第18話 草原を駆け巡る笑い声
のどかな日差しの中、時が止まる。
チュンチュン。
あ、どこか遠くでスズメが鳴いている。良い天気だなぁ……。
現実に戻ると、やはり目の前には、初対面の美少女が上目づかいに俺を見てお願いをしていた。ありえねぇ。
「……パードゥン?」
「え?」
「もう一回言って?」
「だから、私とパーティーを組みませんか?」
今、草食系男子が求める夢のような展開が繰り広げられているが、現実に目を背けては駄目だと思う。
フードを脱いで顔を見せていたら分からないが、チンチラと会ってからは一度も素顔を晒していない。
どう考えても初対面の美少女が、フードを被った怪しい男をパーティーを誘うなんて、夢みたいな事を信じてはいけない。そう、これは……。
美人局である。
だったら背後に潜む男はどこに居る? この野原に隠れる場所はないし、離れた場所に居るのは……ハッ!!
このゴーレムか! この女、スゲェ! 一人美人局という新ジャンルを築いてやがる……。
「このゴーレムが背後の男なのか?」
「背後の男? もしかしてゴンちゃんの事ですか? 一応女性型ですよ」
ゴーレムを指差して驚くと、首を傾げたチンチラからもっと驚きの新事実を聞かされた。
女性……型…………だと……。
いや、いや、いや、あんこ型の女性とか、アメリカのスーパーマーケットで、ゴーカートに乗って買い物をしているデブ女と体形が同じじゃねぇか……この召還士のゴーレムを設計したやつはデブ専なのか? 恐らくそうに違いない。
「何で俺なの?」
「それはですね。初対面の私でも親切にいろいろ教えてくれて、先ほどの話でNPCの人が相手でも約束を守る義理堅い人だったし、一緒に組んでも安心できると思ったからかな」
言えねぇ……そんなこと言われたら、モンスター相手に崖から突き落としたり、人質を取った事もあるなんて、とてもじゃないが言えねえ……。
「後、ポーションが手に入りやすいかなぁって……」
最後の方は上目遣いで小声だったけど、パーティーはお互いに営利目的が当然あるから、この程度なら別に問題ないと思う。
俺なんてローグが居ないという理由だけで、姉から無理やりローグプレイさせられている訳だし。
「他のパーティーメンバーは?」
「今は誰とも組んでないです。何度か誘われて組んだことも有ったけど、ほとんどがナンパ目的の人で……嫌なことが多すぎて今は一人かな。あははっ」
この女、さらっと世界中のブスを全員敵に回しやがった。そして美人局でもないらしい。
もし今の話が本当なら、ネットゲームは目的がナンパな男性プレイヤーも多いし、女性でしかも美少女だと面倒事も多いのだろう。姉さんは同じ女として、少しはこの子を見習ってがさつな性格を直して欲しい。
でも、パーティーとなると義兄さん達の承諾を得ないと駄目だし、やっぱり断ろう。
「後、料理スキルも取っていて、結構得意な方です」
「採用!!」
断るのヤメ!! ビシッ! とチンチラを指さして採用を決める。
承諾? そんなの糞喰らえ。あのクソチビのマッド料理を食べさせられる位なら、こっちから抜けてやる。
「ありがとう!!」
喜んでいるけど知らないよ? 俺達のパーティーは敵が強くてニューゲームだ。
しかも、パーティー全員が混乱という暴走DeBuffが解除不能。ちなみに俺も自覚はしている。
「ちょっと待ってて、他のメンバーと連絡を取って確認するから」
「え? レイ君ってパーティー組んでいたの?」
ボッチじゃねえよ! 一応、仲間は居るんだぞ、脳筋にドSに……酒乱に……腐女子…………か……。
「多少……いや、奇人、変人だらけだけど強い人達だし。それに俺以外は全員結婚しているからセクハラはないよ」
「え? でも、結婚しているなら大丈夫そうですね」
チンチラは全員が結婚していると聞いてホッとした様子だった。
「それに無理そうだったら抜けても良いし」
俺は抜けたい。
「はい」
「じゃあ、連絡するから少し待ってね」
姉さんは忙しそうだし、連絡するなら義兄さんかな。でも脳筋的な会話しか出来ないからやっぱり却下。
ジョーディーさんは料理の話になったら不貞腐れそうだし、ベイブさんはジョーディーさんの買い物に付き合って散歩中だから、あの夫婦は駄目だ……本当に色々と駄目だ。
色々考えたけど、結局姉さんに連絡する事に決めた。ドSだけど包容力は間違った方向に一応ある。チンチラもセクハラ被害を受けた事があったらしいし、女性同士がちょうど良い。
だけど姉さんの影響を受けて、チンチラもサディストになる可能性も否めない。何故なら姉さんの性格は人に感染するウィルスと同じだから。
コンソールを弄って姉さんに通信を入れると、直ぐに応答が来た。
≪姉さん、今平気?≫
俺の「姉さん」の言葉にチンチラが驚いていた。
≪レイちゃん? やっほー。今起きたところだから大丈夫よー≫
もうお昼はとっくに過ぎて三時を回っていると思うけど、今起きたのか? スキルを取るという話はどうした?
≪パーティーに一人メンバーを入れたいんだけど、良いかな?≫
≪あら? 彼女? 何時の間にできたのかしら? うふふ≫
この魔女は何で女性と気が付いた? だけど俺の純情を責める姉さんの冗談にはもう慣れている。冗談を聞き流して話を続けた。
≪いや、相撲部屋の女将さんだよ≫
≪……?≫
相撲部屋の女将と言って通じるわけがない。姉さんが通信先で首を傾げているのが想像できた。そして、俺の話を横で聞いてたチンチラが笑っていた。
≪ちなみに料理が得意≫
≪レイちゃん!! 絶対に連れてきて、必ずよ≫
あ、姉さんの口調が真剣になった。まあ、昨日食べたマッド料理を味わったのなら責め所はそこだよな。
≪了解。姉さんだったらきっとそう言うと思っていたよ。それじゃあ連れてくるけど、今、城外に居るから二時間後ぐらいに反省猿に行くね≫
≪りょうかーい。後でね~≫
「絶対に連れて来いってさ」
横で聞いていたチンチラは結果を聞いて嬉しそうだった。
これから帰るけどポーション作成は明日でいいか。片づけをしてから街に向かって歩き始める。
ちなみに、チンチラも片づけを手伝ってくれた。本当にええ子や。
チンチラは来る前と違って、ゴーレムに乗らずに一緒に歩いていた。
二人並んで歩いているけど、俺達の背後にはデッカイ岩が付いて来る。少しでもチンチラに手を出したら、顔面張り手で頭がパーン! 絶対に何もしないと心から誓う。
帰路に着く間、チンチラと今までの出来事を話して情報を交換した。
俺がローグキャラだと話したらチンチラの目からハイライトが消えて、遠くを見据え過去に組んだローグの話をポツポツと語り始めた。
「ローグの人とは最初の村で何度か組んだことあるけど……。敵につばを吐いて汚かったし、ダメージが入らないからって戦闘に参加しないで怒られ不貞腐れてたよ。
最後に組んだ人は「こんな糞ゲーやってられるか!」と言い残して、戦っている最中にログアウトしたおかげで、パーティーが全滅しそうになったし、あまり良い印象はないかなぁ」
思い当たる節がありすぎて背中から冷や汗が出る。
他人の話なのに、同じ職業だからか俺が責められている気がするのは何故だろう。
「アーケインに着いてから組んだパーティーだとローグキャラは居なかったなぁ。
一度だけローグなしでダンジョンに入ったら、罠ですぐに全滅しちゃって、ローグキャラの重要性は分かったけど、パーティー募集してもローグの人が見つからなくて、結局ダンジョンはクリアできなかったね」
「多分、最初の村を出ることができなかったんだろうな」
「でも凄腕のローグも居るって聞いたことがあるよ。
何もない場所から突然現れて、一撃でボスを葬りさるローグが居るって。何でもアサシンって呼ばれているらしいね」
「へー。すごいな~」
ローグでそんなに強くなるのか? 一度会ってどんなスキル構成なのか教えて欲しい。
「だけどゴーレムにもポーションが効くとは思わなかったよ」
今度は俺から話し掛けると、チンチラが笑った。
「あは、私も。たまたま投げた方向がずれて、ゴンちゃんに当たったら回復できて驚いたよ。皆は信じてくれなかったけどね」
ゴンちゃん? ああ、さっきも言っていたな。ゴーレムのゴンちゃんか。お似合いだよ、ゴンちゃん。
四股名はゴンの山かゴンの海か? だけど、古今東西、女性の名前の何所かに「ご」を付けるネーミングセンスは無いと思うし、最低だとも思う。
無言でチンチラの後を付いてくるゴンちゃんを振り返って見ても、相変わらずの無表情。
俺が知っているファンタジー小説の無口系キャラは、小柄で可愛く魔法系の少女が多かったけど、こいつは無口キャラのヒロインにしてはガタイが良すぎる。
俺が考えている横で、チンチラも後ろを振り返ると、ゴンちゃんを見て笑っていた。その様子は仲の良い相撲部屋の女将と幕下力士の関係に見えるが、実は女同士。詐欺だと思う。
「まあ、どう見ても岩の塊だからね」
本当に回復するのか試したかったから、鞄からポーションを取り出してゴンちゃんに投げてみた。
サッ!!
ゴンちゃんは、ガタイに似合わぬ速度でポーションを避けた。
「…………」
「「…………」」
地面に落ちたポーションが魔法のビンごと消えていく。
消えたポーションを見届けてからゴンちゃんを見れば、当然ながら無表情。なぜ避けた?
「……なあ、このゴーレム、俺が投げたポーションを避けたけど、気のせいかな?」
「……うん。避けてたね」
「いつも避けるの?」
「ううん。今まで一度もないよ」
理由を考える……いや、答えは既に分かっていた。だけど、その答えがゴーレムにも該当するのか。それが、俺の理解の範疇を超えているだけだった。
「もしかしてさ、いつも回復する時って後ろからポーションを投げていた?」
「えっと……あーー、確かに戦闘中だとゴンちゃんが前に出ているから、後ろから投げていたかな」
先ほど浮かんだ予想はおそらく正解だろう。もう一回ポーションを使って試してみることにする。
「ちょっとゴンを動かさないで」
チンチラに命令して、ゴンちゃんの後ろに回る。
ゴンちゃんはこれから俺がやることを分かっているのか、顔は無表情のままだけど体は全身を硬直させ、手を握りしめて我慢していた。
そう、今、この石の固まりは、主のチンチラから動くなと命令されて動けず、いつ襲って来るか分からないポーションぶっ掛けを待つマゾプレイを虐げられていた。
この手のプレイが好きなやつは興奮するかもしれない。相手が力士型の岩だからマニアック過ぎるけど……。
今度はポーションの蓋を取らずに、ゴンちゃんへ投げる。
コツン!
蓋を閉めたままのポーションはゴンちゃんを回復せずに、背中に当たって地面に落ちた。
それに気が付いたゴンちゃんが緊張を解いて、肩の力を抜き握っていた手の力を緩める。このゴーレム、びびってやがる。
その様子を見て地面に落ちたポーションを拾うと、チンチラの所に戻った。
「ゴンが逃げた原因が分かったよ」
「え? 何だったんですか?」
チンチラが首を傾げる。
「ゴンはポーションが苦手らしい」
「ええーー!? そうなの?」
「ポーションが不味いから嫌だったんだろうな。まさか、ゴーレムに味覚があるとは思わなかったよ」
ポーションがぶ飲み対策で不味くしているとは思っていたが、まさかゴーレムも不味く感じるとは思わなかった。
たしかに、ゴーレムに戦わせて後ろからポーションをガンガン投げれば、どんな敵が相手でも勝てるし当然と言えば当然か……。
だけど、ポーションでゴーレムの体力を回復させない仕様にすれば良いだけなのに、このゲームの運営が考えはどこか抜けている。
「あれ? ポーションってもしかして不味いの?」
ポーションの味が不味いと聞いてチンチラが驚いていた。
「飲んだことないの?」
「うん。実はない」
この女、無自覚でゴーレムを虐待していやがった……恐ろしい子。
だけど、俺も既存品のポーションは飲んだことがない。
飲む機会もなかったし、不味いと言われた物をわざわざ飲むアホも居ないだろう。いや、動画の出演料次第かな……。
「一本奢るよ。飲んでみな」
出演料は出さないけどポーションをチンチラに一本渡す。ついでにこの際だから、俺も飲んでみることにした。
ポーションの蓋を開けて、お互いの顔を見てから息を飲む。そして、タイミングを合わせることなく二人同時に一気に飲んだ。
「「不味い!!」」
一気に口の中に広がる青汁の様な苦さと不味さと臭さ。吐き気はないが、鼻から苦い息が出て、それが苦さを思い出してこれまたきつい。
一言で例えるならば、液状正露丸。だけどやっぱりジョーディーさんの料理よりはましだった。
俺は顔をしかめてポーションを投げ捨てる。
チンチラを見れば、やっぱり苦そうに顔をしかめていた。エロ動画でもたまにみるその表情に少し興奮する。
「すっごい不味いね。こんなのをゴンちゃんに使ってたのかぁ……」
しかし、うちの義兄さんは出演料を貰わずにこんな糞不味いポーションをがぶ飲みしていたのか。
飲んでみて分かったが、あの男の脳筋としての潜在能力は凄いと思う。脳筋力でこの不味さすら克服するんだから、強いのも納得できる。精神科医でもお手上げだ。
そう考えていたら、なんだかおかしくなってきた。別に大して面白くもないが、なぜかドツボに嵌ったらしい。
「あはははははははっ」
俺が突然笑い出したのを見てチンチラが驚いたが、自分もおかしくなったのか俺と一緒に笑い出した。
「「あははははははっ」」
俺達の笑い声は、温かい日差しが照らす草原を風と共に駆け巡った。
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