お帰りいただいて結構ですよ、彼方さん

 勇者とは元来孤独な生き物だ。


 その存在は、ただ魔王を倒すためにある。


 富、栄誉、名声、地位。それらの価値も塵芥に過ぎず、虚無しか生まない。


 家族、友人、仲間、恋人。だれも存在目的を共有することはできず、真の理解者たり得ない。


 ただ魔王目的を求め、世界を、あるいは異世界を渡り歩く。


 勇者は、愛と勇気だけが友なのである。


 ――なんていうのは、昔読んだマンガの勇者だったか。なんか目の前の勇者かなたときたら、恋人の話を振ったら「だれの話をすっかなぁ」とかつぶやきやがった。


「おいおい、どういう意味だよ、それ。まさかお前、そんな彼女たくさんいたのか?」

 ツッコむと、彼方かなたははっとした顔をし、慌ててぶんぶんと首を振った。

「ままままさか、そそそそんなわけ、ないだろ」

 なんかめちゃくちゃ動揺している。これは、怪しい。

 ぐいっと酒を一口流し込み、ずいっと彼方かなたの顔をのぞき込む。

「だよなー。勇者様だもんなー。まさか二股なんてカッコ悪いマネ、できなよなー」

「そっ、そうだとも。そそ、そんな。ふ、ふふ二股なんて。ふっ、不誠実な!」

「……………………」

 脂汗をだらだらかいて、目が泳ぎまくっている。空いていたキャップに酒を注いでやっても、少しも口に運ぶ気配がない。

「うん、で。だからお前の彼女ってどんななんだよ?」

「うっ。や、だから、彼女っていう、そもそもそれが誤解だ! 俺に正式に付き合ってる女はいない」

「え? いやだって、さっき自分で恋人がいるって自慢げに言ってただろ」

 彼方かなたが顔を真っ赤にして叫んだ。

「恋人違う。恋仲の相手、だ! あと自慢じゃない」

 この勇者、詭弁を弄してますね。

「じゃあまぁ、その恋仲の相手ってのにどんな人がいるか、ちょっと話してみろよ」

 窺うようにちらりと見上げてから、彼方かなたはもそもそとしゃべり出した。そして出てくる出てくる、幼なじみに始まり、年上お姉さん、仲間の剣士、ツンデレ、高貴なお方、宿屋の娘さん、旅の行商人、とうとう敵方の四天王まで、みごとなフラグの立てっぷりだった。

 彼方かなた、まさかのハーレム勇者。かっぱなのに、ハーレム勇者だ、こいつ。

 しかも。彼方かなた自身は正式に付き合っている相手はいないと主張しているが。絶対相手は付き合ってると思ってる。賭けてもいい。自分こそ勇者の恋人だと思っている相手が、少なく見積もって5人はいるだろう。

 彼方かなた、五股かけてた。

 世界のために、勇者こいつこそ成敗しておいたほうが良いんじゃなかろうか……。いや、別に嫉妬とかではないけども。

「よく五股そんなんで大丈夫だったな、お前」

「や、それは、まぁな。べ、別に後ろめたいことはしてない、ないぞ。うん。バレなきゃいいんだし、な」

 バレなきゃとか言ってる時点でアウトだと思う。でも血の気のひいた顔で手をぶるぶるさせてる彼方かなたは失言に気づいてないらしい。

 というか、こんなあからさまに狼狽えて、なにもなかったとは思えない。

「ふうん。じゃあ、バレなかったわけだな」

「ぎっくう」

 うわあ。口でぎっくうとか言った。

「……バレたのか?」

 なんとか誤魔化そうとあわあわしていたかっぱは、そしてとうとう涙目でこくりと頷いた。

「よりにもよって、紅葉もみじにな。あいつ、ちょっと病んでるから」

 修羅場になったらしい。でもそれ、自業自得だよな。

「そんなときに、召喚陣が現れたんで――」

 修羅場を放置して召喚陣に逃げ込んだ、と。

「え、ってことは、お前。もしこの世界の魔王とかを倒せて自分の世界に帰れたら、……修羅場なの?」

 彼方かなたは、ぷはぁと大きなため息をついた。

「…………なんかうまい感じにみんな記憶なくしてたりしねーかなー」

 無理だと思う。



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