第2話 ドSが考えた必殺技
ロビーの背景がモザイク状に消えると、俺は草原に囲まれた村の真ん中に立っていた。
村の様子と村人NPCの容姿と衣服から、中世ヨーロッパに近い時代の小さな農村だと思われる。
中世のヨーロッパがどんな感じかなんて知らないけれど、何となくそう言っとけば大抵通じる。
村の中ではどこかのんびりしているNPC。それとは逆に慌ただしく暴れる大勢のプレイヤーが居た。
そして、俺の近くには男女四人のプレイヤーが嬉しそうに立っていた。
姉さんの種族はとがった耳から判断してエルフと思われる。黒髪だったのを金髪に変えて美人なエルフになっていた。
元々純日本人なのにスラブ系が混ざったような顔立ちをしているから、本当のエルフに見えていた。
本物のエルフなんて見た事ないけど、そこはまあ、適当。
義兄さんは金髪のヒューマンで、現実の姿より少し体格を良くしていた。
その姿は精悍な顔に理想的な逞しい体格をして、歩くだけで全ての女性が振り向くような青年に変貌している。
一度死ね、そして豚に生まれ変わって酢豚になれ。
「ふおぉぉぉぉぉぉ、イケメンじゃ~! イケメンの美少年が居るのじゃ~~!! ありがたや、ありがたや。コートニーちゃんの弟君だからある程度予想していたけど、コートニーちゃんに似て想像以上のイケメンじゃ~~。鼻血でそう」
少し距離を置いて発言の元を見ると、ヒューマンの女性で身長は百四十センチぐらい。クリっとした赤い目に、茶色の長い髪の毛を後ろでお団子にまとめた幼女が俺を見て拝んでいた。
その発言と行動でこいつは腐っていると判断する。
この俺をまぶしそうに見ながら拝んでいる変た、いや……腐女、いや……可愛い幼女が美樹さんだろう。何所から見ても年齢を弄っているロリババア。
突っ込みは入れるだけで俺が腐りそうだから控えて、侮蔑の目で見下ろした。
「ははは、確かにイケメンだ。うらやましいな」
美樹さんの隣に居るのがワーウルフ族の太一さん。年齢は四十ぐらいの設定か? ナイスミドルの犬? 犬の年齢は分からん。
身長は百八十センチぐらいで灰色の毛並みが美しい。そう、渋いおっさんだけど犬。
だけどその後ろに生えたふさふさの尻尾と頭の耳がとってもキュートでもふもふしたい。だけどおっさん。そう、残念ながら中身は加齢臭漂うおっさん。
「現実では骨と皮だけで、点滴の管があちこちに張り付いた情けない格好だけどね」
「ああ、話は聞いている。治ると良いな……」
俺が捻くれた冗談を言うと、ベイブさんはニヒルに笑って俺の肩を叩いた。
その笑みが喰われそうで怖い。
「病弱な弟に義理の兄……ベタだ。ベタだけど、これだけで丼飯三杯はいける」
太一さんの横でロリババ……美樹さんが何かを口走っているが無視。俺の目から侮蔑色が濃くなる。
「騙されちゃ駄目よ。レイちゃんは格好は良いけど、とっても面白い弟なんだから」
姉さん、お前にだけは言われたくない。
「それで、ここはどこかしら?」
俺の思考など気にしない姉さんが村を見て考える。我が姉はフリーダムな人だと思う。
「地形と気候からアースだとは思うけど、ちょっと確認してくる」
義兄さんが少し離れた場所で商売をしていた露天のNPCに近づくと、軽く会話をしてから戻ってきた。
「予想通りアースだった。今俺達が居る村はザインというらしい。ここから馬車で2日移動すればアーケインに着くと言ってた。レイのために説明すると、アーケインはアース国の首都で、βテスト時はそこがスタート地点だったけど……」
ただのNPCがそこまで教えてくれるのか? 最近のゲームAIは人間と同じレベルだな。
「やっぱり違うのね~。ザインなんて村はβでは聞いたことないわ」
「おそらくだがオープン開始で首都にプレイヤーが溢れないように、首都の周辺に村を作ってプレイヤーを振り分けた可能性があるな。初日でサーバーダウンはどのゲームでも恒例とはいえ、落としたくないだろうし……」
義兄さんと姉さんの会話だとスタート開始時点からβと違うらしい。寂れた限界集落も突然人が沸いて迷惑だと思う。
何をすれば分からないからβ経験者に任せようと四人の行動を眺めていたら、突然何かを思いついた義兄さんがコンソールを弄り始める。
そして、驚いた顔をした後、顔を青くして叫び始めた。
「おかしい、ログアウトのボタンがない!!」
「何だって! それじゃ私達戻れないわよ!」
「強制ログアウトのボタンは?」
「そっちもない!!」
義兄さんの言葉を聞いた全員も青ざめた顔をして慌てだす。
ジョーディーさんはベイブさんにしがみついて泣きそうな顔をしていた。
何を言っているんだ? それって……よく小説で見るデスゲームに閉じ込められたって事か?
俺も震える手を落ち着かせてコンソールを開き、ログアウトボタンを探し……あれ?
「……ログアウトボタン…………普通にあるけど?」
「「「「……あはははははっ」」」」
顔を上げて皆を見れば、俺の様子を見て全員が笑っていた。
首を傾げていると、義兄さんが口元を押さえながら俺の肩を抱き寄せて「冗談、冗談」と言う。彼の冗談が何なのかが分からない。
「くくくっ。レイが来る前に皆で面白そうだから、一つデスゲームってネタで驚かそうってことになってな。どうだ、驚いたか?」
「…………」
「怒るなって。ゲーム初心者の通過儀礼だと思え。はははっ」
出しっぱなしのコンソールのログアウトボタンを見ながら思う。今ならこのままログアウトしても許される。
俺はログアウトボタンを押し……。
ガンバルローグ 終
ログアウトボタンは押す直前、姉さんに腕をつかまれてボタンを押せなかった。
それと、メタはヤメロ。
「それで? 何からやれば? 全く分からないんだけど……」
少し怒り気味に尋ねるとベイブさんが首を傾げた。
「ん? レイはチュートリアルをやらなかったのか?」
「太一さんはやったんですか? ここに来るまでチュートリアルっぽいのは発生してなかったけど……」
「ゲーム内ではベイブで呼んでくれ。初回だとワールドに入る前にチュートリアルが発生するはずだが。ふむ、確かになかったな」
「私達はβで済ませているからやる必要はないけど、何でだろうね」
「あー悪い。それ俺のせいだ」
ベイブさんとジョーディーさんが原因を考えていると、横から義兄さんが後頭部を掻きながら俺に向かって謝った。
「ワールドに入る時にチュートリアルをやるかメッセージが出たけど、一度やっているからキャンセルしちった。まさか、パーティーメンバー全員に反映されるとは思わなかったわ。わりーわりー」
「「「「おい!!」」」」
全員が義兄さんに突っ込みを入れる。
「だったら責任を取ってレイちゃんのチュートリアルはカートにやってもらうわね。私達は買い物と村の探索に行くから後はヨロシク。あ、それとカートとレイちゃんの装備も適当に見繕ってくるから、お金ちょうだい」
「おい、ちょっ!!」
姉さんは俺と義兄さんの金を全額強奪すると、ベイブさん達と一緒に村の中心部へと消えて行った。
「仕方がねえなぁ。そんじゃ、一通りのことを説明するか……」
溜息混じりの義兄さんからゲームのレクチャーを受けることになったけど、偏ったチュートリアルになりそうですごく不安だ。
義兄さんの説明をまとめると次の通り。
このゲームの通貨はc(銅貨)、s(銀貨)100c→1s、g(金貨)100s→1g、P(プラチナ)1000g→1P。
小さな家でも3Pはするので貯めといて損はないらしい。
ちなみに、義兄さんからの説明は「コンソールの右を見ろ。それが通貨だ。家は高い」で終わった。この時点でこの人は教える気がないと判断した。
スキルに関しては複雑。だけど義兄さんの説明は簡単、「ヘルプを見ろ」の一言で終わった。コイツ終わっていると思った。
仕方がないからヘルプを見てまとめる。
・スキルはレベル5までは五個固定。レベルが5つ上がる度に、取得できる数が五個ずつ増える
・スキルは購入することで取得できる
・一度に使える常駐スキルは十個まで、それ以上のスキルは控えにストックされる
・セーフティーエリア(町、休憩エリア)でのみスキルの変更は可能。要はスキル次第で自分の職業を自由に変える事ができる
・種類によっては、スキルのレベルが上がるとキャラクターの能力にボーナスポイントが追加されるが、控えのスキルではボーナスが付かない
・スキルのレベルアップは、行動により関連スキルの経験値が上昇する
スキルは百以上存在するが、レベル1のままでは殆ど役に立たないので、全部取る必要はない。
とりあえず俺が持っているスキルで、直ぐに使える生存術と危険感知を発動してみる。
これってアクティブスキルか……起動しても変化なし。
「生存術と危険感知のスキルを使っても変わらないんだけど……」
「レベル1だからな……目をつぶれば効果が分かるんじゃないか?」
義兄さんのアドバイス通りに目をつぶる。
そうするとサーモグラフの様に義兄さんを含めた前方範囲25mぐらいのNPCと、プレイヤーの気配を感じることができた。
超能力のように見えるが、ただの犯罪助長スキルだと思う。
「確かに気配を感じるね。範囲は15mぐらいか……」
「それで十分だ。レベルが上がれば範囲も広がると思うが……俺も使ったことがないから、後はレベルを上げて自分で確認してくれ」
起動していればレベルが上がるらしい。消す理由もないのでこのまま起動することにした。
義兄さんからのチュートリアル? が終わって買い物帰りの3人と合流する。
「はい、これ装備して」
薄汚い皮の服に皮のブーツ。武器はカッパーナイフが二つ。ついでに灰色のフード付きマントを姉さんから受け取って装備する。
……怪しさ全開だな。こんな格好をするやつは泥棒か追い剥ぎぐらいだろう……ああ、俺、ローグだっけ。
「似合う、似合う~。どこにでも居る盗賊って感じで思わず襲っちゃいそう♪」
身内に言うセリフじゃないと思う。
「姉さんそれ褒めてる?」
「うふふ~♪」
楽しそうだな。そういえば五歳ぐらいの時に、俺を着せ替え人形にして女の服を着せていたな。
ありがとう、姉さん。その笑顔で今まで忘れていたトラウマを思い出したよ。
義兄さんが受け取ったのは剣と盾、それと鋲打ちのスタッドアーマ。
ちなみに、義兄さんの装備は金が掛かっていて、その金は俺の所持金から使われたらしい。タンクに金を掛ける考えは間違ってないが、俺の金から使われたと考えると理不尽だと思う。
姉さんはローブと杖、ジョーディーさんはハードレザーとメイス、ベイブさんはハードレザーとダガー二本を装備していた。
どうやらベイブさんは俺と同じで二刀流らしい。同じ二刀流なのに武器が違うのは、俺が突き刺しの武器でベイブさんが切り裂きの武器だから。
俺が突き刺しの武器を渡された理由は知らない。姉の前では弟の俺に選択という自由はない。
「ベイブさん。俺、二刀流のスキルがないけど平気?」
「安心しろ、俺も後で取る予定だから今は持ってない」
「そうなの?」
「二刀流はレベル5から取得だからな。キャラ作成時でもスキルリストになかった筈だ」
そんな事、あの姉から聞いてない。
「見てないから知らない」
「そうか……それで先ほどの話だが、スキルが無くても両方の手で攻撃はできるぞ。ただ、オートアシストがないからマニュアル攻撃だけどな。まあ、スキルがなくても関係するアクションをやっていれば、後でスキルを取得した時に経験値ボーナスが入るから、今のうちに両手で攻撃するのもアリだ。二刀流にするかはレイ次第だけどな」
犬の話を聞いて腕を組み首を傾げる。
「スキルに余裕あるかな……」
「ないだろうな。二刀流を極めるなら『二刀流基本スキル』、『二刀流攻撃スキル』、『二刀流範囲スキル』、それに『二刀流回避スキル』を取る必要があるが、常駐スロット数から考えればローグだと全部入れるのは無理だろう。俺がローグで二刀流にするなら『二刀流基本スキル』だけを取って、命中率だけを上げる事に専念する」
「なるほど。全部を取る必要はないのか……」
「ああ、自分に必要なスキルだけ取れば問題ない」
本当に何のスキルを取れば良いのか迷う。これはローグ系プレイヤー共通の悩みだろう……。
「カートちゃん。そろそろフィールドに行く?」
ジョーディーさんがウズウズしているけどそんなに戦いたいのか?
「いや、夜まで待とうかと思う」
「何で?」
「今から外に出てもプレイヤー同士でMobの取り合いだろう。それに、日中のMobをパーティーで戦ってもオーバーキルで旨味が少ない。ついでに経験値も少ない」
「確かに」
脳筋効率中でもある義兄さんの説明にベイブさんが頷く。どうやら、この犬も同じ脳筋の部類らしい。
「そこで、俺達はこれから少し仮眠してから夕暮れに村を出て経験値を稼ごうと思う。夜だとmobも強いし、ある程度は経験値も金も稼げる」
「でもレベル1で外に出るには危険だよ。敵1体だったら大丈夫だけど、戦っている最中に敵が追加されたら結構厳しいし……」
ジョーディーさんの反論に義兄さんが笑みを浮かべる。
「問題ない、そのためのローグだ。レイの生存術と危険感知を使って敵を感知すれば、追加の敵に対して先制フォローができる。
追加した敵は俺がヘイトを取って、ジョーディーがヒールで俺の回復、間に合わないならレイもポーションで回復役になってくれ。後は基本通りに最初の一体を優先で殲滅。それで行けるはずだ」
「多少不安だけど、それが一番効率良いな」
ベイブさんも義兄さんに同意するが、俺の仕事って責任重大じゃね?
それにポーションなんて持ってないけど……ああ、コンソールのアイテム欄を見たら初期装備で五個持っていた。
「レイは生存術と危険感知を起動したままにしてレベルを上げといてくれ。夜までにレベル3ぐらいになればいいが……それと、これから訓練所に行くぞ」
「訓練所って何?」
俺が手を上げて質問すると、義兄さんが「そういえば言ってなかったな」と呟いて説明する。
「スキルはLv5までなら訓練所の木人を攻撃すれば上がるんだ。そこでローグの戦い方も実践前に理解してくれ」
訓練して夜は朝までコース? 何、そのデスマーチ。リーダーがクソだと部下が苦労すると聞いてるぜ。
俺一人断ったところで強制参加は確実なので、訓練所へ楽しそうに進むマゾ四人の後を付いて行った。
訓練所に着いて木人人形を前にして悩む。
周りではログインしたばかりのプレイヤーが、スキル上げ目的で木人相手にガンガン攻撃をしていた。
無抵抗な木人が可愛そうに見えてくる。木人じゃなくて木人さんと呼んであげよう。まあ、俺もナイフでぶっ刺すけどな。
俺が所持しているスキルで戦闘に使うのは、戦闘スキルと盗賊攻撃スキルの二つ。
戦闘スキルは接近物理攻撃の命中率上昇。パッシブスキルなので特に意識する必要はない。
レベル1の盗賊攻撃スキルはパッシブスキルのバックスタップボーナスと、アクション技の『目くらまし』攻撃ができる。
バックスタップボーナスは背後からの攻撃にダメージ追加ボーナス。
『目くらまし』は少しのヘイト上昇を犠牲にして、1秒間のスタンと5秒間の盲目を与えて、敵の命中率を下げる効果があった。
『目くらまし』のクールタイムは25秒。一度の戦闘で一回か二回が限界だろう。
以上のスキル構成から戦い方をイメージすると……。
盾役の義兄さんが正面から敵と戦っている間に、俺が横から目くらまし攻撃を仕掛ける。敵がスタン中に背後に回ってバックスタップボーナスを含んだ背面攻撃をする。
将来的にレベルが上がれば種族ボーナスも上昇して、急所の一撃で瞬殺だって可能なはずだ。
よし、それで行こう! これこそローグの戦い方だ。
卑怯な戦い方だけど背面攻撃のスキルがあるのに正面から戦うのは、脳筋を通り越してただの馬鹿だろう。
そういえば、戦闘中に盗賊隠密スキルを使ったら攻撃パターンが増えるんじゃね? 使ったことないけど……なので使ってみた。
「あれ? ステルス取ったんだ……半透明だけど見えるよ~」
俺の横で木人さんの股間をメイスでガンガン殴っていたジョーディーさんが、発動した盗賊隠密スキルに気付いて俺の状態を教えてくれた。
「そうですか……」
プレイヤー間では盗賊隠密スキルの事をステルスと呼んでいるらしい。
まあ、そんな事はどうでもいいよ。問題はステルスを発動しても半透明で丸見えという事だ。チビの一言が、何気なく俺にダメージを与える。
これって役に立つのか? しかもステルス中は移動速度が遅いし、声を出したら即効で解除された。
「レイ、戦闘中にステルスは使えないからな」
「…………」
今度はベイブさんの一言が俺に止めの一撃を喰らわした。精神的ライフが0になる。
今はレベルが1だから半透明な幽霊だけど、スキルを上げればきっと使えるようになるはず。今はそれを信じて、暇な時はレベルを上げとこうと思う。
先ほど考えた、『目くらまし』からの背面攻撃コンボをイメージして、木人さんをえいえいと突き刺す。
左手の攻撃は二刀流のアシストが無いから攻撃のタイミングが分からなかった。
まあ、適当にぶっ刺せば痛いだろう。注射針で慣れた俺でも刃物で刺されりゃ悲鳴を上げる。
ちなみに、ベイブさんはβでも二刀流をしていた経験から、華麗に二本のダガーを使って攻撃していた。アンタは刃物なんて使わず牙で咬めよ。その口にある大きな牙は飾り物か?
さて、俺の攻撃だが、武器は……まあ、いいよ。普通だったから……。
問題はスキル『目くらまし』の方。最初に発動した時は驚いた。
木人さんに向けて『目くらまし』を発動させる。すると、口の中に唾が溜まり始めた。
唾? 確かに唾を目にペッとすれば見えなくなるけど、マジで?
段々と口の中に唾が溜まる。攻撃方法が下品過ぎて嫌だったけど、一度は試さないと分からない。仕方がないから木人さんの顔に向かってペッと唾を吐いた。
ごめんなさい、木人さん。
クールタイム二十五秒も納得。唾が溜まらない。
そして、ヘイト上昇もすごく納得。俺が食らったらマジキレする。
確かに目くらましになるが……攻撃に品性の欠片もない。ローグに品性を求めるのが間違っているのか?
この攻撃は相手に精神的ダメージを与えるが、自分にも同じぐらいの精神的ダメージを与える攻撃だと思う。ほら、周りに居るプレイヤーが俺を見てドン引きしているぜ。
このアクションを開発したヤツは絶対にドSだ、間違いない。これは使えない。いや、人前で使いたくない。俺はスキル『目くらまし』を封印する事にした。
後ろから木人さんをチクチク刺していたら、戦闘スキルと盗賊攻撃スキルがレベル2まで上がった。
村を出るのがゲーム時間の夕方からなので、俺達は昼に訓練所を引き上げると村の広場の木の下で休憩することにした。
休憩中、皆に『目くらまし』の説明をして封印する事を宣言する。
「確かにβで組んだローグも何故か『目くらまし』を使うヤツは居なかったな……」
義兄さんが顔を引き攣らせてβの話をすると、ベイブさんとジョーディーさんが頷いていた。
姉さん? この女、サディストだぞ? 顔面に唾を吐く様子を見たら興奮するんじゃね?
その後、俺は盗賊隠密スキルを発動させてから木陰で眠った。
眠っていたらジョーディーさんに起こされる。辺りを見れば太陽は西に傾き、東の空は暗くなり始めていた。
可愛い声で起こされたけど、この腐女子は寝ている間に何もしていないだろうな。
首をコキコキ鳴らして体をほぐす。ついでに腐女子からの被害がないか全身を確認した。
寝ていたのは四時間ぐらいか……これから始まる夜間行軍を考えると二度寝して現実逃避したい。ああ、ここはゲームで既に逃避中だった。
スキルを確認すると寝る子は育つ。生存術、危険感知、隠密スキルがレベル2になっていた。
これで少しは役に立つか? 生存術の範囲を確認しても体感できなかった。はい、ダメでした。
「やっほーレイちゃん起きた?」
「んー今起きた」
「これ、ご飯ね。まだ時間があるからゆっくり食べてていいよ~」
山ガール。いや、姉さんから肉の串焼きを貰う。
俺の隣で寝ていたベイブさんも起きだすと串焼きを食べていた。犬が食べると串焼きもペディグリー〇ャムに見える。
寝起きに肉の串焼きは胃がもたれるから、ゆっくり消化する。濃味。
普通に食事をしているが、現実だとこの十年間薬以外は何も食べていない。薬が食べ物というのも微妙。
俺が食事をすると消化器官の運動に血液の循環が追い付かず、脳が危険になるらしい。だけど、現実で何も食べられなくても、VRの中で食事をすれば食感と味だけは経験できる。
ただし、VRの中で食べ過ぎると現実に戻った時の空腹感が半端ないので、食事はあまりしないようにしていた。
姉さんから貰った串焼きを食べ終わって伸びをすると、義兄さんが話し始めた。
どうやら夜間行軍を開始するらしい。
「NPCに話を聞いたところ北の敵が強いらしい」
コイツ等は確実に北へ向かうと予想する。
「まずは村の東でレベルを2にして北に向かう。朝までにレベルを5にしたら、その日は休んで、翌日にアーケインに向けて移動の予定だ。準備は良いか?」
「「「オーケー!!」」」
義兄さんの意見に俺以外の全員賛成する。
その彼等の様子に、ネットゲームの初日は浮かれたアホが多いと呆れていた。
まあ、俺は俺で与えられた仕事をこなそうと思う。
村を出て東へ向かう。
さあ俺達の戦いはこれからだ!
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