実は寝るとき外して枕にしてる

「ただいまー……あれ?」

 ずいぶん日も長くなって、定時だとまだ外は明るい。だから気づかなかったが、帰るとうちの灯りがついていなかった。

 さすがに部屋内は薄暗い。いつもはだいたい彼方かなたがつけているのに。

 どこかに出掛けたのだろうかと思いながら、六畳間の灯りをつける。

「ただいまー……」

 声をかけながら見回してみても、やっぱり彼方かなたの姿がない。

「……ん?」

 いや、なんかあった。小テーブルの上に、どことなく見覚えのある形のそれがぽとりと落ちていた。

「……え、甲羅……?」

 やや楕円の、小さい甲羅。いつも彼方かなたの背中にある、それ。

 しかし、なぜ甲羅だけが?

 そっと手を伸ばし、拾い上げてみる。軽い。そして硬い。ひっくり返してみると、白くてツルッとした面がある。

 ……ここにくっついてるはずの彼方かなたは一体どこへ?

 触ってみても、甲羅側はざらりとしているのに、内側はつるつるすべすべしている。うーん。

 なんとなく手の甲にそっと乗せてみる。甲羅はひたりと吸い付いた。

「うわっ、えっ」

 というか、くっついて離れなくなった。引っ張っても手を降っても全然取れない。なんじゃこりゃ。

 こんなとこに甲羅がくっついてたりしたら気持ち悪い。慌ててぐいぐい引っ張ったら、不意にぺろんと剥がれた。良かった。

「なんなんだこれ……」

 訳が分からない。くっつかれるのは嫌でおっかなびっくりいじってみるが、いくら見ても甲羅は甲羅だ。

 ああ、甲羅だから隙間がある。中になにかいるんだろうか。うん、暗いな。よく見えない。うーん?

 そっと覗こうとした瞬間。

 パチンッ、と目の前ではぜた。

「っ!?」

 取り落とした甲羅が「あでっ」と呻く。というか、なんか彼方かなたになった。

「!?!?!?」

「あー、つー。なんだ?」

 おでこをさすりながら彼方かなたがきょろきょろする。

 そしてこちらに気づいて、おうと見上げてきた。

「お、帰ってたのか。おかえり」

「え、うん、ただいま。てか、なに? 今、なにが起きた?」

「あん? なにって……なにが?」

「なんか、甲羅がパチンて」

「うん? ぱちん? んー、よく分からんが。たまには甲羅のなかも整理整頓しとかねーとと思ってな」

「甲羅のなかの整理整頓??」

 どういうことだ。え、やっぱ甲羅の中に入っていたと?

 カメが手足を引っ込めるならともかく。背中の甲羅にっておかしいだろ。そもそも彼方かなたより小さいんだが。

「……どうなってるんだ、それ」

「? どうなってるって。別に、フツーだが」

 首を傾ぐ彼方かなた。でも首をかしげたいのはこっち。

「中どうなってんの、それ」

「中? 入ってみるか?」

「え、俺? 入れるの?」

 爪先からてっぺんまでを改めて眺め、まぁなと頷く。

「お前ぐらいなら、まぁ入らないこともないだろ」

 どういう仕組みだ! さっぱり分からない。

 それにしても。彼方の甲羅の中。勇者の剣とか槍とかホウキとかいろいろ出てくる不思議な甲羅。旅の荷物が全部入る甲羅。彼方かなた本人も入っちゃう甲羅。整理整頓しないといけない甲羅。その甲羅の、中。

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」

 1ミリも想像できなかった。でも特に入ってみたくもなかった。だってなんか、彼方かなたの匂いとかしそう。ちょっとやだ。

「別にいい」

「ふーん、そうか」

 甲羅の話はそれっきりで終わった。
































 でもちょっと気になるー。



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