第14話 襲撃、隣の晩御飯

 昼過ぎにアーケインを出た俺達は、クエスト依頼所から貰ったMAPを頼りに洞窟のある山へと到着した。

 木々の間の獣道を進んでいると、太陽は沈み辺りは闇に覆われて遠くでは梟の鳴く声が聞こえる。

 そして、俺達が進む先に小さな明りが見えてきた。


 明かりに近づくとインスタンスダンジョンに入ったのか、辺りの気配も変化していった。

 俺達は見つからない様に茂みに隠れると、義兄さんの指示で俺一人偵察に向かっていた。

 ステルスを発動して音を立てない様に近づくと、その先に洞窟らしき穴を発見する。入口の様子を確認してから、皆が居る場所まですたこら戻った。


「ただいま」


 声を出すとステルスが解除されて、皆の前に姿を晒す。


「おぉっ!?」


 おや? 義兄さん、もしかして俺に気が付かなかった? ついに盗賊隠密スキルもレベルが上がって、姿が見えなくなってきたか?


「日中は分かるが、闇に隠れると見えないな」


 来た!! ついに俺の時代が来た!! ようやく幽霊とも卒業だ。


「それで入り口はどうだった?」


 俺の心の歓喜をスルーして、空気を読むことがない義兄さんが報告しろと催促する。


「あ、見張りに二匹居たよ。特に警戒している様子もないね」

「そうか……応援を呼ばれたら厄介だからここは隠密に行こう。

 俺とベイブで近くまで寄って襲撃、他のメンバーは離れた所で待機。もし俺達が見つかったら攻撃参加で……」

「いや、俺とレイで行った方がいい。お前の装備だと音が響いてウルサイ」


 義兄さんの提案をベイブさんが止めると、クソ犬が俺を散歩に誘ってきやがった。


「いやいや、そこは確実に仕留められる義兄さんが行くべきではないでしょうか?」

「大丈夫だ。背後からの奇襲だったらレイでも行ける」


 丁寧に断るが、あえなく却下。


「それでも万が一ってこともあるし、やはり義兄さ……」

「いいから、来い!!」


 ズリズリズリズリ……。


 全力で拒否したけど、全力で却下。結局ベイブさんに引きずられて、犬に散歩させられる事になった。




 洞窟近くの茂みからひょっこりと顔を出す。

 もちろんステルスはしたままだから、ばれることはない……はず。


「どうだ?」

「うーん、動かないなぁ。このままだと一匹は確実に倒せるけど、もう一匹に逃げられるかな。

 大回りに背後に回らないと……あ! ちょっと待って……」


 報告の最中、一匹のゴブリンがもう一匹を誘い二匹揃って移動する。

 そして、そのまま崖へと移動して並んで崖っぷちに立った。


 ジョロロロロロロロ~~。


 立ちション? 立ちションするAIとか、設計した人も仕様書見てどんな気持ちだったのだろう……。いっぱい勉強してエンジニアとして働いたのに、立ちションのAIを作るってどんな気持ち? ねぇねぇどんな気持ち?


「今がチャンスだ、行くぞ!」


 ベイブさんも茂みから顔をだして、状況からチャンスと判断したらしい。AIが立ちションするという行動については何の疑問も持ってないのか? まずそこから考えろ。


 AIの行動に疑問を持つ俺を無視してベイブさんが素早く静かに移動する。

 俺もベイブさんの後ろを付いて行き、音を立てないようにゴブリンの背後に忍び寄った。

 移動中にベイブさんが自分を指してから右を差し、俺を指してから左を指す。そのアクションの意味は、「右のケツは俺が貰う、お前は左のケツを攻めろ」。

 汚ねえケツなんて興味ないが、理解したと頷く。

 そして、背後に着くと同時にベイブさんが指を三本立ててから一本ずつ閉じて、同時攻撃のタイミングをカウントし始めた。

 3、2、1……ベイブさんの手が閉じたタイミングで、足をゴブリンのケツ穴にねじ込むように蹴っ飛ばして崖から落とす。


「「ゴブーーーー!!」」


 蹴りを喰らった二匹のゴブリンは叫び声を上げながら崖から落下した。

 崖下を覗いても暗闇で見えないため生死の確認は取れないけど、この高さからならまず死んでいるだろう。

 ションベンしている最中にケツを掘られて落下死か……こんな死に方は嫌だと思う。


「上手くいったな」

「……」


 笑顔でベイブさんとハイタッチ。現実でやったらまず逮捕。ゲームって怖いね。

 洞窟の中のゴブリンが気付いていないことを確認してから、待機しているメンバーに手を振った。


「おつかれ~」


 姉さんが俺達を見てニコニコしている。どうやら遠くから様子を見ていたのだろう。凄く楽しそうでドSが顔に出ていた。


「レイ、先頭を頼む」

「了解」


 蹴りを入れたつま先を地面に擦りつけて奇麗にした後、義兄さんの指示に従って洞窟の中に侵入した。




 洞窟は真っ暗な状態だったけど、ジョーディーさんの『ライトトーチ』で明るくなった。頭の中で彼女の事をロリ発電灯と呼ぶ。

 入り口は狭く下り坂になっていたが、直ぐに天井が高くなって登り坂に変わった。

 登り坂の途中で、地面から5,6cmほどの高さにあるピンと張った縄を見つけた。

 縄は地面と同じ色に染められて引っ掛かりそうな仕掛けだったけど、俺は危険感知スキルで縄が赤く光って丸分かりだった。


 俺が足を止めると、背後の皆も停止する。

 義兄さんも前回の件で懲りたのか、学習したのか知らないが、後ろから俺の行動を見守っていた。

 この罠がどこに繋がっているか調べると、坂の上の天井に丸太や岩が乗った支柱が見つかった。縄に引っ掛かると支柱が外れて落石する仕掛けと想定される。

 このダンジョンも前回同様に、盗賊が居ないと初っ端から全滅させる気がマンマンで、運営の性格が180度ひん曲がったクソだと理解した。


「罠発見。気をつけて」


 小声で罠の縄と奥の仕掛けを指差す。

 俺の報告に全員が頷くのを確認してから、罠を避けて坂を上がると、通路が二手に分かれていた。


「偵察してくる」

「頼んだ」


 皆をその場に残してステルスを発動。

 まず左側を確認。角を曲がった先の奥に扉が一つあるだけだった。音を立てずに扉へ近付き確認すると、検索系スキルからアクティブな敵が二匹居るのが確認できた。

 クソつまらねえな。冗談でドラゴンを見つけたとか言ってみようか……やっぱり止めよう。奴らは喜んで突入するに違いない。

 暫らく様子を伺うが中で動く気配がなく、音を立てずに扉を開けて室内を覗いた。部屋の中は暗くて見えなかったが、耳を澄ますと寝息が聞こえた。

 とりあえず確認出来たので、分路地まで戻って右の通路へ向かう。


 皆が待っているT路地前をステルスで通ったが、明るい所だとまだ姿が見えるらしく、全員が俺を見ていた……皆、無意識に精神ダメージを与えている事に気付け。

 右側を進むと突き当り正面に扉があり、通路は左へと続いていた。


 左の通路は後回しに扉へそっと近づく……スキルの反応だと中に居るのは五匹。

 扉越しに耳を傾けると、時折ゴブリンの「ゴブッ」という笑い声が聞こえた。まあ、ゴブリン語の通訳が居ないから、本当に笑っているかは知らん。

 ステルスはしているし通路側は暗いから大丈夫か? 少しだけ開けて中を覗く……見つかってないオーケー。

 部屋の中を覗くと、ゴブリン達はテーブルの上の何かを飲み食いして、楽しく宴会をしていた。

 そっと扉を閉めると、皆のところへ報告に戻る。




 俺が報告すると、義兄さんが最初に調べた部屋まで全員を誘導する。

 ここまでくれば酒盛りしているゴブリン達には見つからない。さすが脳筋だけど効率厨、やる事が合理的。


「寝ているなら都合が良い。先にこっちを始末しよう。ベイブも来てくれ」

「分かった」


 義兄さんとベイブさんが静かに部屋に入ってから、すぐにガタッと音がした後で二人が戻ってきた。


「こっちはクリアだ」


 うわー。寝込み襲っちゃったよ、この人達……マジ外道。


「さて、次だが奇襲するとは言え、五匹同時はさすがにきつい。扉の前まで誘き寄せてから狭い場所で戦おうと思う」

「狭いと魔法が使えないのよね~」


 殺人狂の姉さんが溜息を吐く。お前、誰かが止めなきゃ平気で撃つじゃねえか!


「確かにそうだが、一番安全な策だぞ……」


 狭い場所だと姉さんの魔法が使えず効率が悪いけど、義兄さんの案は悪くないと思う。


「レイちゃん、何か良い案はないかしら?」


 おっと、こっちに振ってきた……。


「無視するとか?」

「「「「却下」」」」


 どうやら殺人狂は姉さんだけじゃなかったらしい。全員が却下する。


「背後から襲われる可能性もあるから、できれば倒したい」


 ベイブさんの説明に俺以外の全員が頷く。


「だったら敵の罠を利用するとか?」

「ん? 詳しく聞こう」


 今度は興味を得たらしい。詳しく話せと言うから自分の考えを説明した。




 扉の前で突入の準備をする。扉越しでも酒盛りしているゴブリン達の楽しそうな雰囲気が伝わってきた。

 それもこれからぶち壊す。何となく罪悪感が生まれたけど、俺、ローグだから許される職業だよ……多分。


 ちなみに、他のメンバーは最初に寝込みを襲った部屋の前で待機中。

 うーん……確かに言い出しっぺだし、ローグスキルを持っている自分が適材だと思うけど、今からやる事は少々きついものがある。だけど、考えても仕方がないので覚悟を決めた。


 バーンッ!!


 扉を勢いよく開けて部屋に入る。


「襲撃!! 隣の晩御飯~~!!」


 中に居たゴブリン達は突然の出来事に全員が唖然としていた。


「ヨネ○ケ3世で~す。ハイ、ドーン!!」


 ガラガラ、ガッシャーン!!


 食べ物が置かれているテーブルを思いっきりひっくり返す。テーブルは見事に倒れて料理や酒は床に飛び散った。

 ゴブリンは何が起こったのか分からない状態で、俺を見て呆然としたまま動きを止めていた。


「あははははは。ビタミン、ミネラル、サラダバーサラバじゃー


 意味不明なセリフに笑い声を含ませ、ゴブリン達に手を振ってから部屋を出た。やってあれだが物凄く恥ずかしい。


「ゴブー、グゴゴブー!!」


 部屋の外に出ると同時に、状況に頭が追いついたゴブリン達の怒気の混じりの叫び声が聞こえた。「ゴブ」としか聞こえないが、怒っているのは間違いない。

 急いで最初のT路地まで移動する。

 T路地はジョーディーさんの『ライト』で明るくして、ゴブリン達が俺を見失うことがないように設置されていた。

 ゴブリン達が部屋から出て俺を見つけたのを確認してから、笑顔で手を振って罠のある登り坂へ誘導する。

 角を曲がってすぐにステルスを発動して、登り坂の頂上の隅っこで隠れた。『ライト』の点いたT路地と違って、罠のある坂道は真っ暗なので見つからないと信じる。


 一匹、二匹……五匹。暗闇でも検索系スキルでゴブリンの存在を把握できるから見逃すことはない。

 全てのゴブリンが通り過ぎて坂の中の罠がある場所まで移動したタイミングで、仕掛けられていた罠の支柱を外した。

 支柱に支えられた岩や丸太が坂の中付近に居たゴブリンを巻き込んで、騒音と共に坂の下までなだれ落ちる。

 俺は隅に居たため巻き添えにならずに済んでいた。


 目視では暗くて見えないが、検索系スキルで見れば、罠の下敷きになった五匹の生体反応が次々と消えていく。

 哀れゴブリン共、怨むなら無視する案を却下した皆を怨んでくれ。この作戦の発案と殺ったのは俺だけど。


 ゴブリンに向かって心の中で合掌していたら、背後から戦闘音が聞こえ始めた。

 これだけ大きな音を立てれば、どんなに深く眠っていようが気付くのは当たり前。

 T路地の所で義兄さん達がゴブリン相手に戦闘中だったので、俺も参戦することにした。




 戦闘と言っても狭い通路での戦いだから、義兄さんが相手をしている奥のゴブリンは近づく事すらできない。

 なので、手前のゴブリンを相手にしているベイブさんの援護をすることにする。

 ゴブリンはベイブさんと対峙しているので、こちらから見れば背を向けている状態で隙だらけ。腰布? 下してもバーサークさせるだけだからもうやらねえよ!

 腰のスティレットを抜きゴブリンの背後へ近づく……とうとうこのスティレットを使う時が来た。今日はかなりの数のゴブリンを倒しているけど、一度もこいつを抜いてないのは本当に不思議。デビューは派手に行こう。


 まずDeBuffを掛けるため、背後を向いているゴブリンにスキル『足払い』をする。

 オートモーションに従って前蹴りをすると、膝の裏へ当たってゴブリンがよろけた。俗に言う膝カックンである。

 それを見たベイブさんが、すかさず首をはねて止めを刺す。

 そして、義兄さんと戦っていたゴブリンも同時に倒された。


 さすがベイブさん。それに皆も前回の地下墓地をクリアしてから強くなっている気がする。

 ……あれ? ……俺は手に持っていたスティレットを見てから、そっと鞘にしまった。

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