第23話 今ならお得な5%off
今日の午前中は診察日だったので、久しぶりに主治医と会った。
会うと言っても、俺の主治医は常に忙しい人だから、VR内で俺の診察データを見て問診を行うのが何時もの診察だった。
「ふむ……薬は変えてないのに血圧、血糖値が昨日より少し上がっているな」
「そうなの?」
主治医と俺は十年以上医者と患者の立場にいる仲なので、わりとフレンドリーに会話する。
この主治医……内藤さんは医者としての腕は確かなのだが、いかんせん筋肉マニアで三度の飯より筋トレ好きが玉に傷。現実でもVRでも筋肉がパンパンなうえにカッチカチである。ちなみに愛妻家。意味もなく愛妻家。嫁自慢と筋肉自慢がマジでうざい。
内藤さん曰く、筋肉を付けている夫は暴力を振るうのが逆に怖いから愛妻家になるらしい。そういうのは俺じゃなくてDV旦那に言ってくれ。そして何時も筋肉を付けろと病人に無茶を言う。
「何か思い当たる節はあるか?」
「何も」
本当にないから真面目に答える。
「まあ、最近は悪化する一方だったからな。心配していたけど成長して体力が付いて来たのかもしれない。このまましばらく様子を見よう」
「了解」
「早く元気になって筋肉付けろよ」
…………。
診察が終わったので俺が通っている学校、まあ、学校と言ってもVRの学校なのだが、アドレスを指定して一瞬で移動する。
今日はレポートの提出のみだからメールを送れば済むけど、ついでだから遊びに行った。
学校で担当の先生にレポートを提出すると、代わりに同じ量の課題をもらった。何このエンドレス、理不尽である。
期末試験の日程を確認して、たまたま俺と同じように学校に遊びに来ていた同級生と喋っていると、隣で会話している同級生からM&Sの話が聞こえて来た。
ちなみに、M&Sはゲームの省略名。久しぶりに出た名前だから俺もどこかで聞いたなと頭の隅から記憶を取り出して何とか思い出した。
「今日メンテナンスで夜まで停止だってよ」
「まじかよ。帰ってからやろうとしてたのに」
「昨日のあれって本当だったのか?」
「あれって?」
「何だよ、掲示板見てないのか? NPCのAIがスキルの値段を釣り上げていたって話」
「はぁ? マジで?」
「それでNPCとプレイヤーが暴動を起こして、緊急メンテナンスで夜まで停止するってさ」
「何それ、訳わからん。後で掲示板を見てみようぜ」
横で友人とクラッシックロックの話をしながら聞こえて来た会話に、ぴくぴく耳が反応してしまう。
やっぱりゲームが止まったか……初のサーバー停止の原因が姉さんの暴走だとは彼等には口が裂けても言えない。俺も関わっているけど、それは忘れる事にした。
その後、何人かの友達が集まってどこか遊びに行こうとその場の勢いで決まり、最近できたVR海物語というサーバーへ飛ぶ。あくまでもVRであってCRでは断じてない!
入場料学生420円……微妙に高けえな……を払ってVR海物語に入園する。
海は奇麗だったが平日だったので人が居なくて寂しかった。そして海の家の飯もVRなのに値段が微妙に高かった。
結局、浅瀬で水中プロレスをして遊んだら全員がくたばった。
ナンパしようという話にもなったが、人っ子一人居ないからナンパも糞もありゃしない。
海でへろへろになった後、解散して病院のVRルームに戻る。
ゲームがメンテナンス中で入れなかったから、先ほどのサーバーダウンの会話が気になっていたM&Sの掲示板を見る事にした。
掲示板のほとんどが「スキル代を返せ」、「何かしら保証しろ」という書き込みだったけど、一つ気になる書き込みを見つけた。
359: シリス ID:Kd3zTVpG0
今回の事件、あの伝説の"アサシンさん"が絡んでいるらしい
調合ギルドマスターが騎士団に逮捕された時、暴動に参加したフレがたまたま見ていたけど
騎士団に連れ去られるギルマスが「こうなったのもアサシンのせいだ、覚えてろ!!」って叫んだのを聞いたってよ
360: ブルドッキングヘッドロック ID:2Cn0lK70d
アサシンって誰?厨二病?
361: アスカロック ID:hUamYZbYM
ガセ乙
あのジャイアントスネークを1発でぶちのめしたって言われているローグだろ?
まず火力0のローグって時点でしんじらんねーよカス
・
・
・
372: ノーザンライトボム ID:NMrdXub90
>>361
カスはおめーだよ。アサシンさんは本当に居るんだよ、お前らの心の中にな。
373: みちのくドライバーⅡ ID:2Cn0lK70d
>>372意味不
374: ビクトル式膝十字固め ID:Pzt25PNg0
でもアサシンは実際に居るらしいぜ、俺の振れが実際にアサシンに助けてもらった事があるって言ってたし。
今回も何もないとことからアサシンって名前が出るとは思えないから、絡んでいる可能性だってあると思う
ただ、ローグがそんなに強いのかってのが怪しいけどな。
後は実際にアサシンが居るのかとか、ローグのスキルが貧弱過ぎて使えない、ローグのスキルスロットが少なすぎる、アサシンの後ろに「さん」を付けるか付けないか、等の書き込みで埋め尽くされていた。あだ名に「さん」付けは要らないと思う。
まあ、それは置いといて、俺の吐いた嘘が少しやばくなった気がする。
実際にはアサシンの癖に義賊っぽいから許してくれるとは思うけど、調合ギルドから金を盗んだのがばれて犯罪者になったらアサシンさん、おっと「さん」はいらねえ、アサシンには悪い事をしたと思う。
もし出会ったら、盗みを働いたのは実は義兄さんだと嘘をつく予定。アサシンは俺の替わりに彼を殺して鬱憤を晴らして欲しい。その時は俺も手伝うよ。
アサシンの話はこれぐらいにして、ジャイアントスネーク討伐の動画があると誰かが言っていたのを思い出して動画を探す。
動画を検索すると一発で見つかった。検索結果で出た動画の上下に蛇にひたすら顔面を叩かれる男の動画が妙に気になったが、我慢してジャイアントスネークの戦闘動画を見ることにした。
ふむ。これが攻略組って言われる人達の実力か……レベルは俺より少し上だったけど、ほとんどノーダメージでジャイアントスネークを倒していた。
二日でこれって廃人でしょ。何かを捨てた人達はやはりどこか強い、その何かが人生で大切な物だと思う……。
パーティー構成は盾、剣、槍、魔法、魔法、ヒーラーで、盾の人が武器での攻撃を全くせずに挑発だけして全部の攻撃を受け切っていた。
義兄さんは防御に加えて自分から攻撃するからダメージを受けていたけど、チンチラが入るまでは五人だったし、しかも一人は火力なしのローグだったから仕方がなかったのだろう。
動画はジャイアントスネークを倒した後、全員がカメラの前に集まって笑顔を見せたところでムカついたから「ドヤ顔、うぜえ」と書き込んで速効で閉じた。
動画を見終わってもメンテ終了予定まではまだ時間があったから、ゲームで使えそうな情報はないかといろいろ調べる。
ネットで調べて分かったのは、俺の攻撃力が弱いのはスキル構成が悪かったのが原因だった。
接近職で攻撃する場合、自分の所持している武器に関係するスキルがないと、ダメージボーナスが加えられないらしい。
つまり接近職は、
・戦闘スキル(物理命中ボーナス)
・所持している武器スキル(火力スキル)
この二つが最低限必要らしい。
盗賊で失敗するプレイヤーは盗賊系のスキルを取るために恐らく二つの内、どちらかを捨てていたのかもしれない。つまり、このゲームで盗賊をする場合、最初から盗賊系のスキルを取得すると、最初の村を出る事が出来ずに詰んで終わる。
俺の場合だと、ただでさえ筋力と体力にハンデを背負っているのに加えて、スティレットを持っているにも関わらず剣スキルを持っていないから、まともなダメージが出せなかった。
そして、俺は直ぐにスキルを取得したくても、現レベルの限界までスキルを持っているから取るに取れない。
後1レベルで五個スキルを追加できるけど、それまで我慢する必要がある。
だけど、そんなことは二の次で、一番の問題はゲームを始める前に姉さんから教わった中にその話が一言も出なかったことだ。
あの女はわざと俺を弱くして遊んでいたのか? さすがに殺意が湧いてきた。今度何かのタイミングで嫌がらせという名のお礼をしようと思う。
今の段階では武器による攻撃力に期待ができないことが分かったので、格闘技の試合動画を見て何かダメージを与える方法を探した。
ボクシングや空手などの試合を見た結果、単純だけど技術が高すぎて俺には難しいと分かった。逆に総合格闘技は技術が複雑過ぎて無理。
もっと単純で分かりやすい動画はないかと探していたら、何時の間にかプロレスの動画を見ていた。
時間が経つのも忘れて見ていたら、いつの間にかメンテが終了していたらしい。
義兄さんからの呼び出しが来た時、一方的に殴られていた金髪はげの爺さんが突然体がプルプル震えだして、殴られても効かないよというギミックと同時に、相手を指差し「YOU!!」と叫ぶと、俺も一緒に「YOU!!」と叫んでいた。
あれ? なんでプロレスを見てんの? 本来の目的を忘れていた事に気が付く。
再度義兄さんから呼び出しが来たので、慌てて動画を消してゲームにログインした。
ロビーでパーティーを組んでいると、チンチラもログインして全員が揃う。
ちなみに、この時に剣スキルのことを姉さんに話したら「ごめんね、知らなかったわ」の一言で終わった……思わず口が開きっぱなしになった。
そして、義兄さんとベイブさんが「え? 持ってなかったの?」という顔をした後、憐れむような目で俺を見ていた。
「それじゃー今日も頑張ろう」
「「「「了解」」」」
「……了解」
俺達は再びゲームの世界へとログインした。
ログインすると昨晩ログアウトした中央広場に出た。通信で『反省する猿』へ向かう事を伝え宿へと向かう。
調合ギルドはあれからどうなったのだろう。移動中にアーケイン新聞を一部購入して読みながら宿へと歩いた。
どうやらメンテナンス中はこのゲームも時が止まっていたみたいで、事件からまだ三日しかたっていなかった。
新聞には、あの事件の結末が書かれていた。
・ギルド庁長官は貴族の称号をはく奪、財産没収のうえ、蟄居。
・調合ギルドの爺も貴族の称号をはく奪、財産没収。人身売買を行っていたことから懲役三十五年の重労働で鉱山行き。
・調合ギルドのメス豚は懲役五十年の重労働で鉱山行き。
・その他汚職に関わっていた人物は罪の深さで、罰金から懲役までさまざまな処罰を受ける。
・スキルの価格は規定価格まで値下げ。しかも当面の間はさらに5%値下げする。
・人身売買に関わっていた犯罪組織の盗賊ギルドは解体、その代りとして冒険者支援のための盗賊ギルドが代わりを務める。
・人身売買で被害にあった市民に対して賠償金を出す。ただしアース国が売られた市民の捜索は行わない。
替わりの盗賊ギルドとは、姉さんと協力したあの極悪おやじのギルドだろう。これで姉さんはこの町の裏社会のボスとマブタチか……我が姉ながら恐ろしい。
後、メス豚とギルドの爺は死刑にならなかった。だけどギルドの爺が懲役三十五年で、豚が懲役五十年の炭鉱送りとか、どう考えても死ぬまで働けという事だと思う。
現実のサラリーマンと同じか? そう思うとちょっとせつなくなってきた。
宿に入って皆と合流した時に新聞をテーブルに置くと、あの事件の結果が知りたかった皆が新聞を一枚ずつバラバラにして、交換しながら読み始めた。
そして、全員が新聞を読み終わると、神妙な顔をして義兄さんが話し始める。
「このニュースには、俺達にとって重大な話が含まれていた」
「うむ」
義兄さんの発言にベイブさんも頷く。そして、姉さんやジョーディーさんも深刻な顔をしていた。
だけど、俺とチンチラはあの記事を読んで、俺達と関係する内容があったかなと首を傾げていた。
「スキルが値下げして、更に5%offだ!!」
「「「やったー」」」
義兄さんの発言に深刻な顔をしていた三人とが喜び叫ぶ。チンチラも漸く理解して後から同じように喜んでいた。
確かにスキルが手に入らなくて困っていたからな。ところでスキルってバーゲンセールする物なのか?
「そこでだ!」
ん? 義兄さんのセリフに合わせて、チンチラを除く全員が一斉に俺の方へと振り向いた。
「レイ!!」
義兄さんの大声に思わずビクッとする。
「……何?」
「「「「お金を貸して!」」」」
「へ?」
チンチラ以外のメンバーが同時に俺に迫ってきて、ソファーの上で反り返った。ドン引きともいう。
「安いうちにスキルが欲しいの。お願い!」
「俺も二刀流のスキルをこの際全部揃えたい。頼む」
ジョーディーさんが土下座をする勢いで頼み込んでくる。普段冷静なベイブさんも真剣だった。というか全員の目が怖い。
確かにスキルは安くなったけど、全部のスキルを買うとなると元手が足りない。何か債権者になった気分で上から目線で皆を見下ろした。ふふふん。
「お金って、ああ、皆が寝ているときに手に入れたお金のことかな?」
「「「「「……!!」」」」」
俺の一言で全員が固まるけどこのぐらいの嫌がらせは良いと思う。苦労したのは俺だけだし。
だけど皆のスキルが増える。つまり、パーティー全体が強くなる。俺が楽出来る♪
そう考えると貸すのは悪くない。なので、今後の投資という事で全員に貸すことにした。
「まあ、貸すけどね」
コンソールを使って一人につきお金を50g渡す……気持ちケチった。
「チンチラも欲しい?」
「いいの?」
「いいよ」
チンチラにもお金を渡たすと喜んでいた。俺が楽になると考えれば安い投資だ。
「ところで、姉さんはスキルをただで手に入れるんじゃなかった?」
「ええ、でもあれ面倒臭いから買っちゃうわ」
正に外道。
スキルを譲渡するつもりだったNPCも涙目だろう。
俺から金を受け取ると、全員が走り出す勢いでスキルを買いに宿を出て行った。
剣スキルが欲しくても、今のレベルじゃこれ以上スキルが取れない俺は、皆と別れて調合ギルドへ毒消しのレシピを買いに向かう。
ギルドの前まで着くと門が閉まって入れなかった。あれ、今日は休み? ギルドは年中無休じゃないのか?
ギルドの前できょろきょろ辺りを見ると、門の脇に張り紙が張ってあった。
なになに……。
「調合ギルド閉鎖中。
調合ギルドはアース国が定めた規定価格を無視して違法な価格での売買を行ったので、三カ月の業務停止中。
薬が必要な場合は現在、王城にて仮販売所を設置しているのでそこで購入すること。
なお、スキル及びレシピの販売、素材の販売は現在停止中。……だと?」
本当は人身売買で業務停止だろうけど、公にしたくないからごまかしているのだろう。さて、国の考えはどうでも良いとして、レシピが販売停止で買えないことが問題だ。
でもこれって調合スキルをプレイヤーから奪うつもりだよな。
キャラメイクのスキル選択で調合スキルを取ることはできるから、完全に禁止と言う訳ではないけど、調合スキルを持つプレイヤーは減るだろう。
ただでさえポーションが不味くて不人気なのに、運営は少し頭がおかしい。医者を紹介してやろう、筋肉ダルマだけど。
レシピは売らないと書いてあったけど、王城まで行ってみる事にした。
張り紙に従って王城まで行くと、簡易テントが張られていて、薬やポーションを購入する客が並んでいた。
並んでいる客を見ると、調合ギルドに居た今にも死にそうな爺さんも並んでいた。爺、生きてたか! まあ、老人の生存なんてどうでも良いので、俺も行列の最後に並んだ。
順番を待ちながらぼーっと並んでいる人々を見ていると、薬は別として嬉しそうにクソ不味いポーションを買う客達は健康のために死ねるんじゃないかと感心する。ミキプ○ーンでも食べてろ。
30分ぐらい待っていると、自分の番が来たので受付の役人にレシピの購入が可能か尋ねてみた。ちなみに役人は中年のおっさんで、なんとなくED治療薬の広告に出てきそうな感じのおっさん。
「すいません。毒消しのレシピが欲しいのですが、購入は可能ですか?」
「あー無理、無理。今は安全が確認できるまで、スキルとレシピの販売は停止だよ」
受付の役人は俺を怪しげに見た後、手を横に振って駄目だと告げる。
やはり無理か、だったらと奥の手を使う事にした。
「でしたらこれを、ささやかな物ですがお受け取り下さい」
懐から1gを取り出して役人に渡すと、彼は手の中の金を見てにやりとしたが、「ふん!」と鼻息を荒らげた。
「売らない物は売らないんだ。薬がいらなきゃとっとと失せな。次!」
どうやら賄賂を渡しても駄目らしい。役人は金を懐に入れて俺を追い払う。その様子に後ろの衛兵がこちらを睨んでいた。
交渉決裂。これ以上粘っても捕まりかねないので、諦めることにした。
「衛兵さん!! この人、賄賂を受け取ったよ。懐に入れているから調べて!!」
「馬っ!!」
後ろの衛兵に向かって大声で叫ぶと、俺の周りの市民や衛兵が一斉に驚いて俺と役人を凝視していた。
賄賂を受け取った役人は、俺が叫んだ内容に驚くと慌てて椅子から立ち上がる。
衛兵が役人を取り囲むのを見届けると、捕まる前に並んでいる市民に紛れて城を後にした。
城から走って遠く離れた所で一息入れる。
賄賂というのは融通できないのなら受け取っちゃ駄目だと思う。見返りがなきゃ当然怨まれるんだから、あの受付の人も良い勉強になっただろう。
賄賂を渡した俺が言うセリフではない気がするけど、そこは気にしない事にした。
しかし、受付の人が言っていた安全ってなんだ? 毒消しのレシピが欲しいだけなのに意味が分からない。薬を作らせないようにしているのか? 行政、正規ルートを頼るのは無理っぽいな。
しばらく考えて、レシピを購入できる所が一つ思い当たり、嫌だけどそこへ行く事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます