彼方さん、それ台拭きです。

「お前、すごい勇者だったんだな」

 彼方の話に心底感心したので正直な感想をもらすと、彼方かなたは恥ずかしそうに頬に手をやった。

 まぁ、昨今本屋かネットで見れば、ごろごろしてそうな話ではあったけど。彼方かなたの場合は現実の出来事なのだから、やはりすごいと言うべきだろう。大変なスペクタクル冒険活劇だった。

「べ、別に、自慢するようなことじゃないがな」

 照れってれしながら小さい勇者様が言う。強くて勇敢で清廉なこのかっぱ勇者は、しかも謙遜だった。

 そわそわと落ち着かないのか酒を傾けるが、すでにキャップはカラだった。ささやかな失敗でさらにそわそわしているのがおかしくて、笑いをこらえながら酒を注いでやる。しかしいくらなんでも酒の残りが減ってきた。足りるだろうか。

「そんなこんなで、俺の世界はなんとか救われたんだが……」

 彼方かなたが小難しい顔で口を濁す。ちなみに肴の刺身はとうに食べ尽くした。柿ピーの袋もすでに3袋目。彼方かなたはよっぽど柿の種を気に入ったらしい。さっきから柿ばっか拾われるせいで残ったピーが山になっている。塩気のきいたピーナツもおいしいと思うんだけどなぁ。

 声を潜めて彼方かなたが言う。

「……どうもあの世界の危機の黒幕は、他の世界にいるんじゃないかと俺は睨んでるんだ」

 その深読みはどうだろう。最終回で唐突にそういうのを出されると、「あ、続編狙いか」みたいな興ざめ気分にならざるを得ない。もう少し前から伏線しておいて欲しいところだ。

 と酔った頭で思ったが、ピーナツを片付けるのに口が忙しくて、もぐもぐと答えるに留まった。

「っても、黒幕がいるなんて俺の勘みたいなもんだ。見当もつかない。どうしたもんかと思っていたところに召喚陣が現れた」

 それはぐるぐると渦巻く水だったらしい。

「俺はまたしてもピンと来たんだ。これは、俺の世界と同じように危機に陥った世界からの助けを求める召喚だ、と。その危機を救えばきっと黒幕への手がかりを掴める、と。だから俺は迷わず渦に身を委ねた」

 続編というよりシリーズ物の気配が漂いだした。いやでも、結局打ちきりで黒幕が分からないまま終わるパターンのヤツかも。

「ぐるぐると吸い込まれ、出たところは暗い水の中だった。ただ妙に温かい水で心地よかったんで、偵察がてら体を動かしてたら上がかぱーって開いてお前が」

 そして風呂場での邂逅につながる、と。

「ふうん。なるほどね。お前がうちの風呂場にいた理由は分かったけど、いや、なんでうちの風呂場だったのかは分かんないけど」

 少し飲み過ぎたかもしれない。自分でもなにを言ってるのかよく分からなくなってきた。

「ともかくだ。だから俺は勇者としてこの世界を救わないといけないわけだ!」

 かっこよく力強く彼方かなたがこぶしを握る。

「この世界の危機はなんだ? 魔王なり悪魔なり妖魔なりはどこだ? どうしたら救える?」

「…………」

 ぽやぽやした思考で彼方かなたの言葉を反芻する。うん、まとまらない。ちょっと落ち着こう。残っていたおちょこの酒をぐいっと呷って空ける。

「……うーん、残念だけど、お前が思ってるような世界の敵?みたいなヤツは、この世界にはいないんじゃないかな」

「……まじかー」

 彼方かなたが途方に暮れて天井を仰いだ。

「うん、まぁそういうわけだから、とりあえず一旦もとの世界に帰った方が、」

 泣き笑いの表情になった彼方かなたと目が合い、言葉が止まる。

「まさか、帰れるんだよな?」

「分からん。自分の魔法じゃないしな。少なくとも世界の危機を救えば帰れるような類いの召喚陣だったとは思うんだが」

 間違いだった場合の補償はない、と。なんてことだ。

 絶句する俺に対し、彼方かなたは乾いた声で笑った。

「だ、大丈夫だ。もうなんでもいいから、なんとかして俺この世界救うから。だから、」

 それまでしばらく居候させてもらえないだろうか、と彼方かなたが言いづらそうに申し出てきた。その顔は、ただただ困り果てた小動物だった。

 これはなかなか厄介なことになった。けれどもまぁ、なんとかなるだろう。酩酊した頭でそう判断する。

「ああ、好きなだけいろよ」

 ほっとしたのか、彼方かなたがゆらゆら赤ら顔を揺する。お互いしこたま酔っ払っているようだった。時計を顧みれば、深夜2時を回っている。明日も仕事だというのに、これはまずい。

「とりあえず今日は遅いし、なんか布団出すから」

 来客用の布団なんて持ち合わせはないけれど、毛布か夏掛けぐらいは出せるはず。もそもそと押入へ移動して、そこでふと思う。15センチのこいつに人間サイズの布団は大きすぎるか。なにか適当なものを探した方がいいだろうか。

「おう、寝床か? そんなもん、俺はなんでもいいぞ。お、ここに良さげなもんがあるじゃないか。ふかふか柔らかくって適度に湿ってて。俺、これでいいわ」

 ボックスの中をがさがさ漁っているうちに、彼方かなたが後ろでなにか見つけたようだった。

「そう? じゃあ適当にそれ使って。まぁ細かいことはまた明日ってことで」

 ぼふんと俺もベッドへ身を投げ出す。意識がくるくると回っていて、いち早くこのまま眠りに落ちたい気分だった。手探りでリモコンへ手を伸ばし、消灯。なんだか夢のようだなと思いながら、おやすみという言葉だけは声になったかどうか。たぶん夢だなと思いながら眠りについた。


 翌朝、テーブルには台拭きにくるまれてすやすや眠るかっぱがいた。


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