自慢じゃないけど地理Bは評価5だった。もっとも10段階評価でだけど。

「ただいまー」

「おう、おかえり」

 家に帰るとおかえりと出迎えてくれるかっぱがいる、そんな毎日にもすっかり慣れた。

 しかしテレビの前に寝そべった彼方かなたは、どうもますますニートっぽい。大丈夫か勇者。

 たぶんおそらく昼間は勇者的活動(?)をしているらしいので大丈夫だろうが、帰ってくる時間帯はだいたいこんな感じでだらだらしているので、あまり勇者っぽいとこを見ることがないのだ。

 ひとまずシャワーを浴びようと着替えていると、彼方かなたの声がした。

「おい、今日のえーが、るろーにけんしんとかいうやつで、面白そうだぞ。録るか?」

「いや、前にやったとき撮ってあるから、録画はいらない」

「ふーん、そうか」

 テレビもビデオもばっちりマスターしている勇者様だった。


 いつもはたいてい日本酒を出すわけだけれども、今日は帰りに杏林堂ドラッグストアに寄ったこともあってちょっと趣向を変えてみた。いや、酒肴を変えてみた。

 メインの焼きそば以外に、生ハムの切り落としをパックのままテーブルに出す。つやつやと赤い生ハムはいかにも美味しそうだ。しかし、それをのぞき込んだ彼方かなたは、戸惑ったように顔を見上げてきた。

「あー、なんだ。俺、魚はナマでもいけんだが、その、肉はちょっと、な」

「へぇ、そうなんだ」

 彼方かなたの食性はどうも日本人に近い。生ハムは生肉じゃないけども、さて説明するべきか。いっそ独り占めするという手もある。

 いやでも、せっかく彼方かなたと食べようと買ってきた生ハム切り落とし。たくさんあるし、ちゃんと説明しよう。

「でもこれ、生肉じゃないから。えーと、ハムの一種」

「は? これが? ハム?」

「うん。生ハムっていうハム」

ナマじゃねーか」

「うん。うん? あれ?」

 あれ、生ハムってナマなのか?

「いやいやいや。たぶん冷燻か塩漬けか、されてるはず。確か」

「ふぅぅぅん」

 彼方かなた がすごい疑わしげに生ハムをやぶにらみする。そんなに嫌なら別に無理に食べてくれなくてもいいけど。

「これがハムなぁ」

 そっと手を伸ばし、端っこを少し引きちぎった。まじまじ見つめ、明かりに透かし、おもむろに口へ放り込む。小難しい顔で はむはむと吟味し、そして。にやぁと満面の笑みを浮かべた。

「……ナマのでようで、ナマじゃない! この塩気! 旨味! こりゃうまい」

 相変わらず低レベルな食レポながらその感動はひしひしと伝わってきた。彼方かなたの目がピカピカ輝いている。

「これは、さぞかし酒に合うだろうなぁ」

 今度は大きくちぎった生ハムを咥えながら、彼方かなたがそっぽを向いてそう言う。そんな遠回しに催促しなくても、今までとうとう酒を出さずに終わった夜があったかと聞きたい。

「日本酒にも合うけどね。やっぱ生ハムと言えばこれでしょ」

 買ってきたアルパカワインのボトルを取り出し開ける。自分用のグラスと彼方かなた用のペットボトルキャップに赤い液体を注いだ。

「おおっ、ワインだな!」

 彼方はキャップをくるくる回して見て、香りを嗅ぎ、こくりとテイスティングした。かっぱのくせに、ムダにカッコいい。

「うん、美味い」

 それ以上に讃える言葉は不要とでも言いたげなドヤ顔だけど、単に語彙力足りてないだけだろう。

「この味わいでまさかの一本500円なんだから、侮れないよな、チリワイン」

「生ハムともばっちりじゃねーか。そのチリワインのチリってのは、なんだ?」

 生ハムをちぎちぎ食べつつアルパカワインを傾けて、彼方かなたは妙なところにツッコんできた。

「え。そういう国だけど? チリって国から輸入したワインだから、チリワイン」

「ほう。どんな国だ? 遠いのか?」

「えーと。遠いよ。どんなって、確か、なんか長い国……?」

「ふうん? 長い? で、政治体制は? 経済は? 人口は?」

 畳かけられて、げふげふとワインでむせそうになった。そんなことを聞かれても、チリのことなどほぼ知らない。なんとなくタバスコのイメージが浮かんできたが、さて、チリとタバスコになにか関係とかあっただろうか。むしろ、チリソース? たぶんあれはチリ原産だ。だってチリソースだし。うん。

「そもそも、この世界にはどのぐらいの数の国があるんだ?」

 そう聞いてくる彼方かなたの顔はいたって真面目だ。……あ、なんかヤな感じの汗が。




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