第5話 狂犬アルコール注意報

 防具選びで三時間。太陽は遠くの山間に隠れて空は赤くなっている……んじゃね? 試着室から一歩も出てねえから知らんけど。

 山ガールがプロデュース腐女子が監修するファッションショーは、モデルの疲労など一切気にしない。


 武器はまだ良かったよ。ブロンズナイフを購入しただけだから直ぐに終わった。

 防具選びになった途端、二人の目の色が変わった。何で姉さんは俺に重装備やローブを着せるんだ? プレートメイルを装備したら盗賊系スキルが使えなくなるし、ローブを着せても魔法が使えない俺は防御力が下がるだけで意味がない。

 ジョーディーさんは「ナイスですねぇ。ナイスですねぇ」と言いながら、装備している俺のスクリーンショットを取っていた。一体、誰のモノマネだ? 正気を失った腐女子は心療内科にぶち込んで、二次で満足させるべきだと思う。この女はいつか性犯罪を犯す。

 散々振り回された結果、以下の装備を購入した。


 ・頭  なし     → ラビットレザー

 ・胴  ラットレザー → ラビットレザー

 ・手  なし     → ラビットレザー

 ・脚  ラットレザー → ラビットレザー

 ・足  ラットレザー → ラビットレザー


 うさぎさんになった気がするぴょん。


 姉さんから新しいフードはこれと渡されたけど、フードの頭に耳が付いていた。これ獣人用じゃね?

 装備できるのか? ……うーん装備は出来たけど、フードの耳が垂れていて何となく邪魔だった。

 それを見た姉さんはチョット貸してと、俺からフードを剥ぎ取り細工を始める。もう一度装備したら、今度は耳がちゃんと立っていた。


「厚紙入れちゃった♪」


 無駄なところにこだわりがありますね。俺の姿を見て二人とも凄く嬉しそう。まあ、耳が付いても害がないからとそのまま装備した。




 防具屋を出て隣の雑貨屋に移動する。店の中に入って陳列しているポーションを掴んだ。初期アイテムの三角ビーカーも良いが、フラスコ型も持ちやすい。


「ねえ、レイ君?」


 ポーションを観察していたら、ジョーディーさんが俺を見て首を傾げていた。


「何?」

「何でポーションをぶん回しているの?」


 ジョーディーさん言われて気付く、俺は無自覚でポーションをぶん回して顔がにやけていた。


「……何となく?」

「レイちゃん、笑っていて変よ」


 姉さんが俺を見て笑うが、変と言いながら笑うお前が変だと気付け。自分の行動であれだけど、弟が変だったら不安そうな顔をするべきだと思う。

 だけどポーションを見ていると、何故か沸いてくるドキドキした不思議な気持ち。


「レイちゃん。そんなにポーションを気に入ったのなら、調合士になって薬草学のスキルを取ると良いかもね」


 姉さんに無言で頷く。

 アーケインに行ったら薬草学のスキルについて調べてみよう。

 お土産にフラスコ型のポーション一つ買うと、俺達は宿屋へ帰ることにした。




「俺は剣道四段、王竜旗優勝メンバーだぞ!! クソ、何でシュートが入らない!! キャッチャーちゃんと受け取れ!! オンゴール!! オンゴール!!」


 宿屋に戻ったつもりが異界に入ったらしい。俺には理解できない叫びが聞こえてきた。ちなみに、言葉は理解しているぜ。理解出来ないのはそれを叫んでいるヤツの頭の中だ。

 声がした方を見れば、ベイブさんが食卓に登って上半身裸でベリーダンスをしていた。尻尾が揺れてチャーミングだけど、中身はおっさん。こいつは、おっさんを自覚せずにモテると勘違いして、SNSで馬鹿を晒すアホと同じじゃね?

 狂犬病で暴れ回る犬の周りには、義兄さんの他に数名のプレイヤーとNPCがパンツ一枚の格好で倒れていた。子供が見たらギャン泣きして、母親が見せないように子供を覆い隠す。

 俺の目の間には、常人が見てはいけない異常な光景が広がっていた。


「ヤクザが何だ! マフィアが何だ! 俺はマスターだ!!! コーヒーの入れ方を極めたマスターに誰が勝てる!! コーヒーギフトはAGI!! 素早さが大事だバカヤロー!!」


 いや、素早さよりも器用だと思う。それと、最後の「バカヤロー」の発音は顎の尖ったプロレスラー、アントニオさんの物マネ。あの真面目で格好良かったベイブさんがどうしてこうなった?


「あーあ、始まっちゃったか」


 その様子を見てジョーディーさんが頭を抱える。そして姉さんが笑っている。

 俺は侮蔑の目で犬を見ながら、ジョーディーさんに尋ねた。


「あの犬、どうしたの?」

「あの人、普段は真面目なんだけど酔っ払うと何時も暴走して訳の分からないことを言い出すのよね。

 それと、一応、私の旦那だから犬と呼ぶのはヤメテ。まあ、犬だけど……」

「狂犬びょ……酒乱?」

「そう酒乱。ただ酔っぱらって暴れるだけなら、まだ良いんだけど……」


 いや、良くねえよ。しかも、まだ続きがありそうだ。


「さっきベイブが叫んだ通り、彼って剣道有段者だから男女関係なく、あっと言う間に間合いに入って無理やり飲ますのよね。それでグロッキーになったところを俺が勝った!! とか叫んで服を剥ぎ取るの。毎回……」


 ただの追い剥ぎだと思う。リアル盗賊がここに居た。

 そんなベイブさんは取り押さえようと近寄った犠牲者に無理やり酒を飲ませると、「アオーーン!! アオーーン!!」と遠吠えをしながら犠牲者の服をはぎ取っていた。

 ヨダレを垂らしながら服を脱がす様子は、モンスターが人を食べようとする姿そのもの。


「セーフティーエリア内じゃ攻撃魔法も使えないし、困ったわねぇ」


 姉さん? ベイブさんを殺すのか? 殺しちゃうのか?


「レイちゃん。駄目元で背後から取り押さえてくれないかしら? そうしたら私達が縄で縛るから。一晩寝かせとけば酔いも醒めると思うし、ね」

「うーん。できるかな?」

「レイちゃんだったら大丈夫」


 確かにこのまま放っておいたら新たな犠牲者が生まれるし、この宿屋にも迷惑が掛かる。

 姉さんの全く根拠のない激励を受けて、俺はステルスを発動させると、彼の背後へ近づく事にした。


「ッホ、ッホ、ッホ、ッホ!! チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ、チャカ!!」


 あの犬、今度はケチャダンスを始めた。ここはバリ島か? 胡坐をかいて両手を上げながら「チャカチャカ」言っている犬の背後に忍び寄る。

 だけど、俺の筋力でこの犬を取り押さえるのって無理じゃね?

 ふむ、あれを使おう……。


 俺の気配に気が付いたベイブさんが振り向いた瞬間、こめかみにポーションを叩きつけると、ゴン!! と部屋中に響き渡る音がした。

 殴られたベイブさんはスローモーションが掛かったように、ゆっくりと横に倒れて床に転げ落ちた後、そのまま泡を吹いて失神した。


「勝った!」


 フラスコ型ポーションを持ちながらガッツポーズ。声を出すとの同時にステルスが解除された。

 俺がゲームで初めて止めを刺したのがパーティーメンバーというのもどうかと思うが、何にせよ勝利は嬉しい。

 そして勝利の報酬かどうかは知らねえが、ステルスもレベル4になったラッキー。


「レイちゃんナイス♪」


 山ガール改め、ドSの姉さんが喜んで義兄さんを縛っていく……あれ? 何で義兄さんまで縛ってるの? それに凄く嬉しそうなのは何でかな?

 ジョーディーさんは「反省しろ! 反省しろ!」と言いながらベイブさんの尻尾を踏んでいた。お前も男を汚い目で見るのは反省しろ。

 それにしてもまともな大人は居ないのか? 今日は体力よりもSAN値がゴッソリ削られたから、もう何もしないと決めて部屋に戻ると朝まで眠った。




 翌朝。起きて一階に下りると、昨日の喧騒が嘘の様に食堂は奇麗になっていた。

 奥の丸テーブルで姉さんとジョーディーさんが朝食を取っていたから同席する。


「おはー」

「やっほー♪」

「おはよ……ベーコンサラダとパンください」


 二人に挨拶してから、注文を取りに来た女将さんに朝食をお願いする。

 昨日も思ったが、この女将さんの対応の速さはプロフェッショナルだと思う。

 ちなみに、塩味。


「昨日は大変だったね」


 ジョーディーさん。それは昼の事か? それとも夕方の事か? 俺からしてみれば、大変を通り越して酷いとしか言いようがねえぞ。


「そうね。だけど楽しかったわ」


 山じゃないのに山ガールの表情が何時もより明るい。それだけで嫌な予感がする。


「そう言えば、義兄さんとベイブさんは?」


 俺の質問にジョーディーさんがパンを口に咥えてモグモグさせながら、窓の外を指さした。

 窓の外を見れば、宿の直ぐ傍に植えられた大木にベイブさんと義兄さんが上半身裸で吊るされていた。

 ベイブさんはショボンと落ち込み、義兄さんは「俺は被害者だ、ほどけー!」と叫んでいた。


「木に吊るすの大変だった♪」


 そこまでするか? そしてその笑顔が怖い。しかも義兄さんは被害者だ。


「やりすぎ……じゃないのかな?」

「このぐらいやらないと気がすまないわ。あの後、大変だったんだから。皆に謝ったり、片付けたり、弁償したりして、ハラスメント行為でBANされないだけマシよ!!」


 ジョーディーさんがぷんすか怒って平らな胸を張る。


「一泊25cなのに、たったの数時間で2s、弁償も含めると4s50cもしたわ。しかも、お金がないから私達が貸したのよ。カートも商店街の会合じゃ飲ませないように気を付けるのに、ゲームに夢中で忘れていたから同罪ね♪」


 姉さんもジョーディーさんと同じ意見らしい。


「それで、アーケインには行けるの?」

「ギリギリお金はあるから、後一時間ぐらいで出発するからレイちゃんも用意してね。本当はもう一日ぐらい吊るしておきたいけど、直前に解く予定よ」


 まあ、置き去りにされないだけ良しとしよう。ベーコンうめぇ。




 食事後、食料と水を補給してから、吊るされていた二人も解放する。

 二人はげっそりしていたけど、さすがに昨日のあれは俺もフォローできない。というかしたくない。一緒に吊るされるのは御免だ。

 乗合馬車に向かう前、自分の部屋で最後のチェックをする。


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レイ Lv5


取得スキル

【戦闘スキル<Lv.5>】【生存術<Lv.7>】【危険感知<Lv.7>】【盗賊攻撃スキル<Lv.5> AGI+1】【盗賊隠密スキル<Lv.7>】



アクション

 生存術・危険感知・ステルス・目くらまし(唾吐き)・バックステップ・バックアタック


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 馬車の出発時間が迫っていたので、急いでアーケイン行きの乗合馬車に乗る。

 たった二泊三日の滞在だったけど、内容の濃い時間だったと思う。

 多分、ゲームを止めても一生忘れることはないだろう。遠退くザイン村を見ながら別れを告げた。


 二度と来ねえよ、バーカ!




 ガタゴト揺れる乗合馬車は南に進む。

 ゲームをするために学校から出された課題を全部終わらせている俺は、コンソールを出すと暇つぶしに録画してあったプロレスの試合を見ていた。

 何でプロレス? そりゃ好きだからに決まってる。最近は100年前のアメリカのプロレスがロッカールームネタを含めて気に入っていた。

 俺の正面ではジョーディーさんも同じくコンソールを出して、何か作業をしていた。

 他のメンバーはログアウト中。アーケインまでは二日の距離だけど、現実だとたったの二時間だから風呂に行った。

 俺はログアウトしても病気で動けねえし、余命も短いからVRでの生活の方が生きている心地がする。

 これは馬車の中でのみ有効で、普通の移動中にログアウトしてログインしても移動はできない。

 ちなみに、義兄さんからのチュートリアルでは、何一つ説明がなかった。マジで死ね。


「んーー」


 動画の試合が終わって伸びをする。

 マイケルズのスイート・チン・ミュージックはいつ見てもエグイ角度だなと感心する。

 ちなみに、スイート・チン・ミュージックという技はただの蹴り。


「ふんふん、ふーーん♪」


 俺の前ではジョーディーさんが鼻歌を歌いながら楽しく何かを作業中。


「ジョーディーさん、何をしているんですか?」


 気軽に質問したが、後で考えると本当に助かった。


「どーじん作成。加速時間システムってマジステキ。おかげで締め切りの心配がなくなったもん♪」


 さらっとジョーディーさんが答えたけど、薄い本の作成ですか。まあ、知ってた……だけど嫌な予感がする。


「どんな作品?」

「今作っているのは、病弱な弟とちょっとドジな兄の恋愛話」


 ヒューーーー!!


 寒い!! 今、気温が一気に下がった。気がつけばサブイボが全身に浮き出ている。幼女姿で何作っとるんじゃい、年齢制限アウトだ!

 ジョーディーさんの返答に、スキルの危険感知が反応した時よりも凄まじい危険を感じた。


「ジョーディーさん。もしかしてその病弱な方って?」

「……駄目?」


 ジョーディーさんが幼女の姿で天使の様に笑う。その笑顔がキモイ。

 それは恋愛話じゃなくて変態話と言うべきだ。俺が義兄さんと恋愛? 状況から考えて俺が受け? ……………って、嫌、嫌、嫌、嫌、無理、無理、無理、無理。想像すらしたくない。

 そもそも、生ものは本人の前で言うんじゃない! いや、今回は言ってくれて助かったと言うべきか?


「絶対に止めて!!」

「残念」


 ジョーディーさんはそう言うと、再び鼻歌を歌いながら作業に戻った。本当に止めたのか不安が残る。ベイブさん、あなたの妻が暴走しています。




 アーケインに着くまでの間に乗車中に生存術と危険感知、それに盗賊隠密スキルが7まで上がった。二日で2レベルだから上昇率が遅くなった。

 結局サブイボはずっと治らなかった。義兄さんが戻ってきた時、気持ち悪い物を見た気がして思わずヒィ!! と叫んだ。彼は全く悪くないが、致し方あるまい。

 ジョーディーさんはそんな俺を見てケタケタ笑っていた。正に外道。


 翌日の夕方前にアーケインに着いた。アーケインの様子? 首都と言うだけあって大きい町だよ。

 中央に西洋風な大きいお城、似たようなのが千葉にもある。その周りには平均二階建ての平屋が横幅にいっぱい広がっていた。ベタなファンタジーでひねりなんてどこにもない。


「まずは教会に行こうか」

「教会? 何しに?」


 義兄さんに質問すると、皆が彼をジト目で見ていた。


「言い忘れていたな。セーブポイントがあるんだよ。今の状態で死ぬとまたザインの村に戻されるから、更新しに行くんだ」


 「アハハハハッ」と笑って説明するが、それとっても重要じゃね? 地獄に落ちろ。

 姉さんに「手前ェの旦那を何とかしろ」とアイコンタクトを送ったが、彼女は首を左右に振って無理と答える。義兄さん以外の皆が溜息をついた。


 教会に向かう途中で町中の様子を見たが、プレイヤーは疎らで少なかった。まだ最初の村から脱走できないプレイヤーが多いのだと思う。

 だけどそれも今だけかもしれない。現実時間の明日には、このアーケインもプレイヤーで溢れるだろう。俺達は難民か?


 教会のセーブは簡単だった。セーブストーンと呼ばれる石に手を触れると、「セーブしますか」とダイアログが出たので選択して終了。

 人生のセーブもこんな簡単だったら楽なのに……発病する前に戻りたい。


 宿屋は皆がβの時に使っていた『反省する猿』亭で泊まる事にした。

 センスの欠片もない名前だが、料理がおいしく、手ごろな値段らしい。

 宿屋の名前を聞いて、言った義兄さんも反省するべきだと思ったが、言うのは控えた。理由は言っても無駄だから。


 宿泊費が無い義兄さんとベイブさんは、今から宿泊費を稼ぐらしい。

 俺も誘われたが、まだ金が残っていたので遠慮した。

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