドの壊滅依頼か?」


 俺の質問に義兄さん達がギョッとする。あれ?


「レイ、ちょっと待て!! どういうことだ?」

「レイ君、いきなりどうして暗殺ギルドの壊滅の話が出てくるの?」


 義兄さんとジョーディーさんが質問してきたけど、少し先走り過ぎたか?


「皆に話してないの?」

「俺も今来たところだからな。それに今回依頼したいのは、盗賊ギルドの残党狩りさ」


 ギルドマスターに尋ねると、彼は軽く肩を竦めていた。




「ちなみに聞くが、暗殺ギルドの壊滅依頼だったら受けていたか?」


 ギルドマスターが軽く笑いながら俺に尋ねる。その笑顔で俺を見極めようとしているのが丸分かりだった。


「まさか。皆はどう思うか知らないけど、相手の力量も分からないのに突っ込むほど俺は馬鹿じゃねえよ。しっぽ巻いて逃げるね」


 だけど、義兄さん達は別だ。たとえ魔王でもコイツ等は玉砕覚悟で突っ込む。

 俺が正直に答えるとギルドマスターは呆れることなく頷いた。


「良い考えだ。俺がお前でもそうしてるぜ」

「そろそろ、俺達にも理由わけを教えて欲しいんだがな」


 俺とギルドマスターとの会話に、痺れを切らした義兄さんが俺達の会話に割り込んできた。


「ああ、悪かった。どうもコートニー様の弟との話は長くなっていけないな」


 このクソ野郎、さらっと俺のせいにしやがった。暗殺ギルドをどうするかを聞いてきたのは手前ぇじゃねえか!

 ギルドマスターに中指を立てて黙った俺に替わって、義兄さんが彼との会話を始めた。


「それで、残党狩りとは?」

「まあ待て、この話をする前になんでアーケインに二つの盗賊ギルドが存在していたか、そこから説明した方が分かりやすい。

 元々アーケインの盗賊ギルドは俺達のギルドしかなかったが、先代の時に方針の違いから内部分裂で二つに別れた」

「ボスの座を巡っての争いか?」


 義兄さんの質問にギルドマスターが苦笑いをして首を横に振る。


「少し違うな。先代……おやじの頃は盗賊ギルドと言っても盗みなどは一切させずに、仕事と言ったら偵察、罠解除、鍵解除で、冒険者の支援が目的の組織だったから盗賊ギルドと言うよりは技術屋ギルドなんて言われていた」

「盗賊なのに随分真っ当なやり方なんだな」


 悪事を働かないヘタレどもに対して、俺も義兄さんの意見に同意する。


「おやじが「盗賊って奴は必要悪な存在だから逆に人様の迷惑をかけるな!」って人だったからな。だけど、おやじの方針のおかげで、犯罪が減って国や街からの信頼もあったし、スラムの連中からも仕事先として人気があって繁栄していたのは確かだった。俺もそんなおやじの人柄に惚れて入った中の一人だ」


 盗賊だからといって人の人生まで盗むな。か……そのおやじは恐らく盗賊にしては善人だったのだろう。ただ、俺が思うに職業は選べ。


「おやじには息子が一人居たが、性格は逆で、強請る、集る、暴力を振るうと素行が悪かった。そして当然のごとく、おやじとは意見が合わずに盗賊ギルドで盗みが御法度という方針に反発したグループの筆頭になった。

 おやじと息子の内部闘争が続いた結果、おやじは後継者をなぜか俺に決めちまった。結局、それが決定打になって、おやじの息子はガラの悪かった仲間と舎弟を引き連れて出て行き、非公式の盗賊ギルドを作った」


 そこまで話すと、ギルドマスターが溜息を吐く。


「まあ、盗賊ギルドと言っても初めはただのチンピラグループと思って相手にはしてなかったけどな。

 だけど、おやじの息子だからと遠慮したのが不味かった。「おやじが代替わりして悪事を働くようになったから出て行った。こっちが本当のギルドだ!」とあのガキがふざけた事を言い始めて、自分で犯した犯罪を全部こっちのせいにしてきた頃から風向きが変わっちまった」

「どう変わったんだ?」

「アイツ等は自分達は良い盗賊ギルドを演じて、事情を知らない奴らを騙し始めた。俺達を信じてくれる人も居たが、知らない連中から見れば盗賊ギルドの区別が付くわけもなく、こちらの評判は一気にガタ落ちした。

 最悪だったのは奴らの行為に対してこっちも反撃しようとした時、何者かにおやじが殺された」


 それを聞いて姉さんが驚いていた。


「混乱した中、殺したのは暗殺ギルドだと気がついた時には既に遅く、あいつ等と暗殺ギルドが協定を結んだ後だった。

 さらに役人共も賄賂で味方に付けて、この街を牛耳るようになった。後はこちらは成す術もなく縄張りを奪われて解散寸前の所まで陥った。これがこの街に二つの盗賊ギルドが存在した理由だ」


 そこまで言うと、ギルドマスターは再び溜息を吐いていた。

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