33.涙雨、儚くもうるわし(五)

生と死に対する価値観や生き方が違うから仕方がない?


それでは納得できない。


わたしは「はい、そうですか」なんて到底言えない。



「わたしたちだって、もしかしたら山南さんと明里さんのような別れをしなければならないかもしれない」



山南さんは、なぜ…


未だに心の中では葛藤を繰り返す。



「生きてほしいって想いをぶつけたら、自分の命を大事にしてくれるかな…?でも、志を曲げてまで生きようと思ってくれるのかな…」



誰だって、斬り合いや戦で命を捨てようと思ってるわけじゃない。


命懸けで戦った先の未来を見ているはずなの。


未来を見ているということは、死ぬつもりはないということだ。



「新選組だけやのうて、お慕いするお方が武士なら覚悟を持たなあかんのやろか?うちらにも覚悟の日いうもんが、いつか来るんやろか…?」



愛する人がいつどこでどんなふうに死ぬか分からない。


それを受け入れることが覚悟というもの?


耐えることが覚悟?


その覚悟を持つことが立派なことなの?



「わたしは正直、そんな覚悟はしたくない…」



そんな覚悟なら持ちたくない。


だって、何度考えても死んでほしくない。



「けど、決めたの。何があっても土方さんのそばで生きてくって。わたしだけはずっと味方でいるの」


「それが覚悟や」


「え?」


「うちかて、近藤先生が知らんとこで逝ってしもたら耐えられへん。せやけど、あの人らは止めても無駄や。ほんでもうちらの心は変わらへん。せやろ?」


「うん」


「もしもん時の死を覚悟するんやない。何が待ち受けてるかは知らんけど、お心に寄り添う覚悟や」



強いなって思ってた。


時代劇のワンシーン。


『私は武士の妻、覚悟はできております』



そんなこと絶対に言えない。


そんなにできた人じゃない。



その代わりに、どんなときもこの心を捧げます。



わたしたちは強くなろうとしてる。


まだ一歩を踏み出したばかり。



「やめてや、えらい暗いわ」



お孝ちゃんの一声で明るい空気に戻る。



「せや、お孝ちゃんは好きな人、いてはるの?」


「そうだね、聞いたことないよね」


「う、うちは好きな人なんかおらん!」


「本当?隠さなくてもいいじゃん」


「もう!からかわんといて」


「お孝ったら、おもろいくらい慌て…」



照れて顔を覆う乙女なお孝ちゃんを見て笑ったとき、お幸ちゃんがふらふらと座り込んだ。



「お姉ちゃん!」


「だいじないか?!」


「…ちぃっと目眩しただけ…堪忍…」


「無理しないで、みんなが来るまで休んでて」


「後はうちらでやっとくさかい。歩ける?ゆっくり行きまひょ」



おまさちゃんに支えられる、か弱い後ろ姿。



「お姉ちゃん、この日を心待ちにしてたんよ」


「そう…楽しそうだったから安心してたけど、すぐに良くなるかな…」


「実は近頃、調子がええとは言えへんのや。前より目眩や発作も増えてもうて…今みたいに」


「お医者様は何て?」


「手ぇは尽くしてもろてるけど、難しい状態らしいわ…」


「そんな…」


「お姉ちゃんには言わんとってな。なぁ、もしこのまま治らへんかったら…死んでしもたら…どないしよ」


「変なこと言わないでよ…」


「堪忍…不安で仕方ないねん。弱っていくお姉ちゃん、見たないんや…」


「治るって信じよう」


「せやな…」


「でも、そんなことしかできないのが悔しいね…」



常日頃、お幸ちゃんの苦しむ姿を隣で見て、看病するお孝ちゃんだってどれほど辛いか。



「もしも…もしもん時は、近藤先生は深く傷ついて悲しんでまうやろ…」


「うん…」


「そんなん見たない。嫌なんや…」


「え…?」



お孝ちゃん、まさか…


まさか局長のこと?



いや、わたしの思い違いかも?


お幸ちゃんを思ってのことなのか。



「あのさ…」


「何?」


「お孝ちゃんって、局長が…」



少しの間と、ためらい。



「好きなの?局長のこと」


「な、何言うてるんや!そんなわけないやろ…」


「誰にも言わないから。好き…なんでしょ?」



動揺のために慌ただしく動く瞳。


コクリと頷く。



「…よりにもよっておんなじ人、好きになるやなんて」


「ずっと隠して…苦しかったでしょ…?」


「この気持ち、誰かに聞いてほしかったのかもしれへん。奥さんいてる人やのに、なんて…よう言えたもんや。うち、アホやなぁ…」


「アホじゃない」


「秘密やで。誰にも言うたらあかん」


「うん…」


「うちには丈夫な体がある。健康で、何でもできんのがどんだけ幸せか」



何も言ってあげられなかった。


この気持ちは封印するつもりだろうか。



「うちは元気やさかい、恋なんていつでもできるやろ?お姉ちゃんの想いには敵わへん」



誰にも言わず心の中に閉じ込めてた。


切ない恋なんか嫌だと言いながら、切ない恋をしていたのね…


もしかしたら、恋を封印しようと自分を律するためにそう言ったのかも。


明るく振る舞う陰では、胸が張り裂けんばかりの想いを抱えていたなんて。



好きな人は大好きなお姉ちゃんの恋人…


そんな切ないのって…



断腸の思いで天秤にかけた。


どんなに局長が好きでも。


いちばんに想うのはお幸ちゃんなのね…





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