もっと疑うとか騒ぐとかすると思った。

「へーい、焼けたぞ-」

 フライパン片手に声をかけると、すぐに彼方かなたが顔を出した。そしてものすごい速さで卓袱台ちゃぶだいへ登ってくる。

「今日もすげー香ばしい匂いだな。なんだそりゃ?」

餃子ギョーザ。熱いから気をつけろよ」

 フライパンをひっくり返して皿に移す。真ん中にもやしを盛ってできあがりだ。

 いつもの勇者の槍で彼方かなたが餃子をぶっ刺し食べようとする。あふれる肉汁が彼方かなたを襲った。

「あちっ、紅き翼よ我が身の盾となれフェニックスガード!」

 紅い燦めきが展開し、彼方かなたは危機一髪で難を逃れた。……餃子の肉汁避けるのに使う技か、今の?

「だから熱いって言っただろ」

「おう、しくじった。だが、これもまた旨いな! ふうん、皮の中に肉と薬味野菜を詰めてあるんだな。すげー肉汁だな」

 めげずにかぶりつき、はふはふ熱そうにしながらさっそく食べている。

 やっぱり餃子は肉汁だ。なんだか地元このへんにはお持ち帰りの餃子屋が多い。生でも冷凍でも焼きでも売っている。でも、その餃子の具は8割方メインがキャベツなのである。あれはあれでいいけど、やっぱ肉!!という餃子も食べたくなる。

 というわけで、うちではもっぱらお取り寄せ肉餃子を焼く。

 餃子ならビールといきたかったけど、今日は(給料日前だから)買ってきてない。まぁ日本酒だって餃子に合うし。

 いつもの紙パックを取り出してめいめいの呑口に注いだ。その時。

 ピンポーン。

 安アパートのチャイムが鳴り響いた。こんな平日の夜に、客?

 訝しがりつつも無視するわけにもいかない。酒を置いて立ち、ドアを開けた。

 廊下の薄明かりの下、笑顔で手を振っていたのは20代半ばの女子だった。というか妹だった。

「ご無沙汰ー」

「……。」

 本間ほんま愛里あいり。今は結婚して、やはり市内に住んでいる。愛里は断ることもなく、勝手知ったる我が家とばかりに上がり込んできた。

「こんな時間に。旦那ショータ君は?」

「あー、翔太ダンナは出張。インド」

 義弟は相変わらず忙しいようだ。

「ご飯だった? ごめーん」

 六畳間のほうを覗きながらそう言ってくるけど、絶対分かってて食べに来てるよな。

 自分勝手というかわがままというか。でも末っ子女子に勝てる兄などいるわけがない。

 これみよがしにため息をつきながら食器棚から皿と箸とグラスを取り出す。

「お前も飲む?」

「わぁ餃子だ。車なんだからムリに決まってんでしょ」

 分かってて聞いたのはせめてもの意地悪だったのだが。なぜか逆に怒られる。妹不可解。

 冷蔵庫の中にお茶のペットボトルがあった。町内会のドブさらいで貰ったやつだったか。ソレを持って戻ると、妹はすでに卓袱台について餃子を食べ始めていた。

 ちなみに、彼方かなたは大人しく卓袱台の上にいる。愛里は、まだ気づいていない。

「てか、なんか用事があって来たんだろ? なんだよ?」

「夕飯が餃子コレしかないってどうなの?」

 大きなお世話だ。というか、箸休めやらつまみやらいろいろ並んでるだろうが。

 愛里はもりもりと餃子を食べながら話し出した。

「ほら、もうじき母さんたちの結婚記念日じゃん。今年はどうする?」

「あー、そっか」

 うちの父親は、俺が中学生の頃に事故で死んでいる。それ以来、両親の結婚記念日には長兄・俺・愛里の三人で母に贈り物をするのが習慣である。最近は義姉と義弟が加わって五人か。

「んー、去年と一緒で花とケーキでいいと思う」

「えー。テキトー。真面目に考えてよ」

 盛大なブーイングを食らった。ブーイングしながら卓袱台の上を物色していた愛里の目が、とうとう彼方かなたに留まる。

「? もう、次兄まーくんに聞いたあたしがバカだった」

 でも、なにか分からなかったらしい。不思議そうにチラ見している。彼方かなたもじっと愛里を見上げ、見つめ返している。

「……? 長兄やっくんたちに相談してからまた連絡するからさ」

 なんか変なものが置いてあるなー、とでも思ってるのか。会話と食事を続けながら、とうとう目だけが彼方かなたから離れなくなった。

「うん。じゃあ俺は、まるたやのチーズケーキがいい」

「…………? 自分食べたいだけじゃん。せめてキルフェボンとか」

 おもむろに彼方かなたが手を上げた。愛里が目を見開く。

「よう」

「ッ! しゃべったー!」

 めっちゃ叫んだ。……気持ちは分かるけど、警察来ちゃうからやめて。


 出会いこそそんなだったけど。このあと二人はすぐに仲良くなって、それは楽しそうに盛り上がってくれた。

 にしても。こんな得体の知れない勇者かっぱの存在をすんなり受け入れるとか。こいつ、大丈夫か……?


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