第13話 街に集まるマゾ難民

 『反省する猿』に泊まった翌朝。昨日、一日中調合の素材を薬研で細かくしていたからなのか、ベッドから起きると微妙に肩がこっている感じがした。

 VRだから実際にはこってないけど、気持ちの問題。


 肩を揉みながら一階へ降りると、姉さん以外の全員が一つの卓を囲んで朝食を食べていた。


「おはよう、姉さんは?」

「おっはー。コートニーちゃんはまだ寝ているよ。昨日も遅く帰って来たからね」


 俺の質問にジョーディーさんが教えてくれた。姉さんは昔から低血圧で朝が弱かったが、ゲームの中でまで寝起きが悪いのはどうかと思う。


「そうですか……皆と同じのをください」


 ウエートレスが来たので朝食を頼んで席に着く。ここのウエートレスはここの女将の娘で17か18歳ぐらい。そばかすがあるけど可愛い部類に含まれる。

 だけど、義兄さんを見て顔を赤く染める時点で、俺の中ではクソビッチと認定。


 試しにフードを取って俺の顔を見せたら、驚いたけど直ぐにウィンクを飛ばして来た。さすがはビッチ。男とやりたきゃエロ動画にでも出演していろ。

 義兄さんが冗談で彼女をナンパしてみと言ってきたけど、ビッチはお断り。病気でセッ○スができないのが理由だけど、俺もできれば生でやりたい。


「スキル取得で忙しいのかな?」

「みたいだな。俺も昨日は二刀流のスキルを教えてもらえるNPCを探したが、残念だけど駄目だった」

「俺も情報を集めたが……皆、秘密にしているのか、ただでスキルを取得できるという情報はなかった」


 俺が姉さんの事について質問すると、ベイブさんと義兄さんがスキルが手に入るNPCの話を始めた。

 よく分からない流れだけど、別にそんなことは聞いていない。


「レイ君はどうやってスキルを取得できたの?」

「いや、薬は作っているけど、まだスキルは取得していないよ」


 まだ作成する前準備の段階だから一つも作ってない。


「でも薬を作っているって事はスキルを手に入るんだよね?」

「まあね。でも言えないよ」

「どうしても?」

「約束だから……まあ、出来たら上げるよ」


 毒だけど。


「じゃー聞かないことにする」


 ジョーディーさんは「むーっ」と言って拗ねたが諦めてくれたらしい。婆さんとの約束だし、俺だって強請られても言うつもりはない。

 しかし、この人の年齢は本当に分からん。ついでに性癖も理解できん。


「サービスでーす」


 先ほどのクソビッ、いや、ウエートレスがにっこりと笑いながら俺の朝食をテーブルの上に置いた。

 目の前の朝食を見て顔をしかめる。

 俺の皿には、どう見ても一人前とは思えないソーセージの山が乗っかっていた。

 見るだけで食べる前から胃もたれがする。サービスをするなら料理じゃなくて、男のソーセージでもしゃぶって元気にしてくれ。そうすればこの宿も一気にお客が倍増だ。


「やっほー」


 ソーセージをフォークでぶっ刺して食べようとしたら、食堂に姉さんが入ってきた。そして詫び一つなく俺の横に座る。

 文句の一つでも言いたいが、言っても無駄だと分かっているので誰も何も言わない。姉さんは増長する一方である。

 俺と姉さんが朝食を食べ終わるのを待って、義兄さんが今日の予定を話し始めた。ちなみに、ソーセージは食いきれないから全員で分けた。


「昨日は休んだから、今日はクエストをやろうと思うが皆は大丈夫か?」


 調薬作成も続けたいところだけど、協調性がないのも人としてどうかと思うので皆と同じように頷く。


「それじゃあ、雑貨屋に寄ってからクエストを注文しよう」

「「「「了解」」」」


 皆が席を立って宿屋を出る。

 俺達は途中で雑貨屋に寄ってポーションを補充すると、中央広場へ行った。




「凄い人ごみだね」

「うわー」


 ジョーディーさんが広場に溢れた難民……訂正、プレイヤーを見て感嘆を上げる。


「これじゃあ依頼所も溢れてそうだな」

「日毎に増えているな」


 義兄さんとベイブさんも苦い顔。本当、こんなマゾなゲームをよくやると思う。世界はドMに溢れている。

 クエスト依頼所を見ると、外から見ても人が溢れていた。


「私、パス。あの人ごみはちょっと無理」

「私も~」

「じゃあ俺も」


 姉さんが依頼所の人ごみを見て拒否するのに、俺とジョーディーさんが便乗する。

 面倒臭いのは義兄さんに任せる。クエストを探すのが好きそうだし、それ以前に、彼自身が面倒臭い男だし……。


「仕方がないな。あそこの木陰で待ってろ。俺とベイブで適当なのを見繕ってくる」

「「「いってらっしゃ~い」」」


 三人並んでにっこり笑顔で手を振り義兄さんとベイブさんを見送ると、人ごみ共の中をかい潜って木の下で待つことにした。


「しっかし、人が多いね」

「そうね。最初の村をクリアしたのは良いけど、スキルの値段が高くて皆ここで立ち往生しちゃっているのかも」

「運営も馬鹿だよね。せっかく初日に人を分散させたのに、結局アーケインに人を集中させちゃっているんだもん」

「まだ二日目なのに大丈夫なのかしら?」


 姉さんとジョーディーさんが木陰のベンチに座って会話をしているのを横で聞きながら、俺は近くの木に寄り掛かって広場の人間観察をしていた。

 広場には大勢のプレイヤーが集まっているが、殆どの人はぼーっと突っ立っていながら目を光らせていた。

 どうやら自分から募集するのは恥ずかしいけど、パーティーは組みたい。だから募集を待ってチャンスを狙う。典型的な日本人スタイルのボッチプレイヤーがひしめいていた。


「レベル上げに行きませんか! タンク募集中です」

「ギルド、ラブ・アンド・ピースです。メンバー募集中です。どなたでもどうぞ~」

「ギルド、萩の湯。メンバー募集中」

「ダンジョンに行ってみませんか? コチラ初見です!」

「盗賊ギルドの場所どなたかご存じありませんか! 知ってる人教えてください」


 少数ながらも募集の声が掛かると、その度に多くのプレイヤーが一斉に集まっていた。その様子はまさにハイエナ。

 彼等はMMOを遊びたいのはではなく、ただ接待プレイをしてくれるプレイヤーをゲームで求めているだけなのだろう。

 そう考えると、日本人にMMORPGは合わない。




 そんなプレイヤーの様子をぼーっと見ていると、俺の前を十代ぐらいの男女が騒ぎながら歩いて来た。


「ブラッド、ふらふらしない! またシャムロックさんに怒られるよ」

「痛て、痛てて! ステラ、痛いって!! 耳を引っ張るなって千切れる!」


 仲の良いことで……その年代で既に尻に引かれている時点で、男の方は苦労の人生が待っている気がする。

 そんな事を考えながら、やかましい二人が過ぎ去るのをぼけっとしながら見送った。


 そういえばこの世界の地理について知らないのを思い出して、ジョーディーさんと姉さんに尋ねると二人が教えてくれた。


「ここの他にも街ってあるの?」

「あるよー。ここから南の方に行くと港町が……あれ? 名前何だっけ?」

「コトカね」

「そうそう、コトカって港町。一応βだとこのアーケインとコトカが開放されていたよ」

「もう行っている人って居るのかしら?」

「居るんじゃない? 廃人だったら初日を強制ログアウトまでやっているんじゃないかな?」

「強制ログアウト? そう言えばそんな事が説明書に書いてあったな。何時間までだっけ?」


 俺の質問に姉さんが答える。


「十四時間よ。ゲーム時間で二週間ね。それ以上は禁止されているし、十四時間ゲームをやったら最低十時間はログインできないわよ」


 現実逃避も十四時間までか。




「おや? もしかしてレイさんですか?」


 突然後ろから声を掛けられて振り返ると、盾と剣を持ったプレイヤーが立っていた。背後にはそのパーティーと思わしきメンバーが並んでいる。


「えっと? どちら様でしたっけ?」


 話し掛けて来た人物に訪ねると、盾と剣を持った人がガックリ肩を落とした。


「東の森でジャイアントスネークを倒した時のパーティーですよ。忘れちゃいましたか? こっちは凄く覚えていますよ」


 おお! 麻痺草取った時の肉壁さん達か。あの時は身代わりにスネークを戦ってくれて助かった。はて? 名前何だっけ……。


「ああ、思い出した。久しぶり。だけどよく後ろ姿で俺だと分かったな」

「耳の尖ったフードは何気に目立つからね」


 ああ、姉さんが入れた厚紙のせいか……。


「お知り合い?」


 会話をしていると俺の背後から姉さんがひょっこり顔を出した。

 突然現れた美人にパーティーの皆が驚いた後、男性全員が鼻の下を伸ばす。


「昨日……現実時間で昨日ね。薬草取りを手伝ってくれた人達」

「は、初めまして! 俺、イキロと言います」


 ああ、うんうん。変な名前としか覚えてなかったけど、確かそんな名前だった。

 後ろのメンバーも姉さんに向かって自己紹介をする。

 斧戦士のドワーフがテルヒサ、両手剣士がノブナガ、若い魔法使いがシュバルツ、髭魔法使いがコウメイ、そして猫娘のヒーラーがミミと名乗った。

 最初に会った時、お互いに自己紹介をしたけど、もう会うこともないとすっかり忘れていた。


「初めまして、レイの姉のコートニーよ。弟がお世話になっています。そして彼女が友達のジョーディーンね」

「ヨロシク~」


 姉さんが営業スマイルでジョーディーさんを紹介すると、幼女姿にイキロ達がほっこりとした笑顔を彼女に向ける。

 年齢偽証詐欺に騙されているけど俺からは何も言わない。知らない方が幸せな事もこの世にはあると思う。

 のんびりとその様子を眺めていたら、イキロが俺を引っ張って耳元へ口を寄せた。


「こんな美人の姉さんや可愛い子が居るなら、もっと早く教えてくれよ」


 無理。お前にこの二人は扱いきれん。

 それに、この二人は結婚済みだ。もし紹介でもしてみろ、姉さん一筋の義兄さんに俺が殺される。

 そして、もう一人は年齢偽証の詐欺師で性格も腐っている。

 この幼女の頭の中では既にお前等全員、ケツの穴にバ○ブが突っ込まれているはずだ。恐らく俺もだが……いや、もっとひどいだろう。


「二人とも既婚者だよ」


 彼等が手遅れになる前に優しく真実を教えてあげた。


「え?」


 俺が教えると、イキロが驚いた表情をしていた。


「だから結婚済み」

「この子も?」

「ああ、これは年齢偽証しているから」

「そ、そうか。残念だ」

「偽証ってなによ! ゲームの仕様だから詐欺じゃないわ」


 糞チビの抗議はあえて無視。俺達の会話を聞いていた後ろの男達は、結婚していると聞いてがっくり肩を落としていた。


「ふふふ、残念でした♪」


 俺達の会話は姉さんにも聞こえていて、彼女は彼等の残念がる様子を見て笑っていた。


「でも、ずっとフードで顔を隠して見えないけど、お姉さんがそんなに美人なら、レイさんも凄く美形なのかしら?」


 ミミが興味ありそうに俺を見ると、姉さんが俺を見てにっこり笑う。


「もちろんよ。それっ」

「あっ!」


 突然、姉さんが俺のフードをめくって顔を晒す。

 俺の顔をみてイキロ達がポカーンと口を開けて驚いていた。ついでに近くを歩いていた見ず知らずの人まで俺の顔を見て口をあんぐり開ける。

 見せ物じゃねえよ。これ以上じろじろ見られるのが嫌だったから、慌ててフードを被った。


「すっごい、こんなイケメンはじめて見た!! SS撮りたい!! お願いもう一回見せて!」


 猫のミミが発情して興奮していたけど、二度目はない。


「却下」

「ええーっ!」


 ミミ以外のメンバーは、「死ね」とか、「くたばれ」とか、「イケメンで強いとか反則だろ」とかぶつぶつと呟いていた。

 今度コイツ等に出会った時は、助けずにPKしようと心の中で決める。


「それで、レイさん達はこれからクエストですか?」


 若い魔法使いの……シュバルツが質問してきた。


「今、他のメンバーがクエストを探している最中だけど、そっちもこれから?」

「ええ、ベアー退治です。あの時、助けてもらったおかげでお金が手に入ったから、スキルは買えないけど装備は新調できたので、簡単なクエストだったら無事にできると思うし」

「他は装備の修理代でお金がなくてクエストもまともにできないらしいね」

「だよね。ダンジョンに入ってもトラップで即死するし、雑魚の敵に勝てないし、何とか死にまくってボスまでたどり着いてもまるで刃が立たないとか……。公式掲示板が凄いことになっていましたよ」

「ダンジョンなんてトラップ発見とか鍵開けが必須なのに、序盤でローグが育てられないからクリア不可能ですからね。死亡コンテンツと化していますよ」

「アーケインでローグに転職しようにも、スキルが高すぎて無理だって話だし……」


 シュバルツの発言を皮切りに後に他のメンバーが色々と教えてくれた。

 どうやら、俺がうなぎに叩かれる男を見ている間に、ゲームに対するクレームが凄いことになっているらしい。

 期待が大きかった分、反動で不満が爆発しているのだろう。俺も戦闘面では酷い目にあったから、ざまぁとしか思わない。


「レイさん達はダンジョンをクリアしましたか?」

「したよ~」


 シュバルツの質問にジョーディーさんがあっさり答える。


『さすがです!!』


 それを聞いてイキロ達が俺達3人にひれ伏した。

 その後、ダンジョンについて色々と聞かれたから分かる範囲で教えてあげた。

 スケルトンや蜘蛛の話をすると「詐欺だ!」とか喚いていたけど、知らんがな。

 彼等は俺達に礼を言った後、去っていった。


「やっぱり皆も厳しいみたいね……」


 彼等が去った後、姉さんが肩を竦めて溜息を吐く。


「ちょっと難易度高かったもんね」


 チョット? それどころじゃなかった気がするけど?

 イキロ達が去るのとすれ違いに、今度は義兄さんとベイブさんが戻って来た。




「待たせたな」

「「「お疲れ~」」」


 義兄さんが見せてくれたクエストはやっぱりダンジョンだった。

 義兄さんは現役バリバリの二十代。ダンジョンでもケツの穴でも、入れるところがあったら何でも突っ込みたくなるお年頃。


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奪われた荷物の回収


依頼元:商売ギルド リカルド・ハッキネン


依頼内容:アーケイン西の山あいでゴブリンに襲われました。

ゴブリンの居場所は襲われた近くにある北の洞窟が隠れ家と思われます。

リーダーから奪われた荷物の回収をお願いします。


報酬額:8g

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 自分で行け。


 まあ無理だから依頼したんだろうけどね。

 報酬は地下墓地と比べて安いし、少しは安心か……でも前回が酷すぎた気がするから油断は禁物。


「場所は街から二、三時間歩いた場所にある。今から行けば昼ぐらいには着くが、レイのスキルを有効にするために、突入は暗くなってから開始する予定だ。

 出発は昼飯をここで食ってからのんびり行こう」


 義兄さんの提案に全員が頷く。

 その後、俺達は昼食を取ってから、アーケインを出発した。

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