第7話 きれい好きな毒マニア

 絡まれていた時は余裕がなく確認できなかったが、路地の奥を見れば怪しげな扉があった。

 扉の前に立つと、カチャリと鍵の開く音が鳴って扉が少しだけ開く。先程見たガチババアの容姿を思い出し、躊躇したが中に入ることにした。


「おじゃまします」

「汚い部屋じゃが、適当に座ってくれ」


 普通そう言われたら汚いと思うじゃん……お部屋、凄く奇麗で御座います。

 ババアの部屋は木造作りのクラシックな雰囲気で、薬作成の道具や書物が整頓されて埃一つなかった。何というか、このゲームは常に俺の想像の斜め上を行く。


「いや、奇麗だし落ち着く部屋だと思うよ」

「そうかい。ヒャヒャヒャ」


 不気味なババアの笑い声が部屋の雰囲気を見事にぶっ壊す。

 俺はフード付きマントを脱ぐと、ダイニングチェアに座った。ババアは俺の顔を見ると、目を丸くして驚いている様子だった。


「ヒャヒャヒャ、お主の顔の方が奇麗で感動するわい」


 肩をすくめて苦笑い。このモーションの意味は「歳考えろ、糞ババア!」。


 ババアが俺の反対側に座る。もし横に座ったら振り向きざまに殴っていた。


「何で俺にスキルを教えようと?」


 これ、一番大事な質問。怪しい場所で怪しいヤツが突然スキルやると言われても、怪しさ全開。おいしい話には裏があるし、ただより高いものはない。


「お主が見込みのある若造だからじゃよ」


 ポーションでぶん殴るのが? 意味が分からず首を傾げていると、ババアがニヤリと笑った。


「わしは調合士と言っても、毒専門じゃ」




 驚いてババアを凝視する。気持ち悪くて胃から吐き気が湧いた。

 ババアは毒と聞いて俺がびびっていると思ったのか、ニヤニヤと笑っていた。


「質問があるんだけど良い?」

「なんじゃ」

「毒の入ったビンでも殴れる?」


 俺の質問が想定外だったのか、ババアが固まる。このまま息絶えると思ったら、大声で「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」と笑い始めた。

 ババアが腹を抱えて笑い死にしそうだけど、そんなに面白いことを言ったか? ツボに嵌りすぎだと思う。

 しばらくババアは笑っていたが、漸く落ち着いたのか涙を拭いながら話し始めた。


「ヒャヒャヒャ、面白い若造じゃ、ますます気に入った。錬金師が作った魔法の瓶にポーションを入ると瓶に魔法が掛かって割れなくなるぞ。もちろん毒薬も同じ仕様じゃ」

「ふんふん」

「それに、お主は知らぬと思うが、街中で武器や素手での流血、魔法による騒ぎがあれば衛兵だけが持つスキルで事件の場所を特定するのじゃが、どうやらポーションで殴れば反応しないらしい」

「そうなの?」

「うむ。お主がやったのを見て初めて知ったわ。外の化け物には効果がないと思うが、街にいる奴らには有効な武器じゃ。

 ポーションで傷を治さず怪我を負わせる馬鹿はおらん。それがわしの気に入った理由じゃな」


 ババアが語った内容を分析しよう。

 確かに最初のゴブリンをポーションで殴った時、驚きはしたがダメージを負った様子はなかった。

 次にベイブさんをぶん殴った時、あのベイブさんが一撃で死んだ。訂正、一撃で倒れた。

 そして、さっきのNPCに使った時も一撃だった……ネズミすら倒せない俺が一撃で倒せるのは確かにおかしい。

 これは相手と場所次第で確かに効果がある気がする。


「それでどうする? わしから習うか?」

「お願いします」


 中身が何であれ瓶は瓶!! 俺は、迷うことなく頷いた。敬称もババアから婆さんに昇格しとこう。


「わしが知る限り、毒作成スキルはこの国じゃと三カ所しか覚えることができん」

「毒なんて適当に腐ったのを食わせりゃいいんじゃね?」

「それは毒は毒でも、ただの食中毒じゃ」


 毒じゃん。


「良いか、毒って言うのはな……」


 それから、婆さんの毒講座が始まった。




 ……一時間経過。


「婆さん。そろそろ帰っていい?」


 老人の話は長くて困る。スキルが欲しくて話を聞いていたけど、汚ねえツラのババアを一時間見ているのは正直シンドイ。


「おお、話に夢中になってしまったわ。それで何処まで話をしたっけ?」


 ボケてんじゃねえよ。


「スキルを覚える場所が三カ所しかないとか……」

「おお、そうだった。まず、一カ所目はわしじゃ。

 二カ所目はこの国の暗殺ギルドのマスターだが教わる条件は分からん。暗殺ギルドの場所も知らんし、たとえ入ったとしても殺されるだけじゃ。

 三カ所目は薬草学スキルをレベル30にして、調合士ギルドで奉仕活動すれば教えてもらえるはずじゃが……最近はあの受付のドワーフが邪魔するらしいな。

 あやつも早く結婚でもして退職すればよいのじゃが」


 あの性格と容姿だぜ? 豚のケツに突っ込んで一発抜くぐらいの勇者じゃなきゃ無理だろ。


「そうだなぁ。あの豚も寿退社すりゃ被害は旦那だけになって、周りの迷惑にならないのに」

「ひゃひゃひゃ。お主、見かけによらずに酷いことを言うのう」


 婆さんが笑いながら茶を飲む。おや? 何時の間にか、俺の前にも茶が出されていた。婆さんに釣られて、俺もずずずっと飲んだ。


 ん? うまい!


「美味しいお茶だね。毒入り?」

「ありがとよ。毒は入ってないから安心せいってもう飲んどるか。ホンにお主は面白い」

「いやいや、大したことはございません」


 俺の周りにはもっと面白い変態さんがいっぱい居るぞ。

 脳筋とか、山ガールとか……酒乱とか……腐女子……とか…………俺の周りにマトモなヤツは居ないのか?


「さて、話の続きじゃ。暗殺ギルドでも調合士ギルドでもスキルを与えるのにスキルトレーナーというアイテムを使っているのじゃが……」


 俺が冒険者ギルドでサバイバルスキルを取る時に使ったあれだな。


「残念ながらここにはない。あれは高価だし一般に持つものでもないしな」


 確かに誰でも持っていたらギルドも儲からないし当然だと思う。


「だが、スキルトレーナーがなくてもスキルを覚えることは可能じゃ」

「ほう」

「スキルは一定の経験を積んでいた場合、スキル保持者からスキルを譲与できるんじゃ」

「でもスキルがないと失敗して、経験が上がらないと思うけど?」

「お主、生産スキルは持っておるか?」

「持ってるよ」

「では問題ない。成功率が上がるから毒薬は作れる」

「でも調合士スキルがないから品質が良いのは作れないぜ」

「実際に使うのなら問題だが、お主が作るのはスキル取得だけの品じゃ。品質が悪くなっても関係ないさね」

「毒作成スキルは?」

「わしが教える。あれは元々レシピが読めるだけのスキルじゃ」


 ……確かに実際に使用すれば問題だが、スキル取得までの経験値稼ぎと考えれば関係ないのか。今まで悩んでいたのが嘘みたいだ。




「ところでお主、生存術と危険感知、それとサバイバルスキルは持っておるか?」

「あれ? 何で知ってるの? 今日取ったばかりだぜ」


 俺の答えに婆さんが目を見張る。


「それは本当か? うーむ、こうも順調だとお主との出会いは天命としか思えんな」


 嫌な天命だな。美人を寄越せ。


「サバイバルスキルを取得した状態で生存術スキルと危険感知スキルを使用すれば、薬の材料が見つけられるのは知っておるか?」

「生存術スキルで薬草が取れるとは聞いてはいるけど、危険感知スキルの方は知らない」

「サバイバルスキルを持って生存術と危険感知を使えば毒草の見分けが出来る。

 本来ならば毒作成スキルがなければ材料の検知は不可能じゃが、わしが教えることで薬の材料という認識を得れば可能じゃ」


 なるほど。毒も危険物と考えれば、説得力のある答えだ。


「それでじゃが、お主がスキルを取得するのに必要な分の材料がない。自分で取ってくる必要がある」

「当然だな。材料ぐらい自分で取らないと迷惑だからな」

「よい心がけじゃ。採取道具なら貸してやるから、持って行くとよい」

「あんがと」

「ところで薬草学はどうする。ついでに覚えるか?」

「お願い。生存術で見つけられるなら、毒草を取るついでに薬草も取ってくるよ」


 それを聞いて婆さんがにやりと笑った。


「わしのポーションは特別じゃぞ」

「特別? 傷は治るが毒になるとか?」

「それも面白いのう。けど、わしのポーションは味が美味いらしい」

「へーー」

「少し毒を入れているだけなんじゃがな」

「やっぱり毒入りじゃん」

「少しの毒なら体に良いのじゃよ、酒と同じじゃ」


 ひゃひゃひゃと婆さんが笑う。笑ってばかりだな、どうやら機嫌が良いらしい。


「それと、最後に一つ。わしのことは誰にも言うな。それがたとえ身内でもじゃ」

「理由を聞いても良い?」

「わしは気に入ったヤツにしかスキルを教えんし、毒作成を教えたのがばれたらそれで商売しておる奴らに殺される」

「なるほど。俺も婆さんを気に入ったから黙ってるよ」

「ひゃひゃひゃ、色男に気に入られて何よりじゃ。

 では、お主がスキルを取得するために作成する数は、毒薬が三百、ポーションが三百じゃ。

 材料はポーションを教える追加料を含めて、毒草が六百五十束、薬草が六百五十束、麻痺草が三百五十束。街の東へ行けば取れるはずじゃ。がんばるんじゃぞ」


 ポーションを教わる場合、料金の替わりに材料を多く取らせるのか。

 でも調合士ギルドで覚えるよりは遥かに安いし、毒作成というレアなスキルも手に入ると思えば安い報酬だ。

 婆さんからそれぞれの材料を実際に見せてもらうと、採取道具を借りて婆さんの家を出た。

 あれ? 婆さんの名前を聞くのを忘れていたな。まあ、また来るときに聞けばいいか。




 家の外に出ると気絶していた詐欺NPCの姿はなかった。恐らく目覚めてどこかへ去ったのだろう。

 あいつとの出会いがなければこんなチャンスに出会うことがなかったし、彼にも感謝。ありがとさん。

 ああ、そういえば道に迷っていたんだっけ……まあ、いいやと適当に歩いて、気の向くまま歩いたらスラムを抜けた。

 帰る途中で戦闘ギルドが見えたけど、サバイバル、生産スキル、調合士、毒作成、薬草学。これでスキル枠が一杯だから、盗賊回避スキルの取得はまた今度。バイバイ。

 広場を抜けて『反省する猿』に到着する。宿に入っても誰も居なかったので、通話で姉さんを呼んだ。


≪姉さん。今平気?≫

≪ヤッホー。ねえ、レイちゃん聞いてよ。取ろうと思っていたスキルが高すぎて買えないの。も~~頭にきちゃう≫


 珍しく姉さんの言葉に怒りが混じっていた。これは相当お怒りのご様子。


≪やっぱり姉さんもか。俺もサバイバルスキル以外は全滅だったよ≫

≪サバイバルは取れたのね。ポーション関係は幾ら位だったの?≫

≪レシピを含めると25gだったね≫

≪……それ、きついわね。私はそれより少なかったけど、それでも全然買えないわ≫


 やっぱり全体的にスキルが値上がりしているのか?


≪そうそう、私達はゲーム時間で今日の夜にはログアウトするけど、レイちゃんはどうする?≫


 今日で五日目の夕方だと現実の時間では23時半ぐらいだから、丁度よい時間ではあるが……。


≪うーん。量のある採取クエスト受けちゃったから、それが終わってからかな……≫


 嘘は言ってない。ただ報酬がスキル取得であるのと、クエスト主を言ってないだけだ。


≪了解~~。こっちは何とかスキルもらえる方法をもう少し考えるから、そっちはそっちで頑張ってね~~。あまり夜更かししちゃだめよ、おやすみ~~≫


 向こうも向こうでいろいろと大変そうだ。

 腹が減っていたから遅い昼食を女将さんに頼んで注文する。出てきたフライドチキンはおいしかった。ガーリック味。

 もぐもぐ食べながら、これからのことを考える。

 現実時間で23時半か……明日は診察日じゃないし、学校から出た課題も今はない。

 ちなみに、俺が通っている高校はVRの学校で病気で学校に通えない、または、現実の高校で辛い目にあった登校拒否の生徒が行く学校。授業は偶にしかないけど、課題のレポートをきちんと収めないと卒業ができない。

 まあ、夜更かしするけど、ゲーム時間で今日を入れて後四日ぐらいなら平気だろう。

 今日は宿に泊まろうと思ったけど、採取の量を考えると結構ギリギリな気がする。

 ついでにサバイバルのスキルも上げたいから、野営で四日間のキャンプ生活も面白そうだ。婆さんもアーケインの東側は材料が豊富で、夜でもサバイバルスキルがあれば襲われないと言っていた。




 「ごちそうさま」と女将さんに言って宿を出る。

 街の外に出る途中で雑貨屋を見つけて中を覗くと、サバイバルキットが置いてあった。

 手に取ったサバイバルキットは4cm×2cmぐらいの小さな箱で、のほほんとした店員さんに聞いてみると、どうやらマッチらしい。生まれて初めてマッチを見た。

 確か百年ぐらい前までは普通に使われていたらしいけど……このマッチはサバイバルスキル保持者が使用すると、セーフティーエリアができるらしい。


 なるほど、だったら薪集めは他の人がやって、俺は火をつければ良いだけなのか。スキル保持者だからと言われてパシられるのだけは勘弁だったのでありがたい。

 俺は、三日分の保存食と水を補給すると、材料を取りにアーケインの東へ向かった。

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