第7話 邂逅:ぶきみなおとこはすれちがいざまに

「どうしてこうなったんだ・・・。」

「・・・なんか言った?」

「いや、なんでもないです。」

 大きなショッピングセンターの中は人でごった返していた。しかし、本来近くにいるはずの年長者二人の姿がない。

 遡ること十五分前、二人はいい加減にも

「酒を買ってくる。」

 などと言ってどこかへ消えてしまった。晴れて俺は白髪の少女と二人きりになってしまったのだ。気まずい。

 まず、話がつながらない。はじめはすごい人ですね、などと当たり障りのないことを行ってみたりしたのだが、それに対する返答がことごとく「そうだね。」という至極簡素なものだったので、二言目が出てこない。どうしようか・・・などと思っていると、カジャが口を開く。

「あ、あのパーカー欲しい。」

「え?あ、ああ!パーカー!そうだった!よし、じゃあ買ってきてください!」

 あまりの気まずさに、ここに来た目的を忘れていた。その動揺を隠すことができないまま、うわずった声を出してしまう。すると、カジャは相変わらずの無表情に少し不満をのぞかせて俺の目をじっと見つめる。

「・・・なんか顔についてます?」

「いつもヤスリかキトラが買ってくれる。」

 ・・・この娘は何を言っているのだろうか。まさか俺に買えと言っているのか。なんでそんなこと・・・。ん?

「あの、なんで拳を握っているんですか?」

「・・・なんでも?」

「いや、絶対実力行使しようとしたでしょ!一応警隊でしょ!?暴力は駄目だって!って目が怖い!殺気はやめて!」

「・・・じゃあ、あのパーカー。」

 この娘、結構強引だな・・・。普通なら自分と同い年くらいの女性のパンチくらいは受けても平気なのだろうが、先日ヤスリはカジャ一人でアジトを片づけたというようなことを話していた。ましてや弾正台、警隊の中の組織だ。彼女の正拳突きは受けたくない。泣く泣く自身の財布を開けて有り金を確認し、カジャが指さした純白のパーカーの値札を見る。

「ギリギリか・・・。」

 これからこの残高でどう暮らせというのか。少なくとも、この後用意されている蕎麦は無理だ。

「一人で帰るか・・・。」

 残念だが仕方がない。今日の昼は抜き、夜はもやしのケチャップがけだ。

 

 結局助けが来ることもなく、無事に俺は眩しいくらいの白色をしたパーカーを購入した。紙袋を持ってふらふらと店を出てカジャを探す。

「どこ行った・・・。いた。」

 カジャが相変わらずの表情でぼーっと突っ立っていたのを見つけたが、不意に別の人物に目が移る。随分と黒い格好をしている男だ。よく見ると、口元に笑みを浮かべていた。しかしその笑みは不気味なもので、端から見れば「絶対に関わっちゃいけない」人だ。俺もそう思った。そのため、気にすることもなくカジャの方へ歩みを進める。しかし、その男は急にカジャの方へまっすぐに歩き始める。偶然か?いや、違う!確実にあの男はカジャに向かって歩いている!急いでカジャの方へ小走りで向かう。間に合わない!男は不気味な笑みを浮かべたままカジャの横を通り過ぎる。そしてその瞬間、口を動かした。何か言ったようだ。すると次の瞬間白髪の少女は目を見開き、その場にへたり込んでしまった。

「カジャ!」

 その直後に俺は彼女に駆け寄る。瑠璃色の目は見開かれたまま虚空に向けられている。俺は手を握り、必死で呼びかける。

「カジャ!大丈夫ですか!?一体何が・・・。」

 少女は俺の手を握り返し、上の空でつぶやく。

「あいつ・・・私を知ってた・・・。それに・・・。」

「知ってたってことは・・・。忘れられていなかったってことですか?」

「う、うん。今まで、そんなこと一回もなかった・・・。」

 一回もなかったということはつまり人生の中で一度もなかったことが今起こったということである。動揺しても無理はない。とにかくヤスリたちに・・・


「へえ、君は意思がない方か。」

 

 急に耳元で聞こえた声に身体が硬直する。動けない。

「弾正台だって?・・・ふふっ、面白い名前だねえ。」

 低い声は人を馬鹿にしているように続ける。かろうじて動く口で、震える声で問う。

「お、お前は・・・。」

「兄さ。カジャの。」

 間違いない。あの黒の男だ。振り向いてそいつを殴ることができない自分が情けない。それに兄だと?

「くそ・・・。」

「まあ、そんなに怒ることはないよ。僕は君に危害を加えるつもりはない。」

「何だと・・・?」

 すると黒の男は俺の前に顔を顕す。こいつがカジャの兄だということはその瑠璃の目が証明していた。

「復讐。」

「は?」

「・・・多分、世間一般の考え方からすると、復讐なんてのは馬鹿なことなんだろうね。僕もそう思う。でも、やめない。を殺すまでは。」

 男は立ち上がり、背中を向ける。今気づいたが、周りを通り過ぎる人々は俺たちに気づいていないのか、何事もないかのように歩いて行く。すると、男は両手を広げる。それはおもちゃを渡され、歓喜する子供の様に見えた。

「ヤスリ。聞いてみれば?」

 こちらに目をやり、言った。

「今日は自己紹介に来たんだ。君。」

 すっと身体の硬直が解け、動き出す。

「まて!」

 しかし、あの男の姿は忽然と消えていた。


「アカリ・・・!」

 気がつくと、カジャが焦りを顔に浮かべて俺に呼びかけていた。いつに間にかベンチに座っていたようだ。気になることを問う。

「大丈夫。それよりカジャ、今の聞きましたか?」

「・・・何を?」

 やはり俺だけだったのか。

「カジャが俺を運んでくれたんですか?」

「・・・うん。」

 カジャはなぜか伏し目がちに言う。

「ありがとう。」

「うん。」

「・・・とにかくヤスリたちと合流しましょう。」

「うん。」

 二人で立ち上がり、アルコール類売り場へ向かう。

「・・・ねえ。」

 カジャが珍しく自分から話しかける。

「はい?」

 少女は少し頬を紅くして、

「呼び捨てで呼んで・・・。もう、仲間なんだから・・・。」

「え?」

突然のことに戸惑う。そんなに恥ずかしがることがあるのだろうか。

「わ、分かったよ。」

 ついでに、今まで明らかにされていなかった事をきく。

「ところで、カジャ、何歳なんですか?」

「・・・敬語。」

「ああ、す・・・ごめん。」

 すぐに切り替えるのは難しい。

「ええっと、何歳?」

「・・・教えない。」

「なんで!言い直させたのに!?」

「・・・。」

 カジャはそっぽを向く。なんか馬鹿にされていないか?まあ、いいか。そもそも女性の年齢を探るのは野暮だったのかもしれない。再び訪れた沈黙をかみしめながら、人混みの中を進んでいった。あの男が言ったことを確かめなければいけない。

 


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