勇者彼方、髀肉の嘆を託つ

 六時半。中途半端に開いていたカーテンから朝陽が差し込む。

 眠い。寝ていていいものならまだ寝ていたい。でも仕事だ。布団から抜け出して、伸びを一つ。だるいなぁ。


 朝飯は今日は納豆だ。この間 遠鉄スーパーでひきわりが珍しく安売りになっていたから買ってきた。冷凍ストックのご飯をレンジにかけて。納豆と卵は2:1が好きだから、納豆二パックに卵一個を入れてひたすらかき混ぜる。

 ご飯はどんぶりによそい、インスタントの味噌汁を作って一人分の朝食準備完了。

 彼方かなたはだいたい朝は起きてこない。勇者のくせに朝に弱いのである。あるいは勇者だから夜型なのか。なんにしろ、いいご身分だな、まったく。

 しょうがないなと思いつつ、ご飯と納豆を少しだけ取り分けておいて、残りは全部どんぶりへ投入。山盛りだけど、朝はこのぐらいがっつり食べないと。


 納豆ご飯をかきこんでいたら、ふと目についたカーテンが気になった。

 南向きの掃き出し窓にかけられた濃い目のブルー。随分くたびれている。ここへ越して来たときから掛けている安物だし、仕方ない。そろそろ買い換えだろうか。それにしても、なんだか、右側がやたらヨレてるような気がする。なんだろう。左は、まだそんなでもないんだけど。

 なんにしろ、週末にでも安いカーテンを探しに行こう。次は明るい色とかにしたら、部屋の雰囲気もかなり変わるだろうし。彼方かなたの好きな色も聞いてみようか。


 などと思いながら出勤したのが今日の朝で。



 なんとなく目が覚めた。うすぼんやりと見る部屋はまだ暗い。枕元のデジタル時計をひっぱりよせて見れば 02:46。まだ真夜中だ。

 一度寝付けば朝までぐっすりというタチで、こんな風に夜中に目が覚めるなんて珍しい。いちもにもなく寝直そうと目を閉じたとき。

 バリバリバリ、バリバリバリ。

 聞き慣れない妙な音が響いた。遠く外からではない。明らかに近く、部屋の中だ。

 断続的にバリバリ、バリバリと聞こえてくる。ほんと、なんの音だ。そのうちズザ ―――― ッとなにかがこすれるような音。そしてまた、バリバリバリ、バリバリバリ……。

 そっと灯りのリモコンへ手を伸ばす。全光ボタンを押しながら、全力で音のほうへ振り返った。

 なんかカーテンにしがみついてよじ登ってる彼方かなたがいた。

「…………なにしてんの、お前」

「お、おう、わりい、起こしたか」

 わたわたと彼方かなたがカーテンからすべり降りる。くだんのズザーッという音がした。

 ものすごくばつが悪そうに彼方かなたが言う。

「……いや、なんつぅか、その。最近ちょっと、パンツがきつくなってきたもんで、まぁ運動をと思って」

 バリバリ登ってたのか。ダイエットか。

 彼方かなたの体型はもともと針金のように細い。ただ、確かに最近、ちょっと、腹のあたりが、なんというかぷにぷにしていて、ビール腹っぽいなぁとは、思っていたけど。

 あれだけ呑んで喰ってぐうたら寝てれば、ねぇ。

 俺は、黙って灯りを消した。


 カーテンを買い換えるのは、当分やめておこうと思った。



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