第24話 女難よ奴に舞い降りろ

 調合ギルドへカチコミに行った夜に立ち寄った盗賊ギルドの近くまで行くと、あの夜と同様に扉の前にやくざ……いや、見張りが立っていた。

 あの時は暗くて分からなかったが、明るいところで見張りを見ると、警察署に免許の更新に行っただけで警官に取り囲まれるレベルの強面の人だった。一言でいうと顔が犯罪。


 ……慎重に対応しよう。

 現実で例えるならば薬局に行ったつもりが暴力団の事務所に行って、処方箋を寄越せと言うようなものだ。うん? 現実で例えても意味が分からない。向こうも何で暴力団の事務所に処方箋? と首を傾げるだろう。

 やっぱり帰ろう、ここに来たのは間違いだった。


「何の用だ?」


 逃走失敗。くるりと踵を返すその前に、強面の兄さんが近寄り話し掛けてきた。

 やくざは犯罪面と異なって意外と優しい声だったけど、それが逆に迫力を増していた。

 もし俺が警官だったら間違いなく見て見ぬふりをする。そして、通りすがりの自転車を無理やり止めて盗難確認をしながら通り過ぎるのを待つだろう。普段威張っている警官だって自分が大事。


 さて、どうしよう。このまま逃げたら怪しまれるのは間違いない。

 殴って逃走する事も考えたけど、場所がスラムで地の利は盗賊ギルドにあるから捕まる危険性もある。

 取りあえず入れるかどうかは知らないけれど、元々ここに用事があったんだしと、やくざの事務所に入ることにした。

 姉さんの弟と言えば多分、大丈夫だろう。


「コートニーの弟だけど、駄目?」


 あの姉は既にこの街、いや、この国の裏ボス。名前を出せばヤクザだろうがマフィアだろうが頭を下げる。


「ほう、証拠はあるか?」


 本当に通ったし……どうやら俺の姉、いや、姐はいつの間にか極道の女になっていた。

 だけど証拠? 免許書なんか持ってない。最後の乗ったのが救急車、次に乗る車が霊柩車で予約済みだから免許はいらねえ。

 俺と姉さんの共通点と言えば……。


「これでいいか?」


 フードを脱いで素顔を見せる。強面のやくざは俺をジロジロと見てから頷いた。


「確かに似ているな。いいぜ色男ロメオ、中に入りな」

「どうも」


 強面のやくざが扉をノックして合言葉を言うと扉が開いたので、家の中に入った。

 背後で扉が閉まる途中、「…ケメン死ね」と聞こえていたが無視を決め込む。




 中に入ると誰も居らず、そのまま地下へと続いていた。さっきの扉は誰が開けたんだ?

 地下に続く階段を見て考える。悪人は地下が好き、極悪人は高いところが好き。生前は蝉か?

 奥へ行くと赤い髪で若いけど色気のある美人な姉さんがカウンターに立っていた。

 見た目はキャバ嬢、土下座で迎えられたらソープ嬢。だけどカウンター越しに迎えられたから、ガールズバーのお姉さん。派手な化粧は夜の蝶。赤いドレスが薔薇の香り。ファブ○ーズでも撒いたか?

 でも盗賊ギルドのカウンターに可憐な乙女が居たらそれはそれで何かが違うと思うので、ある意味適材適所だと思う。


「いらっしゃい、格好良いお兄さん。今日は何の用かしら?」


 キャバ嬢、いや、美人な姉さんが入って来た俺を見て笑顔で声を掛けてきた。

 ああ、フードを脱いだままで素顔が丸見えか、今更被るのも変だし脱ぎっぱなしにした。


「毒消しのレシピが欲しいけど置いてある?」

「え? ……あなた、誰?」


 毒消しの言葉を聞いた途端、こちらを素人だと思って弄ぶように扱っていた美人の姉さんが急に警戒しだす。

 あれ? 俺、やっちまったか? コンクリ詰ドラム缶装備で東京湾直行?


「確認するけど、暗殺ギルドじゃないわよね」


 なんで毒消しのレシピを聞いて何でそんなに警戒するんだ? それに暗殺ギルドって俺そんなに怪しい人に見えるのか? ああ、全身黒ずくめに赤いマントは確かに怪しい、もしくは頭がおかしい。

 暗殺ギルドは確か敵対していた盗賊ギルドが組んでいたとか、いなかったとか、事件の時の号外新聞で書いてあったけどそれで警戒しているのか?

 誤解を解こうと美人な姉さんに微笑んだが、彼女は警戒を解かなかった。チャーム失敗。


「俺はコートニーの弟で暗殺ギルドとは全く関わってない。それにギルドマスターも俺に面識があるはずだから確認してくれ」


 美人な姉さんはこちらを見た後、少し待っててと言って奥へと消えた。

 チョイ悪おやじのギルドマスターがカウンターに居れば一発で解決だけど、ギルドマスターがカウンターに立つ盗賊ギルドも人手不足過ぎると思う。それにあの極悪おやじ面がカウンターに立っていたら、客がびびって売上が減るのは間違いない。


 一人で待っていると、美人なお姉さんの代わりにギルドマスターがやってきた。

 相変わらずの眼帯を付けたチョイ悪おやじ風のナイスミドルだが、中身は極悪やくざ。ファブ○ーズも薔薇の香りから、MENSヤクザに変更。


「よう、久しぶりだな。素顔は初めて見たが姉と一緒で美形じゃねえか、一目で誰だか分かったぜ」

「あんたも若いころはその容姿でモテたんじゃないのか? 女難の相が見えるぜ」


 俺が言い返すと、ギルドマスターがふっと何処か遠い目をした。

 どうやら本当に若い頃のチョイ悪おやじはモテて、おまけに女で酷い目にあったらしい。だけど懲りずに姉さんに近づいたのか? 少しは学習しろよ、馬鹿じゃね?


「それで今日は何の用だ?」

「毒消しのレシピで良いのがあれば何か買いたい」


 毒消しのレシピに良し悪しがあるかは知らん。

 俺が毒消しと言うとチョイ悪おやじが驚いて俺を見つめた。いくら見ても俺のケツはやらん。


「ほう、アサシン殿は毒スキルを持っていたのか。成程、強い訳だ」

「アサシン? 毒スキル?」


 おっさんのセリフがぶっ飛んでいて意味が分からない。俺は今、毒消しのレシピを頼んだだけだよな?


「ん? 違うのか? 調合ギルドに忍びこんで不正を暴いたのがアサシンっの仕業だと、調合ギルドのマスターが証言したって聞いたぞ」

「正体を隠すために嘘を吐いただだし、残念だけど偽物だよ」


 そう言うとギルドマスターは口元を押さえて笑いだした。


「くっくっくっ。イイ性格をしているぜ」

「それに俺は毒消しのレシピを頼んだのに、何で毒なんだ?」

「何だ、知らなかったのか? 裏社会だと毒消しは毒の隠語だぞ」


 何……だと……それでさっきの姉さんに警戒されたのか……。


「それは知らなかったな」

「ははははっ。面白れえ奴だ」


 ギルドマスターは笑っているけど、こっちは朝焼けの東京湾が脳裏に浮かんで冷や汗掻いたわ!


「こっちの苦労も分かってもらいたいね。それで、レシピはあるの?」

「あるぜ。ついでに毒のレシピも見るか?」

「ああ、そっちも頼む」


 俺が毒のレシピを頼むと、ギルドマスターが眉をひそめた。


「やっぱり毒も使うじゃねぇか」

「誰も使わないなんて言ってねえよ」

「本当にイイ性格してやがるぜ」


 ギルドマスターは苦笑いをしてから、カウンターの下から調合レシピのリストを出して俺に見せた。




 おお、色々あるな。毒消しは買うとして、マナポーションのレシピもあるからこれも買い。これは常にMPがカツカツなジョーディーさんが喜びそうだ。

 レシピに薬草が含まれているから不味いと思うけど、あのチビが作るマッドスープよりましだと思えば猛毒でも飲めるだろう。いや、飲ませる。

 体力毒は婆さんに教わったからいらない。後は痺れさせる麻痺毒、攻撃力を減少させる筋力毒、速度を落とす速度毒に、魔法攻撃力を減らす魔力毒、これぐらいかな。

 効果を試す実験台は義兄さんにしよう。体力異常のレジストが上がると騙せば、脳筋だから喜んで飲むこと間違いない。


「……これで以上だけど、幾らになる?」

「今回世話になったから全部合わせて45gでいいぜ」


 欲しいレシピを全部注文したら結構な値段になった。ギルドマスターの目を見ると、口元は隠しているけど目が笑っていた。どうやら何かを試されているらしい。

 さて、どうやって交渉しよう……。

 俺が読んだ小説だと、お互いに値段を言いあって釣り合ったら成立だけど、もしケチって相手を怒らせたら売ってくれない可能性もある。ここは素直に買った方が良いのか? でも少しオマケして欲しい。


「…………」

「…………」

「分かった、負けたよ。無言で交渉されるとは思わなかった。全部合わせて20gで良いぜ」


 あれ? ギルドマスターの目を見ながら悩んでいたら何か勝手に負けてくれた。ラッキー♪


「じゃあ、それで」


 20gを払い、レシピを貰う。

 レシピを受け取って書かれている内容を読むと、作り方を頭の中に溶け込むように覚えてレシピが消えた。どうやら作り方を覚えたらしいが、こんな簡単に覚えられるのなら、現実の勉強も同じように覚えたい。


「こう言っちゃなんだが、やっぱりお前はコートニー様の弟だよ。色男でミステリアスな雰囲気が妙な威圧感を出してるぜ」


 意味が分からん。そしておだててもケツはやらん。内視鏡だけで勘弁してくれ。

 それに、姉さんのあれは威圧じゃなくて、周りの空気が薄くなるだけだ。だって山ガールだし。


「俺も姉さんも毒持ちだからね」

「ほう、コートニー様も毒を使うのか?」

「うんにゃ。存在自体が毒」


 空気が薄くなるってことは、人間にとっては毒みたいなものだと思う。高山病と同じだ。

 ギルドマスターは俺の発言を聞いて理解したのか大笑いした。


「ははははははっ。やっぱりお前、面白いな。存在自体が毒って言いすぎだろ」

「毒は使い方次第で薬にもなる。今回はマスターにとって薬になったんじゃないか? ただ、使いすぎると毒にもなるから気を付けた方が良いぜ」


 俺の言い返しに、ギルドマスターが笑うのを止めて俺を凝視した。


「忠告か? 確かにそうだな。覚えとくぜ」


 納得してくれて何より。姉さんに依頼する。つまり、俺が重労働。だから頼るのは止めろよ。


「それじゃ、また」


 用も済んで立ち去ろうとすると、背後からギルドマスターが声を掛けた。


「次からは門番にアサシンと名乗りな。それですぐに入れるぜ」

「……何を考えてる?」

「別に、アサシン殿に敬意を払っているだけさ」


 首から上だけ振り向いてギルドマスターとお互いの目を合わせたが、笑顔の裏に隠れた本心は分からなかった。

 俺は何も言い返さず正面を向き直りフードを被ると外に出た。




 あのギルドマスターは怪しい。何かをたくらんでいる気がする。成程、それがミステリアスな雰囲気を出して、女性にもてるコツなんだな。いや、違う。今は女性にもてるコツを考えるんじゃなくて企みについてだ。

 ギルドでの会話で思い浮かぶのは、美人の姉さんが警戒した「暗殺ギルド」というキーワードだと思う。

 暗殺ギルドが崩壊した盗賊ギルドと繋がっていたということは、こっちの盗賊ギルドとは敵対していたはず。

 現に美人の姉さんの警戒度から、今でも暗殺ギルドとは敵対関係だろう。


 今後、暗殺ギルドが盗賊ギルドに対してどう動くか、そしてその時にギルドマスターがどう対処するのか……。

 暗殺ギルド、盗賊ギルド、調合ギルド…………なるほどね。何となく裏が見えた。

 さっきの会話で釘は刺しといたけど、飛び火がこっちに来ないことを祈ろう。


 女難よ あの男に舞い降りよ。


 何か違ったことを祈った気がするが、まあいい。

 信じぬ神にギルドマスターの不幸を祈ってスラムを後にした。




 スラムを出て皆に連絡を入れると、全員、欲しいスキルを手に入れていなかった。

 随分遅いと思っていたけど、詳しく聞いたら今まで高くて買えなかったスキルのバーゲンセールで、ギルドに人が溢れているらしい。

 そりゃ今まで買えずに我慢していたんだから、皆が一気に買いに行くに決まっている。プレイヤーの大半は強欲でできていると実感した。

 皆が揃わないと今後の予定は決まらない。レシピは手に入ったから次は材料を買いに調合ギル……は閉まっている。コンチクショウ!

 ブラブラと街を歩いて、材料が売っている店を探す事にした。


 街の路地裏を歩いていると、背後から何人かが勢いよくこちらに向かってくる気配がしたから道を開けた。

 道の端に寄ると数人の子供達が笑い声と共に横を走って行く。

 その様子にヨーロッパの城下町ののどかな風景を感じた。実際にヨーロッパなんて行った事ないから知らんけど。

 歳を取った老夫婦も、観光でアーケインに来るのも有りかもしれない。ただし、最初の村を超えた勇者限定だから老人にはきついけどな。

 走り去ると思われた子供達は少し先で立ち止まると、突然、ヒーローごっこをやりだした。


「キャーー! 助けてーーーー!!」

「あははははっ、捕まえたぞーー。金がないなら売り払ってやる!!」

「待て、豚怪人!」

「誰だ!!」

「正義の味方、アサシンだ!!」


 俺の目の前で繰り広げられる正義のヒーローごっごに悪意を感じる。そして、悪役もヒーローも名前が酷い。


「リック、トム、ミリアそろそろご飯だから戻りなさい!」

「フラン姉ちゃんだ」

「「はーい」」


 遠くからショートカットの俺よりやや年下と思える少女が遊んでいた子供達を呼ぶと、目の前の子供達は角を曲がって俺の目の前から消えて行った。

 正義の味方でアサシン? 正義の殺し屋って何? それってただの狂信者だから。

 あれだな。俺、絶対にアサシンに殺されるわ、間違いない。今から覚悟しとこう。


 昼飯に屋台でアーケイン風サンドという、肉を薄いパンで挟んだ物を買って食べた。美味しかったけど何がアーケイン風なのか分からなかった。

 昼食後、何時もの雑貨屋の近くまで来たのでついでに寄ってみた。

 中に入るとのんびりした店主が相変わらず店の奥でのほほんとしていた。ちなみに、店内はプレイヤーとNPCで大勢の客があふれてにぎわっている。そんな状態でものほほんとしている店主はある意味で凄いと思う。

 この店主、万引きしてものほほんと追いかけて来るのかな? それはそれで怖いけど見てみたい。


 そういえば、この店は調合ギルドが幅を利かせていた時でも、ポーションを適正価格で売っていたけど何でだろう。

 安かった理由をのほほん店主に聞くと、店主が調合スキルを持っていて自作ポーションを売っていたらしい。のほほんとしているけど実は努力家?

 だったら材料の取り扱いもしているのかと聞いたら、なじみの素材屋を紹介してくれた。

 のほほん店主に礼を言って素材屋へ向かう。




 素材屋は薄暗い路地にひっそりと建っていた。

 のほほん店主が言うには、調合関係の店は堂々と店を構えると荒くれ者が押し寄せて、営業妨害をしていたらしい。恐らくこれも壊滅した盗賊ギルドが、調合ギルドの依頼で営業妨害をしていたのだと思う。

 NPCが地上げ屋やってどうする。このゲームやっぱりちょっとおかしいわ。

 店の中に入ると……。




 捕まったはずのメス豚が居た。

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