第4話 暗躍:はやめにおわらせる

 朝方だというのに街は人であふれかえっていた。しかし、これは何も特別なことではない。毎日の事なのだ。人の群れの中で、ある者は目をこすりながらこれから始まる今日の予定を確認し、またある者はこれから家路につくのだろうか、疲れた様子で歩いて行く。

 そしてその誰もがこのとき目にした人々の顔を明日になれば忘れるだろう。しかしそれによって損を被るということはなく、変わらぬ毎日を送る。

 

 ところがもし、自分の大切な人の顔すらそんな名も知らぬ人々と同じように忘れてしまうのであればどのような感じがするのだろう。そして、忘れられてしまう方はどんな――。

 私は考えるのをやめた。今はそんなことを考えている時ではない。歩みを進め、人の波にもまれながら頭にたたき込んだ顔を目に入る人々の顔に照らし合わせる。

 違う・・・これも・・・。

 これまで仕留めたやつはどいつも口を割らなかった。下っ端根性、とヤスリは言っていたがよく理解できない。あの人の言うことは大体分からないのだ。とにかく、彼が言うにはリーダーに近づけば近づくほど簡単に吐くらしい。これはこれまでの経験がどことなく証明していると感じたので納得できた。


そしてもう一つ。


 奴らは自分たちの活動を邪魔する者、つまり警隊の、顔を全て知っている。そしてその顔を見つけた途端にをやめる。それがここまで大きな組織が今までのうのうと生き延びてきた理由である。

 そしてその組織が今日――。

「終わる。」

 見つけた。

 どれだけ身を隠そうとしても、目は隠すことはできない。隠すと逆に目立つのだ。そしてそれが私の前では弱点になる。昔から目を見ればその人の次の行動が分かる。それがどうやら異常なことであるらしいと分かったのは弾正台にときからだった。あの男の目の動きは何か大きな事を実行しようとする前のそれだった。私はゆっくりと男に近づく。

 

 と、不意に男と目が合う。

 

 しかし何事もなかったように男は別の方向に目を向ける。慌てることはない。絶対に相手は自らの近くに危機が迫っていることに気づけない。なぜなら私をから。男とすれ違う瞬間――。このときだけが自らに宿った憎むべき能力ちからに光を見出せる瞬間だった。

 男の手を引っ張り、迅速に路地へ引き込む。男は急なことに驚きつつも急襲から逃れようともがく。しかし手を緩めることはない。

「あんたがウズラ・・・?」

 男の目が動揺を隠すとき特有の震えを見せる。確実。

「知らない!なんだそれ?」

「あんたらのアジト。教えて。」

「だから知らないって・・・!」

「教えたら解放することも考えてる。」

「え?ほんとか!?」

「やっぱり。ウズラ。」

「・・・!くそっ!」

「で、どこ?」

「本当なんだな!?」

「・・・本当。」

 少し間を開けて男は口を開いた。

「・・・○○ビルの地下倉庫だ。」

 ヤスリの言っていたことは正しかった。簡単に吐いた。

「分かった。ありがとう。」

「じゃあ、早くこの手を離して・・・?お、おい?」

「敵の言うことを簡単に信用するなんて、あんた馬鹿ね。」

 男はクソ・・・という言葉を最後に気を失った。携帯をポケットから取り出し、ヤスリに連絡する。

「・・・アジト、分かったよ。」

「おう!何で分かったんだ?」

「ちょっと言っただけで話した。・・・それよりこれ、持って行って欲しい。」

「ん?ああ、身柄な。わかった。あいつに言っておくよ。」

「・・・信頼してるんだね。カズオの事。」

「馬鹿言え。ビジネスだよ。」

「・・・そう。」

 電話を切り、息を大きく吐く。朝日の、というには遅いといえるほどの時間がたっていたが、光が私の影を落とす。やはり、太陽は苦手だった。押しつけがましいと感じてしまうのだ。自分の姿を嫌でも見なければならないから。

「・・・○○ビルか。」

 ここから電車で何分かかかるということを液晶画面が示す。今日中には終わるだろうか。もう一度息を大きく吐く。

「早めに終わらせる。」


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