第9話 急報:やすりはめをみひらいて
ヤスリの目は大きく見開かれ、驚きを隠せない様子だった。
日が傾き始め、あたりが茜色に染まり始める。ボロ屋に明かりがともり、乾いた空気を照らす。台所はまだ暗く普段はこれから騒がしくなるのだろうが今はその気配すらない。
四人はリビングの中央に置かれたテーブルを椅子に座って囲んでいた。
――カジャの兄と出会った――その一言で沈黙が訪れた。キトラも普段の引き締まった顔を保とうとしていたが驚きを隠し切れていない。
「でも、私はあんなやつ知らない。」
口火を切ったのはカジャだった。
「・・・しかしあの男は『自己紹介に来た』と話し、それに俺の名前を知っていました。ただの人間ではないことは確かです。」
ここに来て最も彼、アカリが驚きを隠せていないのは昨日配属されたばかりの自身の名が得体の知れない男に知られていたという事だろう。アカリが続ける。
「だからといってあの男をカジャの兄と断定するのは早計だと思います。だから、ヤスリ。」
アカリの目が、俯くヤスリに向けられた。
「あなたの話を聞かせてください。」
ヤスリは顔を上げる。憔悴した表情である。
「アカリ・・・お前いい目してるな。ここに来たときとは大違いだ。」
アカリはその言葉に一瞬言葉を詰まらせた。
「いや、その、このままだと危ないんじゃないかって、そう思ったからです。」
「・・・すまないな。変なこと聞いて。」
ヤスリは微笑を浮かべる。そしてゆっくりと話し始める。
「いつだったかな。俺はある犯罪者組織を壊滅させるために本部と協力してアジトに乗り込んだんだ。そのときに奴らは人質をとっていた。・・・カジャともう一人、同い年くらいの男の子だった。そこに両親らしき人間はいなかったし、その後も連絡すら来なかった。カジャも思い出せないらしい。・・・話を戻すが俺はとんでもない馬鹿だった。『人質を二人失うよりも犯人を一人でも逃がす方が大きい。』と本部に提案したんだ。もちろん本部には反対された。当然だよな。でも、そのときの俺は違った。うぬぼれてたんだ。一人でもやれると思い、単独行動でグループに対して攻撃を仕掛けた。それにつられて本部の部隊も一気に攻め込んだ。結果、犯人たちは一人残らず捕まえることができた。でも、そのとき人質だった男の子は・・・救えなかった。そのときになってやっと俺は自分がしたことの愚かさに気づいた。・・・遅すぎた。その罪悪感を埋めようとしたのだろう。俺は残ったもう一人の人質の女の子、カジャを弾正台へ連れて帰り弾正台の一員としようとした。その後、さっきの事件で活躍したとして俺は表彰までされた。男の子は、『警隊が駆けつけたときには既に犯人グループに殺されていた』ということにして、カジャの存在はなかったことにした。・・・実際カジャの
「・・・鬼なんかじゃないのに。」
少女は頬を膨らませる。
「・・・ああ、そうだな。カジャは鬼なんかじゃない。でも、俺はお前にとって鬼みたいな存在だ。なにしろさらってきたも同然だからな。・・・嫌ならここにいなくてもいいんだぞ?」
カジャは首を横に振る。
「私の居場所はここだけ。ヤスリが嫌でもここにいる。」
「すまないな・・・。」
再び沈黙が流れる。アカリは何か手がかりがなかったか、ヤスリの話を反芻する。不意に、キトラが問いかける。
「ヤスリ、その男の子の方はどうなったの?」
「ん?確か死体は・・・。」
バン、とアカリが机を叩く。三人は肩をびくつかせて驚いた。アカリは何かに気がついたようである。
「そうか!ヤスリ、その男の子の姿形を覚えていますか?」
「そりゃあ、もちろん・・・。」
ヤスリの目が再び見開かれた。
「覚えて・・・ない。」
「やはり、その男の子の方もカジャと同じような
「つまりそこに記録がなければ、まだ生きているということに・・・。しかし、あのとき確かに死んだはずじゃあ・・・。」
「これは、僕の推測ですが彼の能力はカジャとまるっきり同じというわけではないのかもしれません。」
彼は、ショッピングセンターで周りの客が自分たちを避けるように通り過ぎていき、一瞥も目を向けなかった事を思い出していた。
「・・・分かった。片っ端から調べよう。まずは・・・。」
突然、渡り廊下側の扉が不気味な音を立てて開く。カズオが必死の形相で叫んだ。
「ヤスリ!○○病院で立てこもりだ!」
「・・・行くか。」
「はい。」
ヤスリは振り向いて言い放った。
「全員準備しろ!」
「了解!」
「・・・分かった。」
各々が準備を始める。
すごいなあ。普段からこんな感じなんだ。しかも、アカリ君。君の推理力には目を見張る物がある。正解だ。僕の
弾正台のカジャ あばら屋 @abara_ya
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