第3話 出会:おまえはかじゃをしっているか

 扉は案外楽に開いた。見た目から察するに鈍い音を立てて開くのかと思っていたので少し驚いたが、そんな驚きを吹き飛ばすくらいの光景が目に飛び込んできた。

「どうしておまえはいつもいつも素直にハイと言わないんだ!」

「こっちは命かけてんだ。いっつも偉そうに命令するあんたらと違ってなあ!そう簡単に命かけてたまるかっ!」

「そんなことは知っている!それを知った上で・・・」

「・・・なんだこれ。」

 30代後半とみられる男性二人が互いの胸ぐらをつかみ合って大声で怒鳴っている。・・・あ。

「同志・・・。」

『ん?』

 よく見ると、二人のうちの片方が先程自分が見た背中に悲壮を背負ったスーツの男性だった。因みにもう一人の無精髭の男性はTシャツ一枚というある意味ボロ屋に似合った格好だった。

思わず口から出た言葉を濁し、気を取り直して今まで頭の中で温めていた事を言葉にする。

「今回、こちらに配属される事になりました。百舌鳥もずアカリです。よろしくお願いいたします。」

「・・・配属?おまえか?」

 無精髭の方がこれまでの険悪ぶりが嘘であるかのようにきょとんとした顔で悲壮男に尋ねる。悲壮男の方も似たような顔で答える。

「いや、違うが?」

 三人の間に沈黙がのしかかる。気まずい。仕方なく最も言いたくなかったことを口にする。

「あの・・・父から聞いていませんか?」

『・・・あ。』

 二人の男性の顔がみるみる変わる。しかし、それぞれ対照的な反応だった。悲壮男の方は青ざめた表情に、無精髭のほうは嬉々とした表情に変わる。

「じゃあお前があのコネ就職の?いやあ、長官殿も何だってこんな辺境に!なあ、なんか理由聞いてるか?おい!」

 無精髭は俺の背中をバンバンと叩いて大声で笑う。

「いや、何も・・・って、わざわざコネって言わなくても・・・。」

 と、言葉を遮って悲壮男が慌てた口調で無精髭を諫める。

「おい!お前・・・!」 

 そしてこちらを向いて、頭を下げる。

「た、大変失礼いたしました!まさか百舌鳥もず長官のご子息だったとは・・・。これまでの無礼をお許しください!」

 それを見た無精髭が顔をしかめる。

「お前、そんなことして何になる?また媚びて出世しようってか?」

「そ、そんなことは・・・!ってまたとはなんだ!だいたい・・・」

「・・・あんたたち。まだやってんの?」

 ああ、長くなりそうだ。と思ったそのとき、聞き覚えのない鋭い声が険悪な二人を黙らせた。少し間が開いて、奥の暗がりから端整な顔立ちの女性が現れた。呆れた、というような顔をしている。20代後半くらいだろうか。少なくとも目の前の男たちよりも年下に見えた。後ろでくくった艶のある黒髪が灰色のスーツにたれている。

「キトラさん・・・。」

「おい!キトラ!コネが来たぞ。」

 コネって言わなくても・・・。

「自己紹介。」

 キトラと呼ばれた女性が鋭い声音で言い放つ。

『へ?』

「へ?じゃなくて、自己紹介したの?・・・まさか、その子の前でずっとそうやってけんかしてたの?」

『・・・。』

 女性が話している間、二人の男はまるで叱られている子供のように押し黙っていた。そして、こちらに振り返り名乗った。叱られた子供の様な表情だった。

「板付ヤスリだ。」

「菜畑カズオです!」

 加えて女性が名乗る。

「私は飛鳥キトラだよ。あんたは?」

 ここで女性に自己紹介をしていないことを思い出し、慌てて名乗る。

「百舌鳥アカリです。よろしくお願いいたします。」

 ウン。と彼女は頷き、いつの間にか手に持っていたポットから同じくいつの間にか持っていたカップに赤茶色の液体を注ぐ。と、先程ヤスリと名乗った無精髭がこちらを向いて、

「にしても、アカなんて男にしては珍しい名前だな。」

 と笑いながら言う。

カリです。」

 自分でもどうして親が自分にこんな名を与えたのかわからなかったが、自分を呼ぶときの発音は一貫していたので、おそらく訂正した方が正解なのだろう。

「ああ、そうか。アカ。」

 これはいくら言っても直らないな・・・。諦めて注意しないでいると、カズオと名乗った男性は徐に向こうの扉のノブに手をかけ、

「・・・とりあえず今日のところは引き上げるが、諦めないからな!」

 と、どこかの悪党のような捨て台詞を残して部屋を出て行った。ギイッという鈍い音がなる。あちらの扉は音が鳴るようだ。

「やっと行きやがったか。悪党みてえなこと言いやがって・・・。」

「いいの?本当に断って。」

 カップを三つ机の上に置きながらキトラは言う。ヤスリはカップを持ち、中の液体を口に入れる。

「いいんだよ。そう簡単に命はかけちゃいけない。俺たちがいつも身を削るわけにはいかない。それに今はも取り込み中だ。」

「まあ・・・それもそうね。あの子はいつ?」

 俺はこのとき、向こうにもう一つカップがあるのに気がついた。

「多分今日中には帰ってくるだろう。」

「・・・ってことはもう見つけたの?」

「ああ。朝方センター街で捕まえたやつが吐いたらしい。命がほしけりゃってな。」

「さっき『命がどうの・・・』って言ってたくせに。」

「いいんだよ。それはそれ、これはこれ、だ。」

「まったく・・・」

「あの・・・。」

 完全に置き去りにされている。なんとか話題についていくために思い切って質問しなければならないと思った。

「もしかして、もう一人います?」

 これまで話していた二人は不意に投げかけられた質問に驚いたようだった。常識が通じない物を目にしたような顔をしていた。

「あんた、知らないの?」

「はい。」

「何にもか?」

「はい。」

 急に二人がひそひそと話し始める。全ては聞こえなかったが、なんとなく、父親が俺に何も伝えてこなかったらしいということは分かった。しばらくして、二人がこちらに顔を向ける。そしてヤスリがその名を発する。これからの俺の運命に大きく関わる人物のその名を。

「お前・・・カジャって名前は聞いたことないか?」


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