第21話 魔女の企みは、他人の人生を破壊する
宿に帰る途中、遠くの屋根の上を飛び移って移動する二人組みの誰かさんが見えたけど、そちらも深夜のお仕事ですか? お勤めご苦労様です。
無視して帰ろうとしたら、どうやらあちらも俺に気が付いたらしい。動きを止めてこちらをじっと見ていた。
目を凝らして見ると、どうやら男と女の二人で、深夜のデートか?
こっちは姉から強制犯罪させられるという、常識ではあり得ない労働をしているのに良い身分だな、死ね。
距離的に50m程、わざわざ出向くこともないだろう。
相手に向かって中指を立てた後、物陰に隠れて別のルートから宿へと帰った。
宿に着くと扉が閉まっていて入れなかった。仕方がないから『反省する猿』のドアをロックピックで開けて侵入する。
宿泊している宿のカギを強引に開けて侵入するプレイヤーは世界中で俺一人だと思う。運営だってこんなロールプレイは想定外、俺だって好きでやってる訳じゃない。
宿に入ると全員が寝ていて本気で殺意が沸いた。
俺も早く寝たかったけど、帳簿と不正書類を持ってきたから早めに動いた方が良いと考え、皆を起こすことにした。だけどチンチラは新人だから今回は見逃してやった。
ちなみに、遠慮しまくりのチンチラは、全員から説得されて強制的に泊めさせられた。
チンチラは恐縮しきっていたけど、ベイブさんからそういう態度は逆に相手を困らせると注意されて、さらに恐縮していた。おい、そこの犬、ビビらせてどうする。
まず義兄さんとベイブさんの鼻をつまんで起こす。犬の鼻は固くて摘まみにくくて濡れていた。
次に姉さんに通信を入れた。もちろん電話に出なかったから出るまでひたすら鳴らした。九回ぶつ切りされたけど、諦めずにひたすら鳴らし続けてようやく起きた。
ジョーディーさんも同じように通信で起こした。こちらは一回で済んだが、降りてきた時に夜更かしは肌に悪いとブチ切れされたけど、ゲームの世界で肌を気にするなロリババア。
「それで俺が頑張っている間に寝ているというのは、どういうことなのかな?」
「「「「すいませんでした」」」」
反省だけなら猿でもできる。ああ、この宿の名前だったな。宿主がこの名前を付けた気持ちが分かった。
取りあえず全員をサロンに集めて、報告の前にクズ共に説教をした。
「それで、何か分かったのか?」
説教を終わらせたい義兄さんが強引に調合ギルドでの報告を促してきたから、鞄から持ってきた帳簿やら不正書類と汚職リストをテーブルに叩きつけた。
そして、調合ギルドの出来事を話す。
皆、最初は書類を見ながら面白そうに聞いていたけど、院長室での落書きや、爺を脅しての金庫開けについて話すと、姉さん以外の全員がドン引きしていた。
「この姉弟はやっぱり恐ろしい……」
義兄さんが呟くが、その姉はお前の嫁だ。死ぬまで恐怖に怯えていろ。
「レイちゃんおつかれさま~。落書きはチョットやりすぎだったけど、予想以上の成果で嬉しいわ。後は私達でやるね」
姉さんが笑顔でねぎらってくれたけどそれだけか? 報酬を寄越せという空気を出してみたけどガン無視された。その態度に金庫から盗んだ金を皆で山分けするのは止めようと誓う。
「それでどうするんだ?」
ベイブさんが姉さんに予定を尋ねると、姉さんは目を閉じて少し考えた後、全員に作戦を話し始めた。
「ベイブちゃんは調合ギルドのドワーフが逃げないように見張ってて。ギルドから出たら捕まえずに尾行してね」
「俺はそのドワーフを知らないが?」
「あ、それは大丈夫。なんて言うのかな、人って心が腐ると見た目も腐るから、オークを探そうと考えればひと目で分かるよ」
「……ドワーフじゃないのか?」
メス豚の容姿を教えると、ベイブさんが訝し気に顔をしかめて首を傾げた。
「カートは私と一緒に付いて来て。ジョーディーちゃんも一緒に手伝ってくれると嬉しいわ」
「りょーかーい」
「ちなみに何をやるのか教えてもらっても良いかな?」
義兄さんが恐る恐る尋ねると、姉さんがにっこりと笑い返す。その笑顔は他人に安らぎを与えるが、詐欺と同様である。
「大した事はしないわ。生産ギルドへクレームを入れてもらうだけよ」
「そうか、それくらいなら安心だな」
絶対に騙してる。まあ、俺には関係がないからどうでもよかった。
「じゃあ、皆、明日はよろしくね」
最後に姉さんが一言言って解散させたけど、俺にはその一言が宣戦布告に聞こえた。
翌朝、睡眠時間は短かったが早朝六時ぐらいに目が覚めた。凄く眠い。
食堂へ行くと、普段寝起きが悪い姉さんが既に居た。何だかその時点で今日は嵐、いや、大災害の予感がした。
「おはようございます」
「おはよう」
「やっほー」
俺と姉さんが朝食を取っていると、チンチラが食堂に入って俺達と朝の挨拶を交わす。山ガールの挨拶はいつものマウンテン。
チンチラは席に着くと、朝食ではなく水を頼んだ。それを聞いてウエートレスのクソビッチが鼻で笑う。
姉さんが「朝食は?」と尋ねるとチンチラは減量中と答えたが、どう考えても金がないのが丸分かりなので、姉さんが朝食をおごっていた。何故かクソビッチが悔しそうだった。
今日は昨日の続きでポーションの作成を再開することにした。恐らく午後には修行も終わるから、久々に婆さんの所に行ってスキルをもらう予定。
糞豚? もう関わりたくないでござるよ。そんな事よりも婆さんの家に入る時にどう呼ぼうか悩む。前回と同じじゃつまらないし、結構難しい。やっぱりネタの資料として名前は聞いとくべきだった。
俺以外の全員はメス豚の屠殺、それが終わったらログアウトすると言っていた。
チンチラも姉さんに協力すると言っていたけど、姉さんは大丈夫だからと断った。自分の汚れた姿は見せたくないらしい。
姉さんが手伝うなら俺の手伝いをするように言うと、チンチラも快く了承した。
その際、チンチラに聞こえないようにきちんと彼女を守りなさいと言われたけど、別にチンチラは彼女じゃない。
ゲーム内時間で1日、現実だと1時間も経ってないのに彼女にするのは少し早いと思う。それ以前に、石の力士がチンチラの横に居るから、ボディーガードは不要だろう。
いい加減、姉さん達は俺とチンチラをくっつけようとして遊ぶのをやめて欲しい。
チンチラと宿を出て昨日と同じように昼食用のサンドイッチを買おうとしたら、チンチラが昼飯を作ると言いだしたので任せることにした。
市場に寄って言われるまま食材を買ってから街の外に出る。サンドイッチを買うより高くついたのは内緒にした。
城外に出るとチンチラがゴーレムを召喚する。
「『クリエイト・ゴーレム』」
チンチラが呪文を唱えると、地面から魔法陣が現れてゴンちゃんがにょきにょき現れた。不気味。
一分ぐらいかけてゴンちゃんの召喚が終わる。大きいゴンちゃんはやっぱり力士にしか見えなかった。四股を踏め。
「レイ君も乗る?」
ゴンちゃんに乗ったチンチラから誘われて、俺もゴンちゃんの肩に乗った。
右にチンチラ、左に俺を肩に乗せてゴンちゃんがのんびり歩く。高いところから見る風景はいつもと違って面白いけど、岩に座って振動があるからケツが痛い。慣れないスパンキングに新たなステージへの扉が開きかかった。
すれ違った他のプレイヤーに見られた時、露出プレイをしている気分になって恥ずかしかった。興奮したともいう。同時に露出スパンキングプレイを平然とやるチンチラを凄いと思った。
昨日ポーションを作成した小川に行く間、何かしていないと寝りそうだったからダンジョンの出来事をチンチラに話した。
スケルトンの肋骨を押さえた事や、蜘蛛をひっくり返した事、ボスの大蜘蛛を焼いた事を話すとチンチラは涙を流して笑ったり、驚いていたりしていた。
ゴブリンを討伐したダンジョンの事は言うのを止めた。あそこの戦い方は育成上良くない。ただ、ゴブリンの三匹についての話をした。白い目で見られたくなかったから、人質に取った話はしなかった。
昨日と同じ場所でポーション作成の続きを再開する。
チンチラに手伝ってもらうと俺の修行にならないから、結局鍋を洗うとか湯を沸かすとかの作業に留めてもらった。
それだけだと暇そうだったから、ネットでも見たらと言うとチンチラが首を傾げた。コイツは説明書を見ないでゲームを始めるタイプだと理解する。
だから手が空いたときに、外部リンクの接続方法を教えてあげた。そして、暇なときは勉強をしているという話をしたら、喜んで自分もと勉強を始めた。
どうやらこのゲームに嵌ってから勉強がおろそかになって、少し不安だったらしい。「加速時間システム最高!!」と言ってうれしそうだった。……どこかで聞いたセリフだな、あれ? サブイボが出た。
教材を見れば、チンチラは俺と同じ高校一年だった。
ただし、俺は一年間病気で休学していたから年齢は俺の方が一つ上。ゲームの中でも自主的に勉強しているぐらいだから、きっと頭も良いのだろう。
俺の手が開いた時にチンチラの問題集を見て一緒に解いてみた。他校の生徒と学習をすると教わり方が違うから、別の観点で理解ができて頭に入りやすい。同じ学年だからと、今度一緒に勉強することを約束した。
午前中をポーション作成の修行に費やし、昼を過ぎた辺りでチンチラがご飯を作りたいと言ってきたので、かまどを譲る。
近くの木陰に座って休みながらチンチラを見ていると、ハミングをしながら料理を作っていた。何の曲かは分からないけど楽しそうだった。
しばらくすると歌を歌いだしたから必死になって止めた。著作権で銭を稼ぐ暴力団体は何時どこで監視しているか分からない。うかつな行動は即、告訴。国ぐるみの恐喝で財産没収は確実だ。
チンチラが自分で料理が得意と自慢していたから、ジョーディーさんが作る毒レベルとは思えないけど、メシマズ料理人は基本的に本人の自覚がないため多少の不安はある。チンチラの料理が美味いことを天に祈ろう。
「レイ君、できたよ」
……祈っていたらどうやらいつの間にか寝ていたらしい。チンチラに揺すり起こされる。
だけど、深夜まで仕事をして寝不足な人間が、のどかな草原で休んでいたら寝るに決まっている。
寝起きの状態でぼーっとしている俺に、チンチラが作った料理を手渡した。
寝ぼけ眼で見ると、料理は一見普通のシチューに見えた。だけど、ジョーディーさんの作った毒も見た目だけなら普通なのに、食べた瞬間全身に刺激が回って吐き出したから油断は禁物。
俺の考えをよそにチンチラは心配そうに俺を見ていた。じろじろと見られる中、覚悟を決めて一口食べると……普通に美味かった。安堵という調味料が全身に回って涙がでそうになる。
「おいしいよ」
「良かった」
チンチラも俺の様子にホッとしたのか自分も食べ始めた。どうやら人柱にされていたらしい。
「お姉ちゃん達は大丈夫かなぁ」
チンチラが鍋を洗いながら俺に聞く。
ちなみに「お姉ちゃん」とは、姉さんがチンチラに半強制的に呼ばせている呼び名だ。姉さんがシスコンだったとは知らなかった。
ジョーディーさんもお姉ちゃんと言わせたかったらしいが、ベイブさんにその年齢設定でか? と突っ込まれると、「ぐぬぬ」と言った後、肩を落として諦めていた。自業自得だと思う。
姉さんについては確かに不安がある。ただし、チンチラと違ってどの程度暴れているのかが不安なのだが。
以前、別件で姉さんがブチ切れた時は、証拠を作り、でっち上げ、別の不正や汚職を見つけてから、マスコミへのリークかこちらの要望を聞くかを脅迫したとかしないとか。合法的な恐喝ほど怖いものはないと思う。
「確かに心配だな。サーバーが停止しなければ良いけど……」
「あははははは。まさか、それはないよ」
何も知らずにのんきに笑うチンチラを横目に、惨劇を予想している俺は首を横に振った。
午後二時を回った頃、大量にあった薬草の粉を全部使いきった。後は婆さんにスキルを譲渡してもらえば長かった修行も終了する。
片づけをしてから、行きと同じようにゴーレムに乗ってアーケインに帰った。ゴンちゃんの振動でリズミカルにケツを叩かれ、新たなステージへ一歩踏み出した。イグッ!! イグッ!!
帰る最中に昨晩の話をせがまれたか、汚い部分は隠して話してあげた。チンチラは話を面白そうに聞いて凄いと興奮していた。
見るな、そんな純粋な目で俺を見るな。俺はもう汚れきっている。
城門前でゴンちゃんを土に戻してから、アーケインの城下町に入った。
宿に向かう道中、中央広場を抜けようとすると何だか騒がしい。様子を伺えば、広場の外れで人が集まり、何かを受け取ってその場で読んでいた。
『号外ーー! 号外ーー! ギルド管理庁で汚職事件、その関係で各ギルドが一時閉鎖だよーー!』
聞こえて来たその声に、俺とチンチラがお互いの顔を合わせる。
「ギルドが閉鎖!!」
「汚職事件? 姉さんが何かした?」
俺は慌てて号外新聞をばら撒いている人から新聞を受け取ると、チンチラと一緒に記事を読んだ。
『 ギルド管理庁、庁長以下メンバー汚職事件のため逮捕事情聴取。
【アース国=ビル・ダイアン】アース王国は12日、トーマス・ガルア ギルド庁長官(68)が重大な規律違反の容疑でアース王国治安管理省から取り調べを受けていると伝えた。
容疑は明らかにされていないが、汚職などの経済問題の可能性が高い。
事の発端は調合ギルドがアーケイン国が定めた価格を無視し、独断で高額な販売を行っていると王国の関係者へ密告があったという。
さらにその密告内容は本新聞社にも送られ、本社が独自の調査を行ったところ、調合ギルド以外にも、神聖魔術協会、傭兵ギルド、鍛冶ギルド、その他多くのギルドでも高額な金額を顧客に対して要求し、その売り上げの一部はトーマス・ガルア ギルド庁長官、他ギルド庁の各要人へ渡されていた。
現在、トーマス・ガルア氏他、関係者全員が王国に逮捕され、事情聴取を行っている。
アース国の庁長官が失脚したのは105年ぶり。ギルド管理に大きな影響力を持つトーマス・ガルア氏の失脚で、王国に激震が走るのは必至だ。』
新聞に書かれていた内容を要約すると……。
・調合ギルドでは、国が定めた価格を無視して高額で薬やスキルを売っていた。
・調合ギルドのギルドマスターは、国からの査察を回避するために賄賂をばら撒いていた、その中心がギルド管理庁で管理庁長。
・汚職リストが匿名でリークされて、調合ギルドだけではなく、殆んどのギルドで規定を無視した価格でスキルが売られていた。
・それを深刻な事態と受け取った国は、ギルドを一時閉鎖。汚職に関係する人物を全員を逮捕、事情聴取中。
他にも調合ギルド関係だけだと、まだ続きがある。
『 調合ギルドで奴隷売買の容疑。
【アース国=マルコ・ロッキン】調合ギルドでは薬を規定価格より高額で販売し、薬を買う事が出来ない顧客に対して、高額な金利で販売していた形跡があった。
調合ギルドに借金を返す事が出来ない顧客に対して、調合ギルドでは盗賊ギルドと提携して暴力的な代理取り立てを行い、それでも払えない顧客を拉致、奴隷として売り渡していた経歴が発覚した。
さらに薬に関しても下請け、持ち込みに対して規定価格より安く購入して品質の劣化、管理義務違反の疑いがもたれている。
また、シャルイ・コーン調合ギルドマスターはアース国からの補助金を水増し、個人の財産として着服したとして現在は逮捕、また愛人でもあるジョリア・コーネックと共に事情聴取を行っている。調合ギルド職員も軟禁、順次事情聴取を行う予定。
盗賊ギルドでは過去にも暗殺ギルドと連携してアース国の元宮廷魔術師ビル・サーチアスを殺害したとして疑いがもたれていた為、今回の事件の容疑と併せ、現在騎士団が盗賊ギルドの解散作業を行っている。』
こちらも要約すると……。
・調合ギルドは盗賊ギルドと繋がっていて、薬が買えない客には高金利で金を貸して、返せない場合は奴隷として連れ去っていた。
・下請けや薬を作るプレイヤー、NPCに圧力をかけ規定価格より安く買い取りをしていた。
・国から出る毎年の補助金を水増しで請求して受け取っていた。
・調合ギルドのギルドマスター、愛人のドワーフを逮捕、他の職員に関しても調合ギルドに軟禁し、順次事情聴取を行う。
・現在騎士団で討伐隊が組まれて盗賊ギルドを壊滅している最中。
「あはははは……」
チンチラはあまりの事態に顔を引きつらせて乾いた笑い声を出していた。
「……暴れすぎだよ」
俺にはアーケインの街に巨大な姉さんが現れて「おほほほほ」と笑いながらゴ○ラよろしく、火を吐いて暴れているイメージが脳裏に浮かんだ……。酷い例えだけど、概ね当たっていると思う。
「急ごう!」
直ぐに姉さんに通信を入れると『反省する猿』に居ると返事が来たから、チンチラを急かして宿へと向かった。
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