PBの紙パック酒も結構美味い。

 冷蔵庫に冷やしておいた日本酒をペットボトルのキャップに注ぐ。

 謎のかっぱはキャップをぐいっと煽った。

 こいつ、かなりいける口だ。

「俺は、てっきり危機的世界に召喚されて活躍するつもりだったんだ」

 早くも顔を赤くしたかっぱが愚痴る。俺も自分のおちょこに酒を注いで、うんうんと頷いた。


 風呂場での邂逅の直後。俺はかっぱの問いを全力否定した。変なかっぱを召喚する儀式をした覚えはないし、まして世界の王などではない。そうしたら、かっぱはひどく落胆し、ぶくぶくと湯船の底へ沈んでしまった。

 慌ててすくい上げ、わけも分からないまま晩酌に誘ってみたらかっぱが満更でもなく、今に至る。


 助けたかっぱは“彼方かなた”と名乗った。かっぱのくせにちょびっと格好いい。

 俺も和真かずまだと平凡な名前を名乗り返し、ささやかな酒盛りが始まる。肴は帰りにイオンで買ってきた4割引の刺身。たぶんカツオ。

「今さらなんだけど、お前かっぱなの?」

 刺身と格闘するかっぱ改め彼方かなたに聞いてみる。かなり小さく切りわけたつもりだったが、身長15センチのこいつにはまだ大きかったようだ。両手で持ち上げかぶりついている。そもそもペットボトルのキャップもこいつにとってはたらいみたいなサイズなわけで、そんなモノで酒をあおっているわけだ。すごい。空になったキャップにまた注いでやる。

「は? かっぱ? なんだそりゃ」

 かっぱはかっぱを知らなかった。

 ググって出てきたかっぱの絵を彼方かなたに見せる。彼方かなたは驚いて、水かきのついた手をびたんと画面に張りつけた。スマホの画面に刺身の生臭い水がめっちゃついたな。

「こっちの世界にも人間アクアティスがいるのか!?」

「いやこれは、かっぱっていう空想上の生き物、だったはずだけど」

 なんか目の前にいる。実在の生物なのか。

「というか、さっきっからちょいちょい気になってたんだけど、お前って異世界から来たとかなの?」

「まぁそういうことになるンだろうな」

 彼方かなたはぐいっと酒を喉に流した。

「にしても、この酒うまいな。どんどんいける。悪いな、呑んじまって」

 地元スーパーが取り扱っているプライベードブランドの紙パック酒なので、キャップで何杯呑まれようとそう痛くない。気前よく次を注いでやる。

「気にせず呑めよ。それにしても、またどうしてうちの風呂なんかに?」

「それな。俺はてっきりお前が喚んだんだと思ったんだが」

「それはない。絶対ない。俺は喚んでない」

「そうかぁ」

 彼方かなたの眉尻が情けなく下がった。ぺたりとあぐらをかいて肩を落とす。なんだか申し訳ない気分になったので、つまみ袋から柿ピーを取り出し、開けた。

 彼方かなたはそれをちらりと見遣り、そっと柿の種を掴んだ。

「そもそもな。まぁ見ての通り俺は勇者なわけなんだが」

 やや照れたようにそう告白する彼方かなた。でも、どこが見ての通りなのか分からなかった。だってかっぱだもん。もうかっぱっていうインパクトが強すぎて、それ以上の情報が入ってこない。

 このかっぱ、勇者だったのか。そんな心中が顔に出てしまったのだろう。彼方かなたがまた少し落胆する。持っていた柿の種をもそりと口に入れ、急に飛び上がった。

からっ、なんじゃこりゃ!」

「柿ピーの柿の方」

「いや、でもうまっ。つまみに持ってこいだな」

 ボリボリとむさぼり、ぐーっとキャップ酒を流し込む。ぷはぁと、さも満足そうに息を吐いた。

 ますます勇者には見えない。

「で。お前は、もといた世界で勇者だったんだ?」

 かっぱはこくりと頷くと、酒をひとくち舐めて話し出した。



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